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省エネ聖女と覚醒勇者は平穏の地を目指す  作者: ろみ
アストン王国地固め編
18/57

聖女の力の実験と検証、そして考察 2

 ふっと意識が浮上する。

 目を開ければ室内には真っ白い日差しが燦燦と入って来ている。だいぶ日も高くなってるみたいだ。

「カノン」

 ぼーっと見慣れた宿の天井を見ていると、隣から声がする。

「のあ、おはよ」

 私が目覚めた時によく見るノアのポーズ。

 私の横に添い寝して、ノアは肘マクラをしていつもジッと私を見下ろしているのだ。

「カノン・・・。もうお終いと言ったのに」

 ノアが私を叱るような低い声を出す。

 なんだっけ。

「私がもうお終いと言ったら、聖女の力を使ってはいけません。いいですね?」

 何があったか記憶をたどっていた私は、ノアの懐にギュウと抱き込まれる。

 あ、ジーンさんの、ウナギ。

 ジーンさんから出たり引っ込んだりしている黒スライムを引っこ抜きたくて、ついつい夢中になってしまったんだった。そしてノアが危惧していただろう展開通りに、私は気絶コースを辿ったんだな。

「ごめんねぇ」

「全くもう。・・・心配しました」

 ノアが私を抱き込んだまま動かなくなる。

 おっきくなったり、ちっちゃくなったり。常に眠かったり、気絶したり。私の体調?はとにかく不安定だもんなぁ。私の保護者を引き受けてくれてるノアの心労はとても大きいだろう。申し訳ない・・・。

 私は謝罪の気持ちを込めてノアの身体に手を回し、ノアの脇腹をトントンする。ノアの背中にまでは手が届かなかったので。

「ちゅぎはきをちゅけるねえ」

「ふふっ・・。約束ですよ」

 私のトントンがノアの真似だと分かったのか、ノアは思わず笑ってしまった。お叱りモードで低い声を出していたけど、ノアはそれからはいつものノアに戻ってくれた。

「さて、お腹が空いたでしょう?食堂に何か貰いに行きましょう」

 ノアは私を抱き上げると、1階の食堂へと向かった。

 食堂の昼ピークは終わったみたいで誰も居なかった。ルティーナさんも厨房に引っ込んでいるようなので、ノアは厨房に顔を出す。

「ルティーナさん、すみません。カノンが起きたので、何か食事をいただけますか?」

「カノンちゃん、起きたのかい!」

 厨房の隅っこではルティーナさんとテリーさんがお昼ご飯を食べている所だった。

「ああ、良かったよ!カノンちゃんはまた3日も寝込んでたんだ。まずは粥からだよ」

 また3日も寝込んでた。

 お粥は好きだけど、今は結構お腹も空いてる。

 キュルルとお腹が鳴らしていると、ルティーナさんはお粥のお椀にカリカリの細長い揚げパンを1個入れてくれた。

 これがとても美味しかった。

 お粥の水分を吸った揚げパンはサクじゅわでコクもあり、お粥で大満足。お肉も柔らかいし、根菜もたっぷり。お粥は万能食。今食堂はルティーナさん達のお昼休みなので、私とノアも厨房の隅っこでルティーナさん達と一緒に食事を頂いた。

 そして食事が終わると、ノアがルティーナさんとテリーさんに昨日ケネスさんに話した事をかいつまんで説明した。

 ケネスさんとノアとの話し合いが、更に私が寝込んでいる間に持たれたそうなのだけど、私がスタンレーで召喚された聖女であることは領主に報告するまでエスティナの人達と冒険者達には秘密にすることになった。

