グリーンバレーの魔女と弟子 8
ビアンカ様の指示により、魔術行使の練習がてら団員の皆さんの怪我の手当をする事が決まった時、初回はベル様が私達と一緒に訓練場まで来てくれた。ばっちり冒険者装束で。
「カノンちゃんに舐めた口を聞く団員が居たら、この私がボッコボコにして懲罰房にブチ込んでやるから安心してちょうだいね。騎士は常に紳士たるべきよ。それがアストン王国の騎士道よ!」
そう言ってベル様は力強く自分の胸を叩いた。
うん。アストン王国の剣技はちょっと紳士とはかけ離れているかもしれないけど、精神の、心の在り方の話だもんね。
ベル様は時々口調がべらんめえになるなあと思っていたけど、冒険者時代の名残何だろうね。
初日は私の付き添いにベル様とベル様の護衛騎士2人の他に、ノアとビアンカ様、ラッシュまで付くと言う大所帯だった。
もちろんその日は何の問題も起こらず、訓練中に軽傷を負った団員さんに協力いただきながら魔術の練習をさせてもらった。
私が魔術の練習に訓練場に行くのは2、3日に1回程度で、最初の内は初日の厳戒態勢を敷かれながらの魔術の訓練だった。しかしこちらの厳戒態勢に反して、私が頭や肩に小鳥を乗せながら治癒魔法を行使する様子を、団員の皆さんは自分の訓練の合間にチラ見する程度。トラブル一切無し。
ベル様がぶっ飛ばすべき狼藉者は一人も居なかった。私の前では皆さん紳士だった。
この半数は何かのスイッチが入ると戦闘狂の血が抑えられなくなる人達だけど、ノアが多少迷惑を被る可能性がある位で私には無害。
そして一月ほど様子を見て、私の城内の護衛も少なくしていこうかという矢先の出来事だった。
その日は騎士団の主要メンバーは少し遠出をして二泊の遠征訓練で出払っていた。騎士団に残っているのはこの春に入団した新人騎士達3人と引退間際の留守を預かるベテラン騎士達といったメンバーだった。
通常の騎士団の訓練は行われないけれど、新人騎士達は、今日は領都に暮らすエスティナの子供達の訓練をする予定との事だった。
ここでエスティナの人達とアシュレイ様の距離の近さの謎が解けたんだけど、領都の初等学校の隣にはエスティナの子供達の寮があるのだそう。領都に頼れる家族親族が居ないエスティナの子供達は、エスティナ寮で13歳になるまで共同生活を送るシステムなのだそう。
アシュレイ様はエスティナの子供達をとても気に掛けていて、特に親元、家族の元から離れて領都の寮に暮らす子供達には、独り立ちするまで手厚い支援をしている。
アシュレイ様のこういう部分は、領主としての才覚の発露なんだろうね。だから寮出身のエスティナの人達はみんなアシュレイ様を尊敬している。ギルドの受付嬢のルナもエスティナ寮出身だったそう。ルナはギルドでアシュレイ様に物凄く気を使ってたもんね。
そんなエスティナ寮の子供達の中でも騎士団の入団を希望する者は、定期的に騎士団の訓練場で本物の騎士から剣の手ほどきを受けているのだ。
その日ビアンカ様はアシュレイ様と何かの打ち合せ。それにノアも少しだけ参加するようにお願いされた。ラッシュは領都の冒険者ギルドに用事があって出かけていた。
ちょっと私の護衛的人員が手薄かもだけど、エスティナの子供達の訓練の様子もちょっと見てみたい。
でも私とミンミの2人だけで訓練場に行くのはどうしたものかと思っていたら、それなら訓練場で私と私の護衛騎士2人と待ち合わせしましょうと、ベル様が申し出てくれた。
ノアも話が済み次第訓練場に来てくれるという。それなら大丈夫だろうという事で、エスティナの子供達の訓練を私達はちょっと見せてもらう事になった。
下は8歳から上は12歳までの男の子と女の子が剣の訓練に励むのだという。そして寮を出た後は領都の騎士団を目指す子も居れば、冒険者に転向してエスティナに帰る子も居る。全く違う仕事をする子もいるそう。自分の仕事を好きに選べるっていいよね。子供って可能性の塊だなあ。
そんなこんなで私とミンミの2人は騎士団の訓練場を訪れた。
訓練場の真ん中では8人の子供達が準備運動的な物をしている。その傍に年若い騎士が3人立っていたんだけど、その内の1人が私とミンミの方を見た。
私がペコリとその騎士達に頭を下げると、その内の1人がこちらに駆けよってきた。
私と騎士の間に立つように、ミンミがさっと立ち位置を変えた。
