わたしのすべきこと 3
そして2日後、私の力をアシュレイ様にお披露目する日がやって来た。
場所はギルドの訓練場。
訓練場の真ん中には、アシュレイ様の護衛の1人、ステファンと呼ばれていた人が剣を片手に立っている。
そしてそのステファンさんの前には、以前ノアの冒険者実技試験の相手になってくれた冒険者の方が剣を構えて立って居る。
今日は領都の騎士が冒険者と手合わせをするという催し名目で、冒険者以外のエスティナの住民の皆さんも観客として集まっている。
簡易の椅子や、ベンチなどが多数出され、観客の皆さんは手に食べ物飲み物まで持って、楽しく観戦しようという構え。
私はそのギャラリーの中にルティーナさんとアリスさんを見つけた。ルティーナさんがこちらに気付いて手を振ってくれる。私がルティーナさんに手を振り返すと、その隣のアリスさんが私に気付いてスンと真顔になる。
もう、ごめんて。
ほんとに、私、アリスさんのどの逆鱗に触れてしまったのだろう。厨房は聖域だと考えるタイプの人だったとか?その割にアリスさんのメインの仕事は食堂のフロアみたいなんだけど。よくわかんないな。
そうこうしている内にも、模擬戦の準備は整ったようだ。
「ステファン、本気を出して良いぞ」
「いやいや、ご領主様。グリーンバレー辺境伯騎士団の現副騎士団長様じゃないですか。普通に大怪我しますので勘弁してください」
アシュレイ様はギルドからテーブルと椅子を訓練場に運び出して、優雅にワインを飲みながら観戦の構えだ。私とノアはそのアシュレイ様の隣でひとまずは待機。
ステファンさん、騎士団の副団長様だった。偉かった。
対して挑戦者である冒険者はちょっと緊張している様子。アシュレイ様が無責任に飛ばすヤジに顔を青ざめさせている。
ステファンさんはギルドでノアにぶっ飛ばされていたなー。
ノアと1分は切り結んでいたけど、冒険者相手ならどれくらいの強さなんだろう。
「はじめ!」
ケネスさんの合図と共に、ステファンさんが大きく冒険者に距離を詰めた。冒険者は最初から及び腰で、逆に背後に一歩下がってしまった。ステファンさんは容赦なく訓練用の鉄剣で冒険者を薙ぎ払い、かろうじて剣でステファンさんの一撃を受け止めた冒険者は、剣を持ったまま後方に3メートルほど飛んで地面に転がった。
「そこまで!」
ステファンさんと冒険者の模擬戦は一瞬で終わってしまった。
ギャラリーからはもう少し根性出せと、冒険者に向けてブーイングが起こる。
「よし、カノン。ステファンの相手に支援魔法をかけてみろ」
「わかりました」
私はアシュレイ様の指示に従い、地面に転がっている冒険者の元へと向かった。幼児退行を起こす想定なので、保護者のノアも一緒に冒険者の元へ向かう。
「大丈夫ですか?」
「ああ、だいぶ手加減してもらったな。打ち身位だ。俺は領都の騎士団に一時期居た事があるんだが、一般団員の訓練程度では団長クラスと勝負になる訳も無い。現副団長と手合わせできて光栄だったな。良い思い出になる」
冒険者は寝転がったまま、全てが終わったかように晴れ晴れとした笑顔を見せているけど、この冒険者の方にはこれからステファンさんともう一回剣を交えてもらうのだ。
「えーと、もう一回、ガンバです!」
「ぐあっ!」
私と冒険者を中心に白い光が放たれた。
目を瞑れと言い忘れたので、若干冒険者に目潰しダメージを与えてしまう。すみません。
私は冒険者の身体強化、打ち身とか体の痛みの緩和、出来たら回復、ステファンさんと互角に戦えるかそれ以上の力の底上げ等、ふんわりした感じで祈った。なんとなく、ステファンさんといい勝負になりますように。
ステファンさんに恨みはないけど、ステファンさんの主であるアシュレイ様に少しは私の有用性を示さねば。さっきは歯が立たなかった冒険者が、多少はステファンさんと剣の打ち合いが出来る程度になったらいいかなー。なんなら冒険者がステファンさんをちょっと力で押せるくらいになったら、より私の支援魔法の効果が分かりやすいんだけど。
白い光が収まると、冒険者の身体はキラキラ光る白い光に包まれていた。
うん、ちゃんと聖女の力を使えた。
そして、想定外だったのが。
「カノン、幼児退行を起こしていません」
「えっ」
マジで。
ノアの指摘に自分の身体を見下ろすと、確かに19歳のままだ。
「な、なんで?」
ノアは難しい顔で黙り込んでいる。
私もノアも、困惑の方が大きい。幼児退行が起こる法則がちょっと余計に分からなくなった。
「す、すごい!自分の身体じゃないみたいだ!イメージ通りに体を動かせそうだ」
一方、冒険者にはしっかりと支援魔法が効いたようだ。
その場で何度もジャンプしたり、猛烈な速さで剣の素振りをしている。ジャンプ高―。垂直で2メートル位飛んでる。
「よし、ステファン。もう一度その冒険者と模擬戦を行え」
