しっかり留守番出来る筈だった 1
ノアの冒険者登録の実技試験は、エスティナの冒険者との手合わせと、1週間以内に森林内の魔獣か野獣を一匹駆除するという物だった。
冒険者との手合わせはギルドの訓練場で行われて、私はグイ―ド達と見学した。ノアの相手は都会で護衛任務の経験があるという、Cランクの冒険者だったんだけど、ノアが手合わせ開始1分で相手の剣を弾き飛ばして勝利した。
実技試験前に、私はノアから約束させられた事が1つあった。ノアを私が応援する時は、声に出さずに心の中だけにする事。
まだ考察中なのだけど、私は自分の意思に関わらず感情が高ぶると聖女の力を行使してしまうかもしれないとノアは言う。つまり私がノアに声援を送ると、何かしらの聖女の力まで行使する恐れもあるという事だった。
自分の実力を見てもらわないといけませんからと、キリリと凛々しい顔で手合わせに臨んだノアだったけど、相手をあっという間に下してしまった。
「いや、すまん。レベルが違ったわ。俺では役不足だった」
「お相手いただき、ありがとうございました」
訓練場の真ん中で頭を下げ合うノアと手合わせの相手。
「のあ、しゅごいー!!」
実技試験が終わったので、私は思う存分声を上げノアを称えた。
ちなみに訓練場の中なので幼児の私は野放しが許されず、念願叶ったミンミが私を抱っこしてくれている。
「凄いわね~。強いわね~」
そう言いながらミンミはニコニコ笑顔で、ノアじゃなくてずっと私を見ている。ミンミが良いんなら私も構わないんだけどね。私はミンミに抱えられながら、パチパチとノアに拍手を送る。
「はー、すげえな。お手本みたいな綺麗な型だったな。ノアなら大都市で護衛任務だけでも食っていけるな」
「いやでも、頼むからエスティナで活動してくれよな」
こちらに戻ってきたノアは、実技試験を観戦した他の冒険者達にあっという間に囲まれてしまう。
あの大熊の単独討伐はかなりエスティナでは噂になっていたようなのだ。
群がる冒険者を涼しい笑顔でいなしながら、ノアがこちらに戻ってきた。
「のあ、おちゅかれしゃまー」
「どうにか結果を出せて、良かったです」
ミンミから私を受け取るノアの背中をグイ―ドがパンと叩く。
「謙遜するなよ。次の討伐試験でも思い切り力を出してくれ」
「クリムゾンベアを両断した剣技を是非披露してくれよ!」
グイ―ド達3人の他に3名の冒険者達が私達の傍に集まって来る。
「それじゃ、準備は良いよな?明日までにどれだけ森林内の獣駆除を出来るかが試験になる。獣が見つかるように俺達でサポートするからな。小さな個体でもいい、一匹でも一人で仕留めれば試験クリアだ。数のノルマは無いが、討伐数は冒険者のランク認定に影響はあるぜ」
私達の周りに集まったのは、グイ―ドがリーダーを務める冒険者パーティで、ノアの試験のバックアップを務めてくれるのだそう。
「まあ動物を仕留められればウサギやネズミとかでもOKなのよ。運悪くどうしても獲物と出会わない冒険者もいるからね。取り合えず2、3日は野営できる準備をしてきてるから」
「いいえ、鼠だろうが小鳥だろうが、今日必ず獲物を仕留めます。そして今夜には必ず宿に帰ります。カノン、ルティーナさんの傍を離れないで下さいね」
「はーい」
ノアはそう言って、私をギュウとハグする。ひしっと抱き合う私とノアを、グイード達と周囲の冒険者達が生温かい目で見ている。ノアは過保護だとか思われてるんだろうなあ。
まあ私もそう思うけど、私達は生活の安定を目指す2人きりの仲間、同志だもん。今はこれで良いんだよ。主に働いてくれているのはノアだけど、私が受けた恩は出世払いで。大きくなったらいずれ必ず返すから!
