フェンリルとタエさんの話 4
私達はフェンリルに別れを告げて、エスティナに戻った。
秋口に急遽大森林北部へ白竜と飛んでから、思わぬ長居になってしまった。
エスティナの季節はもう冬に移り変わっていたけど、クノーテ共和国に比べたら春かな?位の温かさ。ついついピーカのベストも着るのを忘れて出歩いて、アリスに風邪を引く!と怒られたりなどして。
数日エスティナでの平穏な日常を楽しんだ私達だったけど、アシュレイ様から返事が来れば、まずは領都に行ってクノーテ共和国での出来事を報告しないとね。
そして、クノーテ共和国への訪問が許可されたら、協力要請があった傷病軍人さんのケアとか、冬の間に出来たらいいなと思っているのだ。冬は怪我をした箇所が痛むかもしれないし、なるべく早く首都訪問を出来ればと思っている。
それにしても冬の領都に行くのは初めてだ。何か冬ならではの面白い事はあるかなー。冬期休暇のエスティナの冒険者達も領都で休みを満喫する位だもんね。
のんびりは出来ないだろうけど、ちょっとくらいなら街ブラする時間もあるかな。またクノーテ共和国に行くのなら、フレッシュフルーツをお土産に買っていったら砦の皆さんも喜んでくれるかもしれない。
そんな話を寝る間際にノアに振ると、そうですねとノアにしてはぼんやりとした返事。
クノーテ共和国から戻ってきて、ノアは何か考え込んでいるなーと思ってはいた。
「ノア」
私はベッドの中でノアに向き合う形を取る。
ノアの顔を見ると、ちょっと憂いを帯びているような。
「エスティナに戻ってから、何か考え込んでるよね?心配な事とかあるの?」
ノアの奇麗な青い瞳をジッと見ていたら、フッとその目元が緩んだ。
「気を使わせてしまいましたね」
「気を使うに決まってるよ。ノアは私の一番大切な人なんだから」
ノアは、フーと息を吐き出しながら私を抱きしめた。そしてノアは、私のオデコに唇を押し当ててしばらくジッとしていた。
トクトクと、ノアの心音は穏やかに伝わってくる。私はノアが話し始めるのを静かに待った。
「・・・フェンリルとタエさんの事を考えていました」
「うん」
「私がもし、カノンに先立たれる事があれば、私もカノンの魔石を壊して天に還ります」
ホントにもう、ノアはー。
私からもノアに近づいて、私はノアに隙間もない位にピッタリ体を寄せた。
ルティーナさんの宿は、食堂には大きな暖炉があるんだけど、各個室には暖炉は無い。食堂は天上が高くて二階まで吹き抜けになっていて、食堂から上がった暖気が二階の廊下にも流れる仕組みになっているんだけど、個室のドアを閉め切ると朝晩は部屋がひんやりと冷える。でも布団をかぶっていると全然凌げる寒さ。むしろ私とノアは布団に包まって感じる心地よい暖かさの為に、部屋のドアをわざと閉め切って冷気を楽しんでいる位の感じもある。布団のぬくぬくした暖かさは冬の楽しみの一つでしょう。
ルティーナさんの宿はというか、エスティナ全体が非常に治安が良いので大抵の宿の利用客は薄く部屋のドアを開けて暖気を部屋に入れながら寝ているけどね。
私とノアは二つのベッドをくっつけて、真ん中で身を寄せ合って今は眠っている。私達の身体の下にはヴィゴ閣下から譲って頂いた立派なシルバーフォックスの毛皮が敷かれていて、今年の冬は昨年よりもさらに暖かい。
こんな風に冬も、夏も。
ノアとはずっと末永く、ピッタリくっ付いていたいなあ。
「ノア、ずっと一緒に居ようね」
「はい」
私は最近やっと、ノアが私を好きだという言葉を不安なく信じられるようになってきた。
もちろん信じたからこそ、ノアの告白を受け入れて恋人同士になったのだけどね。
以前の私だったら、ノアにそこまで想ってもらえるような人間じゃないとか言って、ノアの気持ちを受け入れなかっただろう。
それってノアに遠慮してとか、ノアの為を思ってとかではなく、単に自分が傷つかないように予防線を張ってただけなんだよね。本当に自分は怖がりの意気地なしだった。
24時間、365日。
あ、厳密にはこの世界は一月30日の12カ月なので、360日なんだけど。
文字通り四六時中、私を愛してくれるノアに、私も全身全霊で応えたいなあと、やっと素直に思えるようになった。
ノアが私を好きだと言ってくれるその言葉を、もうつべこべ言わずに黙って信じとけ自分。
「ノア、大好きだよ」
「カノン、私もあなたが好きです。愛しています」
「でも、私の後を追ってすぐに天に還るのは駄目。許しません」
「えっ」
ノアがビックリしたように体を固くした。
私もフェンリルとタエさんの事を知って何も思わなかったわけじゃないよ。
でもね、フェンリルはタエさんの言葉があったからだろうけど、タエさんの言いつけ通り、何年もあの森でタエさんを待ち続けたんだよね。あの着物の傷み具合は数年所の物じゃない。きっと、数十年、フェンリルはあの森でタエさんを待ち続けていた。
