わたしのすべきこと 1
私はアシュレイ様とエンカウントして大騒ぎになった日から5日後に19歳の身体に戻った。
そして19歳の身体に戻った事で、いよいよアシュレイ様に聖女の力を披露し、幼児退行も確認してもらう事となった。
更に一緒にアリスさんにも私の幼児退行を見てもらう計画になっている。アリスさんに関してはルティーナさんが首に縄をかけてもギルドに連れて行くからと請け負ってくれている。アリスさんは首に縄を掛けないと手が付けられない感じなんだろうか。見た目はしっとりとした黒髪の美人なんだけど。アリスさんのキャラが未だに良く掴めない。
そして当のアリスさんだけど、食堂にやって来た19歳に戻った私を見て、眉間にピッと縦線が入った。
アリスさん、自分の心にほんと正直。
そして淡々と、私とノア、グイ―ド達には最低限の受け答えをしてくれる。ノアはともかくグイ―ド達までも先日のミンミの口添えの一件で、アリスさんの心証が悪くなってしまった模様。さらに19歳の私が傍に居るせいでグイード達は私の一味とアリスさんに見做され、アリスさんから塩気味対応を私達と一緒に受ける羽目に。ごめんねー。
けれども基本脳筋のグイ―ド達は、ミンミでさえも、食堂で美味しい料理を食べられればOK!って所があるので、あんまりアリスさんの事は気にしてないっぽい。
そして態度が硬化しているアリスさんが、私の正体がバレる事でどうなっちゃうのかは全く予測がつかない所。
更にアリスさんに嫌われちゃったら、ノアの為にも、周囲のお客さんの為にも私達はお宿を変えた方が良いかな・・・。ルティーナさん達と離れるのは寂しいけどね。
うん、とにもかくにもアシュレイ様もろとも、私の幼児退行をアリスさんにもご披露するぞ!
雨降って地固まる、というより、地面に手りゅう弾を投げつけてみてから雨を降らすけど、どうにか地面固まったらいいね!位が目指すところ。
人の心ばっかりはどうにもならないもんなー。
なるようになーれ。
そんなわけでアシュレイ様とアリスさんへの私の能力のお披露目会に向けて、黒いもやを払う人の選定を今、私とルナは冒険者ギルドでしている。
アシュレイ様の都合により、お披露目会は今日から2日後に決まった。
「リリィ婆とかどう?ここ3年位寝たきりで家に引きこもってるの。若い頃のリリィ婆の武器は、湾刀で二刀流だったそうよ。怪我して引退するまでその辺の男よりも強かったって」
「へえー、かっこいい」
「それに若い頃のリリィ婆は演武が上手だったんだって。エスティナのお祭りの時はいつも色っぽい演武を披露してくれて、リリィ婆は男達にとって高嶺の花だったそうよ」
「トミー爺さんの大鎌も格好良かったんだぜ!22年前、エスティナに大猿の群れが入り込んだ時、トミー爺さんが四方八方から飛びつく大猿どもを、鎌を旋回させながら全て仕留めたんだ。あれには痺れたな。女達からも黄色い声が上がってなあ。あの頃のトミー爺さんと大して変わらん年になったが、俺はトミー爺さんと同じ事は出来ねえわ」
昼下がりのまったりした午後の冒険者ギルドで、カウンターで相談する私とルナに、早々にお酒を飲み始めた冒険者達が合いの手を入れて来る。
お爺お婆の若かりし日の武勇伝、面白い。
「トミーさんも今は寝たきりに?」
「いんや。今年で65歳にもなるが、トミー爺さんは今日も元気に大鎌で家の裏の雑草を刈り取ってたぜ」
怪我もせずに今もお元気ならば何よりだ。
そして話は黒いもやを払う人の選定に戻る。
「そうねえ、アシュレイ様に劇的な回復を見せる訳でしょ?じゃあ私はやっぱりリリィお婆が良いんじゃない?大昔に怪我をして、今寝たきりになっているのはリリィ婆だけなのよ。そのリリィ婆がその場で立ち上がったら、カノンの魔法の効果が一目瞭然じゃない」
「うーん、そうなんだけど・・・」
私が黒いもやを払う事は、回復魔法とも違う気がするんだよね。
ついこの前黒いもやを払ったばかりのコリンお婆ちゃんは、足の感覚が戻ったけど筋肉がだいぶ落ちていたから、今はゆっくり歩く練習をしていると娘さんが教えてくれた。
つまり、もやを払ってもすぐに立って歩けるようにはならないかもしれないんだよ。
ケネスさんとジーンさんは足がしっかりムキムキしていて、筋肉を維持していたからすぐに歩けたんだと思う。
カウンターでルナと角突き合わせていると、ギルドのドアが開いて麻袋を肩に担いだリックスさんが入ってきた。リックスさんは今日も採取に行っていたようだ。
リックスさんとは昨日もたまたま町中で会っている。
リックスさんは魔獣の襲撃があった際に避難馬車の御者をしながら奥さんと領都に避難していて、つい最近エスティナに戻ったばかり。私の事情を実はあまり知らない人だった。
今の私があの時のカノンが大きくなった姿だと説明したら目を丸くしてビックリしていたけど、「そうなのか!不思議だな!」とリックスさんは受け入れてくれた。なんと大らかな。
けれど、「嬢ちゃんのおかげで、何だかあれから調子がいい気がしないでもないぜー!」とか言いながらさらりと私の頭を撫でていく位で、前に会った時と何ら変わらない、ご機嫌でノリの良いリックスさんだった。