グイ―ド達は討伐試験の付き添いを何度もしているとの事で、今もパーティの6人全員がリラックスしている。
「まあ、ノアが居れば想定外の事でもなんとかなるよな。新人の試験にありえない安心感だぜ」
「だよな」
「あまり私の力を過信しない様お願いします。対人戦はともかく、獣を討伐したのはあの大熊が初めてだったのですから」
「だから、それがありえないっつーんだわ」
なんだかんだで、ここ数日でノアはだいぶグイ―ド達に慣れたようで、ノアにも緊張の色は無い。
「のあ、きをちゅけて」
「はい。いってきます」
そしてノアとグイ―ド達冒険者パーティはゴルド大森林へと出かけて行った。
「じゃあカノン。宿に戻るか」
そして私はケネスさんの小脇に小荷物のように抱えられている。持ち方。
でも私のお世話を引き受けてくれたケネスさんに文句は言えない。
ケネスさんはずんずん歩いてルティーナさんの宿に到着した。そして、私を預かってくれるルティーナさんは、心得たとばかりに大判の布をバッと広げる。
「カノンちゃん、大人しくしておいで」
「はい」
私、されるがまま。
ルティーナさんはあれよあれよと大判の布と幅広の紐を使って私をおんぶしてしまった。
思った通り、ルティーナさんの背中フワッフワー。
「昼の仕込みをしちまうからね。カノンちゃん、ちょっとまっててなー」
「はーい」
別にその辺で大人しく座ってるんだけど、おんぶしてくれるなら遠慮なく。
人の体温は気持ちいいな・・・。あっという間にルティーナさんの背中で私は寝てしまった。
次に目が覚めると、私は布を掛けられて体を丸めて寝ていた。私が居るのはカゴ的な物の中。そして周囲は随分騒がしい。
私がムクリと起き上がると、カゴから顔が出た。
そして、食事をしていたお客さんとバチンと目が合う。
「ルティーナ!嬢ちゃん起きたぞ!」
「あいよー!」
周囲を見回すと、私はカウンターの上に置かれたカゴの中で爆睡していたようだった。
そして食堂はお昼の忙しい時間ど真ん中。
「カノンちゃん、ちょっと待っておいで!お腹空いたろ」
カゴの中から食堂を見ていると、カゴの脇をランチプレートを片手に3つずつ持ったルティーナさんがのっしのっしと通り過ぎていく。力つよ。
「だいじょぶ!まてる!」
食堂の喧騒に負けないように大きな声でルティーナさんに答えると、食堂に歓声と拍手が沸き起こった。私の言動はいちいち注目されて、周囲の大人達から面白がられている。食堂に居る顔ぶれはそう変わらないメンツなので、いい加減宿の利用客には幼児の私に見慣れて欲しい所だ。
「嬢ちゃん聞き分けてえらいなぁ。でも腹減ってんだろ?ん?クルミでも食うか?」
「ありがと」
カゴの隣に座っていたオジサンがクルミをくれたので思わず受け取る。
元居た世界なら、知らない人から食べ物は貰っちゃいけないと言われる所だけど。
「おや、カノンちゃん良かったね。でもすぐご飯にするから、ちょっとだけにしときなー」
ランチプレートをお客さんに届けて戻ってきたルティーナさんが、のしのしとカゴの隣を通り過ぎながらそんな事を言う。
食堂のお客さんなら食べ物貰ってもOK?
私はオジサンからもらったクルミをコリコリと食べた。カラッと炒ってあって、塩もちょっと効いていてとても美味しい。
「カノンちゃん?」
私がカリコリとクルミを味わっていると、この前宙に放り投げたナッツを口で受け止める妙技を見せてくれたお姉さん2人がカゴの前に立っていた。
「ブラックベリーは好き?とっても甘くて美味しいのよ」
桑の実だ。この世界に桑の実もあるんだ。
けっこう元居た世界と同じような食べ物が多くて助かる。味の予想的に。
お姉さんが1つつまんで私に差し出してくれるので、思わず餌付けされるヒナよろしくぱかーと口を開けてしまった。
「かわ・・・、はい、あーん」
「あーん」
お姉さんの手ずから桑の実を食べさせてもらう。完熟桑の実、あまーい。
「こら!際限なく間食させるんじゃないよ!子供にはしっかりした食事も必要だよ。さあ散った散った!」
2人のお姉さんから代わる代わる桑の実を食べさせてもらっていたらルティーナさんから注意を受け、私の身体がビックウ!と揺れた。ルティーナさんは力持ちだし、声も大きい。
そして気づけば、お姉さんたちの後ろにオジサンが二人ほど並んでいた。なんで行列が。
「あら、残念。カノンちゃんまたね」
お姉さん達が代わる代わる私の頭を撫でて自分の席へと戻っていく。美人でたおやかなお姉さん達だけど、テーブルに立てかけられている武器は大剣とごついバトルアックス。お姉さん達は明らかにパワーヒッター、絶対強い。
お姉さん達の後ろに並んでたオジサン達もまたなとか言いながら自分の席に戻っていった。みんな人が良すぎない?子供とみると分け隔てなく育てる風習でもこの国にはあるの?
「カノンちゃん。これなら自分で食べられるだろ」
ルティーナさんに渡されたお昼は、木皿に盛られた焼き目が美味しそうなお焼きみたいなやつ。食べたら元居た世界のお焼きみたいなやつだった!
ひき肉とタマネギときのこが炒められた具がお焼きの中に程よく入ってる。チーズも入っている!5センチくらいの小さめサイズだから私でも危なげなく持てる!
