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省エネ聖女と覚醒勇者は平穏の地を目指す  作者: ろみ
アストン王国地固め編
36/57

グリーンバレーの魔女 1

 どうにか辿り着いた領都グリーンバレーは、大通りは石畳が綺麗に敷き詰められ、建物も石造りの物が殆ど。自然豊かで野性味あふれるエスティナとは違い、都会といった感じ。

 領都の西門を潜ってすぐは民家と小さなお店が混在している感じだったのが、中央に進むにつれて大きなお店が通り沿いに立ち並ぶようになる。更にその先に進めば領都の中心地は貴族街となっていて、領都の中央に領主の住まいがある。

 グイード達は宿を取るという事で繁華街でいったん別れ、私達はステファンさんの案内で領主の館というか、お城に案内された。

 もう日没間際の薄暗い庭園に篝火が焚かれている中、鉄柵門を潜り、ステファンさんの案内で広大な庭園の中央に通る道を進む。

「この城の庭園は、有事の際の領都民の避難場所になるのですよ」

「なるほどー」

 サッカーとか野球とか同時に2、3試合は出来そうなほどの広い庭園を眺めていると、ステファンさんがそう説明してくれた。

 物凄い広さだけど、植木も何もない中央の道を挟んで左右に大きな噴水があるだけの庭園は、明確な目的のために非常に機能的に作られた物だった。

 スクエア型のスペース全面に芝生が敷き詰められている広大な庭園の向こうには、イギリスのお城みたいな箱型の大きな建物が立っていた。この世界で5階建ての建物を初めて見た。エレベーターなんてないだろうから、最上階に行くのは大変そう。

 セイラン号は他の騎士さんが一緒に世話をしますと預かってくれたので、お城の玄関手前で分かれる。

 そして私とノアはステファンさんの案内で、いったん広い来賓室へと通された。

 部屋はノアの強い要望により、2人で一部屋。

 一応別々のお部屋も用意してありますよとステファンさんは申し出てくれたのだけど、一部屋で結構とノアが笑顔で押し通した。

 もうこの点についてはノアと言い争う気はない。私がどうせ負けるから。

 それにどっちみち幼児退行した私はノアのお世話になるので合理的でもある。そうとでも思わないとやってられない。最早私とノアは家族のようなものとはいえ、やっぱりお年頃の男女でおかしくない?!と思考がループしてしまうからさあ!

 そして案内された来賓室は非常に広くて豪華だった。

 大きな寝室と、居間と、バスとトイレ、ウォークインクローゼットまである。

 私とノアの手持ちの荷物なら寝室1つで事足りるんだけどね。大きなクローゼットにしまう物なんて何もなかった。

 荷ほどきはほんの数分で終わってしまい、根っからの庶民の私は落ち着かない心地で居間のソファに埋もれている。

「カノン、何か飲みますか?紅茶と果実水がありますよ」

 対してノアは、ウェルカムドリンクとか物色する余裕がある。ノアは元侯爵家のご子息だもんね。

「・・・水で」

 ノアが水差しから水をコップに注いでくれる。陶器のコップだ。エスティナでは木のカップだった。

 この部屋は完全にお貴族様仕様の部屋だ。部屋も調度品も備品も全てが高級品。

 アシュレイ様、何で?

 待遇が良すぎると逆に怖・・・。

 後で呼び出すから、領都の適当な宿に泊まっとけ位の扱いで良かったんだよう。

 アシュレイ様はなまじ大局を見極められる力があるからか、自分の判断に絶対の自信がある。そんなタイプの人なんだと思う。だからエスティナでは私の話(まあ幼児の話なら尚更かも)に聞く耳持たず、悪気なく領都へ連行しようとしたんだよね。

 そして今回、アシュレイ様が何を目的に私を召喚したのかは知らないけど、お願いだから私の話も聞いて欲しいなー。それが最大の不安。

 それと、私の力に興味を持ったというアストン王国一番の魔術士も気にはなるんだけどね・・・。

「ノア、なんか。色々不安だよ。これからどうなるんだろ」

「カノン。まずは相手の出方次第ですが、話を聞くだけ聞いてみましょう。でもカノンが嫌になったらすぐにエスティナに戻りましょう」

 うん、私が不安そうにしているので、ノアも二言目にはエスティナに戻るって言い始めた。いや、領都に来る前からノアはすぐエスティナに戻るとか、別の国に行くとか言ってたな。

「はあー、もう一思いにアシュレイ様から要件を聞いて、さっさと用事を済ませてしまいたいなー」

 そして、居心地の良いエスティナに早く戻りたい。

 でもエスティナに定住するためにも、立場といい能力といい微妙な私がアシュレイ様から認められる必要があるんだよね。ノアはもうエスティナ防衛の戦力として実績があるから、そのノアにくっ付いているおまけの私が問題。

