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省エネ聖女と覚醒勇者は平穏の地を目指す  作者: ろみ
アストン王国地固め編
13/57

しっかり留守番出来る筈だった 2

 眠れないかもしれないなんて思った一瞬後、私はぐっすりと寝入ってしまったのだった。

 この幼児の身体ときたら!

 食欲、睡眠欲、排泄欲。この三大欲求を満たす事に幼児の身体は貪欲で、幼児化した私は悩む事さえさせてもらえない。

 翌朝、しっかり眠り、気持ち良く目覚めた私はベッドからむくりと起き上がった。

 部屋の中はだいぶ明るくなっていて、朝食の時間も終わってしまったかもしれない。ルティーナさんはとっくに起きたようで寝室には居なかった。

 取り合えず、ルティーナさんを探しに行こうか。

 私はタオルケット的な薄布を自分の身体から剥いだ。

 そして薄布の下にあった、私の足。

 私の足だ。

 ただし、19歳の。

「どっ、どどど・・・!」

 どうしよう!!

 私の身体は推定2歳程度の幼児から19歳成人の身体に戻ってしまっていた。

 私が本当は19歳の女だと知っているのはノアしかいない。

 そしてそのノアが、今はいない!!

 改めて私の格好を見てみる。

 ゆったり目の幼女ワンピースは、再び丈の短いタンクトップ状態になっている。かぼちゃパンツはぴったりフィットのショーツに。うん、ばっちり下着姿。

 今の私はルティーナさんの寝室に不法侵入した変質者でしかない。

 どうする、どうしたら。

 ルティーナさんの服を無断で拝借する?

 とりあえずルティーナさんがやって来るまでにこの部屋から脱出しないと。となると、この姿のままではやっぱり無理。体にかけられていた小さな薄布では腰回りを隠すしかできない。臍も足も丸出し。

 アストン王国の女性達って、あんまり肌を露出してないんだよね。暑い国だから逆に日光から肌を守るために長袖とロングスカート、もしくは女性でもズボンを普通に着用している。例外はギルドの受付の露出度高いルナさん。いや、ルナさんの事は今どうでもいいんだ。

 私は大分テンパっていて、全くピンチの打開策が思い浮かばないうちに、とうとう寝室のドアが勢いよく開いてしまったのだった。

「カノンちゃん、起きたかい?遅くなったけど、ご飯に」

 ベッドの上の私を見たルティーナさんが、動きと口をピタッと止めた。

「あ、あのっ・・・」

 怪しい者では!・・・いや、普通に考えて怪しい。

 よそ様の寝室に下着姿で私は不法侵入している。更に厚かましくもベッドの上にまで乗りあがって。くっ・・・。この状況の言い訳を、どうにか、捻りだせ!!

「ね、寝ぼけて、へ、部屋、間違えちゃって!」

 真っ白な私の頭から、寝ぼけて部屋を間違えた作戦が捻り出された。

「えーっ・・・と、すみません」

 こ、こわ!私、何を言うの?

 ノープランの私の大根芝居が私の意志に反して続けられていく。

「ゆ、昨夜は、飲みすぎちゃって。あっ。と、泊まる宿を、間違えちゃった、かも・・・。えへ」

 そう来たか、自分。まさか部屋どころか泊まる宿を間違えてるとはね、自分。

 私のノープラン三文芝居のプランは、泥酔して泊まる宿を間違えた余所の宿の泊り客という設定らしい。いや、苦しいな!

 でも私は笑って誤魔化して、このままゴリ押ししたかった。

 ルティーナさんに夜這いを掛けようとして狼藉者が忍び込んだとかでもなく、無害なパッとしない19歳女子が部屋を間違えただけですよー、という設定。だから、無害だから、お願いだから、見逃してほしい。この部屋からお咎めなしで私が出ていく事を、どうか許して。

