グリーンバレーの魔女と弟子 4
ビアンカ様の全解呪を試みた私は想定通り幼児退行を起こして気絶した。
それからきっちり3日寝込んでから私が目覚めると、私の顔を大迫力の絶世の美女が覗き込んでいた。
「目覚めたか、カノン」
「・・・びあんかしゃま。おはよう、ごじゃいましゅ」
今回の目覚めはどうしようもなく眠いとか、起きて居られないといった事は無かった。私がムクリと起き上がると、ガーゼケットにクルリと包み、ノアがすかさず私を抱っこした。
私とノアの寝室には、ミンミとラッシュはともかく、ベル様のほかにビアンカ様までが自由に出入りし始めてるなー。
まあ幼児退行中に限る事なので、みんな心配してくれてるんだよね。
「おはようございます、カノン。調子はどうですか?眠気が強かったり、倦怠感があったりしませんか?」
「おはよ、のあ。んー、だいじょうぶだよ」
そうノアに答えながらも、私はビアンカ様をもう一度見る。
ビアンカ様はゆったりとベッドサイドの椅子に腰かけて、笑みを湛えて私を見返してくる。
「しゅごいびじん!」
「ははは!愛い奴め!カノンは素直で良いな」
ビアンカ様は大きく口を開けて豪快に笑った。
「おおー」
そんなビアンカ様を見て私は思わず感嘆の声を上げる。
灰色のベールが完全に消失したビアンカ様は、まるで美術館の女神像(2~3メートル級)のような完璧な美を体現していた。いや、灰色のもやもやが見えるのは私とご本人のビアンカ様だけなので、もともと周囲にはこの大迫力の美貌を晒していた事になるんだけどね。これは騎士団の中にビアンカ様の信奉者が多数いるのも仕方がない。
絶世の美貌を持つのはノアも同じなんだけど、ノアとビアンカ様は静と動と言った感じで美の種類が違う。ビアンカ様はとにかく生命力が爆発して内側から輝いている感じ。
まあエスティナの人々は鼻筋がスッと通って高く、切れ長の二重の人が多いので私の認識では会う人みんなが美形なんだけどね。肌の色と髪の色も人それぞれ違うけど、黒髪の人が多いような気がする。グイ―ド達みたいな褐色肌の人達もいるし、肌の色はほんとに様々だ。欧米人の顔立ちだけどバラエティ豊かだったスタンレーとはまた違った感じだ。
そしてビアンカ様は、白皙の肌に黒い瞳と漆黒の豊かな髪を持っている。真っ赤な唇は厚みがあって肉感的。いやはや、ビアンカ様の美貌には慣れるまで釘付けになってしまいそう。
「カノンの顔はとても可愛らしいですよ。私はカノンの顔も好きですが、カノンの内に宿る健やかな心もたまらなく愛しいと思っています」
私があんまりにもビアンカ様を見過ぎていたのか、ノアが私をフォローしてくれる。
「私もー!カノンちゃんの顔はとっても可愛いと思う!特に鼻!」
「おチビは味のある顔をしてるよな。俺も嫌いじゃない」
そしてミンミもピンポイントで私の鼻を褒めてくれる。ラッシュの言う味のある顔とははたして誉め言葉なのか謎だが。でも鼻と言われて思い出したけど、私の鼻をルティーナさんも可愛いと褒めてくれたことがあったな。
この世界の人々の基準に比べたらあるかどうかわからない位に低い私の鼻だけど、好きだと言ってくれる人がいるなら自分のチャームポイントとして誇っていこう。
そんなふうに寝室でワイワイ騒いでいたメンバーで一緒に昼食を取り、その日の午後はノアとビアンカ様が騎士団訓練場にて、ガチで手合わせを行う事になった。
うん。なんで?
