グリーンバレーの魔女 3
「ビアンカ様。カノンは聖女の力を行使した後、何度か意識を失っているのです。やはり魔力の枯渇が原因なのでしょうか」
「魔力の枯渇で人が気絶する事はある。それは生命維持のための肉体の防衛反応だ。気絶することも無く魔力が使い果たされれば、人は死ぬからな。しかしカノン、お前は・・・。小さな体になった事で、生命維持のための魔力がほんの少しで済んでいる。子供の姿になるのは、理に適っているな」
「びあんかしゃまも、まりょくのこかちゅで、こどもになる?」
「ははは。なる訳があるか。普通の人間がそのような芸当を出来る訳が無い。聖女の特殊能力なのか?その点は良く分からんが、とにかく子供の姿のお前は生きるための魔力が少なく済んでいる状態だ。魔力がもう少し回復するまで、そのまましばらく大人しくしていろ」
ビアンカ様からの話で、私の幼児退行中の身体について推測の裏付けが出来た感じかな。私のPC強制シャットダウン説はあながち外れていなかった。魔力消費を強制的にストップしてから省エネモードに移行する感じだね。
「カノン。大人の身体になるまで、今後の幼児退行中の魔法の使用は禁止です」
「はあい・・・」
そうなるよねー。
生命維持のための最低限の魔力しかないと聞かされてはね。
「カノン、まずお前は大人の身体に戻れ。子供のままでは何も試せぬ」
「はい」
「そして大人に戻ってから3日後。もう一度私の解呪を試みてもらう。初回程の魔力は必要としないはずだが、様子を見ながら聖女の力を使ってもらうぞ」
「はい」
「当面のお前の仕事は良く食べて良く眠る事だ。さあ、どんどん食べろ」
「はぐう」
ビアンカ様が私の口にフィナンシェみたいな焼き菓子を雑に突っ込んできた。そして私の口に嵌った焼き菓子をすかさずノアが引っこ抜く。
「ビアンカ様。そのように口に押し込んではカノンが窒息してしまいます。カノンの世話はどうぞお構いなく」
「ふむ、そうか」
ビアンカ様は体が大きいし、力も強そうだし、何か大雑把そう。私の事はほんとにどうぞお構いなく!
ノアから手に持たせてもらった焼き菓子を、皆さんに見守られながらモシャモシャと食べる。
「カノンちゃん、どうもありがとう」
お菓子とお茶を頂いて一心地付いた所で、隣のベル様からお礼を言われた。
「アシュレイはここ数年ずっと頭痛に悩まされていたのよ。眠りもすっかり浅くなってしまって、顔色も紙のように真っ白だったわ。それがエスティナから帰ったら、その悩みがすっかり解消されたというじゃない。どんな薬でも治癒魔法でも治せなかったのに。カノンちゃん、感謝するわ。本当にありがとう」
「どういたちまちてぇ」
長らく不調を抱えるアシュレイ様の傍で、ベル様もずっと心を痛めてきたんだろうな。
「カノン、俺からも改めて礼を言う。黒いもやを払った効果を、我が身をもって知る事が出来た。ノアの戦闘力もすさまじいが、カノン、お前の聖女の力も驚くべきものだ。グリーンバレーはお前とノアを喜んで迎え入れよう。スタンレーが例え横やりを入れてきても、グリーンバレーを挙げてお前達を必ず守ってやる」
「ありがとうごじゃいましゅ。どうじょこれから、よろちくおねがいちましゅ!」
領主ご夫妻からお礼を言われ、アシュレイ様からは私とノアを匿ってくれるという確約まで貰った!
領都に来る前はちょっと心配というか憂鬱というか、エスティナから離れる事に不安しかなかったけど、来てみたら最良と言える結果になったんじゃない?
「のあ、よかったね」
「そうですね」
「アシュレイ、あとは業突く張りの王族共にノアとカノンの事を知られないようにしろよ」
私とノアが顔を見合わせて笑っていると、ビアンカ様が心配になるような事を言い始めた。業突く張りの、王族・・・。
「そうだな」
「この2人ならエスティナに隠れていて貰ったらいいんじゃないかしら。カノンちゃんなら、冒険者達が総出で守るわよ。ケネスがカノンちゃんの護衛体制を整えているってグイ―ド達も言っていたわ」
そして何やらエスティナ事情にも詳しいベル様。なんで?