 私はそーっとルティーナさんを盗み見て、ぎくりとする。

 ルティーナさんは寝室に完全に入ってきていて、ドアに腕組をしてもたれかかり、私を半眼でジーッと見ていた。

「飲み過ぎて?部屋を間違えたって?」

「・・・・はい」

 生まれてこの方、お酒なんて飲んだ事も無いけど。お酒って、嗜好品じゃん。貧乏苦学生が楽しめる訳が無かったんだよ。あ、その前に未成年デスカラ。

「ふうん?」

 ルティーナさんが更にジーッと私を見てくる。

 この無言の攻防、つらい。

 しばらくルティーナさんの視線に耐えていると、やがてルティーナさんがノシノシと私が未だ居座っているベッドまでやってきて、私の隣にドンと座った。

 そしてルティーナさんは、タンクトップ状態になっている私の幼女ワンピースの裾をクイと引っ張った。

「この葉っぱの縁取りが、昨日から可愛いと思っていたんだよ」

 ノアが選んで買ってくれた、幼女の私の一張羅。生成りのノースリーブワンピースには、裾にぐるりとリーフと蔓のデザインの刺繡が一巡りしていて可愛いのだ。私もこの刺繍はとても可愛いと思っていた。

 そしてこの刺繡を、ルティーナさんもバッチリ覚えていたらしい。

 タラリと私のこめかみから汗が伝い落ちた。

「この小さい鼻も、この辺じゃ見ないから可愛くってねえ」

 そしてルティーナさんは、私の鼻をツンと人差し指で突いた。エスティナに居る人達の鼻はみんな高いもんね・・・。

「さあて、酔っ払い娘?その恰好じゃ外を出歩けないね。私の若い頃のワンピースでも引っ張り出そうかね。私の娘ときたら趣味じゃないとか生意気言って、全然私のお下がりを着てくれないのさ。でも取っておいて良かったよ」

 冷や汗をかく私にニヤリと笑うと、ルティーナさんは寝室のクローゼットの扉を開けた。そしてポイポイと服を取り出してはベッドの上に放り投げてくる。

「あんたの顔は愛嬌があって可愛らしい。だから、こんなワンピースも似合うと思うよ」

 ルティーナさんが一枚のワンピースを私の肩に当ててくれた。

 それはクリーム色のノースリーブワンピースで、白い丸襟に二重ラインで蔦の模様の刺繍がされていた。そしてワンピースの布地全体には白い小花の刺繍が入っている。

「・・・かわいい」

 状況も忘れて思わずポツリと呟くと、ルティーナさんがニッコリ笑った。


 幼女の衣服を下着代わりにして、ルティーナさんからお借りしたワンピースをその上に着る。そして私はルティーナさんに連れられて食堂に行き、遅い朝食を貰った。

 宿の食堂は朝食の時間はとっくに終わっていて、お客さんは誰もいなかった。

 朝食は昨日の昼も食べたお焼き的な物。もう昼ご飯の準備に入っているからかな。よく朝ごはんに出る野菜とお肉がたっぷり入った雑穀粥、私は大好き。でもこのお焼きも美味しい。

 今日は木皿に4つのお焼きと、野菜スープもついてきた。カウンターの隅っこで私はありがたく食べ始めた。

「昨日は3個で足りたのかい」

「あ、はい。丁度良かったで・・・」

 私は答えながらカウンター向こうのルティーナさんを見て、ギクンと背筋を伸ばした。

 カウンターの向こうでルティーナさんがニヤリと笑っていた。

「ふっふ。ゆっくりお食べ」

 そう不敵に笑いながらルティーナさんはカウンター奥の厨房に入っていってしまった。

 ・・・バレてるんじゃない?

 これ、明らかに、私が幼女のカノンだってバレてんじゃないの??

 私の穴だらけの三文芝居と、不審な挙動、そして誘導尋問にあっさり引っかかるこの迂闊さ。誤魔化せてると思える要素が1つも無い。

 しかし、ルティーナさんは私を問い詰めてきたりしない。

 これ、素直にゲロっちゃった方がいいのか。それともしらを切っていた方がいいのか。

 うううーん。私一人では判断がつかない。

 スタンレーから追い出された元聖女、って事がバレても大丈夫なのか、分からない。

 ノア!

 大至急ノアと相談したい!

