グリーンバレーの魔女と弟子 2
そしてその翌朝。
私は想定通り19歳の身体に戻った。
それからグイ―ドが今日、エスティナに戻る事になった。
「グイ―ドありがとう。気を付けて帰ってね」
「おう。カノン、お前も色々頑張れよ。一段落したらエスティナに帰ってこい。みんなで待ってるからな」
「うん」
エスティナへと繋がる大街道の入口には私とノア、そしてラッシュとミンミ、更にはベル様までがグイ―ドの見送りに来ていた。
「グイ―ド、みんなによろしくね~」
「お前らこそ、役目をしっかり果たせよ」
「任せとけって」
ミンミとラッシュがグイ―ドと別れの挨拶を交わしている。
「私とラッシュが!カノンちゃんに狼藉者を一歩たりとも近づけさせないわよ!!」
ミンミが珍しく気炎を上げて叫んでいる。
今回エスティナに帰るのはグイ―ド1人だけ。
ミンミとラッシュは私の護衛兼付添人として、今後はアシュレイ様のお城に滞在してくれることになったのだ。
これはノアがグイ―ド達と前から相談していた事なんだって。
昨晩、私達の部屋にグイ―ド達も揃って、今後の打ち合せがされた。
「カノン、領都をエスティナと同じだと思ってはいけません」
そう真剣な顔で私に言い聞かすノアの隣で、グイ―ド達も頷いていた。
「ラッシュとミンミには領都へ残ってもらう事にしました。領都に居る間は私かミンミ、ラッシュと常に一緒に居るようにしてください。何か不測の事態が起きたら、私かミンミ、もしくはラッシュか、最低でもこの内の誰か1人と一緒に領都を脱出してください」
「しょんなにきけん?!」
そんなに領都って危ないの?!
びっくりしている私の頭を、グイ―ドがよしよしと撫でる。
「エスティナは冒険者の出入りはあるが基本はみんな顔見知りで、どこに行っても知り合い同士の目もあっただろ?だから子供に戻ったカノンでも1人で町を出歩くことをノアは許していたんだ。だが領都は素性の知れない人間だらけだ。この城の中だってそうだ。アシュレイ様は一応ノアとカノンの味方をしてくれるようだが、城の人間と騎士団の連中はまず領主の命令が先に立つ。俺達のように自分の意思で真っ先にカノンを守る事はないだろう」
グイ―ドの言葉にちょっと怖くなった私は、ノアのお腹に背中をぴったりくっつけた。私のお腹に両手を回して、ノアがポンポンと優しく私のお腹を叩く。
「領都もこの城内も、どんな人間がいるかわかんねーからな。誰が敵で誰が絶対的な味方か、把握できるまで用心するに越した事はない。ノアが自分の訓練でカノンから離れる時には、俺らは必ずカノンの傍にいるから心配すんな」
「カノンちゃん。ずっと傍に居るからね!」
「・・・うん」
私、平和ボケしてるなあ。
アストン王国に来て最初の町がエスティナだったから、同じ領地だって言う領都もエスティナと似た感じの場所かと思ってたよ。
「のあか、みんみか、らっしゅか、かならじゅだれかといっしょにいるようにしゅる」
「そうしてくださいね」
しっかりと頷いた私の頭を、よーしよーしとグイ―ド達が撫で繰り回したのが昨日の夜の事。
今朝、私の護衛の為にミンミとラッシュが領都に残る事をアシュレイ様に伝えると、アシュレイ様の計らいで私とノアが使う来賓室内にある侍女、侍従用の部屋をミンミとラッシュが使えるようにしてくれた。
さらに護衛料もノアが2人に支払うつもりだと知ると、アシュレイ様がミンミとラッシュに払ってくれる事になった。太っ腹!ちなみにエスティナから領都までのグイ―ド達の護衛代と、これまでの領都の滞在費も、もちろんアシュレイ様持ち。気前の良い領主様で良かったよ。
それに今までミンミ達は城下町の宿からお城まで通ってきてくれていたから、夜寝る前まで一緒に居られて寂しくないし嬉しい。
そんな訳でミンミとラッシュは領都に残ってくれることになったけど、グイ―ドはそうはいかなかった。
グイ―ドはエスティナに残っている他のパーティメンバーも居るし、あんまり長く留守には出来ないんだそう。それは仕方がないよね。
顔には出さないようにしていたつもりだけど、グイ―ドがははは!と笑いながら私の頭をよしよしと撫でる。大きくて、実直で、頼りになるグイ―ド。仕方がないと分かってるけど、帰っちゃうのはやっぱり寂しいなあ。
そしてグイ―ドの見送りに私達が来ているのは当然なんだけど、ベル様が何故か凛々しいポニーテール、そして冒険者装束でミンミの隣に立っている。
「任せなさい、グイ―ド。あなたの分までこの私が!カノンちゃんの事を守ってみせるから!」
「・・・ブルーベル、お前は守られとけよ。護衛の騎士達がやりにくいだろ」
