【閑話】秘密の乙女会とエスティナ抱き枕ブーム 前編
エスティナは冬といっても雪が降るでもなく、ちょっと寒いかな位に気温が下がる程度(元の世界比較)。
冬の変化と言えば、大型魔獣や野生動物は動きが鈍くなり森林の奥から出てこなくなる。なので、定期的な冒険者の哨戒任務は行われるけど、春から秋にかけての獣駆除活動に比べると冒険者の活動も緩やかなものになる。獣駆除やエスティナの防衛にそれほど人手も必要なくなるので、冒険者によっては領都で一冬過ごしたりとまるまる冬の間お休みする人もいたりする。
そして冒険者の活動が緩やかになると、冒険者が利用する宿やお店も閑散期を迎える。暇になった宿やお店を営業している人達は、春からの繁忙期に向けて休みつつも品物の準備や店舗の手入れなどをする。
そんな感じでトコトコ摘みも終わり本格的な冬を迎えたエスティナは、魔獣達が活発になる春までは英気を養いつつみんなのんびりしているのだった。
「こっちの白はスッキリしていていい香りだが少し年上向けか。アリスならこっちのピンクの甘めの香りが良いんじゃないか」
「うううん、悩むわ。でもピンクのだと子供っぽくない?」
冬になり、ルティーナさんの宿もちょっとお客さんが減ってのんびり営業をしているので、今日アリスはお休みを貰って私と一緒にエスティナの道具屋さんに買い物に来ている。
軍資金はトコトコ摘みでもらった給料だ。私にはアシュレイ様とビアンカ様から貰ったお金が唸るほどあるんだけど、とりあえずはノアに預かってもらっている。
二人部屋になって部屋代も上がった筈だから私も半分払うと申し出たんだけど、ノアは頑として私からのお金を受け取らないのだ。「私を愛する女性の生活の面倒も見られない、甲斐性なしの男にしないでください」とか、悲しい顔をして言われると私は黙るしかないのだった。
でもグリーンバレーの女性達はみんな旦那さんに養われるばっかりじゃなくて、立派に仕事してるよねえ。冒険者だったり、騎士だったり、メイドさんだったり、旦那さんと一緒にお店とか家業を切り盛りしたりね。ノアが女性を養いたいと言う価値観はスタンレーの物なのかな。まあ、元の世界でもそんな男の人もいたし、私の母親はパートタイマーで父親の扶養家族だったしね。夫婦や恋人がお互いに納得して役割分担しているなら外野がとやかくいう事でもない。
しかしながら、ノアの告白の返事を保留にしていて、ノアのか、彼女にもなっていない身分で養ってもらうなんて、私図々しすぎない?ノアが私の分の部屋代を受け取ってくれるなら、私の気も楽になるんだけど。でもノアは私にお金を使わせる事が嫌なんだよねー。この辺の主張は平行線を辿り、今は私の方が折れている感じ。
色んな意味でノアと対等な立場に立ってからノアの事を考えたいんだけどね。でもノアと対等な立場って、どういう立場・・・。私の考えもまだ漠然としているのだった。
とにかく今はノアに金銭的にも精神的にも依存しているな!というのははっきりしている。この現状、どうにかしたい。けれどもノアは、私がノアにおんぶに抱っこでお世話になる事を喜んでいるんだよなあ・・・。この件は当分私の頭を悩ませそうなのだった。
話をもどして、私とアリスはトコトコ摘みの軍資金を手に道具屋さんで精油をはじめとする色々な可愛い雑貨を買いに来た。
精油の説明をしてくれているのは道具屋のオジさんでダンカンさん。このオジサンもエスティナ特有のムキムキオジさんだ。そして精油の知識が豊富。アリスが好みの香りを探しつつアドバイスまでしてくれる。
ちなみに今アリスが試している花はアルメという花の精油で、これまた夏の間はエスティナのあちこちで見かけた。赤や黄色、ピンクに白と色も様々なのだけど花弁の色の違いは香りの違いにも表れる。花の色形は前の世界のプルメリアにそっくり。
