グリーンバレーの魔女と弟子 5
私達は、その後は先に部屋に戻らせてもらった。
私も気絶から目覚めたばっかりだし、お昼寝をしないとねー。
訓練場ではその日の午後一杯、ビアンカ様が騎士団員を千切っては投げ千切っては投げ、
心行くまで暴れたのだそうだった。騎士団員達も嬉々として投げられていたらしい。需要と供給が合致していたなら何よりだった。
そして更にその10日後、ノアの呪いの全解呪も無事に成功した。
ノアの全解呪はビアンカ様の協力を元に行われた。私が見た所、穢れとかビアンカ様が言う物が全く見えなかったんだよね。だけど、ビアンカ様がここだぞと、ノアの胸の真ん中をトンと人差し指で突くと直径10センチくらいの真っ黒なボールがノアの胸の上に体の中からせり上がってきた。
なんかこの黒いボール、凄く物質的というか、実際にこの黒いボールがあるかのようにはっきりして見える。触ると、掴めた。
この黒い真球を消そうと揉んだり引っ張ったりしてみたんだけど、念じるだけでは無理そうだったので、「消えろ!」と叫んで気絶コースとなった。
ノアの黒い真球として現れた呪いの正体は、ビアンカ様の見立てでは家族か近しい立場の者からの恨みや妬みだろうという事だった。あの性格悪そうな威張り散らかしていた兄かお父さんがノアを妬んでいたんだろうか。ほんとにしょうもな!
でもこの直径10センチの黒い球が、ノアの力に対しての強力な枷になっていたんだ。
傍から見ればこんなに小さい物なのに、ノアは自分に枷が嵌められている事も気付かずにいて、大部分の力が抑え込まれていた。
私も実親に呪われていたようなものだったからな。小さい頃に言い聞かされた事は、それが正しい事だってずっと信じてしまうんだよ。
ノアは侯爵家に引き取られたあと、あまり上手くいかなかったって言っていた。そう感じさせられるほどに冷たい仕打ちを受け、心無い言葉を浴びて、そのノアを否定する言葉が真実なのだと信じてしまったのかな。そして、周囲からの呪詛の言葉を正しいと信じたノアの心もまた、呪いを強化してしまったのかもしれない。
スタンレーのノアの実家の侯爵家でノアを虐げた人間達には、みんなにもれなく罰が当たります様に!
私は聖女と呼ばれる事もあるけど、聖なる心を持ってるわけじゃない。全世界の人々が幸せになれ―なんて、博愛の精神なんて持ち合わせていない。だから、私の大事な人を傷つける人間はもれなく全員不幸になります様にと、いとも簡単に呪詛を吐くのだ。
とにもかくにも、ノアの全解呪も成功した。
という事は今まで半分の力も出せなかったノアが、これからはフルパワーで戦えるということなのだ。いや、制限されていた状態でも十分人間離れしていたと思うんだけどね?
「よし!今日も全力でいかせてもらうぞ、ノア!」
そして私の身体も大人に戻った頃、再び訓練場にてビアンカ様に模擬戦を御所望されるノアだった。
力が完全開放されたノアと戦ってみたい!って、ビアンカ様なら絶対に思うよねー。
以前と同じく甲冑を身に纏い、大剣を片手でノアに突き付けているビアンカ様はとっても楽しそう。そしてギャラリーの騎士団員の皆さんもステファンさんを筆頭に半分くらいは目が爛々としている。類友だねえ。
「カノン、今日は私に支援魔法を行使しろ!さすがに覚醒したノアとは勝負にならんだろうからなあ!」
嬉々として笑いながらビアンカ様が私に指令を出す。
えー。ノアと戦うビアンカ様に支援魔法を?