勇ましい装いのベル様の後ろには、ベル様の護衛の騎士が2人苦笑しながら立っていた。
ミンミと仲が良いんだなと思っていたベル様は、話を聞くとなんとエスティナ出身の元冒険者だった。可憐な見た目に反して、冒険者時代のベル様のポジションは前衛の切り込み隊長。レイピアみたいな細い剣で、まさに蝶のように舞い蜂のように刺して獣を仕留めるスタイルだったのだそう。大型魔獣にも怯まず、眼球や鼻の穴から細身の剣を突き刺し脳の損傷を狙うというえげつない戦法で、エスティナに状態の良い素材とお肉を提供する立役者だったんだって。
そんな可憐で強いベル様にアシュレイ様が惚れ込み、口説き落として領主夫人に収まってもらったのが5年程前の話なんだそう。なのでグイ―ド達とベル様は昔からの知り合いと言う訳だった。
「エスティナの恩人なら私にとっても恩人よ。アシュレイは色々しがらみがあって動きにくい分、私は好きにやらせてもらうわ!カノンちゃん、私の事も遠慮せずに頼ってね!」
ベル様が私の顔を見上げてニコッと笑う。可愛い。
19歳の大人の身体になってから気付いたんだけど、ベル様はとても小柄だった。165センチある私が見下ろすくらい。そんな可憐な妖精のようなベル様は、私より10歳年上だった。ミンミよりも年上。可愛いのに強くて、可憐な妖精のような年上の女性、と言った感じでベル様は色々と意外性の塊だった。
そんなベル様の可愛さとギャップ萌えは置いておいて、領主夫人にだってそれなりにしがらみとかある筈なんだけどね。
「ありがとうございます、ベル様」
私の返事にベル様がニコーっと満面の笑みになる。可愛い。
そうこうしている内に、今回グイ―ドが同行する郵便配達員の方もやって来た。エスティナ方面の手紙や荷物の配達は必ずエスティナの冒険者が同行してくれるので人気が高いのだそう。
「それに、エスティナは肉料理が絶品ですから!果物酒もどれも美味しいですし、エスティナの蒸し風呂は疲れが吹き飛びます。エスティナの担当は人気があるんですよ」
グイ―ドの隣に並んだ郵便配達のオジサンが、朗らかにエスティナの良い所を指折り数えながら褒めていく。そうでしょう、そうでしょう。エスティナは本当に良い所だよね。
私とノアがエスティナで貰った餞別を、グイ―ドにはたくさん分けて持たせた。帰るまでに食べきれねえよと笑いながらも、グイ―ドは非常食を全て受け取ってくれた。こうやって餞別を送ると、無事の旅路を願う気持ちが込められているものなんだなと良く分かる。
どうか怪我をせず、お腹を空かせる事無く、無事にエスティナに辿り着きます様に。
そして準備の整ったグイ―ドと郵便配達のオジサンはエスティナへ向けて出発した。
姿が見えなくなるまで見送っていたんだけど、カーブを曲がった所でとうとうグイ―ド達は見えなくなった。
「カノン。そんなに心配しなくても明日には余裕でエスティナに着いてるぜ」
「グイ―ドは一人でもエスティナと領都を往復できるから、全然大丈夫よー」
ミンミとラッシュが両隣から私の頭をワシワシと撫でて来る。それに領主夫人まで参加してこようとするので、ちょっと私は膝を曲げて差し上げた。こんな19歳女の何の変哲もないくせっ毛を撫でたいのなら、存分にどうぞ。
ベル様の、エスティナの一員として私を守ろうとしてくれるその心意気が嬉しいよね。その前に領主夫人の役目は、とも思うけど、端から見ているとアシュレイ様がベル様を溺愛している様子だから、アシュレイ様はベル様の希望は何でも叶えてあげそうな感じがする。
その日の夜は、お城に引っ越してきたミンミとラッシュと一緒に来賓室で賑やかな夕食を取った。何もなければ夕食は一緒に食べようという事になり、ルティーナさんの宿とほぼ変わらないメンバーでご飯を食べられるのは嬉しいなと思う。
ちなみにアシュレイ様達は格式高いお貴族フルコースを食べるそうなので、私とノアは最初から食事は別でとお願いしているのだ。多分ビアンカ様と領主夫人は一緒にご飯を食べてるんじゃないかな。
私達が食べる食事はベル様が手配してくれてるんだけど、庶民寄りのあんまり食器やカトラリーを沢山使わなくても良いようなメニューにしてくれている。味は繊細でお上品な感じ。わざわざアシュレイ様達と別メニューを作ってくれる厨房の皆さんにも感謝。庶民舌なので、緊張しない食事が一番だよ。
ミンミとラッシュが領都に残ってくれて、正直エスティナを離れた寂しさがかなり紛れていると思う。こんなことを言うと、ラッシュは調子に乗ってからかってくるので、後でミンミにだけこっそり感謝を伝えようと思う。




