【閑話】エスティナの冬仕事 前編
閑話が少し入ります。
読まなくても大丈夫です。
エスティナに冬がやって来た。
でも冬と言っても、体感的には元居た世界で言えば秋。雪なんて全く降らないんだって。
それでもさすがにもう、ノースリーブワンピとかは無理。
まあ、エスティナの人達は真夏でも結構長袖を着てるんだけど、強い日差しや虫から体を守るためって感じだね。私が幼児退行している時はずっとノースリーブワンピだったけど、動きやすいし着替えやすいし、私にはマストアイテムだった。
そしてエスティナの人々の冬の装いなんだけど。
「カノン、似合ってるわ」
「カノンちゃん、可愛いよ。丈も丁度いいね」
「ありがとう、ルティーナさん。アリス」
私はアリスから色々とお下がりを貰って冬支度を済ます事が出来た。今はお下がりの毛皮のベストを試着している。
前にミンミが言っていたけど、厚手の服の上に毛皮のベストを着たらエスティナの防寒はOKなんだって。
確かにねー。日中でも夜でも、この毛皮のベストさえあればエスティナの冬は乗り越えられそう。
ちなみに私がもらった毛皮のベストは成体のピーカ6匹分になるそう。首回りに縦襟みたいな高さがあって、マフラーをしたかのようなあったかさ。しっかりと前は木のボタンで留められるようになっている。私、木のボタン好きなんだよね。温かみがあるし、何よりすべすべツヤツヤに磨かれていて可愛い。
私と一緒にルティーナさんの寝室で冬の衣替えをしているアリスは、森林狼の毛皮のベストを試着している。ルティーナさんの若かりし頃の物なんだそう。
アリスみたいなモデル体型の女性が銀灰色の狼の毛皮を纏うと、何とも言えないおしゃれ感がある。今年の冬のアイテムはファーベストです、って感じのおしゃれアイテム感。片や私はきっとマタギの娘感を強く漂わせているだろう。いいんだよ。素材の違いばかりはどうしようもないんだから。私のベストだって可愛いし。
そして厚手のズボンもルティーナさんから冬支度として譲ってもらった。私とルティーナさんはほとんど同じくらいの身長なので、ルティーナさんが若いころ着ていた服をまたも沢山譲って頂いた。ズボン嬉しい。
スカートだけじゃなくて、長袖の上に合わせるゆったりしたチュニックとかも頂いた。ルティーナさんの服は細かな花柄の刺繍とかが沢山入っていて可愛いと思っていたんだけど、ルティーナさんが殆ど自分で入れた刺繍なんだそう。私も自由に入れて良いんだよって言われたけど、刺繍なんてできないのでアレンジせずそのまま使わせてもらう。
ルティーナさんから頂いた服の中には、ルティーナさん自身もお下がりで頂いた物もあって、前の持ち主の方の刺繍入りの物も有ったりする。そういう大切に受け継がれていく物って素敵だなあと思う。私には素敵刺繍をするスキルは無いので、せめて私も大切に服を着て次の方にお譲りしようと思う。
道具屋さんで服の取り扱いもあるけど、全てが古着だからね。新品の吊るしの服屋さんは領都の大通りにはあったような気がするけど、お金持ちの庶民かお貴族様御用達のお店だったと思う。アシュレイ様みたいなご領主様レベルとなると当然オーダーメイドになる。
さて、私の冬服もだいぶラインナップが充実した。
今日の私はピーカの毛皮のベストの下に厚手の焦げ茶長袖ワンピに厚手の黒いズボンを合わせて、編み上げの茶色いミディアムブーツを履いている。そして、腰にはゴムで口が絞られた特製の麻袋が括りつけられている。今は麻袋には何も入っていないのでしぼんでいる。アリスも私と同じく麻袋を装着しているけど、アリスにかかれば麻袋でさえも今年の冬の流行アイテムなのかと元の世界だったら思われそう。