つまり、リックスさんには何も変化が起きなかった可能性もある。
「じ、嬢ちゃん!!」
しかし今日のリックスさんは、いつものご機嫌な様子ではなく、カウンターの私をみてハッと顔色をかえた。
「嬢ちゃん!大変だ!!」
リックスさんが私とルナの所に血相を変えて駆け寄ってこようとする。
その途端に飲み屋でバラバラに飲んだくれていたオジサン達5人が一斉に立ち上がった。
「うおっ?!ぐえ!」
そして私に突進しようとするリックスさんの前に4人のオジサンが立ち塞がった。残った1人のオジサンは、リックスさんのお腹にタックルして動きを止める。
そのまるで打ち合せしたかのようなオジサン達の動きに、私はポカーンと口を開けた。
「リックス、何のつもりなの」
更に驚いた事に、私の前には大振りのナイフを逆手に構えたルナが立って居た。普段の気怠いゆっくりした口調ではなく、ルナの声音にはまるで言葉で刺すような鋭さがあった。
「お、おお。大変なんだよ!嬢ちゃん!なんと俺は今日突然、ジャムの蓋を開けられるようになっちまったぜ!!」
ギルドのフロアがしばし静寂に包まれた。
「ふざけんな!」
「ハゲろ!」
「馬鹿野郎!」
オジサン冒険者達がリックスさんに罵声を浴びせながら自分のテーブルに戻っていく。
「何が!ジャムの!!蓋よ!!!」
気が付けばルナがリックスさんに素早く詰め寄り、怒鳴りながらリックスさんに腹パンを3回入れた。ルナはこう見えて、案外身体能力が高いのかもしれない。さっきのナイフの構えと言い、素早い今の移動と言い、ルナは私よりも断然運動神経良さそう。
「おいおい、俺がいくらイイ男でも、お触りはイケないぜ~?俺はアマンダのもんだからな!」
パアン!パアン!と結構な破裂音が響いているけど、ルナに腹パンを入れられ続けているリックスさんは笑いながらカウンターにやって来た。
「嬢ちゃん、ありがとうな!俺の左手、まるで昔のように手に力が入るんだ。おかげでアマンダも俺に惚れ直してたぜ!」
「良かったですねぇ、リックスさん」
ご機嫌オジサンに戻ったリックスさんは、採集の戦利品なのか、ピンク色の丸い実を2つくれた。その丸い実はゴムのような謎質感だった。どうやって食べるんだろ。
しかし私が願った通り、全く過不足なく。リックスさんはジャム瓶の蓋を開けられるようになった。よかったよかった。
リックスさんもコリンお婆ちゃんと同じように、体の機能が回復するまでは時間がかかるパターンだったみたいだ。
そして騒ぎが終息したタイミングで、早朝から哨戒任務に出ていたノアとグイードのパーティがギルドに戻って来た。
ルナと飲み屋のオジさん達が一斉に深いため息をついた。
「よし、お前ら良い動きだったぞ。そら、ご褒美だ」
そう言ってジーンさんがお手製のジャーキーをオジサンたちに配って回っている。
私がアシュレイ様に領都に連行されそうになる騒ぎが起こった時、ケネスさんがその場に居合わせた冒険者のオジさん達に私を守れ的な檄を飛ばしてたんだよなあ。
その指令によって今のオジさん達とルナの連携がとられたのか・・・。
警戒対象がリックスさんだったので、警戒しすぎじゃない?とは思うけど、私に何かあると領主にまで剣を向けるノアがどうなるか分からないと、あの場に居合わせた人々は思い知らされたのだ。
その結果が、リックスさんの突進を阻むためのルナを含めた私の前の六枚防護壁陣形。
なんか、ほんとごめん。お世話になってばかりでー。
ノアのためはもちろん、エスティナの人達の為にも私はもっと危機意識を高めないといけないかも。平和な日本からやって来た異世界人だから、元の世界の感覚で平和ボケしてたらこの世界では確かに危ないよね。
そしてルナはともかく、私までジーンさんからジャーキーを貰う。ちなみにこのジャーキーは、エスティナの森にいる鹿肉ジャーキーなんだって。ジャーキーの色はピンク色。独特の風味があって私は好きだ。
「ルナ、ありがとうね」
「ま、私達の為でもあるから。あんたはエスティナ最優先守護対象よ。だから大人しく守られてなさいな」
「うん」
ジャーキーを手に持ちルナと話していると、ノアがカウンターにやって来た。哨戒任務のリーダーは大抵グイードが務めていて、グイードは任務の報告をケネスさんにしに行った。そして他の冒険者達は解散となった。帰る宿が同じのミンミとラッシュも一緒にこちらにやって来る。
「カノン、これ知ってるか?シキの実。甘味は少ないがリンゴみたいな味がする」
ラッシュが私の掌に、ポロポロと小さな赤い実を5個落とす。大きさはサクランボ位だけど、実の形が楕円形だった。一つ口に入れてみると、爽やかな酸味とほのかな甘さ。
「ふふ、カノン。今日も沢山もらいましたね」
「ノア、お帰り」
私はひとまずノアの胸に飛び込んで、ノアおかえりのハグをした。
この行ってきますとただいまのハグは、ノアたってのお願いだった。
アシュレイ様との騒ぎがあってから、ノアの落ち着きつつあった過保護がちょっとぶり返してしまったのだ。
幼児の間はまあ抵抗なくハグはしていたんだけど、ノアは私が19歳に戻った後もハグを求めてきたのだ。