「おいちい!」
「良かったなあ、嬢ちゃん」
声を掛けられると、カゴの隣にはクルミのおじさんとは別のおじさんが座ってた。このオジサンはお昼だけ食べにくる常連さんぽい。ルティーナさんの宿は食堂も大繁盛してる。
私がカウンターを1つ占領しちゃって申し訳なかったな。どこか別の場所にカゴを置いてくれたらそこで大人しくしているんだけど。
そんな事を思いながらお焼きを3個食べきった。
ルティーナさんすごい。私の胃袋のサイズがどうしてわかるのか。私が19歳ならあと2つはいけた所だったけど、幼女の私は3個でお腹いっぱいに。そしてお腹が一杯になると途端に眠くなる私。
頭がグラングランし始めた私からルティーナさんが木のお皿を取り上げた。
「ふふ、眠かったらそこで眠りな。けどその前にどれ、トイレだよ」
「はい・・・」
会って2日のご婦人に排泄コントロールされる私。
ルティーナさんはカゴからひょいと私を抱き上げるとトイレに連れて行ってくれた。そして柑橘系の香りがする冷たいお水を木のカップ1つ分飲まされて、私は再びカゴに戻される。
「カノンちゃん。あんたはお利口だね。店の中をちょこまか動いて悪戯したりもしない。大人しくしてるならそのカゴの中においで。何か用があれば私か周りの大人に声を掛けるんだよ」
「わかりまちた」
うつらうつらしながら周囲を見回すと、食堂の中はお昼の賑わいが嘘のように閑散としていた。周囲に誰も居ないと思ったら、カゴの縁より低い位置に黒い頭あってギョッとした。
「あたしの母さんだよ。何かあったら、このオバアに言っても良いよ」
びっくりしてちょっと目が覚めた。
カゴの縁からそっと黒い頭を見ようとしたら、オバアも私を見上げていた。デカいオジサンにはちょうどいいカウンターは、オバアが座ると辛うじて胸というか肩から上がカウンターの上に出る程度だ。黒いワンピースドレスを身に纏った、黒髪をお団子にひっつめた小麦色の肌の小さいお婆ちゃんが私を見上げて顔をクシャッとして笑った。
「・・・こんにちは」
「良い子だねえ」
「よし。カノンちゃんはお昼寝しな。母さんはカノンちゃんを見ててよ」
「あいよ」
ルティーナさんは私の頭をよーしよーしと力強く撫でると、私をカゴの底にゴロンと転がして、軟らかい薄布をかけてくれる。
「寝る子は育つってねぇ」
ちょっと強めのルティーナさんのポンポンを背中に感じていると、私はいつのまにかまた眠っていた。
そして目が覚めて、カゴの中で起き上がると周囲はまた込み合っている。カゴの隣のオバアは居なくなっていた。
食堂にはオイルランプが灯されているので、もう夜なのかな。今日は本当に食っちゃ寝の1日だ。でも、食べるとどうしても眠くなるんだよね。
辺りをキョロキョロ見回すと、カゴの隣に座っていたお兄さん達がルティーナさんに声を掛けた。
「ルティーナさん、おチビ起きたぜ!」
「あいよ!」
厨房の奥から登場したルティーナさんは、今度は木のジョッキを片手に3つずつ持っている。
「カノンちゃん、ちょっと待ってな!今ご飯出してやるから!」
「だいじょうぶ。まてるよ」
私のカゴの隣をノシノシ歩きながら、ルティーナさんはニッと笑った。お昼からずっと働いてるみたいだけど、とってもパワフル。
さて、もう夜だ。
ノアは今夜には戻るって言ってたけど、ミンミは2、3日野営できる準備をしているって言ってた。状況次第では、今夜は戻れないって事だよね。
・・・・・。
ノアと知り合って2週間にもならないというのに。
一人で寝るのは寂しいなとか思ってしまった。
いやいや、一人で寝るのは当たり前だからね。ノアが居るのが当たり前になると、独り立ちする時しんどそう。気を付けないと。
今夜は一人寝を覚悟しないと!
とか思っていたら。
夕食とお風呂をルティーナさんと済ませた後、私はルティーナさんのベッドで、ルティーナさんのフワフワの爆乳に包まれていた。
「ふわあー」
思わずぽよんぽよんとほっぺでルティーナさんの弾力を確かめる私。
「ははは。お母さんのおっぱいがまだ恋しいかい?今夜はノアが居なくて寂しいだろうけど、私で我慢しておくれ」
ちなみにこの寝室はルティーナさんとその旦那さん、テリーさんの寝室だ。テリーさんは今夜は別室で寝るのだそう。申し訳ない。
ノアは結局、今日帰って来なかったのだ。
私は幼児の特権でルティーナさんの胸に顔を埋める。
私、自分の親に添い寝なんてしてもらった覚えがないな。こんなに愛情深く子供に接する人達も居るのか。ルティーナさんも子供の世話にとても手慣れている。多分子供を育てた事があるんだろうな。
クゥンと、子犬のように私の鼻が鳴ってしまった。
「寂しいねえ。でも明日にはノアもきっと帰って来るさ」
「うん・・・」
うん、誤魔化し様も無く、ノアの不在は寂しい。
今夜は寂しくて眠れないかもしれないな。
私はルティーナさんのフワフワに顔を埋めて目を閉じた。