そんなお洒落なアリスとマタギの娘と化した私が宿の食堂に移動すると、そこには銀灰色の森林狼の毛皮のベストを身に纏った、上下黒衣のノアが私達を待っていた。ノアはもう、パリコレの冬のアイテムはこれです、みたいに毛皮のベストがお洒落アイテムになっている。黒い編み上げブーツもお洒落。アリスもノアも、私のマタギジャンルとは別の括りだ。
しかしそんなおしゃれなノアの腰にも特製の大きな麻袋が括りつけられているのだ。
準備の整った私達が宿の外に出ると、広場に面したお店や宿、家からエスティナの住民達が私達と似たり寄ったりの格好をしてゾロゾロと出てきて、みんな真っ直ぐギルドに向かって歩いていく。
ご近所様お誘いあわせの上、って感じでみんなでギルドの前に集まると、そこにはグイ―ド達パーティの他に数人の冒険者達。そしてケネスさんがいた。
ケネスさんは麻袋を腰に着けた人が全員揃ったとみて、大きな声で話し始めた。
「それでは今日1日がかりで今年のトコトコ摘みを行う!」
トコトコ。
そのちょっと面白おかしい響きの名前をケネスさんが真面目に口にしている。もちろんケネスさんの言葉に耳を傾けるエスティナの人々と冒険者達もみんな真剣だ。
「今年もトコトコを摘みまくって、納税分からはみ出ただけアシュレイに良い値段で買い取ってもらうぞ!」
「「「おう!!」」」
ケネスさんが集まった人々に檄を飛ばすと、人々も雄々しく呼応する。
そう、腰に麻袋を括りつけた人達は、本日行われるトコトコ摘みの人手なのだった。
トコトコ摘みに誘われたのは3日前の夕食の時だった。
「カノンちゃん、ノアも。そろそろトコトコ摘みがあるから一緒に参加しようね」
「トコトコ摘み?」
いつものメンバーで宿の夕食を取っている時、ミンミがそんな事を言った。
私はもちろん、ノアも初めて聞く言葉、トコトコ。
私とノアが2人そろって首を傾げていると、「トコトコ摘み?!」と興奮した声が割り込んできた。少しほっぺを赤くしたアリスだった。
「わ、わた、私、トコトコ摘み、参加したい!!」
アリスが片言になる位興奮している。
「トコトコ摘みって、そんな大興奮のイベントなの?」
「あはは、アリスちゃんがなんでこんなに興奮しているか分からないけど、トコトコって言うのは、大森林の中で自生している布を織る為の糸を作る原料なのよ。トコトコ摘みは老いも若きも、エスティナに最低限の人員を残してほぼ全員が参加するから、心配しなくてもアリスちゃんも強制参加だから」
「やったー!!」
ほっぺを真っ赤にしたアリスが両手を挙げて喜んでいる。かわいい。
「トコトコ摘み、ずっと憧れていたの!エスティナの民が納める大森林のトコトコはとっても上質で、そのトコトコは王族の方々の身の回りの品にも使われるんですって!グリーンバレーを守る要だし、王室に献上するトコトコの産地だし、領都に暮らすエスティナ出身の民は、エスティナの生まれであることをとっても誇りに思っているの。私、エスティナに帰ってこられたし、実家の宿を手伝えるようになって、その上とうとう!トコトコ摘みをする夢も叶うわ!」
「わはは。領都の子供の中には、やたらトコトコ摘みに憧れてるやついるよなあ。まあ子供には面白いかもな。来年も再来年も、エスティナに居る限りこれからずっと、嫌でもトコトコ摘みに参加できるぜ?」
感極まって涙を拭うアリスの背中をラッシュが笑いながらポンポン叩く。
「ノア、俺達冒険者は強制招集で半分が住民の警護、半分がトコトコ摘みをさせられる。カノンと一緒に行くのならどうだ?」
「・・・・まあ、私も同行するのなら良いでしょう。カノン、トコトコ摘みに参加しますか?」
「カノンちゃん。トコトコ摘みに参加したら、ちょっとだけどギルドから給金が参加者全員に出るのよ」
「参加する!」
給料がもらえるならぜひとも!