「・・・不甲斐ないです。このようにカノンに心細い思いをさせて。あなたが何の不自由も不安も無く、心穏やかに暮らせる安心安全な場所を提供すると約束したのに」

「ノア!ノアは十分私を助けてくれてるよ!私がお腹いっぱい食べられて、寝る場所にも困らず生活できるのは全部ノアのおかげだもん。本当に感謝してる。ノアが居なかったら、私、この世界で生きる気力を多分保てなかったよ」

 二人掛けのソファで隣に座るノアの手を、私はそっと包んだ。

「きっと私がまだスタンレーに居たら、気絶するまで聖女の力を行使させられる事が繰り返されてた。優しくしてくれる人が1人もいないスタンレーで、そんな状態で、生きる希望を持ち続けるのは難しかったと思う。ノアにとっては災難だったと思うけど、私にとってはノアに出会えた事が私の人生で一番の幸運だった。ノア、本当にありがとう」

 19歳の私から、やっと私の気持ちをノアに伝える事が出来た。

 幼児退行中もノアへの感謝を常に伝えていたつもりだけど、拙い幼児言葉で本当に伝わっているのかなって、ちょっと心配だったんだよね。

「カノン・・・」

 ノアがギュウと私を抱きしめてくる。

「私こそあなたに救われました。あなたは私が実家を、スタンレーを捨てる大きな決断の後押しをしてくれた。あなたが居なかったら、私も未だスタンレーで侯爵家に飼い殺しにされ、もしくは愛のない結婚を家の為にさせられていたかもしれません。ただ生きているだけの何の喜びも無い人生です。カノン、あなたに出会えた事は、私にとっても我が人生最大の幸運です」

「ノアがそう思ってくれるなら嬉しいよ」

 私はノアの背中に手を回して、トントンとノアの背中を叩く。

 幼児退行をくりかえすやっかいな事情を抱える私の保護者を買って出てくれたノア。

 私だってノアが何の不安も無く穏やかに暮らせる生活を手に入れられる事を願っているよ。


 

 その日の夕食は疲れているだろうからと、私達は部屋で取らせてもらった。翌朝の朝食も同じく部屋で食べさせてもらう。

 そして朝食後も部屋で待機していると、やっとアシュレイ様からコンタクトがあった。

 そしてノアと私が案内された応接室には、アシュレイ様が待っていた。

 そしてアシュレイ様の隣、豪華な応接セットのソファにはなにかが鎮座していた。

 それはアシュレイ様よりも大きい、真っ黒い塊だった。

 なにこれ。

「ノア、カノン。よくグリーンバレーに来た。まずは座れ。カノン、菓子は何が好きなんだ?何でも好きに食べてくれ」

 アシュレイ様は本日、とてもご機嫌麗しそう。私にお菓子まで勧めてくれる。

 そして、アシュレイ様の隣の黒い物はいったい何?

「失礼いたします」

 ノアも普段と変わりない。

 ノアはアシュレイ様に勧められて、アシュレイ様の対面に座った。そして私はアシュレイ様のとなりの物体の対面に座る事を躊躇して、ソファの隣まで来たものの、その場で立ち竦んでいた。

「カノン、どうかしましたか?」

 ノアが怪訝な顔をして私を見る。

 アシュレイ様の隣の、一人掛けのソファに鎮座する黒い物体・・・。まさか私にしか見えていない?

「・・・ふふふ。スタンレーの聖女。お前には何が見える?」

「!!!」

 アシュレイ様の隣にいる、得体のしれない黒い塊が、喋った!!

 その物体が声を発したと同時に、黒いマットな粘土の塊みたいだった物体が蠢き始めた。塊の天辺から柔らかくなった粘土が噴き出し、その塊全体を覆いながら流れ落ちる。ソファに辿り着くとその柔らかな粘土は内側に吸い込まれる。

 これは、あれだ。前に動画で見た、ホテルのビュッフェとかにあるチョコレートファウンテンみたいだ。でも循環しているのはチョコレートではなく、今はマットな粘土から真っ黒な光沢を帯びた粘度の高い黒いペンキみたいに変質した物が塊の表面を流れて覆っている。

「スタンレーの聖女。お前には私がどう見える?」

 その黒いペンキの塊がゆらりと立ち上がった。

 その高さ、ノアよりも高い。2メートルはきっと超えてる。

「ふふふ。その様子では、何ともおぞましい物が見えているのだろうなあ」

 黒いペンキの塊はゆっくりと私に近づいて来た。

 声はしっとりとして落ち着いた女性の声なのに、その存在は到底人間には見えない。

「そんなに怯えるな。私は一応人の身だぞ?」

「カノン」

 ノアがサッと私と黒いペンキの間に立ちふさがった。

「カノン、この方がどうかしましたか?」

 ノアにはこの黒いペンキファウンテンが人に見えるんだ。

「ふむ。だいぶ払われているが、聖女の騎士には穢れが付いているな。これが騎士に未だ悪さをしているぞ。これはなんとも、長きに渡る執念深い念だ」

 黒いペンキの右半分がゆっくりと盛り上がり、人の腕のように伸びてノアに近づいて来た。黒いペンキの腕からはポタリポタリとペンキが落ち、赤いじゅうたんを汚していく。この黒いペンキ、本体から離れても消えないの?!

