異世界召喚は突然に(ハードモードで)
あんたの親って毒親だよね。
バ先のギャルからそんな事を言われながら、本日も居酒屋のクロージング作業を終えて私は自分のアパートに帰ってきた。時刻はとっくに0時を回っている。
そうか、私の親は毒親なのか。
衣食住はこれまで不自由なく与えられていたから、自分の親が毒親だなどと思いもしなかった。
兄とあからさまに教育資金に差を付けられて、大学進学の費用を1円たりとも払ってもらえなかった私は、現在県外の大学に進学してバイトに明け暮れる苦学生になっていた。
親は辛うじて奨学金の手続きには絡んでくれたから、ありがとうなんて私は親にお礼を言っていた位だった。それには親は偉そうに頷いていた。進学を許してやるから感謝しろ、位の勢いで。
両親は自宅から通える範囲の職場で、高校卒業したら私には働いて欲しかったらしい。
そして家に金を入れて欲しかったと言っていた。
かたや兄には大学の学費はもちろん、一人暮らしの生活費、なんなら小遣いまで仕送りしている。そしてお兄ちゃんは優秀だから、大学を卒業したら都会で就職するに決まっているらしい。ぶっちゃけ。私の方が勉強はできたけど。私の大学の方が偏差値が上だけど。
私はと言えば、大学を卒業したら地元に帰って就職して自宅に金を入れろと両親から言われている。
なんでやねん。
ギャルのお陰で親からの洗脳が解けた夜だった。
そういえば学費だけじゃなく、家の中でも私と兄に対する親の態度は差があった。家事手伝いをするのはもっぱら私。母親はパート勤めだったけど、その母親と同等以上の家事を私はさせられていた。女の子なんだからとか言われながら。そして父親と兄はなんにもしない。週末は母親すら家事をせず、私が家族の食事を作り、掃除洗濯の合間に受験勉強をしていた。
けれどその事について、私は今まで疑問に思った事は無かった。
ギャルから兄の話を強請られて、兄を含めて自分の家族の話をしたらギャルはドン引きしていた。いや無いわー、あんたの兄ちゃんとだけは絶対付き合わないわーとか言われた。
ドン引きしたギャルを見て、うちの家族は変なんだと初めて気付けた。
不憫に思ったのか帰り際、ギャルは私にチュッパチャップスを1つくれた。
ありがたい・・・。
私、お菓子を買う余裕も無いんだよ。
しかしこんな男尊女卑、今時ある?いや、母親も私にだけ家事を押し付けていたんだから、私だけがナチュラルに虐げられていたのか・・・。
これまでは残念だった。
だけど、今は毒親の元から離れられて幸運だったと思おう。未だに地元に残っていたら、私は今でも親に搾取され続けていて、自分の人生が滅茶苦茶になっていたことだろう。二度と地元になんか、帰るものか!
これからの人生、家族の事は考えずに自分の幸せだけを考えよう。
そんな決意を胸に、バイトから帰ってきた私は玄関のドアの前で部屋の鍵を取り落とした。
さすがに疲れてんなーとか思いながら、よっこいせと足元に落ちた鍵を拾おうと腰をかがめた時だった。
「ぎゃっ!!」
私の足元が突如光った。
目が潰れるかと言う程の真っ白い強烈な光に、私は堪らず目をつぶった。
何?なんか爆発した?!
しかし強烈な光の他に何も異変は無い。爆風も振動も無い。
しばらくして私が恐る恐る目を開くと、景色は一変していた。
私の目の前には焦げ茶色の安アパートのドアがあった筈。
しかし今私は、石の床と石の壁に囲われた狭く薄暗い部屋に立っている。
ゆらゆらとオレンジ色に光って揺れる光源は壁の燭台に灯された蝋燭。私がいる部屋には窓も無く、ただでさえ息苦しさを覚える様な閉塞空間なのに、その石造りの部屋には何やら10人ほどの男達が私を取り囲んでいて、私は盛大にビビった。
蝋燭の光を背にした男達はみんな逆光で顔の表情すら良く分からない。
「成功だ!」
「新たな聖女様が降臨された!!」
「これで数年は我が国は安泰だ!」
「ひぃっ・・・!」
いきなり男達の内の何人かが叫ぶもんだから、私の口から思わず声が漏れた。こんな状況、恐怖以外のなにものでもない!
