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省エネ聖女と覚醒勇者は平穏の地を目指す  作者: ろみ
アストン王国地固め編
32/57

グリーンバレーへの道行きで 1

 アシュレイ様から召喚状が届いた1週間後。

 私とノアは領都グリーンバレーへ向かう事となった。

 1週間の準備期間で方々にエスティナを離れる事を伝える。

私とノアの知り合いといっても、冒険者ギルド近辺とルティーナさんの宿の近隣ご近所さん程度なんだけどね。

 冒険者ギルド周りとご近所さんへの挨拶はあっさりと終わった。もともと人の出入りが多いエスティナだから、新たな出会いは大いに喜び、新たな別れは再会を約束して笑顔で送り出すという文化がエスティナにはあるんだって。

 そして餞別を色々な人から沢山いただいた。非常食の乾物とか、お手製の携帯おやつとか全て食べ物。全てが日持ちするもの。これは旅人への餞別は食べ物で、というエスティナの昔からの習わしなんだそう。体のあちこちに非常食を巻きつけておけば、旅の道中に何かあっても生き延びられるだろうというサバイバル支援なのだ。

 エスティナから領都へは、馬なら1泊2日、馬車なら2泊3日位で着くという事だ。それほど長い旅路でもないのに食べ物を貰い過ぎた気もするけど、すぐ腐るもんじゃないし余った分は大切にしまっておこう。


 そして話をする前から大変そうだと思っていたのは、アリスへの領都行きの説明だった。

 出立の2日前、私は厨房でルティーナさん達に、アシュレイ様から呼び出しがあり領都へしばらく行くことを話した。

 たまたま立ち寄ったエスティナが居心地良すぎて、このままここに住んでも良いかなと思った矢先だったんだけどね。しかし生活基盤を本格的に作る前だったので、私達はまだ身軽に動けるタイミングでもあった。

 気を付けて行っておいでと笑顔で話を聞いてくれたルティーナさんとテリーさんの隣で、愕然としたアリスは放心状態から脱すると、今度は口を一文字に引き結んで口元をワナワナさせ始めた。これは非常に分かりやすい、アリスが泣くのを我慢している時の顔だ。

 アリスとは仲直りしてから本当に姉妹のように、毎日仲良く楽しく過ごさせてもらった。

 私もアリスと離れるのは寂しい。

 私の姿をみると懐っこい大型犬のようにいつも笑顔で駆け寄って来てくれるんだから、そんなアリスを可愛いと思わないわけが無いじゃんね。

 領都行きを私達から告げてから部屋にしばらく引き籠ってしまったアリスだったけど、私達が領都へ旅立つ日、見送りにはちゃんと来てくれた。


 領都への出発当日。

 領都へ続く街道入口には、ケネスさんとルティーナさん一家が見送りに来てくれた。

 そして代理で預かって来たと言って、私とノアはテリーさんとケネスさんから更に沢山の餞別をもらう。

 ジーンさんからのジャーキーを束でケネスさんが預かって来てくれた。うれしいー。領都に行ってもしばらくジーンさんのジャーキーを楽しめるなあ。

 そして笑顔のルティーナさんとテリーさんの隣に、俯いたアリスが無言でズーンと立っていた。今日は旅立ちに相応しい晴天に恵まれたというのに、アリスの頭上だけに曇天が広がっているかのようだ。

 一言も未だ発しないアリスに、私は笑いながら声を掛けた。

「私、アリスの事を可愛い本当の妹だって思ってるよ。また必ず、エスティナに戻って来るからね」

「・・・・・」

 無言のアリスは、緩慢な動作で私に近づいてくると、ぎゅううと私に抱き付いてきた。

 アリスの両目が腫れて大変な事になっている。ずっと泣いていたんだろうなあ。

「ルティーナさんとテリーさんのいう事、ちゃんと聞くんだよ。宿の仕事、頑張ってね」

「う“ん・・・」

 アリスは15歳の乙女と思えない皺枯れ声で返事を絞り出した。これは部屋で声を出して号泣していたな・・・。そんなに泣かせてしまって、ごめんねという気持ちと、別れを悲しんでくれて嬉しいという気持ちがせめぎ合う。

「アリスちゃん、心配しないで!カノンちゃんの事は私達がしっかり領都へ送り届けるからね!」

「ミンミさん、ずっ・・・ずるいいぃー!!」

 うん。ミンミは悪くないよ。

でもアリスの腫れぼったい両目からは、とうとう涙がポロポロと転がり落ちる。

「ゴ、ゴメンね、アリスちゃん!」

 泣き出すアリスを前にミンミがわたわた慌て始めるけど、そこでぴしゃりとルティーナさんがアリスを叱った。

「こら、アリス!いつまでも子供みたいにめそめそ泣くんじゃないよ。お前は何のためにエスティナに戻ってきたんだい?エスティナで暮らすと決めたからには、自分の役割を定めて、それを全うしないといけないよ。カノンちゃんも頑張ってる。だからお前も頑張りな!」

