アストン王国エスティナ 3
ノアは少し険しい顔をしてケネスさんに答える。
「ギルドの強制招集には応じられないし、そもそも冒険者任務を請け負う事もできません。私の最優先事項はカノンを守り育てる事です。冒険者活動の為にノアの傍を離れるなど出来ません」
「だがな。お前達も生活の為に稼がなきゃいかんだろ?冒険者じゃなきゃ他に何の仕事をするんだ?ノアの力を活かすなら軍に所属するか冒険者だろうが、どっちみち子連れで仕事は出来ないぞ。ノアが働いている間はカノンをどこかに預けるか、面倒を見てくれる人間を探さないといけないだろう」
このケネスさんの意見にはノアも反論出来ずに黙り込む。
ノアのこの頑なさは、私を心配しての事なんだよねー・・・。
でも私、見た目は幼女だけど、中身は19歳なんだよ。この辺りがまだしっかりノアに伝えられていない気がする。私は一人でお留守番とかも余裕なんだけど、この姿の私に対してノアは非常に過保護だ。まさに下にも置かず、ずっと抱っこしている扱い。
「のあ、わたち。るしゅばん、できる!」
私の宣言にミンミが「かわいいーっ!」と叫び悶えながら床に崩れ落ちた。
ミンミ以外のグイ―ド、ラッシュ、ケネスさんは下がり眉で口元を押さえている。ケネスさんからのギルドの説明の場に、呼ばれてないのにグイ―ド達も同席しているのだ。
「んっ、う“ん・・・!そうか、カノンは偉いな。どうだ、なんとも健気じゃないか、ノア。保護者の仕事の為にカノンは一人で留守番する気満々だぞ」
「・・・・・」
ケネスさんは私の宣言を褒めてくれたけど、ノアは黙り込んでいる。
膝の上からノアを見上げると、ノアも視線に気付いて私を見下ろす。
「わたち、へやでまてる」
「カノンを1人、部屋に置いて出かけるなど、私には無理です。心配で仕事に手が付かないに決まっています。それなら私は子連れで出来る仕事を探します」
「男が子連れで出来る仕事なんてあるかー?」
「都会に行けば子連れの女性のお針子仕事とか、家事手伝いとかならあるかもだけど」
「・・・・・」
ミンミとラッシュの言葉に再び俯いて黙り込むノア。
・・・・私、お荷物。
「ノア、一人で子育てするのはしんどいぞ」
2人で俯いていると、ケネスさんが優しい声で話し始めた。
「俺達冒険者ギルドは力がある人間をギルドに勧誘したい。そしてその有望な冒険者が遺憾無く力を発揮する為なら生活の支援だって惜しまないぜ。クリムゾンベアを単独討伐する程の即戦力だ。俺達はお前の力が是非欲しい。だからお前が冒険者の活動をする間は、カノンを責任もってギルドが預かってやろう。どうだ?悪くない話だろう?」
ムキムキ禿げ頭の強面ケネスさんだけど、私とノアを見る目はとても優しかった。
「カノンをギルドで預かってもいいが、お前達ルティーナの宿に居るんだろ?ルティーナに頼んでやってもいいぞ。ノアが仕事に出かけている間、カノンはルティーナの背中にくっ付いてりゃいいだろ。それに万が一、お前が怪我でもしたら、病気になった時もどうする?カノンの世話の協力者は何人か絶対に居た方がいい」
私はフワフワマシュマロボディのルティーナさんを思い出す。ルティーナさんの背中はとても柔らかそうだ。
「るてぃーなしゃん、おんぶ。いいね」
「カノンちゃん!私がおんぶしてあげても良いわよ!」
「アホか。俺らのパーティの遠距離攻撃手はお前しか居ないんだぞ。ノアが駆り出されるときは俺等パーティも獣駆除に向かうに決まってるだろ」
「ああーっ!」
グイ―ドのツッコミにミンミが再び床に崩れ落ちている。
グイ―ドとミンミ、ラッシュがわちゃわちゃしている様子を見ていると、ノアがギュッと私を抱きしめてきた。
「のあ?」
私がノアを見上げると、私の頭頂にノアが顔を埋めてしばらくジッとしてから口を開いた。
「・・・・お言葉に甘えても、良いのでしょうか」
「甘えろよ!」
間髪入れずにケネスさんが応える。
「子育て中だからな。任務の請負義務も特別に緩和するぜ。ただ、エスティナ緊急招集には是非協力して欲しい。どうだ、ノア?」
「とても、ありがたい申し出だと思います。ですが、皆さん私の力を過大評価しすぎです。公平に私の力を見定めて頂いて、私の力に見合う支援を頂けるなら是非、冒険者登録をさせて下さい」
「真面目だな!」
「でもやった!凄い剣士がエスティナに加わったぜ!」
ノアは冒険者登録をする事に決めた。
グイ―ド達はうぇーいと私達の後ろでハイタッチをしている。グイード達はみんな褐色肌で年齢が良く分からないんだけど、案外皆とても若いのかも。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。エスティナはノアとカノンを歓迎する!」
ケネスさんが良い笑顔でノアの右手を掴んでブンブンと手を振る。それから私の頭をひと撫で。私の頭をひと握りで潰せそうなケネスさんの大きな手は、ふわりと軟らかく私の頭を撫でていった。
