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省エネ聖女と覚醒勇者は平穏の地を目指す  作者: ろみ
アストン王国地固め編
17/57

聖女の力の実験と検証、そして考察 1

 私がテーブルの下のケネスさんの足をじーっと見ていると、ケネスさんもテーブルの下を覗き込んで私の顔を見た。

「俺にもやが付いてんのか?」

「うん。ひだりあち」

 正確には左の膝。

「とる?」

 ケネスさんはしばらくテーブルの下で私の顔をみて、屈んでいた上体を元に戻した。

「ノア。カノンにもやを取ってもらってもいいか」

「・・・カノンの様子を見ながらですよ」

 ノアはしばらく考えてから私をそっと膝の上から床に降ろした。

「カノン。ケネスさんのもやを払えますか?でも具合が悪いと感じたらすぐにやめてください」

「はーい」

 私はノアにいい返事をして、テーブルの下をくぐりケネスさんの左膝に飛びついた。ケネスさんは再び上体を屈めて、私の様子を覗き込んでいる。ノアはテーブルを回り込んで、私とケネスさんのすぐ隣に移動して跪いた。

「えい、えい、えーい」

 2人に見守られながら、私はケネスさんの膝のもやもやを払い始める。

 払うというか、正確には掛け声と共にタイトな黒いズボンに包まれたムキムキのケネスさんの膝を撫でる。ケネスさんの膝を中心に30センチ位の円形に黒いもやがずっと纏わりついている。ケネスさんのもやはノアの時に比べるとちょっと濃いめ。

 ケネスさんの膝を撫で擦る私の背中に、そっとノアの手が添えられた。

 私、気絶する恐れもあるもんね。私は慎重に、ソロリソロリとケネスさんの膝を撫でている。

「ふっ・・・、くくく!カノン、まだか」

 ケネスさんはくすぐったいのか、体を震わせながらもジッとしてくれている。

 ケネスさんの膝のもやに触ると、煙のようにふわっと空中にもやは溶けて消える。

 でもまたジワーッと膝からもやが滲み出てくる。

 この後から後から湧き出すのは、ノアの頭部と顔を覆っていたしつこい黒いもやと同じ感じだ。

「なくならないぃ!」

「カノン、落ち着いて。叫んだら駄目な気がします」

 ノアに叫ぶなと言われて、フウと一息ついて興奮を逃がす。

 落ち着いて。落ち着いて。

 平静を保ちながら、ケネスさんの膝をさする作業に戻る。

 テーブルの下を覗き込んでいたケネスさんは上体を起こしテーブルに伏せて、ガシッとテーブルを掴んでいる。テーブルの下からは、力がこもったケネスさんの手が見えた。

「カノン、まだかっ・・・」

 あ、ケネスさんはまだくすぐったいのを耐え忍んでいた。

 ひょっとしたら私が感情を昂らせて、力任せにもやの消滅を念じたら早く済むような気がする。でもそうすると、高確率でまた私は発光して、今度は気絶コースな気がする。

「わー!ってやったら、だめ?」

「今日は意識して、少しずつ力を使ってみましょう。昨日のカノンは小さくなりましたが、気絶はしなかったでしょう?」

「うん」

 そうなんだよね。

 昨日はお祈りするような気持で、ノアの助けになるようにって聖女の力の発現を願ったんだよ。

 ひょっとして、お祈りする気持ちが必要なのかな。私は少し手を止めてケネスさんに聞いてみる。

「けねすしゃん。あち、どうちた?」

「ん?俺の膝か?俺の膝は、10年前のスタンピードで、防衛戦の時に魔獣にやられて酷い怪我をした。それからは歩くだけなら大丈夫だが、踏み込んで剣を振ると膝が痛むようになってな。だから現役は退いたんだ。だが後方支援なら出来るんってんで、ギルマスとしてエスティナに残っているがな」

