グリーンバレーの魔女と弟子 1
私とノアの、ビアンカ様への弟子入りが成り行きで決まってしまった。問答無用とはこういう事を言うのかと、よくよく分からされてしまった私とノアだった。
幼児退行中の私はとにかく良く食べ良く寝る事をビアンカ様に言い渡される。そしてノアは、私が寝ている間はお城の敷地内にある騎士団の訓練場で団員の皆さんと手合わせしているらしい。
今日は気絶から目覚めて4日目。
これまでの通りだと、明日の朝には多分19歳に戻ると思う。
私が午後のお昼寝から目を覚ますと、私の顔を笑顔で覗き込むミンミとラッシュがいた。
「よく眠れた?カノンちゃん」
「よお、おチビ」
「・・・・・」
ミンミはノアが私の傍を離れる時は大抵、寝室の中で私が起きるのを待っていてくれる。でも今日はラッシュまで一緒だ。さらにベッドの足元にはグイードもいる。
「のあはくんれん?」
寝室を見回すとノアが居ない。
「ビアンカ様に引っ張られて訓練場に行った。俺らはカノンが起きたら訓練場に連れてくるようにノアに頼まれた」
「しょうなんだ」
グイード達は私のお昼寝が終わるまで、ノアから私の傍にいるように頼まれたらしい。
「ありがと。め、しゃめたよ」
「うふふ。それじゃあ、ノアの所に行こうか~」
「うん」
ミンミが私をひょいと抱っこしてくれる。
それから私達はお城の敷地内にあるという、騎士団の訓練場へと向かった。
アシュレイ様のお城は大きな箱型の建物なんだけど、その裏手には大きな騎士団の施設があった。団員寮と訓練場も併設されている。騎士団だから、馬も沢山飼われていて、大きな厩舎もある。ここにセイラン号もお世話になっているはず。
そして訓練場はもう視界に入っているんだけど、中央で2人が剣を打ち合っているのをギャラリーが見学しているように見える。
ガンガンとすごい金属音が遠く離れた私達にまで聞こえてくる。
「わあー。丁度ノアが騎士団の人と打ち合いしてるわよ。あれは、副騎士団長じゃない?」
目の良いミンミが100メートル以上も先のノアを見つけた。
「相変わらずおっかねえなー。あれで全力から程遠いんだろ?」
「味方だからこの上なく頼もしいけどな」
ノアとステファンさんの打ち合いを見学しているギャラリーまで到着すると、私に気付いた騎士団員の方々がサッと左右に分かれて私達を最前に通してくれる。
「ありがと、ごじゃいましゅ」
「すいませーん」
私達はお礼を言いながら特等席に通される。
「カノン、起きたか」
そこは私とノアの師匠となったビアンカ様が座っているテーブル席だ。
「おきまちた」
ビアンカ様は訓練場にテーブルセットを運ばせ、午後のお茶の支度までさせ、優雅に紅茶を口にしながらノアとステファンさんの激闘を観戦している。
「カノン。ノアは今のままでも十分化け物じみているなあ。汗だくのステファンにアストン王国のあらゆる剣の型を全力で取らせながら、自分は汗1つかかずに涼しい顔をしているぞ」
ビアンカ様の隣に騎士団員の人がもう一つ椅子を置いてくれ、その椅子にミンミが私を抱っこしたまま座る。
ビアンカ様の言う通り。全く剣の道に精通していない私から見ても、全力のステファンさんを余裕で受け止めているノアと言った状況にしか見えなかった。
「しかもノアはステファンが繰り出した型を、そっくりそのまま完璧にやり返している。これを見せられては、ノアに挑もうとする団員は戦闘狂のあの男以外には出てこんかもな」
ビアンカ様にはっきり戦闘狂と言われてしまうステファンさん。私もそこには同意。
「ノアの剣はカッコいい奇麗な型ねえ。スタンレーの剣技なのかしら」
ノアはステファンさんの型をそっくり返す事はもう止めており、流れるような剣捌きでステファンさんの攻撃の全てを防いでいる。
ステファンさんの型は騎士の剣ではあるのだろうけど少しトリッキーというか、何が何でも勝つのだと言う良い意味での泥臭さがある。片やノアの剣技は、まるで演武でもしているかのように力強くも流麗だ。
「教本通りのスタンレー式剣技なのであろうなあ。だがその教本の技を実践で活かせるのは、ノアの技量と肉体があっての事だ。並みのスタンレーの剣士であれば、我が国の、特にグリーンバレーの剣士には到底太刀打ちできないだろう」
「しょうなんでしゅか」
とにかくノアは別格という事なんだろう。
本当の力の半分も出せていないと言うのに、グリーンバレー騎士団で一番強いというステファンさんが全く歯が立たないんだもんね。騎士団最強のステファンさんをコテンパンにしているノアに対して、騎士団的に何か思う事がないのかなーと周囲をみると、団員の皆さんは何度転がされても嬉々としてノアに斬りかかっていくステファンさんを苦笑して見ている。
ちなみにグリーンバレー騎士団の団長さんは、ステファンさんより実力は下がるけど、とにかく人格者。人望が厚くて、統率力もある、まさに人の上に立つべき人なのだそう。だからナンバー2がステファンさんでも騎士団として纏まっていけるのかもなあ。