「かしこまりました」
アシュレイ様の指示に、ステファンさんが訓練場の中央でもう一度剣を構える。キラキラと白い光を身に纏った冒険者がその対面に立った。
「もう一度胸をお借りしますよ、副団長様」
「遠慮せずどうぞ」
白い光を纏う冒険者は、まるで人が変わったかのように自信に満ちた笑顔を見せている。片やステファンさんは、最初と変わらず静かに相手を見据えている。
「はじめ!」
ケネスさんの再度の号令で、最初に動いたのは冒険者の方だった。
冒険者が2歩前に踏み込めばもう、ステファンさんとの間合いに入っている。一瞬だ。
ガキンと金属音が響く。
冒険者が繰り出した剣をステファンさんが受け止めた。そしてなんと、冒険者の剣を受け止めたステファンさんが、冒険者の力に押され、一歩足を後ろに下げたのだ。
おお、と会場がどよめいた。
けれど今度はステファンさんが持ち直し、ぐっと冒険者を押し返し、そのまま剣を弾き返した。一度距離を取り、冒険者とステファンさんは再び剣を構え直す。
次はステファンさんが動いた。最初と同じように冒険者を薙ぎ払うべく繰り出された剣を、冒険者が受け止める。冒険者は弾き飛ばされず、ステファンさんの剣を受け止め、そのまま堪えている。再び会場が湧いた。
冒険者とステファンさんが拮抗した模擬戦を繰り広げる中、幼児退行を起こさなかった私とノアは、アシュレイ様の隣に戻った。
「うん?大きいカノンのままだな。魔法を行使すれば幼くなるのではなかったか?支援魔法に関しては確かに発動したようだが」
「はい・・・」
ちょっと、想定外の事が起きた。どうして私は大きいままなのか。
ちなみに、私は大きくなってから一度アシュレイ様とは顔合わせしている。私があの時の小さいカノンです、と言って。
アシュレイ様はそうか、と言いながら、信じてないのがありありと伝わって来た。ステファンさんはお顔立ちが小さな頃とそっくりですねとフォローしてくれたけど。そっくりも何も本人なんだけど。
この大きい私が幼児退行を起こすのですとアシュレイ様には説明しているので、こうなったら幼児退行を必ずや披露しなければなるまい。
そうこうしている内に冒険者とステファンさんの模擬戦の決着がついた。
ステファンさんが冒険者の剣を弾き飛ばして、2戦目もステファンさんの勝ちとなった。しかし、白熱の模擬戦はなかなか決着が付かず、汗だくのステファンさんが剣技で辛勝した感じだった、のかな?
冒険者は、模擬戦は負けたものの、副騎士団長を相手の大健闘に仲間内から良くやったと褒められて、もみくちゃにされている。
「ステファン、ご苦労だったな」
「面目次第もございません。退団した一般団員にあそこまで苦戦するとは」
アシュレイ様と私達の所に汗だくのステファンさんが戻って来た。汗だくでもステファンさんは金髪碧眼のシュッとしたイケメンで、涼し気な佇まいは損なわれない不思議。
「カノン様、素晴らしいお力です。元一般団員が私とほぼ互角になるのです、隊長クラス、もしくは私か団長があなたの支援を受けられたなら、一体どれほどの力を得られるのでしょう」
ステファンさんには支援魔法をかけた覚えはないのだが、キラキラ光って見えるのは汗の所為なのか。
ステファンさんは気付いた時には私を様付けで呼んでいて、やめてくださいとお願いしても聞いてくれないのだった。ならば私の事はどうぞ呼び捨てで、とか言われて。庶民の私が絶対お貴族様のステファンさんを呼び捨てに出来る筈ないじゃん。
それを言ったらノアも侯爵家の出だけど、ノアはもう家を出ているから私と同じ庶民枠だもんね。
「カノン、おっきいままだな」
私達の所へケネスさんもやって来た。
今日は最初の支援魔法の行使で私が幼児退行を起こし、更にもう一つの黒いもや払いで、リリィお婆ちゃんが公衆の面前で立つ!というシナリオだったのだ。そしてアシュレイ様に二つの私の能力と、幼児退行する特殊体質を確認してもらう予定だった。
それが最初から躓いてしまった。
「力が有り余ってんのか?」
言いながらケネスさんが私の頭にポンと手を置く。
「うーん、良く分かりません」
私の魔力?が減るとある段階で幼児退行を起こし、さらに魔力残量が減るとある段階で気絶する、という仕組みになっているというのがノアとケネスさんの推測だ。
私のうちなる魔力というものを、私は一切感じたことは無いけども。
「まだ余力があるのかなぁ?もう少し支援魔法使ってみますか?」
「大丈夫ですか、カノン?」
大丈夫かどうかも良く分からないけど、私が取り合えず幼児退行を起こすまでは聖女の力を使わないと、今日の集まりの目的を果たせないよね。
「うん、もう1回やってみる」
「でしたら、是非私にカノン様の魔法を行使して頂きたい」
するとステファンさんが魔法行使対象に名乗りを上げた。




