向こうから色々やってきた 1
エスティナに来て1カ月が過ぎた。
私はエスティナで幼女から19歳に戻る事、4回繰り返した。
それでだいたい19歳に戻る周期は7日前後と統計は取れた。この幼女と19歳を行ったり来たりするためには、エスティナの人達の黒いもやをはらう事で協力を貰った。
冒険者、住人問わず、エスティナの中で黒いもやがくっ付いている人が結構な人数居たのだ。
これは長年このエスティナがグリーンバレーの魔獣被害を食い止める防波堤を務めて来たと言う、歴史が背景にあるよね。体に真っ黒いもやを纏っているお爺ちゃんやお婆ちゃんを見ると、何とも胸が熱くなる。みんな、この間の魔獣襲来の時のように、武器を手に取って戦ったんだろうなあ。
黒いもやをくっ付けている人は、大抵は獣駆除の際にやられた古傷を持っていて、その周辺にもやがある。そして、もやがある人は大抵体の不調も抱えている。
私の変化のサイクルを掴むためという理由もあったけど、もやを消したら体の不具合が解消されるかもしれないのだ。そんなエスティナの人達を見て見ぬ振りは出来なかった。
過保護な保護者のノアは、案の定幼児の私が聖女の力を使う事に渋い顔をした。どうやら私、力を使いすぎると気絶するみたいだもんね。
ケネスさんとも相談した後にノアが出した魔法行使の条件は、大人に戻った時点から気絶しないように気を付けて最大3回まで。という回数制限を守る事だった。
心配したノアは、魔法を行使する時はほぼ私に付き添ってくれていた。ノアが居ない時はケネスさんが代わりに私に付き添ってくれた。まあ付き添いというか、ノアとケネスさんは私がエキサイトして気絶しないように見張るお目付け役だ。
黒いもやは人それぞれで、ジーンさんのような黒スライムは珍しい部類だったけど、煙の様だったり、水に溶かした墨の様だったり、もこもこした埃の様だったり様々だった。
私は黒いもやがくっ付いた、故障を抱えた冒険者や予備役のエスティナの住民の人達の不調を払ってまわっていた。
エスティナの戦力増強と予備力強化も狙って!
いつまた魔獣の群れがやって来るとも限らないからね。
おかげで戦闘力の高い鍛冶屋のお爺ちゃんとか、戦闘力の高い道具屋のオジサンとかが爆誕している。戦闘力の高い飲み屋のジーンさんもますます元気だ。大復活を遂げたお爺ちゃんやオジサン達だったんだけど、現役はとっくに退いているので、これまで通り予備兵力に徹するのだそう。
そんなこんなで私の幼児退行は、もはやエスティナ中が知る所となっている。
エスティナの人々は、魔獣の襲撃を防ぎ切ったノアはもちろん、その付属品の私の事もエスティナの仲間として快く受け入れてくれている。
エスティナに来た当初は幼女の私を抱っこしっぱなしで子猫を離さない母猫のようになっていたノアも、エスティナの町と人々に慣れて、私のお世話の協力者も増えた事で少し心にゆとりが出来たみたい。今では町の中でなら、日によっては私達は別行動をとる日もあったりする。
魔獣襲来直後は私から離れる事を断固拒否していたノアだったけど、一昨日は久しぶりにエスティナ周囲の見回りの任を受けて、他の冒険者達と森に出かけて行った。
エスティナの周囲の森はまあまあ落ち着いていて、冒険者達に襲い掛かって来る凶暴化したピーカとかネズミとかを数匹討伐した程度だったとの事。凶暴化した大型の獣は見当たらなかったらしいので、エスティナの魔獣大襲来という非常事態はこの時の哨戒をもって収束という事になった。
そして今日のノアは、幼児から大人に戻った私を確認し、私の今日の行動予定も確認してから冒険者ギルドに次回の哨戒任務の打ち合せに出かけて行った。ノアは定期的に冒険者ギルドの哨戒任務を頼まれる事になったそうなのだ。安定した定期収入になりますとノアは嬉しそうだった。うん、お金は大事だよね。
しかし私は今の所ノアにおんぶに抱っこ。生活の全てをお世話してもらっている。この幼児と大人を行ったり来たりする特殊体質でも出来る仕事は何か無いかな。考えてはいるのだけど、今の所は何も思いつかない。
