向こうから色々やってきた 4
ルナが居なくなってすぐにまさかの来客があり、油断していた私はカウンターの上でビクーンと体を揺らした。
私が1人いるだけのギルドに入って来たのは、豪奢な金髪をライオンの鬣のように後ろに流した、立派な体躯の美丈夫だった。
長袖シャツに黒いズボン、ハーフブーツという、他の冒険者とそれほど変わらない装いなのに、その人は明らかに身形が良かった。
シャツが生成りじゃなくて真っ白だったから!
パリッとして、いかにもアイロン掛けられていますといったシャツは、襟の端までピンとしている。シャツのボタンも、貝のボタン?それか螺鈿細工?私達庶民のような木のボタンじゃない。あきらかにお金がかかった服を着ている。
「ん?」
ギルドのドアを開けた、金持ちそうな美丈夫は、ドアを開け放ちながら真っ直ぐにカウンターを見て、カウンターの上に座り込んでいる私を見た。
私を見つけたその美丈夫は、真っ直ぐにカウンターに向かって、私に向かって歩いてくる。
その美丈夫の後ろから、真っ白なシャツの上に青いお揃いの袖なしチュニックを身に纏った男性二人が遅れずに後を付いてくる。その男性2人は揃いの装備を身に付け帯剣している。その2人の男性を見て、私はスタンレー王国の軍人を思い出した。
私がはっと気が付くと、豪奢な金髪の美丈夫は私のすぐ前に立ち、私をジッと見下ろしていた。
卓上ベル!
私がその存在を思い出し卓上ベルに手を伸ばしたのと、金髪の美丈夫が私の両脇に手を差し込み高々と持ち上げたのは同時だった。
「ふぃん」
卓上ベルへはタッチの差で手が届かず、私の鼻が悲し気に鳴った。
「なぜエスティナにこのような子供がいる。お前、母親はどうした?」
金髪の美丈夫は、私を両手で高く掲げてまじまじと私を見上げている。
「お、おかあしゃん、いない」
美丈夫に母親の事を問われたので、単純に返事をしただけだった。そしてこの返答は間違いだった。
「何?」
美丈夫の顔が険しくなる。
「グリーンバレーの子供は皆で守り、育てなくてはならない。ここで出会ったのも縁だ。どういう事情か分からぬが、親が居ないのならば私が領都へお前を連れていこう。もう安心していいぞ。温かい食事とゆっくり眠れる寝床を用意してやるからな」
「ふえっ?!」
どういうこと?!
ベッドもご飯も間に合ってるけど!
「だ、だいじょうぶ。はなちて!」
「こら、暴れるな。悪いようにはしない。全て私に任せておけ」
そう言って私を頭上に持ち上げていた美丈夫は、今度は私をしっかりと両腕で抱き込んだ。
「は、はなちて!いや!いやーっ!」
人攫いだ!!!
「ははは、元気だな。怖がらなくてもよい。よし、ステファン。俺はケネスと少し話してくる。この子供を馬車に乗せておいてくれ」
美丈夫が私を後ろの青いチュニックの男に手渡そうとする。
本当に、領都に連れていかれてしまう!
「・・・アシュレイ様。その子供、本気で嫌がってませんか?」
「いやあー!のあ!のあ!のあー!!」
「カノン?!」
卓上ベルには手が届かなかったけど、私が叫び続けているとやっと騒ぎに気付いたルナがカウンターまで出て来てくれた。
「アシュレイ様!」
けれど、ルナは美丈夫に驚いてカウンターで固まっている。
「おお、ルナ。久しぶりだな。お前がエスティナに戻ってもう5年も経つか。元気そうで何よりだ」
「ア、アシュレイ様。お久しぶりです。お陰様で、元気です」
あのルナが、美丈夫相手に敬語を使っている。
「この親無し子だが、俺が領都に連れていこうと思う。ルナはこの子供を知っているか?」
「は、はい。知ってますが、え?領都に、え?」
「るなっ、たしゅけて!たしゅけて!」
「この子供は少なくとも、あと10年以上は安全な領都で過ごさねばなるまい。しかし、なぜこのような幼子がエスティナに。もしや、外からやって来た子供か?」
「そ、そうです。そうなんです、アシュレイ様!ちょうど一月前位にエスティナにやってきて」
「ほう、一月前のスタンピードではエスティナの民に犠牲は無かったと聞いたが。しかしそうか、この幼子の母親が儚くなってしまったのだな・・・。なんと哀れな」
「えっ」
ルナが美丈夫の解釈に絶句した。
私の母親って、いったい誰の事!