 聖女の話を周知するかどうかは領主の判断を仰ぐとのこと。

 なので、私は魔法の制御が未熟で時々幼女退行を起こす特殊体質である、という事にしてエスティナの人々には伝える事になった。

 なので、幼女の時はみんなよろしくね。というお願いを、私とノアはルティーナさん達を初め方々にして回る事になった。

「そんな状況で旅していたなんて、大変だったろう。2人とも好きなだけここに居ればいいさ」

「大きいカノンちゃんは随分働き者だったな。小さいカノンちゃんの世話も引き受けるし、大きい時は厨房仕事を手伝ってくれたら助かるな」

 ルティーナさんとテリーさんは私の特殊体質について、必要な手助けを快く引き受けてくれた。

「がんばるねぇ!」

 私がふんすと鼻息を荒げると、テリーさんが目を細めて私の頭を撫でる。

ルティーナさん達には娘さんが1人居るそうなんだけど、今娘さんは領都にいて一緒には暮らしていない。子供と離れて暮らすという特殊な事情があるエスティナだから、娘さんもそんな感じなのかな。ルティーナさんもテリーさんも小さい私を見ながら、小さかった頃の娘さんを懐かしんでいる感じ。

 私はルティーナさんとテリーさんに優しくしてもらうと、実の親に粗雑に扱われて泣いていた小さな自分が慰められるような気持になる。じくじくと痛んでいたのに気付かなかった傷が、ゆっくり治っていくような。

 私が上を見上げれば、私を膝に抱っこしているノアが私の視線に気付いて笑いかけてくれる。目が合っただけで笑ってくれるんだよ?こんな暖かい、泣きたくなるような気持ち、生まれて初めて知った。

 絶対的に自分を守って肯定してくれる存在って、大切なんだな。周りから優しさを受け取った分、自分も優しさを分けられる人間になりたいな。


 ルティーナさん達との話が済んだ私達は、今度は冒険者ギルドへと向かった。

 魔獣の襲撃跡の後片付けは私が寝込んでいる間に終わってしまい、もう冒険者ギルドは通常営業に戻っている。冒険者によっては任務が片付いてギルドに報告にやって来る時間帯だ。

 私達がギルドに入ると、ちょうどグイ―ド達が窓口でルナと話をしている所だった。

 私の特殊体質については、秘密にするわけでは無いけど、周知と言ってもエスティナの人々全員に公表するわけでもなく。私とノア、ケネスさんが事情を共有したいという人々にその都度話して回る事になった。

 エスティナは冒険者の町だけど、その冒険者の大半はもともとエスティナの住民なので、素性の知らない荒くれ者、といった冒険者がまず居ない。たまに領都、もしくは他の領から実力のある冒険者がやってきてエスティナに居付く事もあるけど、国土防衛の志を持ってやって来る人格者ばかりなんだって。

 外部から来た冒険者は宿に集まり、地元民の冒険者は自分の持ち家に家族と暮らしていたりする。ちなみにグイ―ド達パーティのうち半分は地元民冒険者で実家住まいなんだそう。日中は魔獣の間引きの狩りをして、夕方にはその日の仕事を終えて自宅に帰る。

 エスティナの冒険者達は根無し草って感じではなく、地に足が付いた仕事人って感じ。

 エスティナは定期的に獣害が起こるけど、その対策もしっかりしていて、防衛の人員もしっかり集められている。治安的には驚くほど安定しているけど、思わぬ獣害が起こる事もあるので、小さな子供達は領都で育てられるという部分だけが過酷な辺境生活って感じがするかな。

 そんな訳で、冒険者の皆さんはみんな人が良さそうという私の印象。みんなが私に手を振ってくれるので、窓口に向かうまで私はノアに抱っこされたままずっと周囲に手を振り返し続ける。

「よお、ノア、カノン」

「カノンちゃーん。目が覚めたのね」

 グイ―ド達がこちらに気付いて近寄ってきた。ミンミはすぐさま私のほっぺをフニフニ揉み始める。

 グイ―ド達のパーティは任務達成の報告が終わった所で、グイ―ド、ミンミ、ラッシュ以外の3人とはここで別れた。

 ノアはグイ―ド達と元々約束をしていて、私達はみんなでケネスさんの部屋を借りてルティーナさん達にしたのと同じ説明をした。

「「「はあー・・・」」」

 呆けたような3人の反応だった。

 グイ―ド達は魔獣の襲撃があった時、エスティナに辿り着いた頃には疲労困憊で私が幼児退行を起こした瞬間を3人共見ていなかったのだ。

 なので、私が大きくなると言われても、といった感じ。

 実際に見ていないのだから無理もない。

「まあその内デカいカノンに会う事になるさ。あとはお前らにちょっと頼みたい事があるんだが」

 そうしてケネスさんからグイ―ド達に切り出されたのは、私の魔法(聖女の力はまだ秘密)についての検証実験の協力依頼だった。

「カノンはいくつか魔法を行使できて、その魔法の使用が幼児退行に関わっているようなのです。私の予想では、カノンはあと4日後に今の幼児から19歳の女性に体が戻ります。そうしたら、皆さんに魔法を行使して、その魔法の効果と幼児退行の因果関係の確認をしたいのです」

