新たな協力者達 2
町の外れの丸太柵前は、既に魔獣の死骸の片付け、解体が始められていた。
私達に気付いた町の人や冒険者達は手を挙げて挨拶をしてくれる。今この場に居る人達も食堂の人達と同じように私とノアへの態度に変わりはない。
グイードが小さな赤い旗10本位をノアに手渡した。これをノアが倒した魔獣に刺して回れと言われ、旗を受け取ったノアは私を抱っこしたままで、無造作にザクザクと旗を事切れた魔獣達に刺していく。手渡された旗は全てなくなった。
「ノア、カノンちゃん。私達は解体の手伝いに入るからまた後でね」
「お前はまずケネスさんと話してくれ」
グイ―ド達が向かおうとする先から、後片付けの指揮をしていたケネスさんがこちらに手を挙げながら歩いてくる。
私達はここでグイ―ド達と別れて、冒険者ギルドの2階にあるケネスさんの執務室で話をする事になった。
テーブルに着いたケネスさんの対面に、ノアは私を抱っこしながら座る。
「ノア、ゆっくり休めたか?」
「ええ」
「カノンは元気か?」
「げんき」
そんなあいさつ代わりの雑談を交わしながら、ケネスさんはニカッと笑う。強面だけど不思議と笑顔の似合うケネスさん。普段からよく笑う人なんだろうな。
「さてと・・・。まだ疲れてる所だろうが、わざわざ来てもらったんだ。色々と腹を割って話そうぜ。まずは、エスティナの防衛線を守ってくれて、感謝する。本当に助かった」
そう言ってケネスさんは再びスキンヘッドを躊躇いなく私達の前で下げた。
「クリムゾンベアの時といい、今森がざわついているタイミングでノアがエスティナに来てくれた事は、エスティナにとって大きな幸運だった。ノアが居なければエスティナの防衛線は容易く突破されて、領都まで魔獣の波は押し寄せただろうな。エスティナはもちろん、領都との間にある小さな集落もひとたまりもなく消滅していただろう」
ケネスさんのもしもの予想に、私はノアの腕の中でブルっと震える。
「ニードルボアはその討伐の難しさから討伐難易度はSランクに相当する。普通はAランク相当のパーティが何組か手を組んで討伐するもんだ。そのニードルボアをお前は一刀で切り伏せてしまった。そんな事が出来る冒険者を俺は知らねえ。そう言う訳で、お前の冒険者ランクはA+に認定する。それとな、多分今回の魔獣の群れのエスティナ襲撃はスタンピードの認定がされるだろう。スタンピードの脅威を一人で防ぎ切った冒険者には、領主からそのうちにSランクの認定が出されるだろうな」
「・・・初認定時は最高位がDランクだと聞いていましたが」
「お前の討伐試験に同行したグイ―ドですらB+だ。昨日の魔獣討伐で圧倒的最大戦力だったお前がDランクの訳がないだろう」
「・・・・・」
黙り込んだノアの顔を見ると、少し眉間に皺が寄っている。
「私は高ランク認定を望みません。高ランカーになれば様々な権利も得られるのでしょうが、同時に義務も発生するでしょう。何度も言っていますが、私の最優先事項はカノンです。カノンとの生活が一番大事です。私はカノンと2人、慎ましく生活をしていければそれでいいのです」
「うん、だからな。お前が大事にしているカノンを、町ぐるみで守るって話ならどうだ?」
「・・・どういう事ですか」
「昨日、ノアと抱き合っていた若い娘が居たが、あれはカノン、お前だろ?」
突然話を振られて私はハウッと息を飲んだ。
19歳に戻っていた昨日の私は、再会できたのが嬉しくて思わずノアに抱き着いてしまった。
それから19歳の姿で聖女の力を使い、大勢の前で幼児退行を起こした。昨日はノアが危ない目に遭わない様にって、その一心でしかなかった。討伐難易度Sランクの大イノシシの傍に居た私達は、聖女の力の行使を試みる前から注目されていたんだろうな。
私とノアは顔を見合わす。