歯をむき出しにした獰猛で好戦的な笑みを浮かべ、今にもノアに襲い掛かろうとしているビアンカ様を見る。
そして訓練場を見回すと、辺り一面がまるで爆撃でも受けたかのように穴ぼこだらけになっている。これも全部ビアンカ様の仕業だ。いくら整地をしようとしても間に合わないと、騎士団員の人達も嘆いているとか。
あきらかにビアンカ様は凶暴。
ビアンカ様を強化した事により、ノアが間違って怪我でもしたら嫌だ。
「ノア!頑張ってー!!」
「あ!カノン、この!師の言う事を聞かんとは、悪い弟子だぞ!」
私はビアンカ様の言いつけを無視し、ノアにガッツリと支援魔法をかけた。ノアは以前と同じようにキラキラと白い光を全身に纏った。19歳に戻ってから数日経過しているので、一度の支援魔法では幼児退行も起こさなかった。
「カノン。応援ありがとうございます」
訓練場の中央で、キラキラ光るノアがこちらに微笑んでお礼を言う。ノアは元々誰にも負けない位の絶世の美男子だもんね。キラキラエフェクトが標準装備でもおかしくない位にカッコいいよ。
「ビアンカ様―。カノンちゃんはノアの対戦相手には支援魔法かけられませーん。エスティナでもステファンさんに魔法かけられなかったからー」
ミンミが訓練場の中央に立つビアンカ様に補足説明をしてくれた。
「ふむ。カノンの場合は心情的に力の行使が難しい場面もあるという事か。では仕方がない、自分の強化は自分で行うとするかあ!」
言うなりビアンカ様は訓練場の中心で両手を握りしめ、両膝を曲げ、何かの溜めのような姿勢を取った。
「うおおおお・・・!!」
ビアンカ様が雄叫びを上げると共に、何かの衝撃破がビアンカ様を中心に周囲へ放たれた。近くにいた騎士団員数人が足を取られて転び、訓練場の端っこに居た私とミンミとラッシュの前髪もビュウと後ろに靡いて3人共オデコが全開になった。
「よし、待たせたなあノア。はじめようか!!」
そして訓練場に立つビアンカ様を見ると、ビアンカ様の全身を黄色い炎のような光が覆っている。ビアンカ様の足元には放射状に少しずつひび割れが起こっている。
「私の身体強化がどこまでお前に通用するかな!」
そう言ってビアンカ様は大剣と言えるほどの長さの訓練刀を片手で軽々と構える。自分で身体強化出来るなら、最初から自分でやって欲しい。地面がひび割れる程の身体強化なんて、いったいどれだけの効果があるのか・・・。
しかし、ビアンカ様は完全復活してから血気盛ん過ぎない?一体どの星から来た戦闘民族なの?
呪いに蝕まれて大人しかった前の方が扱いやすかったと、元気が良すぎるビアンカ様にげんなりしているアシュレイ様にはちょっと同情してしまった。
「カノン、先に部屋に戻っていてください」
「わかった。気を付けてね」
私に手を振っているノアに隙ありとばかりにビアンカ様が斬りかかっていく。その剣をノアが受け止めてガイーンと大きな音が訓練場に反響した。
「大変!またカノンちゃんの頭がぼわーっとしちゃう~」
「うるせーし、早く帰ろうぜ」
私はミンミとラッシュに手を引かれて早々に部屋に戻った。
後でノアに聞いた話によると、私が訓練場から退場した事を確認してからノアはビアンカ様を一撃で場外へ吹き飛ばし、模擬戦は終了となったのだそう。
模擬戦って、場外負けってルールがあったんだね。
その後はビアンカ様の身体強化が切れるまで、ステファンさんのように戦闘狂、もしくは戦闘狂寄りの模擬戦大好きな騎士団員の皆さんによる総当たり戦が始まったので、ノアもさっさと部屋に帰ってきたのだそう。
「ノア、大変だったね。でもこれからはビアンカ様とステファンさんで好きなだけ模擬戦出来るから良かったね」
「ほんとうに。そうしていただきたいですね・・・」
かすり傷1つ負わずに帰ってきたノアだったけど、領都に来てから戦闘狂の人達に執着され続ける精神的疲労は少なからずあったようだ。
「ノア、お疲れ様」
カウチの隣に腰かけるノアの手を取り、何となくニギニギとマッサージ的な事をすると、疲れたような顔をしていたノアがフッと笑ってくれた。
「カノンと居ると、本当に癒されます。カノン、いつもありがとうございます」
「えー、こっちこそだよー。ノアも、いつもありがとうね!ミンミとラッシュもありがとうね!」
私の隣のノアも、対面に座るミンミとラッシュもみんな笑顔。
ビアンカ様の言いつけでもあった、ノアとビアンカ様の全解呪は無事に完了した。
けれど、これは私がビアンカ様から指導を受けるための前準備みたいなものだからね。
アストン王国一の魔術士による私の聖女の魔術を使いこなすための修行が、いよいよ始まる。
