ゆびのあとさき
「好きなものが違ってもいい」――そう言ってくれた声が、
いまでも心のどこかに残っていて。
戻らない距離と、さよならの前の静かな決意を描いた掌編です。
初めての投稿ですが、よろしければお付き合いください。
どっちがいいかせーので選ぼうと言われると、〝あたり〟を選べるかなって緊張する。
ふたつにひとつなのに、指さすのが右と左に分かれて、きみと違うものをえらんでしまったら――はずれ。
せーの……
違うものを指さす、きみとわたし。
「えー、そっち? ありえねー……」
それなら聞かないでよ。
〝やっぱセンスないなおまえふつうこっちだろ〟って、鼻で笑う。
そんな小さな見下しを感じたとき、
ああまたわたしはまちがえてるって思うの――
付き合う前は、わたしのえらぶものすべてに〝いいね〟してたくせにね。
そんなもんだよね。
きっとこの人とは終わるんだろうな、
ううん、終わらせた方がいいんだろうな、
この思いやりのなさはむりだなって思いながら。
あ、やっぱり?
へへ、そうだよね、ごめんなんて、悪くないのにあやまってるの、不思議。
帰りの車で掛けた曲を飛ばされたのも、地味に効いた。
胸の、こう、まるい心臓をじわじわつぶされていって、
違う形に変えられたみたいな気持ちになって、
二人の好きだった曲は、わたしだけの思い出の曲になったことを知ったんだ。
それでも数十分後には、きみの腕の中にいて。
わたしの肌を上滑りするきみの指も、
借りものみたいなわたしの声も、
全部がピント外れでイける気配がないの、しんどい。
目を閉じて、必死に愛情のかけらを探してみても、
見つかる場所は全部、昔の記憶の中。
あたまとこころは繋がってるはずなのに、
ちゃんとだめだってわかってるのに。
嫌いになれないのは、あの言葉が追いかけてくるから。
「好きなものが違ってもいいじゃん」
もう届かない、いつかのきらめきが惜しいだけ。
なんだかんだ言って、愛されてると思いたいだけ。
たぶん、ひとりに、なりたくないだけ。
気付きたくないから、
このまま、わからないふりをする。
――決定的なことが起きるまで。
身体に刻まれていくリズムが永遠に続く気がして、
急にこわくなった。
〝早く終わればいいのに〟と
〝終わらないで〟の気持ちが、せめぎあう。
そして思う。
――手を離すのは、わたしが先だよ。
捨てられる前に捨てたい。
それはいつかなうか分からない願い。
埋まることのない、空白。
何も起きていないのに、もう壊れていること。
静かに離れていく感情。
ふたりでいるときに思い知らされるのが、一番寂しいかもしれない。
誰かの中にある、言葉にならない想いの断片を、
拾ってみたいと思いました。