アストン王国エスティナ 2
私達が泊まっている「ルティーナの宿」はエスティナという町の中心地にあった。
スタンレー王国の国境南門を出てすぐ、アストン王国内では西北部にエスティナ町があるという。私達はずっと森林の中に走る街道を進んできたけど、エスティナはゴルド大森林という大陸の3分の1を占める大森林に埋もれる形で存在する町なのだそう。そのエスティナの主な産業は魔獣、野獣の討伐で得た肉と素材の売買。エスティナは冒険者の多く集まる町という事だった。アストン王国の東部には大都市や王都があるそうなのだけど、その大都市に魔獣、野獣の害が及ばないように食い止める大事な役目がエスティナにはあるのだそう。
エスティナは大自然の中の緑豊かな町だった。建物は全てが木造建築。建材の木材が簡単に手に入るからだろうな。町は中心地にも大樹があちこちにあって、まさに自然と共存する町といった感じ。町中にいても濃い緑の香りを感じられるほどだ。
冒険者ギルドへ向かう途中、チャラい見た目の気さくなラッシュがこんな感じでおおまかなエスティナの説明をしてくれた。
「それで、俺達はエスティナを拠点に冒険者6人でパーティを組んで活動してるんだ」
「しゅごいねえー」
「・・・ノア、ちょっとでいいからおチビ抱っこさせろって」
「駄目です」
「はあ~、カノンちゃんのほっぺ柔らか~い」
ラッシュとノアが話していると、反対隣りからミンミが私のほっぺをぷにぷに突っついてくる。元の19歳の私は栄養不足気味で頬もげっそりしていたけど、幼児退行するとほっぺが真ん丸になるから不思議。
私とノアはミンミとラッシュ姉弟に挟まれながら冒険者ギルドに到着した。
冒険者ギルドはエスティナの中心地からは少し離れた場所にある二階建ての木造の建物だった。
冒険者ギルドの1階は広いホールと、3分の1が飲食出来る店舗。そして窓口になっているカウンターには受付嬢が1人、気怠げに頬杖ついて私達を見ている。飲食店と反対側は壁一面が掲示板になっているっぽい。あそこに色んな依頼票が貼られているのだろうか。
そしてここでも子供は珍しいようで、夕方に差し掛かる時間、私達の後ろからも冒険者達がギルドに入ってきてはみんな私に注目していく。
「さて、用事を済ませてしまいましょう。売却代金を下さい」
そんな周囲の目を一切気にせずノアが用件を急かす。
「そんなに急がなくてもいいだろ?ゆっくりしていけよ。ケネスさん!クリムゾンベアの討伐者だ!」
グイードが窓口になっているカウンターの向こうに叫ぶ。
するとカウンターの奥から、筋肉ムキムキの禿げ頭のオジさんが出て来た。絶対強そう。そしてグイ―ドの一声でざわめきと共に私だけじゃなくてノアにも注目が集まり出した。
「おお、やっと会えたな。クリムゾンベアを単独で倒したのはあんたか」
ケネスと呼ばれたムキムキオジサンが私達に向かって歯を剥き出して笑う。
グイ―ドも大きいけどこの人もデカい。私なんか、パクっと一口で食べられてしまいそうだ。
「すまなかった!!」
そしてケネスさんと呼ばれたオジさんは勢いよく私とノアに頭を下げた。ムキムキオジサンの大声に私はビックゥと体を震わせた。びっくりした。せっかく食べたシチューが口から出るかと思った。
「クリムゾンベアが街道まで移動したのはギルドの手落ちだ」
「「すまない」」
「ごめんなさい」
するとケネスさんの隣でグイード達まで私とノアに向かって頭を下げた。
「あのクリムゾンベアは森林内で討伐する予定だったんだ。それが森林狼の群れと鉢合わせてな。意識が逸れたクリムゾンベアが誘導方向と真逆に走り出した。それで、子連れのノアに俺達の尻拭いをさせてしまう結果になった。本当に、申し訳なかった!」
「森林狼の群れの位置を調査したのは俺達ギルドだ。俺達の作戦がお粗末でクリムゾンベアの誘導に失敗した。あんたがクリムゾンベアを仕留めてくれなかったらと思うと血の気が引くぜ。あんたが居なければ街道沿いで大きな被害が出ていただろう。本当に済まなかった。そしてエスティナ冒険者ギルドとして心から感謝する」
グイードとケネスさんが重ねてノアに謝罪する。
あの大熊に私達が遭遇してしまったのは、冒険者ギルドの大熊誘導が上手くいかなかった為だったらしい。
私もノアも今、無事に生きているけど、ノアは自分が大熊を倒せたことに驚いていた。1度ノアは、大熊を前に命を捨てる覚悟をしたんだよ。
「ふ、ふえ・・・」
「ああっ!カノンちゃん、思い出しちゃった?!ごめんね!ごめんね!怖かったよね?!」
私とノアの周りをミンミが右往左往し始める。