ビアンカ様はアストン王国一の魔術士だったはずなんだけどね?何故剣士のノアと手合わせを?と疑問で頭がいっぱいだったんだけど、訓練場に現れたビアンカ様を見て、あーとなった。
ビアンカ様は、白銀に金の装飾が施されたプレートアーマーを身に纏って訓練場に現れた。兜は被っておらず、豊かにうねる黒髪は凛々しくポニーテールにされている。右手に持っている訓練用だという剣も、一般団員が持っているものより長いような気がする。自分専用の鎧と武器をビアンカ様は持っていた。
なーるほど。
本来の半分の力も出せない状況でも騎士団の誰一人勝つ事が出来ないノアに、対戦を自ら申し込む完全復活したビアンカ様。そこはかとなくステファンさんと同じ香りがする。
私とミンミとラッシュは訓練場の端に置いてもらったベンチに座り、距離を取って観戦させてもらう事になった。
そして何故か解説員?として、ステファンさんも私達と同じベンチの端っこに座っている。
訓練場にはノアとビアンカ様の手合わせと聞いて、騎士団員の皆さんはもちろんの事、手が空いているお城の使用人の皆さんのギャラリーが出来上がっている。もちろん領主夫妻も私達からちょっと離れた観覧席に居る。
何だかこんな事、前にもあったな。エスティナで、アシュレイ様へ聖女の力をお披露目した時の事を思い出すなあ・・・。さすがに騎士団の皆さんも使用人の皆さんも休憩とか手が空いた合間だろうから、飲み食いしながらのお祭り騒ぎとまではならない。
とはいえ、飲み物食べ物がなくとも皆さん十分に楽しそう。ワクワク感がすごい。
それ位の見逃せない対戦カードという事なのかな。
「ビアンカ様の甲冑は特注品で、一応女性用に軽量化されていますが30キロ以上の重量があります。ですが、ビアンカ様は以前よりまるで羽衣を纏っているかのように甲冑を纏い、不自由なく動かれます」
「ビアンカ様はちっちゃいカノンちゃんを3人背負っても平気で戦えるのね~」
「ひええ」
ビアンカ様のフィジカル強!
それよりも聞き捨てならないのが以前からって、ビアンカ様は黒いペンキ塗れの時から30キロの甲冑を身に付けて暴れてたって事?!その頃って、物凄く体調悪かったんだよね??
特注品の甲冑を所有している時点で、ビアンカ様は白兵戦も得意なんだろう。それが魔術士として普通なのか分からないけど、明らかにフィジカル強そうなビアンカ様だもんな。もう私、ビアンカ様について考える事をやめる。
対してノアは、体の前半分に鉄で出来た鎧みたいなものを一応身に付けている。胸とお腹だけは守る訓練用の簡易鎧なのかな。防具はそれだけで、両手両足腰回り、更に頭部も剥き出し。
けれども防具を付けたノアに騎士団の皆さんがどよめいている。
「ノア様は、私を含め騎士団員を相手にする際は防具を一切付けられませんでした。それが今日は初めて、あのように訓練用とはいえ鎧をお召しに・・・。それだけビアンカ様はノア様にとって警戒すべき相手なのでしょう」
奥歯を噛み締めた感じで話すステファンさんは少し悔しそう。
ちょっと戦闘狂の人の気持ちは良く分からんな。うん、とステファンさんには軽く頷きを返す程度にしておく。
そうこうしている内に、訓練場の中央でノアとビアンカ様が向かい合わせで立った。
「ノアよ。数十年に渡り私の枷となっていた忌々しい呪いは今日、完全に消滅した。なんとも喜ばしい事だが、私の身体もだいぶ鈍ってしまってなあ。だから今日は軽い手慣らしに付き合え。私はその辺の男共よりは手応えがあるぞ。お前はアストン式剣技の対抗手段を模索しているだろう?ならば私の剣技も打ち破ってみせろ。私のアストン剣技は今流行りの物より行儀が悪いが、許せよ?」
ビアンカ様が歯を見せて獰猛な笑みをノアに向けている。
こ、こわー。
猛獣が獲物を前に舌なめずりしているみたいだよ。
「本日はありがたく、ビアンカ様の胸をお借りいたします」
対してノアは落ち着いた普段通りの様子でペコリと一礼している。
そしてノアが頭をあげる前にビアンカ様はノアの頭上に向けて剣を振り下ろしていた。
その電光石火の一撃を軽く体の位置をずらしてノアは避けた。ビアンカ様の剣の切っ先が思い切り訓練場の地面に突き刺さり、ズガアァン!と物凄い音がした。地面が割れたかと思った。
「ははは。我らがアストン式剣技は上品なスタンレー式剣技とは一味違うぞ。どんな手を使おうが、最後に生き残った者が正義だ!」
ビアンカ様は地面に刺さった剣を引き抜きざまに、掘り返した土を思い切りノアにぶっかけた。自分に向けて浴びせられた土を、ノアはバックステップで避ける。
その後もビアンカ様は剣を用いての攻撃の他、剣自体をノアに投げつける、終いには拳でノアに殴り掛かるなど非常に自由形だった。