グイ―ドとミンミの説明で、私とノアもトコトコ摘みへの参加を決めた。
トコトコというのはエスティナの近くの大森林内で勝手に群生している白い綿毛のような繊維で、内包した種と一緒に綿が弾けて風に乗って運ばれた先で根付きドンドコ増えていくという植物だという。そのトコトコの綿毛は糸の材料になり、庶民達の服を作る布として広く流通している。その中でもエスティナのトコトコはきめ細かで、エスティナ産トコトコで作った糸で編んだ布は非常になめらかで肌触りが良く、王族、貴族達の肌着や寝具などに使われるのだそう。
そしてそのトコトコは、グリーンバレー領の領主様にエスティナから税金として現物で納められる。これは昔からの決まりなんだそう。
エスティナは獣害を防ぐことが最大の役割なので、生産活動で納税する事が難しかった。それでゴルド大森林の中でもエスティナの近くに自生しているトコトコを収穫して納める事で、税を納めたと見做してもらったのだそう。
エスティナのトコトコはアストン王国のトコトコの収穫高の3割を占めるというのだけど、それをたった1日で収穫するってすごくない?
エスティナの人々の熟練の技が光るトコトコの収獲なのだろうか。
私、居ないよりはマシ位の働きが出来れば良いけど、せめて邪魔にならないように頑張ろう。
そんな決意をしたのが3日前の事だった。
おう!と勇ましく決意表明をしたエスティナの皆さんは、あとは和気あいあいと話をしながらエスティナの防護柵を抜けて大森林に分け入っていく。冒険者達は広く広がって、包囲網の内側に住民達が収まるように動いている。
そんな中、ノアは私とアリスの隣にぴったりくっついている。ついでにミンミも冒険者達の警護網に加わらずに私達の傍に居る。
私達はトコトコ摘み会場のど真ん中に配置されるそうなんだけど、もしも森の獣が住民達に危害を加えそうになったら、その現場にどこからでも最短で移動出来るようにノアがまず真ん中に配置されている。そこに私がくっつけられているという訳だった。更にアリスとミンミは私の付き添いだ。
そしてトコトコが群生している場所に私達は辿り着いた。
トコトコとは前の世界で言う所の綿花。コットンだった。
それがこの世界ではトコトコという何とも可愛らしい名前に。トコトコの群生地に到着すると、そこは見晴らしの良い開けた場所に白い綿毛を付けた私のお腹くらいまでの高さのトコトコの茂みがみっしりと密集していた。
昔から踏み固めていたのか、茂みの間にはちょうど良い具合に人が通れる小道がある。その小道に一人ずつ入り、種を含んで開いたトコトコの白い綿毛を茎や葉っぱが入らないように気を付けてスポッと引き抜いて腰の麻袋に詰め込んでいくのだ。
「カノンちゃん、アリスちゃん。何も難しい事は無いよ。ほれ」
私とアリスにトコトコ摘みのレクチャーをしてくれたのは、歩行機能がだいぶ回復したコリンお婆ちゃんだ。このトコトコの群生地までは冒険者の方におんぶしてきてもらったのだけど、お尻の下に簡易椅子を括りつけたコリンお婆ちゃんは、私達の前で椅子に座りながらトコトコの茂みをあっという間に丸裸にしてしまった。両手の残像が見えるかもって位の手早さ!目の前の茂みを丸裸にすると、コリンお婆ちゃんはヨイショと次の茂みの前に移動して腰を降ろす。コリンお婆ちゃん、トコトコ摘みの物凄い戦力だった。
「す、すごい・・・」
「はっは。あんた達はトコトコ摘みの初心者だ。茎や葉っぱが混じらないように気を付けて摘んでくれたら合格だよ」
「わかりました」
「よし!カノン、頑張るわよ!」
私とノア、アリスとミンミのペアに別れて、それぞれ一本の小道に入っていく。私は慎重に茂みの下部のトコトコを摘み、ノアは上の方を摘んでいってくれてる。
ノアの方が私の数倍手早くて、結果私の持ち分である筈の茂みの下部もだいぶ摘んでくれている。
「ごめん、ノア。私トロくって」
「カノンが丁寧に仕事をしている証拠ですよ。真っ白いトコトコだけをとても上手に摘めていますね」
褒め過ぎやろー。