タエさんの「会いに行くから待っていて」という言葉は、タエさんが居なくなっても変わらずにフェンリルに生きて欲しいというタエさんの願いだったんじゃないかなと思うんだよ。少なくともフェンリルに自分を追って欲しいなんて、タエさんは考えていなかったはず。
そして私もノアには、私の後を追って欲しくは無いんだけども・・・。
「ノア、私達は2人きりで生きている訳じゃない。エスティナや領都の色んな人達と関わって、これからも生きていくんだよ。きっとこれからも色んな人を助けたり、色んな人から助けられたりする事が沢山ある。今だって、ルティーナさん達や、ミンミ達、ビアンカ様達、大切だと思う人が私達の他にも沢山居るでしょう?もし、私がノアよりも先に天に還ったとしても、周りのみんなと関わって生きて行って欲しいんだよ」
「私は、私は・・・。カノンが居ないこの世界で、一日たりとも生きていけません」
?頭がしっとりしてきたような。
私がノアの腕の拘束から抜け出して少し上半身を起こすと、ノアが目を固く閉じて静かに泣いていた。
「ノア!」
私は伸びあがってノアの頭を胸に抱き込んだ。
ノアは私の背中に両腕を回して、しがみ付く様に私を抱きしめて来た。
「泣かせてゴメン。意地悪したわけじゃないよ。でもノア、考えてみて。もしも逆にノアが私よりも先に天に還ったら、ノアはすぐ私にノアの後を追って欲しいと思う?」
「・・・思いません。カノンには、エスティナの人達と、楽しく穏やかに生きて行って欲しいと思います」
「そう言ってくれると思ってたよ。私もノアと同じ気持ちだもん。ノアにはエスティナのみんなと仲良く賑やかに生きていて欲しいなあって思う」
「カノンには私の後を追わないで欲しいです。でも、時々は私を思い出してください」
「それはもちろん!一緒に居ても離れていても、私は毎日ノアを想うよ。ノアも私の事を毎日想ってね」
私はいつもノアがしてくれるように、抱きしめたノアの頭にキスの雨を降らせた。私の腕の中で、ノアが小さく笑う気配がする。
「でもね、私はよぼよぼの小さいお婆ちゃんになるまで生きるつもり。ノアはシュッとした、トニーさんみたいなカッコいいお爺さんになるんだろうなあ。しかもお爺さんになってもモテモテで」
「私は全くモテませんし、カノン以外にはモテなくて良いです。カノンはお婆さんになっても可愛らしいに決まっていますが」
これだから無自覚のイケメンは!
巨人の集う砦では、ノアはイケメンの基準から外れていたみたいだけど、領都とか王都ではノアを見てポーッとなっている人もいたよ。まあノアがその視線に気付いていないなら、その方が良いかー。
「あとね、私は私とノアにガンガン治癒魔法を使うから、怪我も病気も心配ないよ。何なら手足が無くなっても生やしちゃうかも。私は魔力を使っても物凄い勢いで回復するから、魔力の枯渇で身体を壊す心配もないしね。エスティナのみんなにも遠慮なしにガンガン治癒魔法を使うから、エスティナはビックリする位の長寿の町になるかもね。あ、アシュレイ様やビアンカ様や、グリーバレーの人達にもね。みんなで長生きしようねえ。だからノアは私のご飯の支度を末永くお願いね」
「ふふ。任せてください」
ノアは私の腕の中で力を抜いて、すっかりリラックス状態だ。良かった、ノアの涙は止まったみたい。
今私の胸にグワーッと湧き上がってくるこの想い。これが愛おしいと思う気持ちなのだろうか。そしてノアが抱き込んだ私の頭に何度もキスを落とす気持ちが分かった。
この愛おしいという気持ちは、愛しい相手にくっ付いていると何度も短いスパンでぶり返すのだ。
「私もノアも、十分すぎる位に長生きをするから、もしどちらかが先に天に還るとしてもほんの数年の誤差だと思うんだよ。だからね、もし私が先に天に還った時は、私が居なくなった後、エスティナの人達とノアは残りの人生を目一杯楽しんで、私の知らないどんな面白い事があったのか教えて欲しいなあ。私はゆっくり天の国でノアが会いに来るのを待っているよ」
フェンリルみたいに数十年を1人で待つ、なんて事は私達には絶対に起こらないようにする。
私とノアは、聖女のチート魔法を使いまくって天寿を全うするんだからね。
「カノン、そんなあなただから、私はあなたを愛さずにはいられないのですよ」
ノアがスリ、と。私の首元に顔を摺り寄せてきた。
甘えてくるノアは、レアですな!
それから私は何度も沸き起こる衝動にまかせ、腕の中のノアを存分に愛でながら眠りについた。
そしてその翌朝。
ノアと2人、仲良しのお爺ちゃんとお婆ちゃんになる約束をした話をアリスにしたら、結婚を決めたの?と聞かれて私は絶叫したのだった。