そんな可愛らしい花、アルメの精油の香りを比べては、アリスは真剣にダンカンさんに相談している。
「アリス、若いうちにしか楽しめない香りがあるんだぞ。大人向けの香りは、その年代になったら楽しめばいい」
「うーん・・・。じゃあ、ピンクのアルメにする。香り袋も作りたいから、可愛い布とリボンもちょうだい」
「端切れの布はこの籠から好きなのを好きなだけ持って行っていいぞ。リボンは1本銅貨1枚だ。このトコトコも好きなだけ持ってけ」
ダンカンさんはカウンターの上に高さ50センチもある結構大きい籠をドンと置く。リボンは色ごとに薄板に巻かれている。私達の普段着は生成りの物も多いんだけど、草木染めなのか淡いピンクとか黄色、黄緑といった可愛い布地の物もある。でもダンカンさんが出してくれたリボンは発色がはっきりしていて目にも鮮やかだ。赤、青、緑、黄色の4色があって、全てのリボンの縁取りが均一に細かく飾り縫いされている。アストン王国には多分まだミシンはないよね。手縫いか!アストン王国の職人さん凄い・・・。アリスはゆっくり吟味しながら端切れとリボンを選んでいる。
私も精油と香り袋の材料を買わせてもらった。精油はルティーナさんが好きな香り、ピオニーの物にした。ルティーナさんからお下がりでもらう服からはピオニーの華やかな甘い香りがするんだけど、私もその香りが大好きになったのだった。
これからは私が大事にルティーナさんから譲り受けた服を手入れして着ていく。だから自分でも香り袋づくりに挑戦しようと思う!裁縫スキルは学校の家庭科で習ったレベルだけど、作り方はアリスに教えてもらおう。私は精油の他に暖色系の端切れを数枚と緑のリボンを選んだ。
端切れの籠の隣には麻袋に詰まったフワフワのトコトコ。
これは去年摘んだもので、扱いて細かい種も除去して水洗いして天日干しした物なんだそう。
トコトコは布を織るために糸を紡ぐほか、クッションとか寝具に詰めるためにそのまま使われる事も多い。糸を紡ぐにもそのまま使うにも、まずは専用機具でトコトコの細かい種とかゴミとかを扱いて除去し、更に良く水洗いして天日干しをする。この処理が甘いと、糸やクッションから虫が湧いたりもするんだって。しかしトコトコって、糸や布を作れるし、クッションや布団まで作れるし、生活に無くてはならない物なんだね。
都会であればお金を出して買わないといけない素材としてのトコトコだけど、エスティナの人達は使い放題なのだ。自宅用に自分で持ち帰って下処理する人もいるけど、道具屋さんに行くとこのように買い物ついでに清潔なトコトコを分けてもらう事も出来る。
私とアリスは目的の買い物が出来て非常に満足した。
そして私とアリスの買い物が丁度終わった時、道具屋さんのドアが開いてミンミとルナが店内に入って来た。
「ただいま父さん」
「ルナ、お帰り。ミンミも良く来たな」
「お邪魔しまーす」
ダンカンさんが仕事から帰ったルナを笑顔で迎える。
そう、なんと。エスティナの道具屋さんはルナの実家だったのだ。ガチムチ強面の店主のダンカンさんはルナのお父さんだった。
「カノン、アリス。待たせたわね」
「ううん。ダンカンさんに色々教えてもらって良い買い物が出来たよ」
私とアリス、そしてミンミはルナのご自宅に夕飯前に申し合わせて集まった。
今日はルナの家にお泊り女子会をするのだ。
数日前にミンミとルナに誘われて私が超喜んだのは言うまでもない。
友達に家に誘われて、しかもお泊りするなんて初めてなんだけど!私の隣のアリスも一緒に誘われて、アリスもほっぺを真っ赤にしていた。お家に誘われるなんて、嬉しいよね!
