向こうから色々やってきた 3
翌朝、宿の食堂にて。
「えーと、母さんも昨日そんな冗談言っていたけど、その話流行ってるんですか?そんな嘘の何が面白いの?全然笑えないし」
ノアがアリスさんに説明を試みてくれたんだけど、アリスさん取りつく島無し。
アリスさんは営業スマイルすら消え失せ、ノアに対してスンッと無表情になっている。
同じテーブルで食事をしているグイ―ド達も、アリスさんとノアを見てうわーとなっている。ちなみに宿にいる冒険者達は殆どがエスティナの外からやって来た人達なので、グイ―ド達もアリスさんと昨日が初対面だ。
「み、みんみ!おっきいかのんとちっちゃいかのん、いっしょだっていって!」
「わ、わたし?!う、うん。あのね、アリスちゃん。ノアの言う通り、昨日厨房でテリーさんの手伝いしていた大きいカノンちゃんと、今の小さいカノンちゃんは同じカノンちゃんなの」
「・・・その話、もういいわ。どうぞごゆっくり」
アリスさんはみんなが自分を騙そうとしているとでも思ったのか、険しい顔で厨房に戻っていってしまった。
「こ、こええな・・・」
「美人だけどこえー。ブチ切れてたな」
グイ―ドとラッシュが、静かに怒りながら去ったアリスさんに震えあがっている。
「本当の事なんだけどなー。まあ私達もギルマスから先に話を聞いたけど、実際カノンちゃんの変身を見るまでは半信半疑だったしね~」
「カノン、私も嫌われてしまったようです」
「おぅ・・・」
詰んだ。
自分の母親の言う事も信じないんだもん。昨日今日会った宿の客が何を言っても、ってとこだよね。
アリスさんは思った事はズバッと言う、態度に裏表のない人のようだ。男だろうが女だろうが、全方向に平等に塩対応になったもんね。超絶美形のノアにすら不快感を隠す事無く示していた。ある意味潔い。
私はアリスさんみたいな人、嫌いじゃないんだけどな。
「まあ、なる様にしかならんだろ。大きくなったら今度は、私があの時の小さいカノンですって言えよ」
脳に筋肉しか詰まっていないグイードが考える事を放棄した。
そんなの更にアリスさんの怒りを買うだけに決まってるじゃん!
「ありしゅしゃんが、ちっちゃいわたちをしゅきみたいだから、だまちてるみたいでいやなんだよー」
「ふーん?私はどっちのカノンちゃんも好きだけど」
「当然ですね。大人でも子供でもカノンである事に変わりはありません」
ノアとミンミは私の事が尋常じゃなく好きすぎるので、2人の意見は参考にしない。
「それで昨日、何があったの?」
「やしゃいのかわむきちてたら、でていってくだしゃいって」
「テリーさんもルティーナさんも昨日は所用で外出をしていて、その間に2人きりで会った時、何か誤解があったのかもしれませんね。ルティーナさんにもこの事を伝えておきましょう。さあ、カノン。今日はギルドで約束がありますから」
「はあむん」
ため息をついた所にお粥のスプーンが差し込まれる。
問題は全く解決しなかったけど、とりあえず目の前の食事に取り掛かる。
雑穀粥にはお好みでトッピングができ、グイ―ド達はおっきいお椀に揚げパンやお肉の串焼きがザクザク刺さっている。ミンミもノアと同じ位食べてる。冒険者は体が資本だもんね。私も19歳に戻った時、少しでもお肉が付いているように頑張って食べる。
そして食事が終わると、グイード達は仕事の確認に先にギルドへ向かった。私達はルティーナさんにもアリスさんと大きい私との遭遇の件を伝えたのだけど、「ふうん。ま、話はカノンちゃんがおっきくなってからだね!」と笑顔のルティーナさんにワシワシと頭を揉まれて終わった。
うん、私が思いつく限りの手は尽くした。
これでアリスさんとの仲が更にこじれるなら、悲しいけど仕方がない。出会う人全員と仲良くなれる訳ないもんな!
