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省エネ聖女と覚醒勇者は平穏の地を目指す  作者: ろみ
アストン王国地固め編
33/57

グリーンバレーへの道行きで 2

 南国かつ夏の盛りのエスティナは、虫よけ対策さえしっかりすれば野宿もそれほど辛くはない。虫除け用のハーブを焚火にくべて、肌が出ている所には煮出して水で薄めたハーブ水を塗る。少しスースーする奴。

 今日宿場町には辿り着けなかったけど、明日の移動で領都には余裕で日没前に着けるという事だった。

 エスティナのみんなから貰った餞別で夜ご飯を済ませ、後は焚火の番をしながら順番で寝る。私は焚火番をさせてもらえずしっかり寝ろと皆から言われる。まあ、非戦闘員の私に1人の焚火番なんて任せられる訳ないからね。

 それよりもしっかり休んで、明日もしっかりノアにしがみ付いていられるように体力を回復しなければならない。

 大人の身体での移動は、実は幼児でいる時よりも体力が要る。何故なら幼児の時は抱っこスリングで起きていようが寝ていようがずっとノアが抱っこしっぱなしでいてくれたから。しかし大人の身の今では自力でノアにしがみ付いていないといけないのだ。まあノアが両腕の中に私を入れて囲ってはくれているけどね。

 もっと楽にしても大丈夫だとノアは言ってくれるんだけど、私が力の抜く加減が分からず、一日経ったら私の全身ガッチガチ。そして馬に乗っていただけで疲労困憊なのは私だけ。

 私、割と体力がある方だと思っていたんだけど、この世界の人達には敵わないなー。

「おやすみなさい、カノン」

「みんな、ごめんねー。おやすみー・・・」

 寝入りばな、ノアが私の前髪をサラリと撫でた。気持ちいい。

 疲れの所為もあり、私は急速に眠りに落ちていく。

「・・・カノンちゃんは、本当に聖女様なのねぇ・・・」

「ええ・・・」

「・・・・」

 みんなは焚火を囲んでまだ何か話を続けていた。

 自分が微睡んでいる傍で、誰かが穏やかに話しているというのを初めて経験するんだけど、何とも言えない安心感がある。更にノアが話しながら時々私の頭を撫でてくれるので、余計に安心する。

 これは何という至福の時間か。

 野営にあるまじき気の抜き様で、私はぐっすりと熟睡させてもらったのだった。



 そして翌朝。

 目覚めると、私の顔の横には2匹の茶色いリスが丸まって寝ていた。

「・・・・・」

 異世界だから、動物と人との距離が近いの?

 私が目を開けても、私の頬に和毛がほわほわと当たる至近距離でリス達はクウクウ眠り続けている。

 どうしよう。私が起きたらリスが驚いてしまう。

「カノン?おはようございます」

 私が息を殺して静かにしている所に、ノアが通常モードで挨拶をしてきた。

 リスが私の鼻先でピクッと体を揺らす。すると2匹はパッと起き上がり、私とノアの間を通ってパッと林の茂みに飛び込んできえてしまった。リス、めちゃくちゃ寝起きが良い。

「あはは。リスに気を使ってジッとしてるカノンちゃん可愛い~」

 ノア側に向けていた体を仰向けに直したら、満面の笑顔のミンミが私の顔を覗き込んでた。飯にしようぜというグイ―ドの声も聞こえる。

 気が付けば私以外みんな起きてた!

 みんなより早く寝たのに、みんなより起きるの遅いとか、どんだけ私は役立たずなんだ。今は幼児じゃなくて19歳なんだから、早く起きて食事の準備を買って出るとか、頼りになる所もあるとアピールしたかった!