 そうルティーナさんに発破をかけられて、アリスは涙を堪えようとするもヒックヒックとしゃくりあげが止まらなくなってしまう。

 でもアリスは大丈夫だと思う。数年かけて両親を説得してエスティナに帰ってきたんだからね。エスティナで生きていくって、アリスはちゃんと覚悟を決めてきたはず。

 私達は毎日一緒に居たから、今は寂しい気持ちが勝っているだけなんだよね。

「アリス」

 私はアリスの背中に両手を回して、しっかりと抱きしめる。

 アリスの痛々しく腫れてしまった両目がとても可哀想。

 腫れと熱が引いて、いつもの涼やかな、綺麗な瞳にもどるように。号泣しすぎて枯れてしまった喉が、元にもどるように。

 その時の光は、目を潰すような強い発光ではなく、じんわりと私とアリスを包むような淡い光で、数秒で消えてしまった。

 抱きしめられたままアリスを見上げると、アリスは目を大きく見開いて私を見下ろしている。

 良かった。いつもの切れ長の涼やかな瞳に戻っている。

 いつもの美人に戻った事を確認して、私はアリスから離れた。

「カノン」

 呼ばれて振り返ると、セイラン号に乗ったノアが私に手を差し伸べていた。

 私はノアの手を取り、セイラン号の上に横乗りで座る。ほんとは跨りたい所だけど、ズボンを一枚も持ってないんだよね。なので体を安定させるためにノアの上半身にギュウと抱き付く。

「よし、そろそろ行くか」

 セイラン号の隣に騎乗でやって来たのはグイ―ドだった。

 ミンミとラッシュも騎乗して隣に並んでいる。

「お前ら、領都までくれぐれも頼んだぞ。領主からの指令任務だからな」

「はーい」

「うっす」

「おう!」

 ケネスさんに念押しされて、グイ―ド達は三者三様元気に返事を返す。

 なんでグイード達が一緒にいるのかというと、なんと私の護衛に、アシュレイ様がグイ―ド達を指名して任務依頼をギルドに出したというのだ。

 グイ―ド達の冒険者パーティはエスティナでも主要戦力だ。そのパーティリーダーを含めた半分がエスティナから離脱して大丈夫なのかと心配したんだけど、ケネスさんが言うには私のもや払いのお陰で予備力の増強が叶った。さらに採集メインに転向していた冒険者が、体の故障が治って獣討伐や哨戒任務に復帰するなど、エスティナ防衛の層がこれまでよりも厚くなったのだそうだ。だからしばらくグイード達がエスティナを離れても大丈夫なのだと、ケネスさんにはソフトタッチで頭を撫でられながら改めてお礼も言われた。

 本当にやって良かった、黒いもや払い。あとはいつか、遠慮深いお爺とお婆達のもや払いも出来たら良いな。

 そんな訳で何とも手厚く、アシュレイ様は私に護衛を付けてくれたのだった。

「それでは行ってきます」

「みなさん、またね!色々ありがとうー!」

 また絶対に戻って来るつもりだけども。

 2カ月ほどの滞在だったけど、エスティナが物凄く好きになっていたから別れが思ったよりも辛い。

 ケネスさんはノアの仕事の上司で、私もついでに良くしてもらっていたという間柄だったけど、ルティーナさん一家とは離れるのがすごく寂しい。

 ルティーナさん一家が街道の入り口で、笑顔でずっと遠ざかる私達に手を振ってくれている。最後にはアリスも笑顔で手を振ってくれた。

 私もみんなが見えなくなるまで手を振り続けた。

 そしてとうとう、街道がカーブを描いた所でエスティナが見えなくなった。


「さて。夕方までに宿場町に着きたいんだが、カノン。馬を走らせていいか?」

「うっ・・、ううっ。うえっ・・・」

 グイードからお伺いをたてられたんだけど、私は答える所ではなかった。

アリスを笑えない位に私は大号泣していた。

 ノアのシャツの胸元は私の顔から出た水分でびしょびしょになっている。その水分が涙だけだと思いたい。鼻は必死に啜ってるから、鼻水は付いていないはず。

 出立早々に迷惑を被っているノアは、それでも嫌な顔一つせず、私を腕の中に囲ってくれている。

「わははは!アリスには偉そうに泣くなとか言ってて、今大号泣とか、ウケるわー。カノン、おもしれーわー」

「カノンちゃん、みんなから見えなくなるまで泣くのを我慢したのよねえ。偉い偉い」

 ミンミ、やめて。優しくされると余計に泣きたくなる。ラッシュはすぐに弄ってくるから、ムカつく。

「さ、さみ、寂しいぃ。ルティーナさんの宿に、ずっと、ひっ・・、いたかったっ・・・」

「そうですね。皆さん、優しかったですね」

「ルナと、ジーンさんも、いっぱい、よくしてっ、くれたし・・・」

「そうですね。用事が済んだら、エスティナに必ず戻りましょうね」

 ノアはずっと優しく私を慰めてくれた。

 人目も憚らず大号泣する19歳女という、面倒臭いだけの存在に辛抱強く付き合ってくれるノアには感謝しかない。幼女になっている時だけでも面倒を掛けているのに、19歳になってもこんなで本当に申し訳ない。

「グ、グイード達と、いつもご飯、いっしょ、食べるの。たっ、楽しかっ・・」

「うわっ!よせよせよせ、グイード!なんだよ、お前!泣くなよ!姉ちゃんもやめろ!」

「くっ・・・、だってよぉ・・・」

「むりー、貰い泣けてきたぁー。そういうラッシュも泣いてるじゃん」

「泣いてねーわ!」

 私の号泣に釣られてか何故かグイードとミンミも一緒に泣き出し、ちょっと馬を走らせるどころでは無くなってしまった私達一行。

 結局は私とグイードとミンミの嗚咽としゃくり上げが落ち着くまで、みんなのんびり馬を歩かせることになった。

 そして初日に大ブレーキがかかってしまった私達は、グリーンバレーの手前にある宿場町に辿り着く事が出来ずに、街道脇の旅人休憩スポットで野宿をする羽目になってしまったのだった。



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