お母さん居ないイコール、美丈夫の中で私の母親が一月前に亡くなった事になってしまった!
「怖い思いをしたな。だが、もう大丈夫だぞ」
「のあ!のあ!のあーー!!」
この人、話が通じない!!
「よしよし、落ち着け。ではステファン、子供を受け取れ」
「のあーーー!!!」
ガキン!と突然大きな金属音が響いた。
叫びまくっていた私も驚いて思わず口を閉じた。
大きな金属音の後、ギルドの1階は静寂に包まれた
「・・・その方、私が誰か分かっての狼藉か?」
美丈夫の声のトーンが一段下がった。
「あなたこそ。何を考えての狼藉ですか?その子を、カノンを今すぐ離してください」
ノアが来てくれた!
そして私はノアの姿を見て、ヒュッと息を飲んだ。
ノアは美丈夫の護衛らしき軍人の内の1人と、剣を切り結んでいた。
「のあ!」
ノアの名前をもう一度叫んだ拍子に、私の目尻に溜まっていた涙がポロリと零れる。
「・・・カノンを泣かせましたね。万死に値する!」
「くっ・・・!」
ノアと剣を交えている軍人さんがグンと後ろに押される。
万死て!
私、幼児化している時は感情の起伏が激しくて、ラッシュに弄られて悔し泣きとか結構簡単にしてたけど。
ともかく、この軍人さんではノアの相手にならなそう。
ノアの顔、かなり怒っているよー。
この調子では、1分も軍人さんはもたない。
そして、あのルナですら口の利き方に気を使う、身分の高そうな金髪な美丈夫に、ノアは今度こそ直接剣を突き付けるだろう。
それはとってもまずいと思う!
「は、はなちて!はなちてぇ!」
「カノン!」
金髪の美丈夫は更に私の身体をガッチリ掴んで離さない。美丈夫はノアから私を守ろうとしてくれてるみたいだけど、逆効果だよ!
そしてとうとう、ノアと切り結んでいた軍人さんが力に押し負けて、左に吹っ飛んでいった。軍人さんは背中から大きな音を立てて壁に激突した。
素朴な2階建て木造建築のギルド全体が大きな音と共に振動した。早くノアを落ち着かせないと、ギルドが粉々になってしまう。
「だあーっ!!待て!!待て、ノア!!その男は領主だ!!!アシュレイもカノンを離せ!!」
いよいよ金髪の美丈夫に向けてノアが一歩踏み込もうとしたその時、2階から転がるように落ちて来たケネスさんの大声が辺りに響き渡った。
「・・・領主?」
領主??