「へえー!19歳のおチビ、見てみたいな!」

「こんなに可愛いカノンちゃんだもの。絶対美人よ!」

 いや、ミンミとラッシュが期待している所申し訳ないけど、この世界の人々の基準からすると薄い顔の地味顔女子だから。

「それで、カノンの魔法って、具体的にどんな物なんだ?」

 グイ―ドの質問にはケネスさんが予測と実際の結果を交えて話してくれた。ここで私もケネスさんとジーンさんのもやと黒スライムを消した後の話を聞くことになった。

「俺が10年前の怪我が元で現役引退した事は知ってるな?その怪我の後遺症があった膝に、カノンは黒いもやがついているといった。そしてそのもやを消すというから、カノンに任せてみた。カノンは俺の膝をしばらく擦っていたが、もやが消えたとカノンが言った後、俺の膝は以前のように支障なく動かせるようになった。飲み屋を任せているジーンにも同じことが起こった。体の故障は俺もジーンも治ったが、まあ俺達は良い年だからな。俺達はエスティナの予備力として今後も防衛に参加するつもりだ。それでカノン、グイ―ド達には黒いもやはあるか?」

 ケネスさんに尋ねられ、私はジーッとグイ―ド達の全身を見る。

「ない」

「そうか、ちなみに俺の肩にはもやがあるか?」

「ない」

 ケネスさんの肩と言われてジッと見るけど、この前の膝にあったような黒いもやもやは全くない。

「そうか。俺は膝の痛みは10年前から抱えてたが、最近は四十肩も辛くてな。肩は今も動かすと痛みはあるが、俺の四十肩にはもやは付いてねえのかぁー」

 ちょっと残念そうにケネスさんが言う。

「痛みともやが必ず関連付いている訳ではないのかもしれませんね。私の場合は全身がもやに覆われていた様ですが、体の重さ、倦怠感とのどの軽い痛みを覚えていた位でした。カノンに見える黒いもやとは、何なのでしょう」

 部屋に集まった一同はうーんと考え込んでいる。

 黒いもやとは。

 でも私が思うに、不調の原因なのは確かなんじゃないかな。

「あ」

 私は魔獣に襲撃された日の事を少し思い出した。

「まじゅうにも、もやあった」

「なに?」

 私に飛び掛かってこようとしていたネズミには、体全体に黒いもやが纏わりついていた。でも来るな!って言ったら、なんか戸惑いながら、首を傾げたりしながら帰っていったんだよね。他の小型の魔獣達も一緒に一列になって帰って行ってたな。今更ながら、あれはなんだったんだろう。

「ねじゅみ。もやもやちてた。かえれっていったら、かえった」

「んんん?」

「カノンが、ネズミに帰れと言ったら、帰っていったのですか?」

「うん」

 みんな黙り込んでしまった。

「森でチョロチョロしてるネズミ。あれ、地味に嫌だよな」

「あいつらに噛まれると酷く膿んで最悪なんだよなあー」

「殺しても食べられないしね」

 森の小さな厄介者を思い出し、グイ―ド達は渋い顔をしている。

「黒いもやが付いている魔獣もいるって事か?」

「逆にもやが付いていない魔獣もいるのでしょうか」

 もやの考察は続いているけど、今答えは出ないもんね。

「黒いもややカノンの魔法については検証を続けていきたいと思います。まずは4日後、大人に戻ったカノンに色々と魔法を使ってもらおうと思います。グイ―ド達には黒いもやが無いようですので、白い光を纏う身体強化らしい魔法を試してもらえたら良いでしょうか。その時にはどうぞよろしくお願いします」