せめてもと、幼児の時に面倒を見てもらうお礼にルティーナさんの宿では大人にもどる短い時間で厨房のお手伝いをしている。
これは完全なる私の自己満足だと自覚している。週に1回の短時間パートだもんね。
私は自分が役に立つという実感を得たいがためだけにテリーさんにお願いして、厨房で洗い物とか、野菜の皮むきとかをさせてもらっているのだ。
優しいテリーさんは私の微々たる働きにも、助かるぜ!と毎回褒めてくれる。
こちらこそ助かる・・・。ノアの不在時も安心して私が過ごせるのは、ルティーナさん達が私の居場所を作ってくれるからだとしみじみ思う。
今日の私の予定としては、宿の厨房のお手伝いを昼過ぎまでして、それから4件隣りの宿屋のコリンお婆ちゃんの腰に付いているもやを払う約束をしている。
今は昼のピークも終わって、食器の片付けも済んだところだ。
テリーさんはお肉屋さんに食材の仕入れ。ルティーナさんは所用で出かけていて、私は厨房で一人、今日の夜の営業に向けてテリーさんに頼まれた野菜の皮むきに励んでいた。
無心で野菜の皮むきに取り組んでいると、宿の入口のドアベルがカランと鳴った。
ルティーナさんは夕方までに帰るという話だったので、テリーさんかなと思いながら、私は野菜の皮を剥き続けていた。
厨房の入口のスイングドアがギッと音を立てて開く。
「テリーさん、お帰りなさい。あともう少しで野菜の皮むき終わります」
「・・・あなた、誰」
テリーさんでもルティーナさんでもない、聞きなれない女性の声だった。
私は驚いて手元から顔を上げる。
厨房の入口には真っ青なワンピースを着た、黒髪の美しい女性が立っていた。
「うちの宿の厨房で何をしているの。さっき父の名前を言っていたけど、父も承知の上の事なのかしら」
口調は感情を乗せず淡々としている。けれど、その女性の纏う空気はひんやりと冷たい。
エスティナで会う人は優しい人ばっかりだったので、この女性の警戒心一杯の私への態度に冷や水を浴びせられた気持ちになった。
「あ、あの。私は、この宿に泊まっている利用客で、時々テリーさんのお手伝いをしているんです」
「・・・そうですか。父が頼んだのかもしれませんが、お客さんに手伝ってもらう訳には行きません。後は私がやりますので、どうぞ部屋にお戻りください」
その女性からは、部外者が何をずかずかと内部に入り込んでいるんだ、という不快感が伝わって来る。口調は丁寧だけど、とっとと厨房から出て行けと言われてるのと同義。
私が説明をした通り、私達とテリーさん、ルティーナさんの関係は宿屋さんとそのお客でしかないんだよね。
「手伝いは私からテリーさんに申し出たんです。出しゃばってすみませんでした」
その女性の厳しい態度にそれ以上作業を続けることも出来ず、私は作業途中の野菜の皮むきをそのままにして厨房を後にした。
厨房を出るまでその女性はずっと私を見ていた。うう、そんなに睨まなくてもすぐ出ていくから。
そうだよね・・・。
エスティナの人達全員が私に好意を持ってくれるとは限らないもんね。
冷たい空気を纏ったさっきの美人は、テリーさんとルティーナさんの領都に行っているという娘さんなんだろう。テリーさんを父って言っていたし。
ルティーナさんもテリーさんもよく娘さんの話をしてくれるので、いつか会う事があれば仲良くできたらなと思っていたんだけど、私は会って早々に娘さんに嫌われたっぽい。
打たれ強いというか、理不尽や酷い扱いに大抵鈍感な私だけど、これには久しぶりにズドーンと気持ちが落ち込んだ。
重い足取りで厨房を出て食堂に足を踏み入れる。昼ピークも終わり閑散とした食堂のカウンターには、黒いワンピースドレスを身に纏った小さなオバアがちんまり腰かけていた。
「オバア」
魔獣の襲来を受けた時から3週間以上が経っていた。
領都に避難していた人達が帰ってきたんだ。
「おかえりなさい、オバア」
私がオバアに声を掛けると、オバアはカウンターに向かっていた体を横に向け、カッと目を見開いて私を見た。
「・・・・良い子だねえ」