 私がムクリと起き上がると、焚火を囲んでみんな粉末スープをお湯で戻したものと固焼きのビスケットを齧っている。うん、もう私の出る幕無し。

「はい、カノンの分ですよ」

「ごめん。私、全部やってもらっちゃって」

「はは、馬に乗り慣れてないんだろ?なら昨日1日馬に乗ってられただけで上出来。カノンはしっかり食べて休んで、今日もノアにしがみ付いとくのが仕事だぜ」

 珍しくラッシュが私にフォローらしきことを言う。

「わかった」

 こういう時に張り切っちゃうとかえって失敗して迷惑を掛けるんだよね。勝手が分からない時には自分が望まれている事以外はしちゃいけないのが鉄則。

 私は今日も1日ノアに頑張ってしがみ付いておこう。

 粉末スープはコリンお婆ちゃんの娘さん夫婦に頂いたものだ。乾燥させたキノコの千切りと、塩、乾燥ハーブを粉末にした物が入っている。これにジーンさんのジャーキーを刻んで入れたら野営のご馳走だ。ルティーナさんからもらった固焼きビスケットには砕いたナッツが練り込んであって、噛むとじんわり甘さが広がる。うまーい。

 寝起きに食事をすぐに出してもらって、その食事も美味しい。これ以上に幸せな事ってある?

「ゆっくり食べて大丈夫ですよ。時間には余裕がありますから」

 そういうノアのお言葉に甘えて、みんなが今日の行程の打ち合せをする間、私は滋味豊かな塩スープとビスケットを頂く。

「昼前にはカルー大街道に出られるはずだ」

「そうしたら後はもう、道なりに進めば目を瞑ってでもグリーンバレーに着くぜ」

「領都は久しぶりだなー。私、色々買い物もしたい!」

「キュイ!」

 焚火を挟んで対面に座っていたグイ―ドとラッシュが揃って私を見た。

「キュウ!」

「わっ」

 はっきりと至近距離で聞こえた高い音に、私は驚いて最後のビスケットの一欠けらを取り落としてしまった。

「キュッ」

 その転がり落ちたビスケットは、私の隣のピーカが上手に両手でキャッチした。

 ピーカ、いつの間にいたの?!

「カノンの食事を掠め取るとは。本能のみで生きる獣と言えど、許されざる大罪です」

 両手でキャッチしてすぐさまビスケットを齧り始めたピーカの首根っこをノアがむんずと掴んで持ち上げた。

 ピーカは首の皮の後ろをぎゅううとノアに鷲掴みにされて、頭と顔の皮もだいぶ後ろに持って行かれているけどビスケットを離さない。カリコリカリコリと齧り続けて、しまいには全てを口の中に収めてしまった。

「この大きさなら、子供のカノンの襟巻位作れますかね。お昼はテリーさんから分けてもらったハーブ塩を擦り込んで、ピーカの串焼きにしましょう」

 ノアが淡々とピーカに判決を言い渡しているのだけど、当のピーカはビスケット食べ終わっても逃げるそぶりも見せず、ノアに掴まれたままダラリと四肢を脱力させている。警戒心の欠片も無い。

 こんな野生動物、すぐ絶滅しちゃいそうだけど。

「ノア、みんなから餞別にもらった食料は食べきれない位あるでしょ?」

「そうですね」

「じゃあこのピーカは逃がしてあげてもいい?ビスケットを取られたって言っても、最後の一欠けらだよ。私はもうお腹一杯」

 ノアはしばらく私を見てから、おもむろにピーカを手放した。ピーカは受け身も取らずに横向きの体勢で地面に落ちたけど、厚い毛皮のお陰でダメージは全く無さそう。ピーカはむっくり起き上がると、何事も無かったかのように茂みの方にモソモソ歩いて行ってしまった。

「カノンは食が細くて華奢なので、沢山食べて下さい。次にピーカが物欲しそうにしていても、食べ物をあげてはいけません」

「わかった」

 別に物欲しそうなピーカに餌付けしたわけでは無かったんだけど。

 エスティナでは小動物の影を時折木の枝辺りとかに見かける位だったんだけど、人里離れたからか野生動物との距離が近い。

「朝のリスも、さっきのピーカも、大人しい方だよね?狂暴な感じじゃなかったもんね。大人しい方の獣って、懐っこいんだね」

「うーんん・・・?」

 私が何気にした質問に、ミンミが腕を組んで考え始めた。

 え、他愛も無い雑談程度の話題のつもりだったんだけど。

「警戒心が強い赤リスがあんなに人に近づくのは初めて見たな」

「ピーカも自分から人に近づくとかありえねー。鈍臭いから人間に捕まった後は、諦めて大人しくなるけどな。凶暴な方はもうおかしくなってるから、あいつらは相手かまわず動くものに飛びつくんだぜ」

「えっ」

 今のピーカって、凶暴じゃ無かったよね?