「すいません、聖女様!」
「えっ」
近づいてきた騎士に突然聖女なんて呼ばれてギョッとした。
アシュレイ様との話では、私がスタンレーの聖女である事は公にしないという事で決まっていた。私を聖女と呼ぶ人は周りに居ないし、みんな私を名前で呼ぶ。
「聖女様、俺の深爪治してもらえませんか!爪切りで手元が狂ったんすよ~」
そう言ってその騎士は、ミンミの前に左手をずいっと出した。
「・・・・・」
何言ってんの、この人。
私は絶句しているし、ミンミは警戒心マックスで背中の緊張感が半端ない。
「あっ、そういえば俺、深爪したの半年前だったわ。聖女様、やっぱ俺、魔法は要らないっす!」
それから騎士は、にやけ顔でミンミの前から手を引っ込ため。
離れた場所からこちらを見ていた他の騎士2人は、弾けたように笑った。
笑い声が上がったのとミンミが動いたのは同時だった。
「ぐっ・・・!」
気付くとくぐもった声を出して、騎士がミンミの前に蹲っていた。
「ぎゃっ・・!」
「がっ・・・!」
更に2つのくぐもった声が聞こえて訓練場の中央を見れば、さっき笑っていた騎士達が地面に頽れていて、その後ろにはベル様の護衛騎士が1人ずつ立っていた。そしてその護衛達の後ろには待ち合わせをしていたベル様が険しい顔で立っていた。
「・・・カノンちゃん。お詫びのしようも無いわ。我が城の客人を愚弄するような浅慮な愚か者がまさか騎士団内に居るとは・・・・。この者達は即刻騎士の身分剥奪の上、領都を追放する。私とアシュレイからの謝罪は改めてさせてもらうわ。不快な思いをさせてしまって、本当にごめんなさい」
「い、いえ、そんな・・・」
気付けばエスティナの子供達はどこかに連れていかれたようで姿が消えていた。
子供達の指導役だった騎士3人はベル様の護衛騎士に捕まり、訓練場の中央に座らされていた。護衛騎士に殴られたらしい頬を腫らした騎士2人はともかく、ミンミが思いっきり殴るかしたらしい騎士は未だに蒼褪めて前傾姿勢でいる。
その3人の前には、普段の可愛らしさが鳴りを顰めた、氷のような冷徹な表情をしたベル様が腕を組んで立っていた。
「・・・・さて、救いようもない愚か者共。お前達が元の立場に戻れる事は無い。何をどう弁解しようがこれは覆らん。だが、何故このようなバカげた行いをしたのか、何を考えての行いか、聞くだけ聞いておこうか。お前達の言葉は騎士団員全員に周知する。そして、このような愚か者と同じ轍を間違っても踏まぬよう、団員全員に肝に銘じさせる。お前達の行いは、騎士団全員の知る所となる。お前達が恥という言葉を知っているなら、最早生きていく事さえも困難かもしれぬな。さあ、王国一の馬鹿共のお前達は、何を思ってグリーンバレーの大恩人を笑い物にした?」
ベル様、冒険者護衛モードを飛び越えて、激おこ領主夫人モードだ・・・。
「も、もうしわけ・・・」
「お前達の役にも立たん謝罪など、要らぬ」
ベル様にぴしゃりと言われ、騎士3人は更に地面の上で縮こまった。
私とノアは領主の城の客人という身分だった。改めて思い返せば、本当に良くしてもらっていた。エスティナの一住民に対しての対応な訳、全然無いもんね。
そして私が気を付けて出歩かないと、私の立場を良く知らない人達が私をふざけてからかったりして、その結果、その人の人生が終わる事になる。
私が安易にミンミと2人だけで訓練場に来てしまった結果がこれ。
ノアかラッシュかミンミか、この内の誰か1人と必ず一緒に居る事、というノアの言いつけは守ったよ?でもミンミと2人で行動するなら、用心して騎士団の訓練場は避けるべきだった。私のように考えの浅い新人騎士が居る可能性もあったんだね・・・。
ベル様の前で土下座の体勢で縮こまっている騎士達を見ていると、そっと後ろから肩を抱かれる。
「カノン」
この騒ぎの報告がいったのか、気付けばノアと一緒にアシュレイ様までが訓練場に来てしまった。
「お前達、何故このような騒ぎを起こした。カノンとノアについての城内での対応は、騎士団全体にも申し伝えていたはずだが?領主の命を何の理由があって軽んじた?」
3人の騎士は地面に額づいて息を殺している。
アシュレイ様が出てきてしまってはもう、今この場で3人の進退が決まる事になるだろう。
でも、この3人。私と同年代。ひょっとしたら10代かもしれない・・・。