ケネスさんも優しい人なんだろうな。言動からその優しさは十分伝わって来る。
スタンレーを出てから会う人みんな、良い人ばっかりだ。
ノアの冒険者登録と、冒険者ランクを決めるための実技試験は明後日する事になり、私達はグイ―ド達とギルドで別れた。
そしてルティーナさんの宿に戻り、肉汁迸る腸詰のトマト煮込みと黄金色のフワフワ蒸しパンの夜ご飯をお腹一杯食べた後、3日ぶりどころか10日ぶり位の蒸し風呂的お風呂にノアと一緒に入る。男風呂なんで他のお客さんも入って来るんだけど、私は他の男客もなんとも思わずに蒸し風呂で蒸され、洗い場でノアにしっかり全身を洗われた。他のお客さんも蒸し風呂を満喫する幼女に、のぼせんなよーとか気さくに声を掛けるのみ。
思考回路はほぼ19歳のままなのに、幼児化すると羞恥心がほとんど無くなる不思議。ノアに対しては何も隠す物がない程だ。ほんと私、失う物は何もないな。
そして後は寝るばかりと部屋に戻った私はベッドの上、向かい合わせでノアの膝の上に座らされた。
「カノン。大熊と遭遇した日の夜、私に何かしましたか?」
「ふえ?」
ノアは綺麗な笑顔を私に向けながら、私の腰とお尻にしっかり手を回している。
試しにニジニジとお尻を動かしてみたけど、さらにしっかりとノアに押さえられる。
大熊にエンカウントした日。
なんだっけ。
グイ―ド達に会って、エスティナまで移動して、気が付いたらルティーナさんの宿のベッドで寝ていた。
その時もそういえば、ノアに何かしましたかって聞かれた。
ノアが大熊と戦った時、なんでかキラキラしていて、その事を聞かれたのだと思うけど私も良く分からないと答えた。
そしてその日の夜?
「カノン。私の身体を撫でていたでしょう。どうしてそうしたのですか?」
「んああ!」
思い出した。ノアはその事を聞きたかったのか。
「あのね、のあのからだに、くろいもやもやちゅいてた。あれ、よくないねえ。のあ、しぇき、えほんえほんちてたねえ。のどとあたまにもやもやちゅいてたから、ぱっぱってやったの。じぇんぶ、なくなれーって、おこったの。なくなったから、よかったねえ」
「・・・なるほど?」
ノアは綺麗な指を顎に当て、何やら考え込んでいる。
私の幼児語で伝わったのだろうか。頑張って喋ったんだけど。
拘束が両手から片手になったので、私はニジニジお尻を動かしてみるけどノアはしっかり私のお尻を押さえたままだ。まだ話は終わらない模様。
「私は大熊を倒したあと、少々体調不良を感じていました。全身に軽度の倦怠感を覚える程度でしたが。それと言葉を発する際に、喉の辛さも覚えていました。ですが、あの夜カノンが私の身体を撫でると、カノンの手が触れるそばから倦怠感や不快感が溶ける様に無くなっていったのです。最後にカノンが私の顔を押さえてまばゆい光を発した時、私の頭の中の霧が晴れる様な心地になりました。ここ数年感じた事のない体の軽さは今も続いています。この何とも言えない爽快感は、生まれて初めての感覚です」
「ほおん?」
黒いもやもやとの因果関係は分からないけど、ノアの体調が良くなったんなら良かった。
「「黒いもや」とは、なんなのでしょう。私には視認できませんでした。ですが、聖女のカノンはその「黒いもや」を見ることができ、払う事が出来るのですね。その「もや」と私の体調不良は少なからず関係があるように思います。カノンは意識して聖女の力を行使したのですか?」
「わかんない。でも、のあにもやもや、ちゅいてるの、いやだったの」
「そうですか」
ノアは私の両脇に手を差し込んでぐいーっと上に持ち上げる。
「カノン。私はあなたに沢山助けられているようです。だから、私もカノンの力になれる様に頑張りますね」
「うふ。わたちもがんばるね。うふふー」
高く持ち上げられるだけでテンションが上がってしまう、この幼児の身体よ。
ノアの顔を見降ろして笑っていると、ノアが私を胸に抱きしめ直してベッドにゴロンと横になった。
「さあ、良く食べたら良く寝ましょう。今日は目覚めたばかりでギルドにも行って疲れたでしょう」
でた。ノアのトントン。
これはもう条件反射になってるよね。トントンされたらすぐに眠くなる。
暖かいノアの身体にぴったりくっついて、背中を優しくトントンされるともう、睡魔が猛烈な速さでやって来て、とてもそれには抗えない。
「おやしゅみ、のあ・・・」
「おやすみなさい、カノン。良い夢を」
私の頭頂にノアが触れた。
チュッて音がしたけど。
ノア、チュウした?
おおお、19年生きてきて初めて異性からチュウされたっぽいんだけど・・・。
・・・ねむ・・。
異性からチュウの衝撃は、猛烈な睡魔の中で瞬く間に消え去ってしまった。
私はそれから夢も見ずにぐっすりと眠り込んだのだった。