「きっとカノンの優しい清らかな心に、森の獣たちが引き寄せられてしまったのですね」

「あはは~、そうかも~」

「親バカもここまでくると大したもんだぜ」

 ノアが全く根拠のない事を言い出した所で、私達は野営の後片付けを終えて領都へと出発した。


 しかしそれから後も異変は続くのだった。

「チッ」

 私の耳元で鳴き声が上がる。

「チイィーーッ!」

 それから悲し気な鳴き声が後方へ遠ざかっていく。

「8匹目」

「有りえねーわ。異常事態だわ」

「あながち、ノアが言った事、間違ってないのかもー」

 グイ―ドは馬を走らせながらも根気強く数を数えている。

 私はノアの上半身にピッタリくっついて抱き付いているのだけど、定期的にトンと肩に何か軽い重みが着地する。

 私達はエスティナからグリーンバレーに向かう街道を馬に乗って移動しているんだけど、街道の両隣にちょっとした林が広がっていて、その林の木々から赤リスが私の肩や頭に飛びついてくるのだ。

 そして私の肩に飛び乗った赤リスはすぐさまノアに確保され、私達の後方へ投げ捨てられる。そしてそれをグイ―ドが律儀に数えていた。

「10匹。はー。もう、キリがねえわ。カノン、もうリスを数えるのやめるぞ」

「う、うん」

 別にグイ―ドにお願いした覚えも無いんだけど、グイ―ドが疲れるならリスはもう数えなくていいと思う。

「何なんだろう。飛び付いてくるから凶暴なリスの方?」

「いや、それは無い。凶暴化している奴は、飛びつくと同時に噛みつくからな。ちょっと良く分からん」

「俺もわかんね」

「私もー」

 グイ―ド達が分からないんなら、他国から来た私達は尚更アストン王国の赤リスの事なんてわかんないよ。

 エスティナから伸びる街道が大きな街道に合流してから、私達は街道脇の休憩ポケットで昼食を取った。その昼食時も赤リスだったり、胴の長いイタチっぽい小動物だったりが私に飛びついて来てはノアに放り投げられていた。

「へ、変だよね?何なんだろう・・・・」

 小動物が入れ替わり立ち替わり、私に飛びついてくる。私とノアが赤リスやイタチに気を取られていると、私の後ろにはモッソモッソとピーカが背後を取ろうと近づいてくる。背後のピーカはあっさりミンミが捕獲して、もと来た茂みへと放り投げられた。

 私以外には、ノアにもグイード達にも小動物は近づかないのだ。これはいったいどうした事なのか。

 小動物達一匹一匹は可愛いけど、この訳の分からない状況がちょっと困るというか、訳が分からな過ぎてちょっと怖い。

「うう・・・」

「カノンを怯えさせるとは、小さな獣とは言え捨て置けません」

 ノアが剣を片手に立ち上がろうとする。

「ま、待って待って。怖くないから!大丈夫だから!」

 リスやイタチをノアが相手したらオーバーキル過ぎるから!

「リスやイタチは怖くないけど、なんで私だけに飛びついてくるの?ピーカが今度は後ろに2匹いるし。私、何か変な匂いとかする?」

 ラッシュがピーカ2匹をそれぞれ掴み、後ろの茂みにポイポイ放り投げる間にミンミがクンクンと私の匂いを確認する。

「うふふ。甘いピオニーの匂いがする」

 ピオニーとは日本でいう芍薬の事で、エスティナでは至る所に咲いていた。道具屋さんがピオニーの他に色々な花の精油を売っていて、エスティナの女性達はクローゼットや衣装タンスには好みの匂い袋を入れて衣服に好きな香りを纏わせるのだ。

 私のワンピースはルティーナさんからの頂き物だから、ピオニーはルティーナさんが好きな香りなんだろう。そう思うと、ルティーナさんと離れていても心がホッと温かくなる。


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