もうバレているんだもんね。
「のあがきめて」
ただ、この世界の勝手が分からない私は、スタンレー王国での顛末とか何処まで話していいか判断が出来ない。だからルティーナさんに事情を話すべきかどうかとか、ノアと相談したかったんだよね。
「そうです」
ノアは幼女のカノンと19歳の昨日の私が同一人物だとケネスさんに認めた。
「言える範囲で良い、お前達の事情を教えてもらえるか?じゃないと守るもんも守れねえよ。昨日も言ったが、カノンの事情を分かっている協力者は多いに越した事は無い。ルティーナは大きな助けになっただろ?」
「・・・・・」
「まあ、俺も善意だけで言ってるわけじゃない。お前の戦力が欲しいという下心が大いにある。町ぐるみでカノンの面倒は見る。だからお前にはエスティナを守って欲しい。悪い話じゃないだろ?このエスティナなら、小さいカノンも大きいカノンも逃げたり隠れたりする必要はない。お前達をエスティナは喜んで受け入れる」
ケネスさんによるノアへの怒涛の勧誘。
福利厚生しっかりしてますよ。子育て支援も充実してますよ。だからエスティナに移住して、ノアには冒険者活動を是非やってもらいたい。ってことだよね。
異国からやってきた訳アリの私達に取っては、とってもありがたい話なのではないかな。
あと周りの人達の反応だけど、私が幼児退行した場面を目撃した人は沢山いたと思うんだ。けど、みんな変わらずに挨拶してくれたんだよね。
この町は田舎でのんびりした所だけど、余所者に排他的じゃないし、逆に必要以上に干渉してくるわけでもない。今の所、物凄く居心地が良い。
「のあ、わたちはここ、しゅき」
とりあえず、私の一意見。後はノアが決めてくれたらいい。
ノアはハアとため息をついて、それから私を抱きしめた。
「・・・長い話になりますが、聞いて頂けますか?」
それからノアは、私の正体と、私とノアがスタンレー王国を追放された経緯についてケネスさんに話して聞かせた。
説明担当はもっぱらノア。私の幼児語は理解するのに大変だろうからね。
話を聞き終わったケネスさんは、眉間を押さえながら目をつむって動かなくなってしまった。
「うん・・・。うん、そうか。体が子供になったり大人になったりするなんざ尋常じゃない。驚くような事情があると思っていたが、これは俺の手に余るかもな。スタンレー王国の聖女様か・・・」
ケネスさんの頭を抱えさせたのは、私の正体だった。
私自身の聖女の自覚とかは置いておいて、スタンレー王国では名前だけは聖女様と呼ばれてはいた。しかし消耗品の身ゆえ粗雑な扱いを受けていた私なんだけど。
「私はスタンレー王国を追放となった身です。しかしカノンはスタンレー王国の魔術士達により召喚された聖女です。戻ろうと思えばカノンだけなら戻れると思うのですが」
「もどらない!」
私1人なら戻れるなんてノアが言い出すので、私は慌ててノアの首にしがみ付いた。
ノアは笑いながら、私をしっかり抱きしめてくれる。
「ですが、カノンはスタンレーで酷い扱いを受けました。スタンレー王国は誘拐同然に異世界から乙女を召喚し、結界の維持のため聖女の力を搾取し続け早死にさせることを繰り返しています。先代の聖女様は2年ほど前に若くしてお亡くなりになりました。カノンが結界に魔力を吸い取られた現場を思い返してみれば、過去に早逝した聖女様方はそのような事だったのでしょう・・・。例えカノンが望んでも、私はカノンをスタンレーには戻したくありません」
「もどらない!」
「はい。例え話でももう言いません」
渾身の幼女の力でノアの首にしがみ付く私の背中を、ノアはなだめるようにポンポンと叩く。
「ただ、私と一緒に出国した子供が聖女であったとスタンレーに知られたくないのです。スタンレーでは次の聖女の召喚の話が早くも上がっていたので、カノンの捜索はされないと思いたい所ですが・・・」
