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省エネ聖女と覚醒勇者は平穏の地を目指す  作者: ろみ
アストン王国地固め編
5/26

特に説明も無く、聖女初任務へ 4

 気を失うように再び眠りに落ちて、次に私が目覚めた時には見知らぬ天井が見えた。

 ここはどこ。

「聖女様、お目覚めですか?」

 私が辺りを見回すと、木造の建物のこじんまりとした一室、その中のベッドの上に寝かされていた。軍人さんは部屋のドアに背を預けて、腕組みをして立っていた。

「辺境の町につきましたよ。旅に必要な物資は一揃え買っておきました」

 なんと、既に一泊予定の辺境の町に到着してしまっていた。

 部屋にはオイルランプが灯されていて、窓は木戸で塞がれているけどもう夜なのだろう。遠慮も無しに私はぐっすりと眠り込んでいたようだ。

「食事にしましょう。聖女様の口に合えばいいのですが」

 軍人さんはベッドに起き上がった私の傍に小さなテーブルを寄せて、その上に食べ物を並べ始めた。

 私が寝コケている内に軍人さんは色々と旅の準備をして、さらに食事の準備までしてくれる。

「・・・なんで?」

 軍人さんは私の問いに小首を傾げた。

「なんでこんなに、ちてくれるの?」

 自分が国を追われる事になった原因の私に、軍人さんはどうしてこんなに良くしてくれるのか。

 今日の暴虐王子の言い分でよく分かった。

 この国にとって聖女と呼ばれる異世界から召喚される人間は、ただの消耗品でしかない。

 今回の聖女で、私を使って10年結界を維持すると暴虐王子は言った。

 国の結界が一体何かは知らないけど、その結界に魔力を補充するための道具として、多分定期的に異世界から聖女を召喚しているんだ。だから私を人間扱いしてくれる人は、目の前の軍人さんしかいなかった。

 私はたまたま今回の聖女召喚に引っかかってしまっただけで、私じゃなくても異世界人なら誰でも良かったのかもしれない。

 そんな、まるで乾電池的な消耗品でしかない私に、軍人さんはどうしてこんなに良くしてくれるのだろうか。

 あ、泣くつもりなかったのに、また涙が勝手に出てくる。

 さらに鼻水まで出てきた。

 私がスンスンと必死に鼻を啜っていると、私の手が暖かい何かに包まれた。

「失礼ながら・・・。聖女様の境遇は私と同じだと思ったのですよ」

 私の小さな手は、大きな軍人さんの手に包まれていた。

 俯いていた顔を上げれば、ベッドの傍らに膝を付いて軍人さんが優しい目をして私を見ていた。

「今日、殿下の傍らに居たのは私の腹違いの兄です。母が亡くなり私は無理やりに侯爵家に引き取られましたが、侯爵家での暮らしは楽しいとは言い難かった。私はいつでも家を出られるように心積もりをしていたのです。今日の事はかえって良い切っ掛けとなりました。あなたがこの国にいらした事も、あなたが望んだ事では無かったでしょう。まるで聖女を道具のように扱うこの国のやり方に私は反対です。私は自分の家を飛び出して自由になります。ですから聖女様もこの国から逃れて自由になりましょう。私が必ず、あなたを安心して暮らせる地へお連れします」

 鼻水が垂れそうで一生懸命啜り上げていると、軍人さんが私の後頭部を押さえて白いハンカチで鼻水を拭いてきた。この世界にティッシュはない・・・。

 軍人さんは私の鼻水をハンカチの中に折り込んで、ハンカチで更に私の目元を拭ってくれる。軍人さん、拭く順番は逆の方が良かったかも・・・。

 しかしこの軍人さん、どうしてこんなに幼児のお世話に慣れているのか。

「じょうず」

「城下町では近所の年下の子供達の世話を良くしていました。申し訳ありませんが、旅の道中私がお世話をする事をお許しください」

 鼻水と涙を拭いてくれた軍人さんは、最後に私の頭を撫でながらニコリと微笑んだ。若いパパさんなのかななんて思ったけど、そうではなかった。妻子が居ないみたいでホッとしたのは確か。私の所為でパパが国外追放なんて、さすがに申し訳なさすぎるわー。

「・・・おしぇわになりましゅ」

 私の舌ったらずの言葉に軍人さんが笑みを深める。

 私の思考は元の精神年齢のままなんだけど、言葉がどうにも覚束ない。そして感情は見た目年齢に引きずられているかもしれない。喜怒哀楽があまりコントロール出来ない感じ。

「ぶ、ぶらんどんしゃん」

「私に敬語は不要です。どうぞノアとお呼びください」

 私、サ行が苦手だなあ!ザ行も難しい。どうしてもうまく発音できない。

 軍人さん改めノアには遠慮なくタメ口でいかせてもらう。

「のあ。わたち、かのん。しぇいじょじゃない」

「カノン様ですね」

「しゃま、いらない」

「はい、カノン」

 私とノアは顔を見合わせてニッコリ笑い合った。

 呑気に笑ってる場合じゃないんだけどもね。

「ごはんたべよっか」

「はい、食べましょう」

 ノアは私が食べやすそうな、ピタパンサンド的なやつとか、肉団子とか買ってきてくれた。腹が減っては国外に逃げられないので、2人で食べられるだけ食べる。

 そしてお腹が一杯になると同時に、瞼が物凄く重くなってきた・・・。

「カノン、もう少し頑張ってください。明日から暫く野営が続きますから、今夜体を拭きますよ」

 頭がグラングランしていた私をノアがひょいと抱き上げた。一瞬意識が飛んでた。

 ノアはいつの間にか木の盥にホカホカ湯気の立つお湯を貰ってきていた。ノアはその盥の脇に私を立たせる。

「はい、カノン。両手を挙げて下さい」

「!!」

 ハッとして私は思わず両手で私が着ているワンピースを握りしめた。

 私が着ていた大人サイズのぶかぶかワンピースはとっくに脱がされていて、ちゃんと今の私の身体にジャストフィットな子供用ワンピースをいつの間にか着てた!