ノアに冷静さが少し戻り、構え直そうとしていた剣を握る手が止まる。
「全員動くな!・・・ルナ、アシュレイからカノンを取ってこい」
身動きどころか呼吸すら憚られる静寂の中、ルナがそろりそろりと美丈夫と私に近づいてきて、慎重に近づいて来たわりに大胆に美丈夫の手をガシッと掴んで緩め、その両手の中から私を引っこ抜いた。
「よーし、ルナ。そしたらカノンをノアに手渡せ。そっとだぞ」
ケネスさんの指示に従い、ルナは私を抱っこしたまま、今度はそろりとノアに近づく。
「・・・ノア、受け取って」
「カノン!」
ノアは瞬く間に剣を鞘に戻し、私をルナから受け取った。
うぐう。いつもより私を抱きしめるノアの力が強い。
「カノン、可哀想に。怖かったでしょう」
確かに怖かった。幼児の身だと、簡単に大人の良いようにされてしまうのだと、身をもって知った。
「のあ!」
ブルリと体を震わせると、私からもヒシっとノアに抱き着く。
「俺達の方が恐ろしかったが。本気で殺されるかと思ったぞ」
「母熊から子熊を奪うような愚かな真似をするからだ!いったい何をしているんだ!」
ケネスさんが身分の高そうな美丈夫を一喝しているけど、ノアは周囲の音が聞こえないかのように、私を抱きしめて身動ぎしなくなってしまった。
「・・・・・」
体感、10分以上は経った気がする。
私の涙はとうに渇き、気持ちも落ち着いた。そして、ノアの胸に顔を埋めていて周囲の状況が良く分からないけど、あまりにも静かでさすがに周りの様子が気になって来た。
「のあ。のあ?もうだいじょうぶ。もうこわくないよ。ありがとう、のあ」
「カノン、私が離れたせいですみません。ですが、こうなっては仕方がありません。次の地を目指しましょう。このエスティナで多少の蓄えは出来ました。移動中はまた野営も何度かする事になりますが、グリーンバレーを出るまで辛抱してもらえますか」
「待て待て待て、ノア。どうしてお前らが出ていく話になるんだよ」
ノアが両腕の拘束をやっと緩めて、片腕で私を抱きなおした。
そこで辺りを見回せば、ルナは窓口に戻り、金髪の美丈夫はギルドの飲み屋スペースのテーブルセットに座っていて、その後ろに青いチュニックの軍人2人が立っている。その他にケネスさんの後ろに付いて来ていたギルドの職員が2名ほど、状況を見守る様に壁際に立っている。
ノアのこれまでの激昂ぶりに周囲が及び腰の中、ケネスさんだけが果敢にノアの間合いに入ってきている。
「ノア、まずは落ち着け。カノンの事は済まなかった。ひょっとしなくてもアシュレイの早合点だろ、カノン?あいつは本当に、昔から思い込みが激しくて人の話も聞かねえんだ」
「・・・私は身分の高い方であろうと分かっていて、それでもあの方に剣を向けました。カノンを守るためなら、誰が相手であろうとも、例えこの国を追われる事になろうとも戦います。そして、私が今犯した罪は、エスティナでは許されぬ事だろうと理解しています。ケネスさん、どうか私達がこのままエスティナを出る事を見逃して下さい。ですが、私からカノンを引き離すというならば・・・徹底抗戦をさせてもらいます」
ノアが剣の柄を握る。再び高まる緊張感に、美丈夫の後ろの軍人2人も剣の柄に手を伸ばした。
「ノア、待て。まーてっつってんだよ。お前も俺の話を聞けよ!おい、アシュレイ!ノアは一月前のスタンピードを一人で防ぎ切った近い将来のSランカーだ!もちろんSランクの授与はお前がするんだよ!せっかくノアがエスティナで活動する気になったってのに、お前は何してくれてんだ!ああ?!」
「そうか!ノア!不幸な行き違いだった!許せ!」
ケネスさんが金髪の領主に凄んで見せると、なんと領主はあっさりノアに謝った。軽い。領主の言動、こんなに軽くていいのかってくらいに軽い。
「・・・・私の先ほどの行いは、不問にすると?」
「いかにも!その子供の事は母親が居ないと聞いて、保護しようとしただけだ。保護者がいるならば、子の養育は当然保護者に任せる!」
ノアに剣を向けられた当の領主が、ノアを罪に問わないと宣言した。