その通り。思い出して怖くなっちゃったので、あっという間に私の目からは涙がポロポロと。本当にこの幼児の身体だと、思考力は変わらないのに感情のコントロールが難しい。
「カノン。大丈夫です。私は何があっても死なないし、絶対にあなたを守り抜きます」
思わず泣き始めた私を、ノアがギュッと抱きしめてくれる。
「・・・ほんとう?」
「ええ。約束します」
ノアが私の頭頂にほっぺをくっつけて、更に隙間が無い位に私を抱きしめてくれる。
「カノン。ギルドの謝罪を受け入れますか?」
「・・・うん」
ノアの首元にふすーっと鼻息を吹きながら私が頷くと、ノアが私の背中をポンポン叩く。
「カノンが許すそうなので、ギルドの謝罪を受け入れます」
ノアの言葉に、周囲の大人達からはあーと安堵のため息が零れた。
「ですが、私が大熊を倒せたのはまぐれです。私達以外の旅人が大熊に遭遇していたら死人が出ていたでしょう。ギルドの討伐作戦は、今後は慎重を期して頂きたいです」
「それはもちろん、これから肝に銘じるが、まぐれでクリムゾンベアを倒せる訳がねえんだよなあ」
グイードの言葉にミンミとラッシュ、ケネスさんが頷いていた。
「俺はエスティナ冒険者ギルドのギルドマスターをしているケネスだ。力がある剣士はなるべく長くエスティナに留まって欲しいな。あんた達は先を急ぐのか?」
「私はノア。この子はカノンです。私達はしばらくこの町に滞在するつもりです」
「やったー!歓迎するわ、ノア、カノンちゃん!」
ミンミはニコニコ笑いながら私の頭を撫でてくる。
「こんな小さな子がエスティナに居るなんて、久しぶりねえ」
ミンミに気を取られていると、反対側から声を掛けられる。
声の方を向けば、ウェーブがかった豊かな赤毛とアーモンド形の緑の瞳を持つ美女が私の顔を覗き込んでいた。さっき受付に気だるげに座っていたお姉さんだ。
豊かな髪も奇麗だけど、胸!奇麗なデコルテと豊かな胸の谷間を惜しみなく見せつけるワンピースドレスを着ているのは自信の表れなのだろう。健康的な美人のミンミとはベクトルが正反対のお色気美女が現れた。
「私はルナ。ギルドで受付をやってるわ。強い男は好きよ。ようこそエスティナへ」
と言いながらルナはノアにスマートにパチンとウィンクをして、ケネスさんに布袋を渡した。
おお・・・。恋愛上級者という感じ。私にはとても真似できない。というか恋愛する心の余裕が昔も今も無い。
真上を見てノアの様子を伺うと、ノアは無表情だった。ノアも今は恋愛どころじゃないかもね。子連れの旅の途中だからなあー。美女がノアの前に現れる度に申し訳ない気持ちに。
はやく、生活を安定させて心のゆとりを私もノアも手に入れないと!
「これがクリムゾンベアの売却代金だ。ギルド口座に入れるか?」
「ギルド口座は持っていません」
重量の有りそうな布袋を片手で掲げ持っていたケネスさんがノアの言葉に固まる。
「あんた、冒険者じゃなかったのか・・・・」
すると、グイードとミンミ、ラッシュが私達の傍でそわそわし始める。
「あ、あのよ、ノア。冒険者の、登録だけでも、や、やらないか?無料だぜ?」
「ギルドのある所なら、どの町でも、どの国でも!ギルド口座を使えるのよ~なんて便利~。冒険者登録をすると素材の買取も、もっとスムーズに短時間で済むわよ!」
「クリムゾンベアの代金、そのまま持ち歩いたら物騒だし、何より嵩張るし重いぜ~?カノンを抱っこして2人分の荷物もあるんだ、金の出し入れがあちこちで出来るギルド口座はあった方がいいんじゃね?な?」
何やら周りでグイード達がやいやい騒ぎ始める。
ノアは涼しい顔のまま、思案している様子。
「カノン、どう思います?冒険者登録、一応した方がいいでしょうか」
ノアが私に意見を聞いてきた。
「うーん。なにか、いいこと、あるかな?」
「ある!!」
私の疑問にはケネスさんが勢いよく食いついた。
「まあ、少しだけ話を聞いてみてくれないか、ノア。なに、話を聞いても気が進まないならそれはそれでいいさ。カノン、甘い菓子は好きか?さあさあ2人とも、二階の俺の部屋に行こうか」
ガタイの良い大男のケネスさんがとても愛想よく私とノアを自室へと誘う。
「・・・・・」
「まあ、話を聞くだけ聞いてみましょうか」
元居た日本だったら絶対に乗らない、という胡散臭いケネスさん以下の勧誘だったけど、一応私とノアは冒険者登録について説明を聞くことにした。
そして。
「お断りします」
ケネスさんの部屋にて一通りギルドの説明を聞いたあと、ノアはさっくりとケネスさんにお断りした。