それからオバアが糸目に戻ってクシャリと笑う。
今目の前にいるオバアは、テリーさんとルティーナさんに指示を飛ばし、私の手を力強く引っ張って避難誘導したオバアではなくなってしまっていた。
でもあの日、オバアは私を助けてくれようとした。
「ありがとうね、オバア」
「あいよ」
私はオバアにギュッと抱き着いてから、約束をしていたコリンお婆ちゃんの宿に向かった。
コリンお婆ちゃんは元々女性冒険者で、子供を男女4人産んで、子供さんとは離れ離れで暮らしながらもエスティナの防衛に尽力し続けた人だ。けれども20年くらい前にスタンピードが起こり、コリンお婆ちゃんはその時の大怪我で右足に麻痺が残ってしまった。1年前からは左足も麻痺状態になり起き上がれなくなって、ほぼ寝たきりに。
一応私がコリンお婆ちゃんを見てみると、お婆ちゃんのもやもやが足じゃなくて腰についていた。これはジーンさんの時と同じパターンかもしれない。古い怪我が要因らしいもやは、結構強めに気持ちをぶつけないと、もやが全く消えてくれない。
10年以上前の古い怪我に纏わりつくもやは、2回も払うと気絶コースになる事が何となく体感でわかってきていた。ちなみに10年以内の怪我に付いているもやは3回はイケる。
でも身体強化の魔法との抱き合わせだと、この法則もまた当てはまらない。身体強化魔法は、黒いもやを払うよりもひょっとしたら魔力を消費するのかもしれない。これについてはまだ検証が足りない。今は黒いもや払いを優先にしているからね。
今日のコリンお婆ちゃんの黒いもやが絡む怪我は20年物の古い奴だ。
絶対簡単にはいかないし多分もやを消したら幼児退行を起こすだろうと、今日は子供用ワンピースも持参でコリンお婆ちゃんの元にお邪魔した。
「カノンちゃん、よろしくね」
「やるだけやってみますね」
ベッドに横たわるコリンお婆ちゃんには娘さん夫婦が寄り添っている。このご夫婦は領都で結婚したんだけど、エスティナで冒険者達を支えたいと危険を承知で領都からエスティナに引っ越して来て宿屋を開いた、非常に立派な志を持つご夫婦だ。
このご夫婦はムキムキじゃない中肉中背の、エスティナ非戦闘員の方達だ。それなのに、娘さんご夫婦はこの前の魔獣の襲来の際に避難しなかった。他の宿屋も避難せずに冒険者達の為に営業しているからと言って。コリンお婆ちゃんに関しては、死ぬならエスティナだと決めていると言って頑として避難に応じなかったのだそう。
何という胸熱エピソードか。エスティナの人達のこの地に向ける想いには、私はいつも圧倒されてしまうのだった。
かといって避難するのだって大正解。エスティナ防衛に動く人達が憂いなく戦うためには、非戦闘員は避難してくれた方がいいもんね。
この前の魔獣の襲来で領都に避難していた人達は丁度今日みんなで帰ってきたようで、広場には帰ってきた家族を迎える人達で賑わっていた。一緒にルティーナさん達の娘さんとオバアも戻ってきたんだな。
あ、娘さんの事を思い出すと、また気持ちが落ちてしまう・・・。
「やります!」
私は頭を一振りすると、コリンお婆ちゃんのベッドに近づいた。
「コリンさん。痛かったら言ってくださいね」
「あいよ」
コリンお婆ちゃんは寝たきりだけど、頭はしっかりしている。
クッションを背もたれに、上体を少し起こしたコリンお婆ちゃんは興味深そうに私のやる事を見ていた。
今の所、もやを払った人全員が体が軽くなったとか、動くようになったとか、いい影響があった。コリンお婆ちゃんにも良い事がありますように。
大昔の怪我に絡んでいると思われるもやは、なかなかしつこい。払っても払っても、体の深い所からジワーッといつまでも滲み出してくるのだ。
コリンお婆ちゃんのもや、払っても払ってもキリがない。強めにいかないと、このままではノアが迎えに来る時間になってしまう。
「皆さん、眩しいと思うので目を手で覆ってください」
コリンお婆ちゃんと娘さん夫婦は、私の言う事を素直に聞いて目元を手で隠してくれる。
「消えろ!」
コリンお婆ちゃんの寝室が真っ白い光に包まれた。