「皆の者、静かにせよ。聖女が驚いているではないか」
暗がりに目が慣れてくると男達の区別が徐々に付いてくる。
大半の男達は、聖歌隊みたいな純白のローブの上に純白のケープを身に付けている。
その聖歌隊員のような男達は、私をみて皆一様に喜んでいる。
そしてその男達の浮かれっぷりを注意したのは、ベルばらの世界から飛び出してきたのかという感じの、ロココで華美なファッションの綺麗な顔をした男だった。金糸銀糸刺繍が隙間なくされた赤いジャケットに、フリフリのフリルとリボンがこれでもかとついたブラウス。ボタンの全てにはキラキラ輝く宝石らしきものが。細身の白いパンツと膝までの黒いブーツはいいとして、股間がタイト過ぎてつい目線が向きそうになるのを無理やりにはがした。
その時にはそのロココ調男は私のすぐ目の前まで来ていた。
彫りが深く、日本人とはかけ離れた西洋人顔。豪奢な波打つ金髪に縁どられた男の顔は、自信に満ち溢れた笑みを浮かべた。
「聖女よ、ようこそ我がスタンレー王国へ」
その華美な男は微笑みながら私に手を差し伸べてくる。
・・・すたんれー王国って何。
「此度の聖女はなんとも・・・・、可憐な野の花のようではないか」
華美なロココ男は私の顔をまじまじと見てから、そのような事を言う。どうにか誉め言葉らしきものを捻りだした感が否めない。
「今宵は新たな聖女が誕生した目出度き日。これから盛大に国を挙げて祝おうではないか!」
華美な男は呆然と立ち尽くす私の手を勝手に取り、石造りの部屋からさっさと連れ出した。
どこをどう歩いたのか、私はいつの間にか豪奢な内装の一室に放り込まれ、黒い揃いのお仕着せを着た女性達に衣服を剥かれ、全身磨かれこれまたコスプレ衣装かといったコルセットにパニエ装着の後、煌びやかなドレスを着せられた。
そして私が呆然としている間に、あれよあれよと連れていかれた豪華絢爛な大広間では盛大なパーティーが開かれ、ロココで煌びやかな衣装の男女が代わる代わる挨拶を求めてくる。私にではなく、私の隣に座り非常にご機嫌麗しそうな華美なロココ男の元へ。
「ジョシュア殿下、お祝い申し上げます。無事に聖女様が降臨され、殿下の御代もこれで安泰でございますな」
「ははは、此度の聖女召喚の成功はランドル侯爵の助けあっての事。これからも頼りにしているぞ」
「さすがはジョシュア様ですわ!神がジョシュア様をお認めになり、聖女様をお遣わしになったのですわね!」
私の隣に座った華美なロココ男は、会場中の男女に殿下殿下と持ち上げられて良い笑顔を見せている。その男を挟んで反対隣りには金銀財宝が散りばめられた王冠を頭に乗せた老齢の男と、ティアラを頭に乗せた中年の女がザ・玉座と言った装飾過多なデカい椅子に座っている。人の流れとしては、まずはその偉そうな男女に挨拶をし、その後殿下と言われている私の隣の男へと挨拶に来る感じ。
そして会場の男女はもれなく私の隣のロココ男への挨拶が終わると、私の存在などないように私をスルーして会場へと戻っていく。
私はとりあえず今の所、無抵抗のままでこのような事になっている。
私を風呂でこすりまくり、コルセットをギュウギュウに締め上げてきた制服を纏った女性達は皆、口々に私の事をこう呼んだ。聖女様と。
聖女とは私の事で、今の宴は私がこの国に出現した事で開かれているらしい。
そして私はここに至るまで一言も口を利いていない。
周囲からも発言を何ら求められない。何も質問されない。私の意思を尋ねられる事は一切ない。
私から周囲へ確認したい事はもちろん山ほどある。
でも私が口を開くのを躊躇うショッキングな出来事があったのだ。
私が宛がわれた部屋でのこと。
華美な男がノックもせずに部屋のドアを開ければ、まだ揃いのお仕着せを着た女性達は部屋を整えている途中だった。
「殿下、申し訳ございません。あと少しで聖女様のお部屋も整いますので」
一人の女性が華美な男の前で深々と頭を下げた時だった。
なんと頭を下げられた男は、その女性の肩口を思い切り蹴飛ばしたのだった。
思いがけない突然の蛮行。
私は驚きのあまり、ヒュッと息を吸い込んだまま固まってしまった。
「遅い」
女性を蹴飛ばしてから、華美な男は冷たく一言を言い放った。
そして次の瞬間には何事も無かったように私に向けて笑顔の形に口角を引き上げた。
こいつ、やばい。
とんだサイコパスじゃん。
女性を蹴飛ばしておいて私には何事も無く笑顔を振りまくなんて、その感覚が到底理解できない。
蹴飛ばされた女性は床に倒れ込んだが、そのまま土下座の態勢で男に謝罪をするとヨロヨロと立ち上がり仕事に戻っていった。周囲も男の行動に動じることは無く、男への礼を取るために止めていた手を動かし始めた。
この周囲の反応で、男の蛮行が日常的な事なのだと分かった。
私は男に対する恐怖に顔が引きつっていたと思う。
けれど男は私の顔を見るとフッと鼻で笑って、部屋の女性達に私を預けて部屋を出て行った。
その男の態度から、男が内心私をどう思っているのかもよく分かった。
男は私に対して言葉だけは丁寧だけど、私の言動次第では私の事もさっきの女性の様に掌を返して足蹴にしてくるだろう。
私に嫌われても構わない、私の感情など構う必要も無い。だから私に対して自分の言動を取り繕う必要も感じていない。男にとって私は取るに足らない相手なのだろう。
全てが自分の思い通りになるのが当然であり、思い通りにいかなければ感情のままに暴力を振るう事が男には許されている。
男の冷酷な性質を目の当りにして、私はこの煌びやかな夜会で人形のように口を噤んで男の隣で身を固くしている。
誰が敵で誰が味方かも分からない。
ただ一つ分かる事。
私の生殺与奪の権利を握っているのは、この顔だけは綺麗な人格破綻者ロココ男であるという事だけなのだった。
ドッキリだったりしないだろうか。
地方都市の一般人に仕掛けるには壮大で大掛かり過ぎるドッキリだけど。
天井には燦然と巨大なシャンデリアが輝いている。
信じられない。あの光源の一個一個に蝋燭が入ってるんだけど・・・。これを維持するのにどれだけの手間暇が。
現代日本では考えられない程にお金がかかっているだろう豪華絢爛な大広間。笑いながらダンスに興じる男女の衣装も中世貴族といった装い。コスプレするにしても掛かる費用はどんだけ。地方の一般大学生に仕掛けるドッキリにしては予算度外視過ぎるよね・・・。
恐怖と緊張で、深夜バイト明けだというのに目がバキバキで眠気は一向にやって来ない。
私以外の誰もが楽しそうな様子の非現実的な夜会会場で、私はただただ孤独に時間が過ぎるのを待っていた。
よろしくお願いします。
週一ペースで更新予定です。初回は2話アップします。