ビアンカ様の魔術指南がいよいよ始まるかと思ったら、能力が覚醒したノアとの最後の模擬戦から3日ほど私とノアは放置され、そして今日やっと午後のお茶の時間にビアンカ様に私達は呼び出された。
呼び出された先は、太陽が燦燦と差し込む、いつもお茶の時間に使うサロンだった。
「ははは、お前達。しばらくほったらかして悪かったな。何せ数十年ぶりに体の調子が戻ったのでな。少しはしゃぎ過ぎてしまったが、さすがに気は済んだ。しばらく模擬戦は沢山だな」
「そうですかー」
体の調子が絶好調になったビアンカ様がリハビリ名目で、連日訓練場で暴れていると、アシュレイ様が暗い顔でこの間私に話しにきた。ビアンカ様が絡むとアシュレイ様はこんなに普通の人になるんだーと、更なる驚きだった。そしてアシュレイ様は何故私にわざわざ話しに来るのか不思議だったんだけど、普通の感性で共感できる凡人が私しか居なかったのかもしれない。そう思うと、アシュレイ様も大変だな。ブルーベル様も元切り込み隊長の戦闘民族なんだもんね。でもビアンカ様もやっと気が済んだようだし、アシュレイ様の悩みの種も減ると良いね。
「それで、ノア。お前は弟子卒業だ。まあ私がお前に教えられる事など、最初から無かったがな。私のアストン式剣技は自分の中に落とし込んだか?」
「お陰様で。色々とご指導いただき、ありがとうございました」
如才なく、ノアはビアンカ様にお礼を言う。
あの敵に土をかけ、剣を投げつけ、挙句に拳で敵に殴りかかるというアストン式剣技を・・・。非常事態には有効そうだけどね。生きるか死ぬかの時に教本通りの剣の型なんか何の役にも立たないだろうなと素人の私も思うよ。
ともかく、晴れてノアはビアンカ様の弟子を卒業する事となった。
「さて、カノンよ。お前にはいよいよ本格的に魔術の指南をしてやろう」
「はい!」
私は真剣に返事する。
領都に来たのはアシュレイ様に召還されたからだったけど、私もあわよくば王国一番の魔術士に色々教えてもらえたらって思っていたんだもんね。
私の力をもっと理解できて、もっと使いこなせたら、エスティナの皆にも役に立つ事があるかもしれないしね!
「お前に今必要な事だが、まず1つは聖女の力の種類をきっちり仕分けする事だな」
「仕分け?」
私はビアンカ様の話がピンと来ず、首を傾げた。
「うむ。お前はな、何種類かの魔術の行使を同時に行っている。だから魔力の消費も多くなるし、何なら魔術の効果も分散して薄くなってしまう。しかしお前は力任せに魔力を消費してどうにかこれまでは望みに近い結果を出してきたのだ。お前は解呪の際に治癒魔法も発動しているぞ。支援魔法の際にも治癒魔法を発動しているのではないか?疲労回復の効果もあったな。なんなら清浄魔法も交じっているかもしれないな」
「ああー・・・」
そういえば思い当たる事があるような・・・。
黒いもやもやを払う時も、支援魔法をかける時も。疲れが取れるようにとか、痛い所が治る様にとか、色々ないい事が起こる様にってなんとなーく、ふんわりとお祈りしていた。ノアとか冒険者の人の怪我とか疲労とか、支援魔法の時に回復したり治っていた気がする。清浄魔法は全くもって心当りはないけど。体とか服とか清潔になる感じの奴?
あ・・・。
道具屋のご隠居しているお爺ちゃんのもや払いの時、お爺ちゃんが食べこぼしたらしい胸元のジャムの染みが気になって見ていたら、もや払いが終わったらジャムの染みが奇麗になってたな。
あれは清浄魔法だったのかも・・・。
「まずは自分の魔法の種類を知り、その効果を絞って魔法を行使する訓練をする。そしてもう1つの課題だが、お前は自分の魔力量、魔力の流れを分かるようになれ。お前は自分の魔力を全く感知できないな?もちろん他人の魔力も分からないのが現状だろうが、そこはまあ良い。例えばこの茶器に紅茶を満たすためには」
そう言ってビアンカ様は壁際に控えていたメイドさんを呼んで、紅茶のお代わりをお願いする。メイドさんは適温の紅茶を流れるような手捌きでカップに注ぎ、ビアンカ様の前に置いた。
「うむ。このように、茶器に紅茶を満たすためにはティーポットから適量の紅茶を適した勢いで注げばいいな。だがカノン、お前はこの茶器を満たすためにバスタブ一杯分の紅茶を一気にこの小さな茶器に注いでいるのだ。量も不適切。注ぐ勢いも不適切。だが勢いよくバスタブ一杯分注がれた紅茶は、大部分が茶器から撥ね返り茶器の外に零れるが、ほんの少しは茶器の底に残るだろう。それがお前の聖女の力の効果だ」
「そ・・・、そうなんですか・・・」
衝撃の事実。
私の聖女の力の使い方、想像以上にてんでなっていなかった。