私の保護者のノアもミンミとダンカンさんが一つ屋根の下に居るならとOKしてくれた。ダンカンさんは見たまんま、有力な予備兵力。なんなら現役冒険者も出来るんじゃ?って位の肉体の充実ぶりなんだけど、先祖代々やって来た道具屋さんの店主に収まっている。
ルナの家族はお父さんとお母さん、そしてルナの3人家族。ルナは一人っ子の箱入り娘だった。ギルドの窓口の色っぽいお姉さんの周囲に男の噂が立たない訳が察せられるという物だ。
「ルナ。今日はお前の好物をたくさん用意したぞ。母さんも張り切ったんだ」
「全くもう。私の友達のもてなしなのに、なんで私の好物を用意するのよ。でも母さんの料理は何でも美味しいから、みんな期待して良いわよ」
「お世話になります」
「わーい、ありがとうございます!」
ルナのお母さん、カティさんの手料理を知っているらしいミンミが無邪気に喜んでいる。
台所では所狭しとテーブルに手料理が既に並んでおり、ルナと同じ赤毛、緑の目をしたふっくらした可愛らしい女性が私達をテーブルに促した。
「みんないらっしゃい。ルナといつも仲良くしてくれてありがとうねえ」
「こちらこそ!ルナには良くしてもらってます」
すごい暖かい普通の家庭。ルティーナさんの宿も居心地が良いけど、ルナの実家もとても居心地がいい。
私とアリス、ミンミは遠慮せずにたくさんご馳走になった。お肉と根菜のシチューも美味しいし、ミートソースのグラタンも美味しかった。全員が大満足して、全員で後片付けをする。
ダンカンさんも手際よく洗い物とかしていた。道具屋さんに並んでいる精油はカティさんが工房で作っていると聞いた。2人で一緒に仕事をして、一緒に家事もするなんて素敵だなあ。
そして私達4人はお腹もかなり一杯になったというのに、更に食べ物飲み物を抱えて2階へ向かう。2階のルナの部屋はベッドが脇に追いやられ、厚手のラグの上にトコトコがみっしり詰まったぶ厚い敷布団が敷かれていた。私達4人が丁度雑魚寝出来る位。室内は階下の薪ストーブから暖気が上がって循環するようなっていて、驚くほど温かい。部屋にはランプが吊り下げられ、オレンジ色の優しい光が満ちる。そして私達の枕元には持ってきたビスケットやら、ナッツやジャーキーやら、甘いお酒が置かれる。
「はい。寝巻はこれで良い?」
そしてルカが私達にパジャマを貸してくれる。二重ガーゼみたいになっている柔らかい布の長袖ネグリジェみたいなやつ。お泊り会で、女子会で、パジャマパーティーやん。
こんなの、テンションが上がってしまう。
「やばい。もう楽しい」
「ふふ。改めてようこそ我が家へ。これからは秘密の乙女会よ。ここで話した事は4人だけの秘密。このとっておきの蜂蜜酒に誓ってね」
「誓うわ」
「もちろん誓うわ」
「えと、誓います」
部屋の主のルナが音頭をとって、秘密の乙女会なる物が始まった。
これは冬のエスティナのお楽しみの1つで、乙女会(未婚女性の会)もあれば、熟女会もあるし、親父会、未婚男子会など、同じ立場の者達が1つの部屋に集まってあまり大っぴらに出来ない話を冬の夜長に楽しむのだそう。
会が始まる前に、食べ物なり飲み物なりにその日の会の秘密を守る事を誓って秘密の会は開催される。
「さあ、カノン。ノアとどうなっているのか話してもらうわよ」
「カノンちゃん、ノアとどんな話したのー?」
そしてさっそく私が集中的に取り調べを受けることになった。こうなるとは思ってたよ。レジーさんとマチルダさんにご馳走になった時の話が巡り巡ってミンミの耳に届いて、ミンミがずるい!って騒いでたから。あらかた事情を知っているアリスは蜂蜜酒をちびちびやりながら、私に迫るルナとミンミを見て機嫌良さそうに笑っている。
「ええーっとぉ・・・」
この場だけの秘密だし、この4人にならって思うけど、気恥ずかしい!