そう思うと、私の鬱々としていた気持ちが軽くなった。
「よち!のあ、ぎるどいこうか!」
「ふふふ、はい。カノン、少し元気が出てきましたか?」
「うん。もうかんがえてもちかたがないもんねぇ。なるようになるもんねぇー」
「あはは、そうですね。なるようになりますね!」
ノアがとても楽しそうに笑っている。
これは私がまあまあ酷い現実を直視しないための現実逃避の術でもあったんだろうけど、私の楽観的思考をノアはとても好きみたいだ。ま、いいか!的に考えを切り替えると、そんな私をみていつもノアは楽しそうに笑ってくれるのだ。
ノアが楽しそうだと私も嬉しい。
道中ご機嫌のノアに高い高いをされながら、私達は冒険者ギルドにやって来た。
「あーら、おはよう。色男とカノン。あんた達は毎日楽しそうねえ」
窓口のルナは、今日も朝早くから気怠げだ。
今日の予定としては、ノアは次回の哨戒任務の打ち合わせ。私はルナから最近怪我をして不調を抱えている冒険者の話を聞く。
そういう訳で私とノアは二手に分かれてノアはギルド2階へ、私はルナと1階の窓口で話をしながらノアの打ち合わせが終わるのを待つ事になった。
私はルナに預けられる際に、窓口になっているカウンターテーブルの上に降ろされ、そのままカウンターに乗せられている。丁度カウンターの上に頬杖をつくルナの隣に座る形だ。
「おっ、新しい受付か。可愛い子が入ったじゃねえか」
などと笑いながら、仕事に出かける冒険者達がかわるがわる私の頭を撫でていく。
「そ、私の次に可愛い期待の新人よ。よろしくね」
ルナは緩く笑いながら冒険者達を送り出している。
ルナはちょっとガードが緩そうな、あわよくば今夜ワンチャンあるかもとか年若い冒険者を勘違いさせそうなお色気担当受付お姉さんなんだけど、特定の誰かと親密そうな様子は見た事がない。
そしてルナは見た目に反してと言ったら失礼だけど仕事が物凄くできる。見た所受付はほぼルナ1人で回しているからね。まず、朝早くからほぼ毎日受付に座っているって時点で勤勉だもんな!
そんなシゴデキの受付嬢なので、そのお色気溢れる風情に反して、ルナ本人に乱れたというか爛れた空気感という物を感じない。ケネスさんや冒険者達のルナに対する信頼も厚い。
そんなお色気担当勤勉受付嬢、ルナから最近怪我をした冒険者について話を聞く。
「さてと、ここ数年で魔獣等討伐の時に怪我をした冒険者だっけ?カノンは筋肉質な男と細身の男、どっちが好み?まあエスティナの男は大抵でかくて筋肉質よ」
「んえーっとぅ。ちゅよいひと」
「あら、良い趣味してるわね。男はやっぱり強くなくちゃね。私も身を預けるなら断然強くて逞しい男だわ。でもここ数年でとなると、カノンお好みの強い男はいるかしらねえ」
好みとかじゃなくて、単純にエスティナ防衛の戦力増強の為なんだけど。
ルナはいったん事務所に引っ込むと、紐で綴じられた紙の束を持って帰って来た。カウンターの上にその紙の束をドンと置くと、私のお尻の隣で紐で綴じられた紙をパラパラとめくり始める。私はそれを隣から覗き込んだ。
私は言語だけは異世界チートがあって、聞く事も話す事も出来るし、お店の看板の文字も読めてホッとした。親切な異世界人にも出会えず、言語も通じないとなっていたら、さすがの私もスタンレーで早々に心が折れていたと思う。
だからルナが捲る書類の文字も難なく読める。その記録には任務の日付、内容、任務遂行結果、負傷者の有無が記録されていた。書類の一番上が新しい日付なので、チェックしながら過去に遡っていく。
「任務中に怪我を負った冒険者については、こんな感じで一通り記録されているのよ。私も賃金貰うからには仕事する振りしないとねえ。ちなみに、怪我の程度はどんなんでもいいの?」
「んーと、じゅうねんのうちでまあまあけがちて、ちょっとからだがうごきじゅらくて、でもまだちゅよいひと」
「ここ10年の間にまあまあ怪我して体が動きづらいけど、まだ戦える冒険者ねえ」
このお色気担当勤勉受付嬢ルナは、驚いた事に私の聞きづらい二語文以上の幼児語をほぼリアルタイムでリスニング出来ている。幼児のままの私でも、ノアと同じ位にルナとなら話が出来るかも。それからルナは私が大人でも子供でも接する態度が変わらない珍しい人でもある。子供の私にも気を遣わずに大人に対してのように話してくれる。それが何気に嬉しい。
「えへー」
