聖女と勇者の活動報告 1
エスティナの冬は、町全体が長い冬休みに入ったかのようにのんびりムードになる。
ゴルド大森林の獣達は大型魔獣から小型の野生動物まで動きが鈍くなり、定期の哨戒任務を担当するパーティ以外、冒険者達はのんびりと過ごす。冬期はずっと領都へ滞在する人もいて、一冬の間休んでも生活していけるんだから、危険の隣り合わせの生活とはいえエスティナはやっぱり豊かな地だなあと思うのだった。
冒険者達が休み始めるので、エスティナのお店各種も開店休業状態。宿屋も空室が多くなる。開店休業中のお店や宿屋を営む住民達は、一冬のんびりと営業しながら春から活気づく冒険者の活動を支えるために、品物を仕入れたり、製作したり、店舗の手入れをしたりと忙しくなる春に向けて準備をしている。
私はこのエスティナの冬の雰囲気がとっても好きなのだけど、クノーテ共和国の砦からエスティナに戻った私達はアシュレイ様へ手紙を出し、そしてすぐさまアシュレイ様から領都へお呼び出しされてしまった。
残念だけど、エスティナの冬を満喫するのは来年以降のお楽しみにしておこう。
今すぐ来い。なんなら馬ではなく白竜で領都までやって来いとアシュレイ様が言うので、私とノアは白竜に乗ってグリーンバレー騎士団の訓練場にドシーンと乗り付けた。
今年の夏に王都のホーン辺境伯家のタウンハウスの庭園に白竜が一週間お邪魔した事もあり、アシュレイ様は白竜への精神的ハードルはだいぶ下がった様子だけども、はたして領都民達は白竜を怖がらないのかな。
そう心配しながらも騎士団の訓練場に白竜が着地すると、領都の中心にある騎士団の訓練場にぐるりと巡らされた鉄柵の外には、なんと白竜を見物に来たのか領都民の方々が大勢集まっていた。驚きの顔の人もいれば笑顔で白竜に手を振ってくる人までもいる。
なん・・・、何で?
白竜は人にとって畏怖の対象で、その白竜を従えている(と思われた)私自身も怒らせたらヤバイ聖女認定を王都で受けたはずなんだけど。
訓練場の中心でドシーンとお座りして興味深そうに周囲を見回している白竜と、悲鳴をあげたり逃げ惑う事もなく、むしろ望んで白竜見物に押しかけたらしい領都の皆さん。私とノアが白竜の背中に乗っている事に気付いた方々が、今度は私達にまで手を振ってくる。勇者様ーとか、聖女様ーとか声援が上がっている。
いったいどうした事なの。
この状況に首を捻る私とノア。誰か、この状況の説明できる人!
そう思っていると、騎士団本部建物から見知った人が駆け足で白竜の前までやって来てくれた。グリーンバレー騎士団副団長のステファンさんと、王都でご一緒した見覚えのある騎士団員の皆さんだった。
「ノア様!カノン様!お久しぶりです」
白竜に臆することなく、戦闘狂の貴公子ステファンさんは白竜の顔の真下までやって来てくれた。
グリーンバレー騎士団副団長の白竜の間近まで迫る雄姿?に、訓練場の周囲に押しかけていた領都民からはワアー!と更に歓声が上がった。白竜を囲んでのこの狂乱振り、なんなの。夏の終わりに私達がグリーンバレーに戻った時にはこんな騒ぎにはならなかったよね。
「ステファン、これはなんの騒ぎですか」
私をお姫様抱っこして白竜の背中からノアが降り立つと、再びワアー!と観客からは歓声が上がる。もう何の動きにでも歓声をあげられてしまいそうで、私はノアに抱っこされたまま固まっている。白竜は観客の皆さんが騒いでいても気にせずにジッとお座りの姿勢を保っている。不用意に人間の巣の近辺の建物を壊さないでねという私のお願いを、白竜は守ってくれているのだ。
「申し訳ありません。つい先日、国王陛下からノア様、カノン様と白竜についての発令がありまして。詳しくはアシュレイ様よりご説明があるかと。ご案内いたしますのでどうぞこちらへ」
国王陛下からの発令と聞いて、私とノアは顔を見合わせる。
あの陽の者代表って感じのジュリアン王が、私とノアと白竜に関しての一体どんな事を発令したと言うのか。
グイグイと言い寄られて親友認定を対外的にされてしまったノアの眉間にはピッと縦皺が一本入った。ちなみに私はもう、ジュリアン王と戦う気力がないので親友認定を諦めて受け入れている。親友と言い張るだけなので、まあ実害が無い内は放置で。