 アワアワと自分の服とノアを見比べていると、ノアが眉尻を下げて困ったように笑う。

「あー・・・、下町では近所の小さな子達を性別問わず風呂に入れてやったりしていましたから。どうか気にせずに私にお任せください」

「お、おぁー・・・」

 ワンピースの襟ぐりから中を覗けば、私は子供用のかぼちゃパンツを装着させられていた。服も下着も全取り換えされている。

 もう失う物はないな・・・。

「おねがいちましゅ!」

「はい、よろこんで」

 私が潔く両手を上に挙げると、ノアも遠慮なく私からスポーンとワンピースをはぎ取った。それからノアは手慣れた様子で私の全身を、くまなく全身を清拭してくれて、洗髪までしてくれた。とってもサッパリした。

 男の人の大きな手で優しく洗髪されるのは、とんでもなく気持ちが良かった。

 ノアは先に私の身を清めてくれて、盥の残り湯で自分の洗髪と体の清拭も済ませてしまう。

 あまりに手早いので、ノアの清拭の様子を私はガッツリと見てしまっていた。

 黒髪から雫が滴っているノアが、私に気付いて流し目をくれながら目を弓なりにした。

 かあーっこよ!そして色気!

 こりゃあ格好いいわー。幼児に色目を使うはずなどないので、ノアの滴る色気はナチュラルなものなんだろな。19歳素朴女子の私の数倍、ノアは色っぽいなー。

ノアの顔は抜群に綺麗だけど、体も均整がとれていて美しい。細身の体に鋼のような筋肉がバランスよく付いている。腰回りとかギュッと無駄の一切無く縊れてて、美術館に展示されているような石膏像並みの美しさ。思わず見とれてガン見してしまった。

「はやいねえ」

 しかし脳内で煩悩に塗れて色々と考えていても、私の口から出る言葉は拙く幼い。

 体の清拭をガン見された所で今の私は所詮幼女。ノアも気にした様子も無くニコリと笑う。

「手早く食事や風呂を済ませる事も軍人の訓練の1つでしたから」

「ふーん」

「さて、それでは休みましょう」

 いいながらノアはベッドの脇の床に自分のマントを広げた。

「おやすみなさい、カノン」

 そしてノアはそのマントの上に体を横たえた。

「なんで?!!」

 この世界にやって来て一番の大声だったかもしれない。

 私の大声にノアも目を丸くして上体を起こした。

 なんでノアは床の上に寝転がっているのか?!

「なんで、ここで、ねないっ?!」

 私は激しくベッドの布団を叩いた。幼女の小さな手なので、ペソペソと気の抜けた音が微かにするのみだけど。

「・・・カノン。さすがに同衾するのは、問題では」

「もんだいないよ!」

 一つのベッドで寝ること位なに?!

 私の一糸纏わぬ姿を既に見て、その上触って(清拭)るんだから、添い寝位なんだってーの!私に遠慮など無用!

「わたち、ねじょうわるいから!ベッドからおちたらいたいから!」

 幼児化してから初めての長台詞だったけど、どうしても幼い口調に変換されてしまう。

「のあ、こっち!わたち、こっちよ!」

 明日からの旅路もノア頼りなんだよ。ノアには万全の体調でいてもらわないと困る!

 だからノアにはしっかりベッドで休んで欲しい。どうせ私はスリング抱っこされれば移動中も寝ちゃうんだろうし。

 小さな手でペソペソと必死に布団を叩いていると、クックッと笑いながらノアがベッドの上に乗りあがってきた。

 そうそう。私は壁側で、ノアはその隣で。

 ノアはベッドの半分に寝っ転がると、私を懐に抱き込んだ。

「わかりました。カノンがベッドから落ちたら大変ですから、私が抱いて眠りましょうね」

 ・・・抱っこまでは要求してなかったんだけど。

 私はノアに向かい合わせに抱っこされた。ノアの腕を枕に、私はノアの上半身にピッタリと体をくっつける形に。

 おお・・・。なに、このあったか空間。安心感が半端ない。

 そして私を抱き込んだノアが背中をトントンと一定のリズムで叩いてくる。

「小さな頃は、母によくこうやって寝かしつけてもらいました。カノンといると、母と暮らしていた頃の事を思い出します」

「ふうん」

 ノアは愛情たっぷりにお母さんに育ててもらった思い出があるから、私にどう接すればいいのか分かるのかな。このノアのトントンに、私の瞼はすぐさま重くなる。

「カノン。あなたが大きくなるまで。あなたが大人になるまで、私はあなたの傍に居ますからね」

 そんな・・・。

 護衛任務で聖女に関わってしまったばっかりに国外追放を言い渡されて、更にその上、幼児退行してしまった私を大人になるまで育てるつもりなの?

 そこまで責任を負う事ないのに。

 ・・・でも、そう言ってもらえて嬉しい。

 望まずして呼び寄せられてしまったこの世界で、私の味方はノア1人だけだ。

 けれどノアと出会えた事は、私のこれまで生きて来た人生で最大の幸運じゃないだろうか。

 私は感謝の気持ちを込めてノアの胸元にすりすりと顔を擦り付けた。

 それから私は安心して意識を手放した。



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