「ふうん」

 魔獣と戦って怪我をしてから、ずっと不調を抱えているんだ。

 でも現役を退いてもこんなおっきい体で、まだムキムキだもんな。周囲の冒険者にもギルドマスターとして慕われていて、ケネスさんはエスティナの精神的支柱なんだろう。

 エスティナの人達の為にも、ケネスさんの不調が回復しますように。

 黒いもやを払いたいのか、膝の痛みを取りたいのか、私の願いの方向性もあやふやなんだけど、ケネスさんにとってとにかく、良い状態になりますように。

 私は静かに膝を撫で続ける。

 すると、にじみ出る黒いもやがぐんと減って、やがてもやが全て消えてしまった。

「・・・なくなった」

 願った途端にシュッて黒いもやが消えてびっくりした。

「カノン、お疲れ様でした」

 ノアはすぐさまテーブルの下に潜っていた私を抱き上げた。

「ケネスさん、どうですか?何か体に変化はありましたか?」

「お、おお」

 テーブルについたまま、少しぼーっとしていたケネスさんはノアに声を掛けられて我に返ったようだ。

「確かに・・・。可動域も狭くなってガチガチに固まっていた膝が、何の引っ掛かりも無く楽に曲げ伸ばしできるな」

 ケネスさんは立ち上がって、膝を曲げ伸ばししてみたり、左足でダン!と大きく踏み込んでみたりしている。体の大きいケネスさんの踏み込みで、結構な音と振動が響く。

「痛みも無い。・・・よし、ノア、もう少し付き合ってくれ」

 そしてケネスさんに連れられて私達はギルドの1階に降りた。1階の受付には今日も気怠げなルナ。そしてギルド内の飲食店では1人厨房働きしているオジサンがいた。冒険者は1人も見当たらない。今はみんな総出で魔獣の後片付けをしているもんね。

「ジーン!」

 ケネスさんが飲食店の厨房に居たオジサンに声を掛けた。

「どうした、ケネス」

 厨房から出てきたのは、ケネスさんに負けず劣らずムキムキのオジサンだった。ケネスさんと違うのは、豊かなウェーブがかった茶色の髪を後ろに一つに結んでいる事かな。でも髪があるか無いかの違いだけで、ケネスさんもジーンさんも世紀末を生き抜ける感じの逞しさだ。

 このエスティナで会う男性は殆どが肉厚、ムキムキで長身だ。女性もムキムキでグラマラス。長身の人が多い。でも領都に避難していった人の中には中肉中背の女性もいたな。中肉中背と言えるだろう辺りは、ミンミとラッシュ、ルナ辺りかな。ノアは中肉高背の細マッチョ。だから抱っこされても暑苦しくなくていい。

 そんなムキムキオジサン、ジーンさんはケネスさんに呼ばれて私達の前までやって来た。

「おー、ちっこいな。ほれ、ジャーキー食うか?」

 食べるとも言っていないのに、私はジーンさんに何かの肉のジャーキーを持たされる。

「ノア、カノン。ジーンは俺が現役だった頃の冒険者仲間だ。俺と同時期に体を痛めてからは、ギルドの飲み屋をやりながら非常時の予備力としてエスティナに残ってもらってる」

「俺は走れないが、弓ならまだ使えるからな。年寄りや女を逃がす時間くらいはまだ稼げるぜ」

 そういうジーンさんは、私達の前に歩いてくる時に軽く右足を引きずっていた。

「ふう、悪いな。ずっと立って居られなくてな」

 言いながらジーンさんは、店内に置いてある椅子の1つに腰かけた。

 私はジーンさんを思わずジッと見つめる。

「・・・カノン、ジーンにもやはついてるか?」

「うん」

 ノアのもやもやに気付いたのはピリピリしたからだけど、ケネスさんのもやはふと気づいたら見えた。ジーンさんはピントを合わせてもやを見ようとしたら、もやが付いているのが徐々にはっきりと見えるようになった。もやの見え方にも色んなパターンがある。