 けれども、もうお昼時に近いというのに、ノアはまだ帰ってきてない様子。

 ・・・取り合えず、食べるか。

 食事は食べられるときに食べておかないと。

 私は考える事を放棄し目の前の食事を全て平らげて、問題は後回しにしたまま厨房で一食のお礼とばかりに昼ピークの怒涛の皿洗いの後、野菜の下ごしらえを手伝ったりしている。

「上手いもんだな。助かる」

 私は延々とジャガイモの皮むきをしている。私は居酒屋で包丁を使った野菜の皮むきをがっつり仕込まれていたのだ。ピーラー使えば良いんじゃね?とギャルには良く突っ込まれていたけど、無駄スキルかと思えた包丁皮むき技術がこの異世界で日の目をみた。私は黙々とジャガイモの皮をむいては水を張った桶に芋を落とす。

 ルティーナさんの宿の料理はなんでも美味しいけど、その料理を作っているのがルティーナさんの旦那さん。私の皮むきを褒めてくれているテリーさんだ。テリーさんは背が高く、体に厚みもあってムキムキのオジさんだ。エスティナは男性も女性もガタイの良いムキムキの人が多い。冒険者の町だからっていうのもあるだろうけど、ルティーナさんも力強いしさんもテリーさんも軽くそこらの野獣を倒してしまいそうな頼もしいルックスだ。

 なんて事をつらつらと考えながらひたすら芋の皮をむいていたのは、今後どうするか全く決められないでいたからだ。

 ノアが帰ってこない内は、エスティナでノアの帰りを待ちたい。

 でもエスティナでは私は3頭身の幼女として受け入れられていて、今の19歳の女の身は「誰だお前」状態。ノアの帰りを待つとしても、私はどういうポジションで待ったらいいのか。そもそもこのお宿に置いてくれるのか。周囲だって幼女のカノンは何処に行った?って、なるよね。特にギルドのケネスさんが!くれぐれもよろしくって、ルティーナさんに私を預けてくれたんだから。

 かすかな希望は、私の正体に感づいているらしいルティーナさんが私を追及してこない事。

 ルティーナさん、何も聞かずに酔っ払い乱入娘として、私をしばらく宿に置いてくれないかな・・・。

 考え事をしている内に無情にも芋の皮むきは終了してしまった。

 仕込みを続けるテリーさんを手持ち無沙汰に眺めていると、ルティーナさんが笑顔でポンと私の肩を叩く。

「助かったよ、酔っ払い娘。じゃあ後はカウンターで母さんと店番をしていてくれるかい?」

 店番?

 食事を貰えただけでもありがたい。最悪追い出されるかもと思っていたのだけど、店番?

 疑問で頭が一杯の私は、昨日と同じようにカウンターの隅に腰かける小さいオバアと再び引き合わされた。

「母さん、この子としばらく店番を頼んだよ」

 私はルティーナさんに力強く両肩を押し下げられ、小さいオバアの隣に座らされる。

 オバアは私の顔を見た。オバアはぐっと皺で弛んだ瞼を押し上げてカッと目を見開いて、私をじっくり見た。

「・・・・・」

 目を見開いたオバアは、それからクシャッとした笑い顔になる。

「良い子だねえ」

 オバアが昨日と同じ顔で同じセリフを私に言った!

 もうやだ、ルティーナさんといい、このオバアといい!私の正体を知ってます、みたいな匂わせはもう勘弁してほしい。

 ルティーナさんは私とオバアを見て、ハッハッハと大笑いしながら厨房へ引っ込んだ。

 そしてオバアが私に右手の握りこぶしを差し出す。私の目の前で揺らすようにするので、首を傾げながらその下に両掌を差し出すと、私の掌にはカリカリに炒られたナッツが転がる。落花生っぽい茶色い薄皮ついてる奴。

「あ、ありがとう、ございます」

「良い子だねえ」

 オバアと会話が嚙み合っているかイマイチ自信はないけど、お礼を言うとオバアはうんうんと頷いて、後はカウンターに座ったまま動かなくなった。

 私はそれからやることも無く、貰ったナッツをオバアの隣でカリコリと食べる。

 宿の食堂は今、私とオバアしかいない。お昼時を過ぎてつかの間の静けさの中、時間はまったりと過ぎていく。

 ナッツも食べ終えて手持ち無沙汰の静かな食堂の中、思わず私がウトウトとした時だった。


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