訓練場を取り巻く領都民の騒ぎが収まらないので、白竜には一度大森林に戻ってもらい、私と渋い顔のノアはステファンさんに案内してもらい、アシュレイ様とビアンカ様に会う事となった。
いつもの応接室にて、私とノア、領主夫妻とビアンカ様というこれまたいつものメンバーが揃った。夏の終わりに別れて以来だね。
ちょっと最初からお疲れの様子のアシュレイ様にクノーテ共和国西方で起こった事諸々を私とノアから一通り報告すると、話を聞き終わったアシュレイ様は額を拳で押さえて動かなくなってしまった。そんなアシュレイ様の左腕を、隣に座ったベル様が慰めるようにサスサスと撫で擦っている。相変わらず領主夫妻は仲良しだけど、そんな?そんなに頭を抱える様な事をやらかしてしまっただろうか。
「カノン、ノア。大儀であった!」
彫像のように固まってしまったアシュレイ様の反対隣で、ビアンカ様は満面の笑顔で私達を褒めてくれた。
「何をそう萎んでいるのだアシュレイ。素晴らしい働きではないか。我々只人では気付く事も出来ぬ北の災禍の種を、ノアとカノンが潰してくれたのだぞ。アシュレイ、お前もカノンとノアを褒めてやれ」
「あのな、ビアンカ。この大陸全体の未曽有の災害になりえた大型魔獣の穢れをカノンが払ったとは、私も驚きと共に感謝の念しかないぞ。だが、不法入国後にクノーテ共和国軍に保護され、さらに共和国軍上級大将に首都での活動を依頼されたなど、辺境の一領主がそれを気軽に許可出来るものではないわ。もはやこれは、アストン王国の外交問題だ」
ご、ごめえぇん!
庶民同士の交流程度なら良かったんだろうけど、クノーテ共和国軍のめっちゃ偉いヴィゴ閣下からのご依頼だったからなー。
「アシュレイ様。事後報告になってごめんなさい。でも、クノーテ共和国の去年のスタンピードの被害はとても大きくて、今でも怪我で苦しんでいる人がいるんだそうです。凶暴化した獣達から穢れも移されていれば、その怪我の苦しみは長引きます。エスティナの冒険者や住民の皆さんも、大勢が穢れのために長く心身の不調に苦しんでいたんです。私は、スタンピードで怪我を負った軍人さん達を助けてあげたいです」
「うん、お前のやりたい事を反対しているわけでは無い。スタンピードの被害は他人事ではないし、手助け出来るなら私も支援をしたいと思う。だが、手順を踏まねばな。カノン個人としての働きとするか、それとも国家間で話をするか。いちど陛下にお伺いを立てた方がいいだろう。何せノアとカノンは、護国の勇者と聖女、そして白竜はアストン王国の守護獣と認定されたからな。お前達はもはやアストン王国において公人の立場なのだから、身軽に隣国に行って活動をする訳にはいかないのだぞ」
「え?」
は?なんて?
わからんなー。アシュレイ様が何を言っているのかわからんなー。
「アシュレイ様。ステファンも先ほど言っていましたが、何やらジュリアン王が私達についてのお触れを出したのだとか。しかし、その件について私もカノンも何も聞いておりませんが?」
隣の真顔のノアが、ゴゴゴ・・・と効果音を背負い始めた。
「ノア、そう怒るな。もともとアストン王国において称号の授与は、国王陛下個人の裁量で行われるものだ。アストン王国内での栄誉を授かるが、その立場には何ら義務は生じない。だから陛下もお前達に感謝の想いを持って称号の授与をなされたのだ」
「何度も言っていますが、私とカノンはエスティナでグリーンバレーの一領民として穏やかに暮らしていきたいのです。そのような称号など、悪目立ちするだけなのでは?」
「ノア、だからこそだ。エスティナでのんびり暮らしたいなら、ジュリアン王が目にかけている者だと公に認められる称号を貰っておけ。これで大貴族ですらお前達には手出しできなくなったのだからな」
「・・・・・」
ノアの背中に背負った効果音が引っ込んだ。ちょっとノアの眉間にはまだ皺があるけれども。
「人は喉元過ぎると色々忘れてしまう生き物だ。特に他人の身に降りかかった災難の場合、傍から見ただけ者達にとっては所詮他人事。国王交代劇の衝撃すら、時間と共に薄れていくだろう。思慮が浅い者達は、自分ならお前達を取り込めると思い違いをするかもしれない。だが、国王から賜った称号をお前達が持っていれば、それだけで阿保どもへの抑止力になると私は思う」
ふーん、国民栄誉賞的な?それよりももうちょっと強く国内の身分を保証される感じ?