基本ノアは私が何をしようと褒めてくれる。私が大失敗をしたとしても、驚くべき発想でもって私を褒めて来るので、ノアに褒められたとしても慢心してはいけない。でも慌てて摘んで葉っぱとか茎とか、植物の破片が収穫したトコトコに混じると糸を紡ぐ過程でゴミの除去がとても大変なそうなので慌てて雑な仕事をしては絶対にいけない。
私はそんなに器用な方ではないので、ゆっくりと慎重にトコトコの綿毛を茶色く枯れた花のガクから引っこ抜く。するとスポンと綿毛だけが綺麗に取れる。ちょっと楽しい。
これでお給金をもらえるなら、子供達の良い収入源になるんだろうになあ。残念なことに、いつ魔獣の襲来があるか分からないエスティナでは子供を育てられないとして、親子がエスティナと領都で別れて暮らす事が長らく続けられている。親が一緒に領都で暮らす場合もあれば、親子が離れて暮らす場合もある。エスティナで商売をしている人達は後者の方が断然多い。アリスだって、やっと両親と暮らせるようになったんだもんね。
魔獣の大襲来が定期的に起こるエスティナでは仕方がないとはいえ、親子が一緒に暮らせないのは可哀想だなあ。
ちょっとしんみりしつつもトコトコ摘みを頑張っていると、私の頭の上にポンと何かが乗った。そろそろ来るかと思ってたんだよ。
私の頭の上に1羽の小鳥が乗ったっぽい。
「ノアー。何が乗ってるの」
「これは、ハナガシラですかね。スタンレーでも南方で見かけました。頭に花が咲いたように飾り羽があって見た目も美しいですが、鳴き声も可愛らしいのですよ」
ノアが私の頭の上の小鳥の説明をするなり、小鳥がピルルルルと可愛い声で鳴いた。するとトコトコ摘みに散っていた住民の皆さんが一斉にこちらを見る。トコトコ摘みの役にもまだ立っていないのに、騒ぎを起こして皆さんの手を止めてしまった。非常にお恥ずかしい。
皆さんは私の頭の上の小鳥を見て、はははと笑いながら手元の採集に戻る。うん、勤勉。今日1日でこの一面に実ったトコトコを収穫しないといけないんだもんね。
「あはは、カノン。可愛い。似合ってるわ」
そう言って私を笑うアリスは、私よりだいぶ進んだ先のトコトコを摘み始めている!
「ノア、小鳥は気にせずに頑張ろう!」
「はい」
私に発破をかけられるまでも無く、ノアは既に私の5倍位の戦力になっている。まさにお前が頑張れよという状態。
ピルル、ピルルと鳴くハナガシラは放置して、私はトコトコ摘みに意識を集中させる。すると私の両肩にもポンと軽い物が乗る衝撃が。
「うーん。これは、なんでしょうか。でも頭と背中が茶色くてお腹は白い。ふふ、冬毛で丸くて可愛いですね」
可愛い。
見たい・・・。でも残念ながら肩に乗られたら見られない。
私の両肩に乗った小鳥は鳴きもせずにしばらく私の両肩に止まっていた。私はその間、もくもくとトコトコ摘みに励む。
すると、私の両肩に乗っていた小鳥2羽が私の両腕の方に降りてきた。小鳥たちは私の片手にすっぽりと収まる位の小ささ。確かにお腹の羽毛だけが白い。尾羽が長くてシマエナガみたいに真ん丸なフォルムが超かわいい。
その丸い小鳥達は、私の手元の方にどんどんと移動していく。
「ん?こら、ダメだよ。トコトコに悪戯しないで」
小鳥達は私の両手から茂みに飛び移ると、トコトコの綿毛を啄み始めた。この小鳥達、トコトコを食べるの?まあ良く分からないけど、こんな小さい小鳥だから食べるとしてもほんのちょっとだろうし。私から離れた小鳥の事は意識の外に置き、私は自分のトコトコ摘みに集中しようとする。
「カノン、小鳥達を見て下さい」
しかし、私がトコトコ摘みに励もうとすると、今度はノアが私に声を掛けてきた。
「ノア、小鳥がどうか・・・」
ノアに注意を促された私は小鳥を見て、黙り込んだ。
小鳥がどうかしてた。
小鳥は私の目の前の茂みにとまって、トコトコの綿毛をそれぞれ嘴に咥えていた。そしてその小鳥達は私の両腕に飛び乗って、私の腕の上に綿毛を置いた。
「・・・・・」
綿毛を私の両腕にくっ付けるようにして置いた小鳥2羽は、いかがですか?と言わんばかりに私を見上げてくる。