更に私を抱きしめるノアの腕の力が緩む。ノアの腕はほぼ私のお尻を支えるだけに。
毛を逆立てた猫状態だったノアが、やっと周囲への警戒を解いた。
「あー、ノア。落ち着いたか」
ケネスさんが様子を伺うようにノアに声を掛ける。
「・・・はい。取り乱し、騒ぎを起こし、申し訳ありませんでした」
「悪かった、ノア。アシュレイにはこれからお前達の事を話すつもりだったんだ。昨日遅くに、突然先触れも無しにこいつはエスティナにやってきやがってな。アシュレイ、お前。午前中一杯は防護柵近辺の被害の確認をするって言ってたじゃねえか」
「うん。もっとエスティナの被害が大きいと思っていたんだ。10年ぶりの、10年前にケネスが引退するきっかけになった時と同じ、鐘5つだったからな。しかし実質の被害は防護柵に一か所開いた大穴だけで、それもすでに新しい柵が作られて塞がれていたじゃないか。俺が見るべき物は何もなかった。だから、大型魔獣の素材の確認のためにギルドに戻って来た。しかし、鐘5つは色々と思い出されるだろう。10年前は本当に酷かった。だから今回は人死にが出なかったなど、到底信じられなくてな」
「・・・まあな。素材は解体してとってある。後で確認してくれ」
ケネスさんと領主が最後にしんみりとしてしまった。ケネスさんとジーンさんが引退するほどの大怪我を負った10年前の魔獣の襲来に、金髪の領主も居合わせたのだろうか。
「カノン、ノア。悪かったわ。私が目を離したせいよ。本当にごめんなさい」
ルナが少し青い顔でノアに謝ってきた。
「るな、わるくないよ!わたち、すぐべるならしゃなかった。ひとがきたら、すぐならちてよんでっていわれたのに」
私は慌ててノアに言い添える。
すると、分かっていますよとばかりに、ノアが私の背中をトントンと叩く。
「仕事中にカノンを預かって頂いたのですし、予測がつく事でもありませんでした。だからどうか謝らないでください」
「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいけど、次はもうカノンから絶対に目を離さないわ。目の前でどんどん状況が悪化していって、まるで悪夢を見ているかのようだったわ」
「るな、ごめんねぇ」
ルナの顔色はまだ悪いままだ。よっぽど怖い思いをさせてしまったのだろう。
そしてルナはキッと私を見る。
「カノン、自覚して頂戴。あんたに危険が及ぶと、ノアがまずい事になるわ。私も気を付けるけど、カノン。あんたも十分に自衛してちょうだい!」
「う、うん」
ルナの鬼気迫る様子に、私はしっかりと頷いた。
けど、私もこんな大騒ぎが起こるなんて、思いもよらなかったんだよ。
「さて!改めて、ここに居る者全員が良く分かったな。エスティナは町を挙げてカノンを守護する。それがひいては町を守る事になる。分かったな!」
ケネスさんがそんな締めくくりをすると、閑散としていたはずの一階のフロアからまばらに「おう!」と声が上がる。
いつの間にかギルドの1階フロアには、昼ピーク前に出勤してきたジーンさんや、早朝に採取に出かけて戻ってきた冒険者達がまばらにいた。
「よし、仕切り直しだ。ノア、カノン。あらためて紹介する。こいつはアシュレイ・ホーン。グリーンバレー辺境伯であり、エスティナを含めたグリーンバレー領の領主だ。まあ、領都まで会いに行く手間が省けたとでも思わんと、やってられんな。こいつと俺は、こいつが10年以上も前にエスティナで身分を偽って冒険者をしていた頃からの腐れ縁だ」
「グリーンバレー領主、アシュレイ・ホーンだ。ノア、お前とは今後良い関係を築いていきたい。よろしく頼む。カノンも済まなかったな」
先ほどまでの一触即発状態が無かったかのように、グリーンバレー領主は泰然とした笑みを浮かべた。私には取って付けの一言を添えて。
ノアは無言で会釈だけをする。
領主とよろしく出来るのかは今後の話の流れ次第だもんね。
私達は2階のケネスさんの執務室へ場所を移動した。