けれどもノアもビアンカ様の攻撃の全てを涼しい顔で交わし続け、隙があればビアンカ様の手足や胴体に一撃を入れている。しかしフリーなアストンスタイルのビアンカ様は防御を捨てて一撃を入れさせつつ、距離が近づいたノアに掴みかかろうとしたりする。
まさにビアンカ様が仕掛ける泥仕合だった。けれどもノアもビアンカ様に引っ掛けられる泥の全てを華麗に避け続けている。
うーん、両者譲らずって所かな。
「うわあ・・・、ひでえ」
その手段を選ばず勝利を掴もうとするビアンカ様の貪欲さに、ラッシュはドン引きしていた。ミンミは普通の顔しているけど。
あ、向こうの観覧席のベル様も平気そうな顔をしている。
女性の方が肝が据わっているというのは、この世界でも同じなのかな。
そしてその隣のアシュレイ様は頭を抱えている。アシュレイ様は周囲を振り回す自由人というイメージだったんだけど、今はビアンカ様との対比でアシュレイ様が常識人に見えてしまうという不思議。ビアンカ様の雇用主としての色々な苦労がアシュレイ様にもあるんだろうなあ。
「ビアンカ様、素晴らしいですね。力はノア様に負けていません」
うっとりとした表情でステファンさんが模擬戦のコメントを述べている。
騎士団員の人々は、ステファンさんのように恍惚と模擬戦を見ている人と、ラッシュのようにドン引きしている人と半々だ。良かった。半分は普通の感性の人がいた。
今ノアとビアンカ様は訓練用の剣で延々と斬り合いを結んでいる。お互いの剣をそれぞれガッチリ受け止めて、はじき返しては逆に斬り返す事をエンドレスで続けている。
その間、金属音はガンガンと訓練場に鳴り響き続けている。驚くべき点は、この斬り合いがとてつもなく高速で行われているという事だった。一秒間に3回くらいは斬りあいしているんじゃないかな。延々と大きな金属音が鳴り響いていて、何だか頭がぼわーっとしてきた。
「カノンちゃん、大丈夫?」
「あたま、ぼわぼわしゅる」
私がぼんやりしているのに気付いたミンミが、私の両耳をくせっ毛の上からポフッと押さえてくれた。
「ふう」
ミンミが耳を押さえてくれて、音が小さくなったので少し楽になった。
するとガイン!!と一際大きな金属音が鳴り響いた。
何事?と訓練場を見ると、剣を両腕で構えたビアンカ様がギャラリーに吹き飛ばされる光景をバックに、ノアがこちらに向かって走ってくる所だった。
「カノン!どうかしましたか!」
ノアがちょっと慌てて私の所に駆け寄ってきた。
あれ?ついさっきまでビアンカ様と剣の打ち合いしてたよねえ?
ミンミの膝の上に抱っこされた私の前でノアが膝を付いた。
「耳がどうかしたのですか」
「ふにゅ」
ノアが心配そうに私のほっぺを両手で包んだ。
「だいじょうぶ。おとがしゅごくて、あたま、ぼわーてなっちゃった」
「そうでしたか。思い切り打ち合いをしましたので、思った以上に大きな音が出てしまいましたね。配慮が足りず、すみませんでした」
「ううん」
だって模擬戦だもんねえ。剣で打ち合えば大きな音が出るのは当たり前だもんな。でも思った以上に打ち合いが続いたね。
「とちゅうでごめんね。びあんかしゃま、まってるよ」
訓練場に目を戻せば、ノアに吹き飛ばされたビアンカ様は騎士団員の皆さんの肉のクッションに丁重に受け止められていた。
「ノア!礼を言う!もう終いで良いぞ!後はカノンを見てやれ!」
騎士団員の皆さんの肉布団の上で、体を起こしたビアンカ様は模擬戦の終了を宣言した。
それを受けてギャラリーからは拍手が起こる。時間にして30分ほどだったけど、ギャラリーの皆さんはみんな満足した様子で自分の仕事に戻っていった。
「私はまだ体を動かし足らんぞ!我こそはと思う者は私に挑んで来い!」
しかしビアンカ様はまだ暴れ足りない様子だった。
「ビアンカ様!お願いいたします!!」
するとステファンさんが立ち上がって叫んだ。
真横で大声を出されて私の身体がビックウと揺れる。
「ステファン。カノンの近くで大声を出さないように。守れない様であれば今後、カノンの半径100メートル以内には二度と近づけさせませんよ」
「ノア様、大変失礼いたしました。ビアンカ様のご指導を前につい興奮を抑えられませんでした。カノン様、ご容赦くださいませ」
「だ、だいじょうぶ、でしゅよー」
ノアはいつの間にかステファンさんを呼び捨てにするようになっていた。でもステファンさんは依然として、ノアに恭しい。力こそ全てというステファンさんだもんね。ノアが力を示してステファンさんを下したんだなあ。なんか、動物の群れの力関係を彷彿とさせる。
そして今、ノアはビアンカ様を剣でぶっ飛ばしたので、名実ともにグリーンバレー最強の剣士になったんじゃないのかな。