「そういう事なら、尚更うちの領主には話を通しておいた方がいいな」
度々領都について話が上がるのだけど、エスティナはグリーンバレー領の中の一つの町なのだそう。そのグリーンバレー領の領主様はもちろん領都で暮らしている。
「・・・領主様はどういった方ですか」
「話が分かる頭のいい男だ。スタンレーの聖女が自分の領内に居ると知ったら、真っ先に保護するに決まっている。スタンピードの報告もあるから、そのうちに俺と一緒に領都に行くか」
「必要があるならば。その時はよろしくお願いします」
「おねがいちましゅ」
私とノアは揃ってケネスさんに頭を下げた。
「おう。それとな。ノアの力は凄まじいと実際に確認できたが、カノン。お前の聖女の力はどんなことができるんだ?お前、光ってから小さくなったよな」
私の聖女の力は何なんだなんて、私の方が聞きたいが。
「んとー。のあを、がんばれーっておうえんちたり。くろいもやもや、ぱっぱってなくちたりしゅる」
「うん、そうか。ノア、どういう事だ?」
最初っからノアに聞いてよ!
私はもう、話しません!とばかりに全身脱力してノアに体を預けた。ノアは私がどんなにグニャグニャと腕の中で軟体動物と化しても、私をしっかりと抱っこし続けている。
「ええと。これは私の経験と体感ですが。カノンは私に何らかの聖女の力を行使する際に光を放つようです。カノンの力を行使されたのは、大熊に遭遇した時と、宿屋で全身に手を当てられたとき、そして昨日の魔獣の襲撃を防いだ時です。魔獣に対峙していた時は、私の全身が白い輝きを纏うと同時に精神の高揚を感じました。まるで何でもできるかのような万能感と共に肉体の充実も覚え、魔獣を切り伏せる時は、まるでパンでも切り分けるかのように簡単に魔獣の身体に剣が吸い込まれました。聖女の加護を得て私の能力が底上げされたのではないかと推測します」
「・・・・ノア、お前。聖女の加護を受ける前からニードルボアを一太刀で仕留めてたじゃねえか。それは元々の力なのか?」
「ああ、それは。カノンが宿で私に手当をして、能力が常時底上げされている状態になったからですかね?」
言いながらもノアは首を傾げている。全ては憶測だもんね。
「大熊を倒した夜でしたが、カノンは、私の体全体が黒いもやに包まれているといいました。そしてそのもやを手で払ってくれたらしいのです。最終的にはもやを払いきってカノンは気を失ってしまったのですが、その時にもカノンは白い光を放ちました。カノンが黒いもやを払ったあと、私はまるで長年嵌められていた手足の枷が外れたかのような解放感を覚えました。自分の身体が非常に軽く、思いのまま、自由に動かせるのです。昨日の魔獣の群れを防ぎ続けるような真似は、以前の私であればまず無理だったと思います。まるであの晩から新しい自分に生まれ変わったように感じています」
「なるほどなぁ。身体強化の加護なのか?加護なのか、聖魔法の類なのか。しかし黒いもやが良く分からんな。カノン。今ノアには黒いもやはあるか?」
ケネスさんに聞かれて、私はノアを見上げる。
ノアの顔にも頭にももやは無し。
抱っこされて両腕を体に回されてるけど、ピリピリしない。私がお尻を置いているノアの足を見下ろしてみる。ノアの足にももやは無し。一応テーブルの下を覗き込んで、ノアのつま先まで確認する。うん、もやもやは無し。
ん?
「のあはないよ。けねすしゃんはあるよ」
「なに?」
ノアの身体からは黒いもやはすっかり消えている。
でもテーブルの下に見えるケネスさんの左足には黒いもやが纏わりついていたのだ。
お読みいただきありがとうございます<(_ _)>
ストックが無くなったので、不定期、最低でも週一回は投稿出来ればと思います。




