グリーンバレーへの道行きで 3
そしてほっこりして油断していると、私の頭に赤リスが飛びついてきた。
「ひっ!」
すぐさまノアがリスを捕獲して茂みに向かって投げた。
「傍から見てたら可愛いんだけど、突然飛びつかれるとビックリするようー・・・。もう飛びつくのやめてえー・・・」
ノアがぐったりと疲弊した私を抱き上げて膝の上に乗せた。そして私をすっぽりとノアが抱き込んでしまう。
そうするとノアが障害物になったのか、私へのリス達の飛びつきが収まった。
「・・・・・」
私を頭からすっぽり包む、遮蔽物としてのノアの効果は非常に有効かもしれない。でも馬で移動中はそうもいかないもんな。
「おい、リス達が距離をとって様子を窺ってるぜ・・・」
「んえ?」
私はノアの腕の拘束を少し緩めてもらって、グイ―ドの言う光景を確認する。
確かに。
赤リス5匹が私から5メートル位の距離を取って、こちらの様子を窺うように後ろ足で立ち上がっている。5匹は代わる代わる立ち上がってはノアに抱き込まれている私を見ている、ように見える。
「どうなってんだよ」
「何かしたいのかしら~」
うーん、リスの気持ちは私も分からない。
でもこちらの気持ちはせめて伝えてみようかな。意味不明の状況がちょっと辛くなってきたので。
「あの、リス達・・・。突然飛びつかれると、ビックリするから。もっとゆっくりに、して欲しい」
「いやいや、ゆっくりならいいのかよ」
冷静なラッシュのツッコミは聞かない事にする。
すると驚いたことに、リス達の内1匹がちょっとずつ小走りに私に向かって近づいてきた。トトトッ、トトトッ、と、数歩ずつ駆け寄っては私の様子を窺うように後ろ足で立ち上がる。そのリスはとうとう私を抱き込むノアの30センチの距離まで近づいてきた。
そしてそのリスはおもむろに前足で自分のほっぺをグリグリと揉む。するとリスの口からはポロリと2つのドングリが転がり落ちた。
リスは転がり落ちたドングリを再び頬袋に収めて、ノアと5センチほどの距離にまで詰めてきた。そして後ろ足で立ち上がり、再び頬袋を揉む。それから口から出てきたドングリを、今度は落とすことなく器用に前足で持った。
ドングリを手に持ったまま私をジッと見てくるリス。
「・・・く、くれる、とか?」
間髪入れずにリスがチッと鋭く鳴く。
私はそーっとリスに片手を差し伸べた。リスは更に私とノアに近づき、ノアの膝の上に駆け上がって、私の掌にドングリを一個落とした。
「ありがとう・・・」
再びリスがチッと鳴くと、ドングリをくれたリスはもちろん、後ろに距離を取って整列していたリス達までが一斉に林の向こうに帰っていった。
「・・・・・」
私は説明のつかない現象にしばらく言葉を失っていた。これも私のチート能力なんだろうか。ジ〇リ映画に出て来るような動物に愛されし女子的な、愛されチートがまさか私に?
私は掌に残されたドングリをジッと見る。
「カノン、それは捨てます」
ノアだけは安定の保護者役で、私の掌のドングリを即座に没収&廃棄。水筒の水で濡らしたハンカチでゴシゴシと私の手を拭いてくれた。
結局小動物たちの奇行について、だれも明確な説明は出来なかった。でも赤リスからドングリを受け取ると、その後の小動物からの私へのピンポイント襲撃はぱったりと止んだ。
しかし小動物の内はまだ良かったのだ。
「・・・・両脇にいるな」
「数が多い。このまま領都にはいけねえぞ」
しばらく馬を走らせて、領都まであと少しという所だった。
先頭のグイ―ドが馬を止め、ノアとミンミ、後ろのラッシュも馬を止めた。
「ノア、どうしたの?」
「カノン、大丈夫です。しっかりと私にしがみ付いていてください」
ノアがそう言ってからシャリンと、涼やかな金属音が鳴った。
ノアが剣を抜いた。
突然高まる緊張感に、私は身を固くしてギュッとノアにしがみ付いた。
「10匹はいる」
ラッシュの言葉で周囲に耳を澄ませると、ハッハッと動物の呼吸音が左右から聞こえる。何が居るのか分からないけど、私はノアの邪魔にならないように小さくなってノアにギュッと抱き付く。
「・・・・・」
私達と、私達を取り囲んだ獣との膠着状態がしばらく続いた。
「・・・なんだ?」
「変だよな?」
どれくらい時間がたったのか。
グイ―ドとラッシュが不思議そうに呟いた。
「襲ってこないわね?凶暴種じゃなかった?でもじゃあ、なんで私達から離れないのかしら・・・」
ミンミも今の状況に首を捻っている様子。
私はガチガチに固まっていた体をそっと緩めて、ノアの胸から顔を上げた。そして周りを見回してみる。
「ひえ」
すると街道の真ん中に立つ私達の4頭の馬を挟むようにして、街道脇の茂みの向こうに、左右に5匹ずつ灰色の毛皮のオオカミ達が居た。
オオカミ達はみんな茂みの奥からジッとこちらを見ている。