「ノア、もう1人試してみていいか?」

「・・・これで終わりですよ。カノン。ジーンさんのもやも払えますか?」

「やってみる」

 ノアは私を床に降ろした。ジーンさんからもらったジャーキーはノアに預かってもらう。

 そしてジーンさんに駆け寄った私は、ジーンさんの腰に飛びついた。ジーンさんの腰、とうかお尻、肉厚で見た通り全部筋肉。

「腰ですか?」

「右足じゃねえのか?」

「ここ!」

「ん?」

 私はジーンさんの後ろに回り込んで、背中の下部中心に両手を当てた。

 お尻のすぐ上の、背骨を中心にした真ん中。ずっともやもやが留まっていて、そのもやが滲みだしてジーンさんの腰回りを覆っていた。

「ん?ははは。どうした?マッサージか?ありがとうよ」

 微笑ましそうに私を振り返って笑うジーンさんに構わず、私はせっせと黒いもやを払い始めた。背骨に沿って濃いもやが上下にもフワフワしている。そのもやを消しゴムで消すような気持で、両掌で腰の上を擦る。上手いなあ嬢ちゃん、なんてジーンさんに褒められながら、私はジーンさんの腰を撫で擦る。

 ノアはジーンさんが腰かける椅子のすぐそばに立ち、私を見守っている。

 ケネスさんは私とジーンさんを眺めながら何やら考え込んでいた。

「なあ、ジーン。お前、10年前に大怪我をしたとき、腰をやられてたよなあ」

「・・・ああ。森林狼の大型個体に腰の肉を持ってかれたな。暫く寝たきりだったし、起き上がれるようにはなったが右足が動かなくなった。足の神経も一緒にやられたんだろうな。んあー、そこそこ。嬢ちゃん、上手だな。時々頼みたいくらいだぜ」

「えい!えい!」

 私は両掌でジーンさんのお尻の少し上、腰の真ん中あたりをグイグイと押している。私が押す度に濃い黒いもやがジーンさんの腰から噴き出して、空中に溶けてなくなる。

この黒いもやも色んなパターンがあるのかもしれない。ジーンさんの場合は腰の内側に黒いもやが貯まっているみたいに感じる。ギュッと押すとジュワッと黒いもやが少し噴き出すんだよ。・・・ちょっと、面白い。

「カノン。ゆっくりやりましょうね。声ももう少し小さくして」

 ノアが私の隣にしゃがみ、私の背中をトントンと叩いて注意を促す。

「わかった!!」

 ノアに心配され始めている。でも、あともう少しな気がするんだ。

 あともう少しでジーンさんの黒いもやを出しきれる。

 更にギュウと強めにジーンさんの腰を押すと、私の掌の下からまるで真っ黒なスライムみたいな塊がグニュウと溢れた。びっくりしてジーンさんの腰から手を離すと、その黒いスライムはジーンさんの腰の中にするりと引っ込んだ。

 何いまの?!

 水中に漂う薄墨のような、煙のような、半透明のもやもやはノアの時の物。ケネスさんの時はもっと濃い、マットな感じの黒いもやだった。ジーンさんの腰からは全く別物の真っ黒いスライムみたいのが出た。

 人によってもやの形状のパターンが違うの?!

 というか、せっかくジーンさんの腰から出そうになった黒スライムが完全に引っ込んでしまった。

「えいっ!えいっ!」

 私はますます力を込めてジーンさんの腰を押す。私がジーンさんの腰を押す度に、私の掌の下から黒スライムが出たり引っ込んだりする。

 うぐううう、もう少しで掴めそう。

 この出たり引っ込んだりするスライムを、引っ張り出したい!

「カノン、落ち着いて。もうこの辺にしておきましょう。カノン、もうお終いですよ」

 ノアが私の背中をトントンとタップし続けている。

 でも、待って。

「もう、ちょっと、だけ!」

 一際強くジーンさんの腰を押した時、私の手の下から15センチ位の楕円状のスライムが押し出された。私はそのスライムを素早く両手で掴んだ!

「とれたああーー!!」

 私は黒スライムを両手でジーンさんの腰から引っこ抜いた!

 楕円状だと思ったその黒スライムは、引っ張ったら体長50センチほどのまるでウナギのような形をしていた。

 その黒ウナギのような形をしたスライムを引っこ抜いたと同時に、私の視界は真っ白に染まった。

 その日の私の記憶があるのはそこまでだった。


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