「ジュリアン王は、そこまで私達の事を考えてくれたんですね・・・」
「ははは!あのご陽気者は単純に称号授与をお前達が喜ぶと思ったのだろう。奴は変わり者だが、なんだかんだ言って生粋の王族だ。悪気は全くないのだがなあ」
アシュレイ様の説明に、少しジュリアン王に感謝の念すら持ったのに、ビアンカ様の意見でそうだよねと我に返った。
あの陽キャのジュリアン王だもんな。私に求婚してきて光栄に思えって初対面で言われたしなあ。王様の俺から称号貰ったら嬉しいだろ?とか心から思っているのはあり得る。
「まあ、陛下の御心を我々臣下が量るなど不敬であるな。称号には社会的責任が付随する訳でもないし、色々これからも使い様もあるだろう。お前達は良いように利用すればいいのだから、黙ってもらっておけ」
アシュレイ様の後半の言い分がかなり不敬だったけど、まあ一理あるかな?
私達がジュリアン王から護国のなんたらとか言う称号を与えられた事は記録に残されるらしいし、栄誉ある称号を国王から与えられた私とノアは、何か義務が生じるものではないけどアストン王国内の、まあ著名人的ポジションになったらしい。且つ、ジュリアン王の親友。
この称号のお陰で私とノアに無理難題を言ってくる貴族はもう居ないだろうという話だった。その点では良かったんだけどね。
「そんな訳でカノン、ノア。お前達、一度王都へ行ってこい。陛下とオーガスト様、あとサージェにも報告してきてくれ。私は陛下方の決定に従う」
「わかりました」
私がクノーテ共和国軍の傷病軍人さん達の様子を見る件は、ジュリアン王の承諾が必要となった。
今回の領都訪問はアシュレイ様が白竜で乗り付ける事を許してくれたけど、さすがに王都へそれは無理だろう。馬車で片道10日間かーと思っていたら、アシュレイ様が王都へも白竜で乗り付けろと言ってきたので驚いた。
「大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ。というか、むしろ陛下に頼まれている。定期的に白竜には王都に来て欲しいのだそうだ。白竜がアストン王国の守護獣だと言う印象付けだな」
白竜に乗って王都に行くなら、グリーンバレーからほんの数時間かも。私達を乗せた状態なら、白竜も安全運転でもう少し時間がかかるかなあ。ともかく移動時間が短縮できるのは助かる。クノーテ共和国で冬の間にあれこれ済ませて、春にはエスティナに戻りたいしね。
「アシュレイ様も白竜に乗って一緒に行きますか?」
「守護獣に乗せてもらえるなど光栄な事だが、今回は遠慮しよう。だが、私の代わりにビアンカを連れて行ってくれ。クノーテ共和国での活動の際、お前の護衛に付ける」
「それは心強いですけど、ビアンカ様がグリーバレーを長期間離れても良いんですか?」
ビアンカ様はグリーバレー守護の要なのに領都を離れても大丈夫なのかなと思ったけど、冬の間は獣達の動きも鈍り、領内の治安維持くらいしか騎士団の仕事もないのだそう。
「是非ビアンカを連れて行ってくれ。お前が隣国で活動をするなら、同性の護衛も必要だろう。ビアンカなら権力に怯むことなくお前を守るだろうし、他国に訪問した我が国の聖女を何があっても勇者と共に連れて帰るだろう」
「任せておけ、カノン。私が何をおいてもお前を守り、グリーンバレーに連れて帰ろう」
「・・・ありがとうございます」
アシュレイ様の隣でビアンカ様が不敵に笑っている。
ビアンカ様がクノーテ共和国で大暴れするようなフラグを立てるのは止めてくださいアシュレイ様。共和国へは喧嘩しに行く訳ではないからね。あくまでも救援要請に応えるだけだからね。
でも確かにビアンカ様が付いて来てくれるなら物凄く心強い!あの砦ならともかくクノーテ共和国の首都には誰も知り合いが居ないもんね。
「それと最後にノア、私からもお前に認定を出す。ノア・ブランドンをSランク冒険者としてグリーンバレー領主、アシュレイ・ホーンが認める。これが認定証となるタグだ。肌身離さず付けておけ。お前はグリーンバレー冒険者ギルド所属のSランク冒険者となる」
そして突然にアシュレイ様がノアにキラキラ白く光る金属タグを差し出してきた。思ってもみない話にノアもアシュレイ様の前で固まっている。Sランク認定って、凄い事だよね?Aランク認定でもノアは嫌がっていたけども、今ここでSランクの話が出てくるなんて私もノアも予想外だった。