私は手に持った小さいカップの蜂蜜酒をクイっと勢いよく呷った。甘くて美味しい。
「あ!・・・まあいいか。お店で飲んでるわけじゃないしね」
「私達だけだもん。無礼講よー!さあ、カノンちゃん。全部しゃべっちゃお!」
「あの・・・。二人部屋に移った日なんだけど、ノアから、こ、告白、されて」
「「「きゃー!!」」」
アリスとミンミはともかく、ルナまで初心な小娘のように顔を輝かせて叫んでいる。いつもの受付での、気怠そうな経験豊富なお色気お姉さんと言った佇まいは何処へ。
「それでそれで?」
「それで、私・・・。ノアは好きだけど、男の人として好きなのか分からなくて、ちょっと返事は待ってもらってる」
「とりあえず付き合ってみたらいいのにー」
「もう付き合ってるようなもんじゃないの」
「同部屋のくせに付き合っていないは無理があるわよね」
3人から総突っ込みされて、私は黙った。
「まあ、あのノアだからねー。じっくり待つ構えよね」
「そうよね」
「対外的に既成事実は作っているものねえ。これはもう、囲い込んで外に出す気は無いわ」
「あのノアって、どのノア?」
なんか、体がフワフワしてきた。この蜂蜜酒、甘くて美味しいけど、アルコールが結構強いのかも。でも私以外の3人は平気な顔ですいすい飲んでいる。
「うふふふ。カノンちゃんにだけ特別優しくって、カノンちゃんに近づく男共を一日中牽制しまくっていて、カノンちゃんが平和に過ごす事だけに心血を注ぐカノンちゃん至上主義のノアの事よ」
それは、いったい誰?どこのノアの事。
「あはは、何言ってんの?ノアは誰にでも親切で優しいじゃん。あと、私に近づく男の人なんて、居ないってえ。みんなみたいな美人ならともかくさー」
何でか3人が一斉にため息をついた。
「カノン、あんたに近づこうとしたエスティナの男達は、もれなくノアに恫喝されて大人しくなったのよ」
「ノアさんって、カノンの事以外はほんとにどうでもいいって感じよね。カノンの味方かどうかで態度がだいぶ違うもの。私が最初カノンを誤解していた時、カノンの前ならともかく、カノンが居ない時のノアさん、すごい怖かった。私の父さんと母さんの手前があったと思うけど、私に対して物腰だけは丁寧だったけど、顔が、目が怖かった・・・」
「わかるー。領都でやっと軟化したけど、ノアのアシュレイ様に対しての態度にはみんなで冷や冷やしたもの。カノンちゃんに仇成すならば即刻斬る、みたいな。いやー、緊張感半端なかったわ。ノアはあの奇麗な顔で笑顔だけは作るけど、目が全然笑ってないの」
みんな、どちらのノアの話をしているのか。私の知ってるノアと違うなあ。
「あとね。私、ずーっと言ってるけど。カノンちゃんは可愛いの!」
「そうよ!カノンは可愛い!」
「うん。癖になる良い顔をしているわよ」
最後のルナはともかく、ミンミとアリスに可愛いと言われて自分の顔が緩むのを感じる。
「えへ。ありがとうね」
「なんか、どれだけ言っても分かってない感じなのよねえ・・・。カノンちゃんは領都の騎士団連中にもモテモテだったのよ。ノアが居なかったら今頃誰かと婚約でもしてたんじゃないかしら」
「ミンミ!それは聞き捨てならないんだけど。私、モテた記憶ないけど?!」
「「きゃー!!」」
アリスとルナが抱き合って笑顔で叫んでいる。楽しそうだなー。