「どれ、カノン。魔力の回復はどんな塩梅だ」
私がノアに果敢に挑み続けるステファンさんを眺めていると、ビアンカ様がポンと私の頭に手を置いた。ビアンカ様の灰色のベール越しに頭を触られてむずむずするけど、幼児退行中は聖女の力を使わないとノアと約束したので我慢する。
「ふむ。ははは!満タンには程遠いな!」
私の魔力はビアンカ様に笑われるレベルで満タンには程遠かった。
「魔力の枯渇で気絶してから今日で丸6日。明日か明後日には大人の身体に戻ると言うノアの見立てだったな。1週間かかっても魔力が全回復しないお前の総魔力量を想像すると、さすがの私も空恐ろしい気持ちになるぞ」
「しょうでしゅか?」
恐ろしいとか口では言ってるけど、灰色のベール越しに余裕の笑みを見せているビアンカ様に私は小首を傾げる。私は自分の魔力も人の魔力も感じる事が出来ないから、全くもってピンと来ない。
「この調子だからな。周囲の者がカノンを良く良く守らねばなるまい。お前、ミンミと言ったか。何を置いてもカノンを守れよ」
「もちろんです!」
私を抱っこしたミンミがふんす!と鼻息を私の頭に吹きかけた。私がミンミを見上げると、ミンミが笑顔で後ろからギュウと抱きしめてくる。
「カノンちゃん。私もグイードもラッシュも、エスティナの人達みんながカノンちゃんを大好きで大切に思ってる。カノンちゃんには本当に感謝してるの。リタイヤしていた冒険者達や、体を痛めていたおじさんやおばさん達がみんな元気になって、カノンちゃんのお陰で今まで以上にエスティナに元気と力が漲っているの。エスティナは受けた恩を必ず返すわ。カノンちゃんとノアの生活を、エスティナは何が相手になろうとも守ってみせるわよ」
「ありがとうねぇ」
「・・・もう、ありがとうはこっちのセリフなのよ~」
お礼を言うと、何でかミンミが泣きそうな顔になってしまった。
抱っこされたままミンミの顔を見上げていたら、ミンミが私のくせっ毛に顔を埋めてしばらく動かなくなる。私がお腹に回されたミンミの両腕をトントンと叩いていると、ノアが訓練場の中央からこちらに向かって歩いてきた。
「のあ、おちゅかれしゃまー」
「カノン。良く眠れましたか」
流れるように私の身体はミンミからノアの両腕の中に。
ノアの肩越しに訓練場をみると、ステファンさんが中央で仰向けに倒れている所に団員の人達が駆け寄る所だった。
「しゅてふぁんしゃん、だいじょうぶ?」
「意識はありますよ。でも、体が活動限界を超えたようですね」
「おお・・・・」
ノアは実力の半分も出せてないのにこの有様。
ノアの実力が全開放されたら一体どれくらい強くなるんだろう。
「ノア、体の調子はどうだ」
「良好です。自分では不調を感じられない程なのですが」
「はは。今の自分がだいぶ穢れに制限を受けていたのだと、全解呪が叶えば実感できるだろう。だがまずは私の解呪を先にさせてもらうぞ」
「分かりました」
そういう約束だったもんね。
でもビアンカ様の灰色のもやもやは、結構厚めに全身を取り巻いているんだよね。これは、ビアンカ様の灰色のベールを完全にはぎ取る為には、全力で聖女の力を使って直で気絶コースかもしれない。
「びあんかしゃま。わたち、またきじぇちゅしゅるかもー・・・」
「うん。そうかもしれぬなあ。私が王城で30年に渡り浴び続けた賞賛と妬みと執着と恨みの念だからな。だがお前が意識を失う働きは、お前の命を守る為に発動する安全装置だ。気絶する事自体は危険な事ではないから案ずるな。気絶も出来ずに能力を行使し続けると命を削る事になる。その方が危険だ」
私の背中に鳥肌が立った。
「カノン?」
ブルっと体を震わせた私を、ノアが向かい合わせに抱き直す。
「どうかしましたか?」
「・・・・ノア。しぇいじょのけっかいのとう、きじぇちゅしゅるまでてがはなれなかったの」
スタンレーの結界の塔で、部屋の中央に置かれた核に手を置いたら、張り付いたように核から手が離れなくなった。私は気絶して幼児退行を起こしたから、体が縮むと共に強制的に核から手が離れたのかも。
私の前に居た聖女達は、あの核にどのような感じで魔力を供給していたのだろうか。
「カノン。もう怖い事はありません。スタンレーには二度と戻りませんからね」
「うん・・・」
「聖女の結界の塔とな。カノンの様子を見ると碌な物ではなさそうだが、今は調べようもないな。スタンレーは秘密主義の良く分からん国だが、我々に実害がない内は放っておくぞ。カノン、まずは自分の能力を把握して使いこなせるようになる事だな。そうすれば、自分の意思に反して他人に好き勝手される事は無くなるだろう」
「はい!」
まさに、ビアンカ様の言う通り。
自分の身を好き勝手にされない為にも、自分に力を付けないとね!