「ダメ!!」

 私が叫ぶと黒いペンキはノアに触れる前にパッと飛び散った。黒いペンキの飛沫は空中に飛び散ってから地面にパタパタと落ちた。ノアにも少しついてしまったかも。

「ほう!」

 形を変えた黒いペンキは、いったんその全てが一塊に戻る。けれども、今度は黒いペンキがグンと真上に向かって伸びていく。その形は人の頭部のようになり、その下には長い首が伸びていく。

 もうその絵面はホラーだよ!物凄く怖い!!

「ひええぇ」

 真っ黒い頭部は弓なりにノアの上を飛び越えて、私の頭上に迫った。

「スタンレーの聖女。その力はなんだ?非常に興味深い」

 真っ黒い頭部には、漆黒の穴ぼこが空いた目が2つ、口が1つ出来た。その口がニヤリと弓なりに笑う形を取る。

 アシュレイ様の粘菌なんて、これに比べたらとても可愛らしい物だった!

 私の頭上で笑う真っ黒い顔から、黒いペンキが今にも滴り落ちそうになっている。

「その力を私にもっと見せてみろ」

 黒い顔が笑みを深めると、ぽつりと。黒い顔の口元から黒いペンキの雫が離れて、私の顔に向かって落ちて来た。その光景はスローモーションのようにゆっくり見えた。

 そしてとうとう私の顔に、黒いペンキがぺとりと落ちた。

「黒いペンキいやだああーーー!!! 」

 私の絶叫と同時に視界が真っ白に染まった。



 ふっと意識が浮上していく。

 とっても寝心地の良いベッドで、私は大の字で寝ていた。肌触りの良いガーゼケット的な物が体の上には掛けられている。

 そして仰向けで寝ている私の顔を覗き込む人が2人。

「あ、カノンちゃん起きたー」

「良かったわ。こんなに小さな子が本当に3日間も寝込んじゃうなんて、心臓に悪かったわ」

 1人はミンミ。もう1人は初めて見る顔。淡い金髪に菫色の瞳を持つ可愛らしい女性だ。

「カノン、体調はいかがですか」

 そして、ミンミ達と並んでノアも私を覗き込む。

「・・・ねむぃ」

 今回は目覚めスッキリとはいかなかった。物凄く眠い。今にも眠ってしまいそう。

「カノン」

 ノアはガーゼケットに私を包んで抱き上げた。

「カノン、眠らないで。一度何かを食べましょう」

「ううん・・・・」

 今は空腹よりも眠気が勝っている。多分お腹は減っているんだろうけど・・・。

 ねむ・・・。

「ミンミ、至急何か粥のようなものを。少しでもカノンに食事と水分を取らせないと」

「お粥ね!ベル、何か消化にイイお粥的な奴ある?」

「よし!いっちょう料理長に頼んでくるわ!」

 私が眠すぎて目が白黒している隣で、ミンミと金髪の美人がワイワイ話をしている。

 そしてしばらくうつらうつらしていると、私の口にグイっとスプーンが差し込まれた。

「カノン、パン粥ですよ。少しでも食べましょう」

「カノンちゃーん、甘くて美味しいのよー」

「ああ、すごく眠そう。もう白目になっているじゃない。可哀想だけど可愛いわ」

 スプーンで口に突っ込まれた食事をゴクンと飲み込む。

 舌で潰せる硬さの甘いとろとろ。美味しい。

「カノンちゃーん、がんばってー」

「ほら、お口開けて~!」

 周囲からヤイヤイ言われる中で、結構容赦なくノアがスプーンを口に突っ込んでくる。空腹だからか自然とゴックンするんだけどもさ。

 そして満腹になった私はもう睡魔と抗うのも限界。

「あ、寝る前にトイレよ!」

「カノンちゃーん、もう連れて行っちゃうからね!」 

 目を開けられなくなった私を、多分ミンミが抱っこした。

 そこからはまた記憶があやふやだ。

 はい、もういいよ、とミンミが言ったあと、私は再びストンと眠りに落ちた。


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