「何笑ってんの?ええと、あ、ほら、あの男なんかどう?今丁度森の採取に出かけようとしている、良い感じにくたびれてるけどまだまだ体は鍛えられてて美味しそうなアマンダ姉さんの旦那のリックスー!」
「くたびれた旨そうな男といえば俺の事だが、呼んだか?」
ルナが呼びかけると、中背で筋肉質だけどちょっと、結構、お腹が出ているノリの良いオジサン冒険者がカウンターに近づいて来た。
「お、今日の受付は2人か。可愛い新入りだな」
そう言いながらノリの良いオジサン、リックスさんは私の頭をよしよしと撫でる。
「ねえリックス。あなた、5年前に左腕を怪我したわよね。それからまだ左手が動かし辛いとか言ってなかった?」
「ああ、左肘の下の肉を少し森林狼に持っていかれたんだ。それから上手く力を入れられねえんだよなあ。ジャム瓶の蓋はアマンダに開けてもらっている始末だ。これは男の沽券に関わるぜ」
ジャムの蓋と男の沽券については良く分からないけど、リックスさんは私達の前に左手を持ち上げてみる。
リックスさんの左肘には、よく見ると水に漂う薄墨のようなもやが薄っすらとまとわりついていた。
「もやもやある」
「うお?俺にもなんか付いてるのか?俺は大した怪我じゃ無かったぜ?」
リックスさんが驚いている。
ギルドの飲み屋をしているジーンさんの足が治った事は広く知れ渡っているけど、酷い怪我が治るという噂になっているらしい。
獣討伐の際の酷い古傷にはしつこいもやもやが付いている事が多いけど、実は軽い怪我の人にも薄っすらもやが纏わりついている事がある。意識してみれば見えるようになる位の淡さなんだけどね。
「もや、はらうねぇ。ひだりうでをここにのしぇてくだしゃい」
「お、何だ何だ。嬢ちゃん、何してくれんだ?」
リックスさんは怪しむでもなく、気軽にカウンターの上に左腕を乗せてくれた。
リックスさんの左腕、肘の少し下は確かに少しお肉が無くなって凹んだ形で傷が塞がっている。その傷跡というよりも、肘辺りを薄墨がグルグルと取り巻いている。これ位薄かったらすぐに取れるかな?
なくなれ。なくなれ。
リックスさんがジャムの蓋を奥さんにお願いしなくても開けられるようになりますように。
私はリックスさんの左腕、特に肘から下、お肉がへっこんでいる辺りを撫で擦る。
水に溶かした薄墨のような黒いもやは、手で触れるとフワッとリックスさんの左腕から離れては宙に溶けていく。
リックスさんの黒いもやはしつこく後から湧き出てくるといった事も無く、表面に見えていたもやを払うと簡単に溶けて無くなった。
「きえまちた」
「うん?そうかそうか。嬢ちゃん、ありがとうよ。おかげで力が湧いて来たぜー!」
リックスさんはワハハと笑いながらもう一度私の頭を撫でて、それから採集任務へと出かけていった。
リックスさん、私がもやを払ったって信じてないな。
「ねえ、カノン。リックスのもやもや?無くなったの?」
「ほんとになくなったんだよぅー」
リックスさんの不調は手に力を入れた時にしか分からないだろうからなあ。ジーンさんの時のように劇的に違いが分かる訳じゃない。それは怪我の程度とか、体の不調の個人差があるから、感じ方もそれぞれなんだよねえ。
でも黒いもやは確かに消えたから、リックスさんにも良い変化が起こっていると良いな。
「るな、ありがと。きょうはもう、おちまい」
「あらそう。じゃ、この資料、後ろに片付けてくるわ。もう朝の業務は一段落したから、私、ついでに裏の書庫の整理もしてきていい?誰も来ないとは思うけど、もし誰か来たらこのベルを鳴らして。このベルは書庫まで聞こえるから」
「わかったー」
そう言ってルナは事務所に一度引っ込んだ。
ルナが席を外す時のために、窓口には呼び出し用の卓上ベルがある。
冒険者ギルドは朝一番に冒険者達が任務票を確認してから出かけていく。早朝が一番混んでいて、あとは任務が終わった順からバラバラにギルドに帰ってくるのだそう。
泊りがけの任務は殆どなく、大抵が半日で済むエスティナ周辺の魔獣、野生動物の間引き、そして薬草等常時依頼が出ている素材採取となる。
今日はリックスさんが最後に出発した冒険者で、冒険者ギルドの1階フロアは一瞬、私1人きりになった。
冒険者ギルドに併設されている飲み屋さんも営業は昼前から。ジーンさんが準備にやって来るのももう少し後だ。
午前中の少しの不思議な空白時間。
この時間はギルドに来る人は殆ど居ないとルナも言っていたのだ。
けれど、思いがけなくギルドのドアがギイっと開いた。