「凶暴化した森林狼だったらもう戦闘になっているんだけど、変ね。凶暴化してない森林狼なら、人間に会っても向こうから距離を取って離れていくんだけど・・・」
森林狼って、陽気なリックスさんの肘の下のお肉を齧った奴じゃん。肉食獣だ・・・。
「襲ってこないが、離れてもいかない。何のつもりだ?」
森林狼達を見ると、ハッハッハッと犬特有の口を開けた呼吸を10匹がそれぞれしているだけ。中にはくわーとあくびをしているものもいた。
「・・・・馬も全然緊張してないな」
「ううむ」
ラッシュの指摘にセイラン号を見れば、ノアの愛馬、セイラン号は落ち着いて次の指示を待っている。他の馬達も尻尾をユラユラと揺らしながらリラックスしている状態。
「なんでか知らんが、森林狼達は俺達に敵意はないようだ。試しにゆっくり領都に向かってみるか」
グイ―ドの提案に、私達はゆっくり馬を領都に向けて進めてみた。
すると私達の両脇で、森林狼達がゆっくりと私達にスピードを合わせてついてくる。
「止まれ」
グイ―ドの声に私達が馬の歩みを止めると、森林狼達もピタリと足を止めるのだった。
これは困った。
「オオカミ達を連れて領都にはいけないね」
「この辺りまで森林狼が出てくるって事も珍しいんだがな。この辺りはもうゴルド大森林から外れていて、森林狼達の生息地からも離れている。街道沿いに林が少し残る程度で、人の手で土地が広く拓かれているからな」
「この辺りは、オオカミ達の住処じゃないんだね」
ならなおさら、なんでこのオオカミ達はこんな人里近くまで出てきてしまったんだろう。膠着状態が過ぎると、森林狼達はその場で寝そべったり毛繕いしたり、思い思いに過ごし始めてしまった。
「森林狼はゴルド大森林の魔獣や獣達の数を調整する役目を持っている。だから俺達冒険者も、基本襲われない限りは森林狼を討伐する事は許されない。だが、こんな街道沿いに居られてはな・・・」
場合によっては人間の安全のための駆除も考えなければならないかもしれないと、グイードも険しい顔をしている。こちらの想いなど露知らず、森林狼達はのんびりとくつろいでいるけど・・・。
「ひいいっ!!」
私達が頭を悩ませていると、私達の後方から徒歩の旅人の男性2人が私達の後ろまで来て、両サイドの森林狼を見て悲鳴を上げた。
しかし男性に悲鳴を上げられても、森林狼達は泰然として、今や10匹全部が思い思いに街道両脇に出てきて寝そべっている。
街道は幅5メートルほど。その真ん中で森林狼からなるべく距離を取って立ち尽くす男性2人。
「何かあれば森林狼は俺達が倒す。刺激しないようにそっと通り過ぎてくれ」
「わ、わかった!」
徒歩の男性2人は恐る恐る森林狼達の間を通り過ぎた。そして、私達の馬4頭の間もソロリソロリと通り過ぎる。そして、私達から10メートルも離れた頃合いでワッと走り出した。
男性2人の事を、森林狼達は気にする素振りが全くなかった。
「よし・・・。あと小一時間も馬を走らせれば領都の西門に入れる。ノア、カノンを連れて先に行ってくれ。俺達は場合によってはこのままエスティナに森林狼達と一緒に引き返す。こいつらにとっても大森林に戻った方がいい」
「大丈夫なのですか」
森林狼10匹がここまで至近距離に近づいてしまった今、グイード達3人をこの場に残していったらと、ノアが心配している。私も心配だ。
「まあ今は騎乗しているしな。10匹程度なら俺達3人でもどうにでもなる。それよりもカノンが居ると俺等も動きが取り辛い。俺達の事は気にしないで領都に向かってくれ」
「・・・わかりました」
「みんな、気を付けて!」
グイード達はエスティナの主力冒険者パーティだ。大森林の事も、その森に住む動物達の事も熟知している。
私とノアはグイードの言う通りに領都へ先に向かおうとした。
しかし、セイラン号がグイード達から離れようとした時、森林狼達がスックと立ち上がった。そしてタタタタと、小走りで街道の両サイドにつきながら森林狼達はセイラン号の後ろをついてきた。
「ノアー!止まれー!」
私達はグイード達から5メートルも進まずに足を止める事となった。
「うーん、やっぱりノア達、というか、カノンちゃん目当てなのかしら~」
「こりゃあ俺等、森林狼が居なくなるまで動けねえじゃねーか」
森林狼達が移動した事で、グイード達もこちらへ移動してきた。
「カノンちゃん、さっきのリスみたいにオオカミにお願いしてみたら?」
「ええっ?!そんな事、出来ると思う?」
私が周囲を見回すと、言い出したミンミを含めてみんな微妙な顔をしている。ノアの顔を見上げると、無言でニコリと微笑む。
みんな出来るとも出来ないとも言わない・・・。
「お・・・、オオカミ達―。森へお帰りー・・・」
現状手詰まり。なので私はミンミの提案を実行してみた。
森林狼達は、声を発した私に取り合えず注目している。けれど動かず。
私のお願いの効果は無いみたいだった!