でもそういえば、寝室でミンミと仲良さそうだったね。
「奴らは能力がある者を手元に置きたがる悪癖がある。気に入ればこちらの事情に構わず戦力を引き抜こうとするからな。ノア、お前がこれから目立つ事は避けられないだろうが、カノンの事はなるべく隠しておけ」
王族という言葉が出てきて、アシュレイ様、ベル様、ビアンカ様の顔が厳しくなる。
「わかりました」
ノアも3人の言葉を受けて真剣に頷いた。
えええ、問題がある王族はスタンレーだけでお腹一杯なんだけどなあ。
「あしゅとんおうこくのおうじょくは、わるいおうじょくでしゅか?」
「そうだな・・・。国政は安定している。今の国王は賢王とさえ言われている。だが、国政に影響のない部分では王族らしい我儘を通す。現王は強い者が好きで、王都に全国から名だたる実力者を集めている。それは貴族の領地の騎士団の者だろうが、冒険者だろうがお構いなしだ。金に糸目を付けないから、有力な家臣を引き抜かれた貴族は数多くいる。それでもゴルド大森林を押さえる役目を負う我がグリーンバレー領へは多少は遠慮をしているようだがな」
うーん。聞けば聞くほどやばい。
ノアなんて、絶対王様が欲しがるよね。
「ノア、あぶない。みちゅからないように、かくれててね」
「能力の希少さを考えれば、カノンの方が危険なのですよ」
「それか王族が口を出せない程に、強大な力をお前達が手にするかだな」
灰色のベールの向こうで、ビアンカ様がニヤリと悪い感じに笑った。
「世界最強の勇者に守られし世界最強の聖女か。これは迂闊に王族も手を出せないだろうな」
クックックと低い声で笑うビアンカ様はとても楽しそうだった。
「よし、カノン、ノア。お前達を私が直々に鍛えてやる。だから王族を黙らせるほどの力をさっさと手に入れろ!」
「ふえ?」
ビアンカ様がちょっと何を言っているのか分からないんだが。どうしてバトル系の少年漫画みたいな展開に?
しかしノアは、真剣な顔で考え込んでいる。
「まず行うべきは私とノアの能力の全解放だな。そのためには、私とノアにしつこく残る呪いを完全に解呪しなければならない。という訳でカノン、もっと食べろ」
「おぐ」
ノアが考え事をしている隙を突いて、ビアンカ様が棒状のドーナツみたいなものを私の口に突っ込んできた。
ハッと我に返ったノアが私の口からドーナツを引っこ抜く。
「ビアンカ様、乱暴はおやめください」
「ははは。カノンが寝込んでいる間は騎士というよりも卵を守る母鳥のようであったが、子が一度目覚めれば、今度は母猫のように何とも子の世話に甲斐甲斐しいな」
「ビアンカ、あまりカノンに悪戯するな。この男はすぐにカノンを連れて他国へ出奔しようとするからな」
私を領都へ連れ去ろうとして、エスティナでノアとの一触即発状態を作り出したアシュレイ様がビアンカ様を窘める。
私は細長いドーナツをノアに持たせてもらい口に運ぶ。寝起きに食べたのはサンドイッチだったから、まだもうちょっと食べられる。これも美味しい。
「ビアンカ様。スタンレーに居た頃の自分は、他の騎士より多少剣を使える程度の力しかありませんでした。それがアストン王国に来てから、以前の自分とは比べ物にならない程の力を発揮できるようになりました。これはカノンの聖女の力による私の能力の底上げの所為だと思っていたのですが・・・」
「ノアよ。お前は聖女に比べればまだ人の身と言えるが、それでも人の規範からはだいぶはみ出しておるなあ。だが、王族を黙らせるにはまだ足らん。それに、まだまだ力が穢れに押さえつけられているぞ。なんともしつこい妬みと執着の呪いだな。今お前が使えている力は、お前の本来の力の半分にも届かんだろう。とにもかくにも、まずは聖女による解呪を行ってからだ。ふふふ、不肖の弟子達よ。私を信じてついて来いよ?」
「ふしょうのでち?」
「・・・弟子達?」
この話の流れには、さすがにノアも困惑し始めた。
「いやはや、この歳で生まれて初めての弟子を取る事になろうとはなあ!グリーンバレーで静かに隠居をする予定であったが、これではそうもいかぬ。さてさて忙しくなるな。弟子達が独り立ちするまで、師としてしっかりと導いてやらねばな!」
ビアンカ様は非常に楽しそうだ。灰色のベールの向こうで赤い唇がはっきりくっきり笑みの形を取っている。
「・・・まあ、悪い話ではないか。スタンレーとは遠慮なくやり合うつもりだが、一応私は王の家臣の身だからな。王族から身を守るための力を自身で身に付けられるなら、その方が望ましいだろう。ノア、カノン。励めよ」
「私達は王族からの要望の全てを断り切れないものね。ノア、カノンちゃん、頑張って!」
私とノアの、ビアンカ様への弟子入りについては領主夫妻も賛成のようだ。
うん。別にビアンカ様の提案?に反対する理由もない。ノアも困惑しながらも黙っている。
自分達の身を権力者から守れるようになるのはメリットしかないもんな。
そして今日一日で、ビアンカ様はアシュレイ様と同じタイプの人だという事がよーくわかったのだった。