「へえ!身体強化魔法なんて使えるのか!」

「それはこっちも是非試させてもらいたいぜ」

「よろちくねぇー」

 黒いもやに関しては、色んな人のもやをきっと消せるんじゃないかと思う。でもノアに応援した時みたいに、白い光を纏わせる奴はどうかな。やってみないと分からない。

「カノン。これから大人に戻るまでは魔法を使うのは禁止ですよ」

「はーい」

 聖女の力は大人に戻るまで封印。

 そうしたらノアの言う通り、本当に4日で大人の身体に戻るのかな?

「カノン。子供の身体だととても眠くなるでしょう?大人に戻るまでゆっくり休みましょうね。きっと子供の身体は休息を欲しているのですよ」

「わかった」

 ノアに指摘された通り、子供の身体だと食べるとすぐに眠くなるんだよね。でも今日は3日寝込んでいたからか、眠気より空腹の方が勝っているかも。寝起きに食べたお粥はすっかり消化されてしまった。

 私の空腹の訴えに寄り、ギルドでの今日の話は終わりとなった。

 帰る際にギルドの飲食店横を通りかかると、この前は片足を引きずっていたジーンさんが颯爽とこちらに歩いてきた。足を引きずる様子は全く無くなっている。

「嬢ちゃん!ありがとうよ!俺の足のしびれがあの日から無くなって、普通に歩けるようになったんだ。また自由に歩いたり走ったりできるなんて思ってもみなかった。いやあ、ケネスの足も治しちまうし、たいしたもんだなあ!」

 ジーンさん声デカい。周囲の冒険者の人達もこちらに注目している。

 まあ私の魔法?については内緒にしないそうなので、いずれはエスティナ中に知れ渡るのかもしれないけど、自分の聖女の力でどこまでの事が出来るのかはまだ検証中なんだよねえ。

 ジーンさんはありがとう、ありがとうと笑顔で私の髪の毛をわしゃわしゃと混ぜっ返し、私にこの前くれたのと同じジャーキーを10本一纏めに紐で結ばれた物を持たせる。そのジャーキーを持たされた私はノアに持たれている。

 幼児の身体でいると私はすぐに眠くなる。突然寝落ちとかは無いんだけど、いつも眠そうにしている私を見るとノアの過保護が爆発するのか、幼児の私は大抵ノアに抱っこされて持ち運びされているのだった。

「よかったねぇ。でも、なんでなおったかわかんない」

「そうかよー、わかんねえのかよー。でも、たいしたもんだぜ!」

 私の力はまぐれかもよ、とジーンさんに牽制したつもりなんだけど。自分の魔法が何処までの事が出来るのか、全く分からないのは本当だから。

ジーンさんはしばらく私の頭をかき混ぜてから、気が済んだのか仕事に戻っていった。私とジーンさんのやり取りを、仕事が終わって早々に飲み始めた冒険者達が笑いながら眺めている。

 ノアが圧倒的な戦闘力をあの日周囲に示した事はもちろんエスティナ中に知れ渡っているだろうけど、私の事がどのように広まっているのかはイマイチよく分からないんだよね。

「ジャーキーは塩辛いので、1日に1本の半分までですよ」

「はーい」

 ノアは周囲が気にならないのか、私がしっかり抱きしめているジャーキーの食べ方について私に約束を取り付けてくる。そういえば、こないだジーンさんからもらったジャーキー、まだ食べてなかったな。しょっぱいならお酒に合うんじゃないの。

「のあ、おしゃけ、のむ?」

「カノンが小さい時は飲みませんよ」

 私の中身は19歳と思っているんだけど、言動が最近あまり実年齢に伴っていないかも。そして目が離せない幼児がいると、ノアはうかうかお酒も飲めないのかも。

「ごめぇん。でも、のんでもいいよ?」

「もともとそれほど酒は好きではありませんよ」

 ノアは笑いながら鳥の巣のようになった私の頭を手櫛で直してくれる。

 そんな話をしながら、すれ違う冒険者達に手を振りながら、私達は冒険者ギルドを後にした。


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