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永遠の輪  作者:


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第1章 変わりゆく世界①

 風が穏やかに吹き抜ける静かな村、リーヴェル。黄金色の穂が揺れる広大な畑に囲まれたこの村。毎年、ここでは盛大に豊穣祭が行われる。大地の恵みに感謝し、人々が集うこの祭りは、村にとって特別な日だった。


 この村で暮らすアレン・ブライトは、両親と兄と共に、穏やかな日々を過ごしていた。彼の父は衛兵団に所属し、村の平和を守っている。母は魔法師で、その名はかつて大陸中に響いたという。そのような両親がアレンにとっては非常に誇らしく,将来は自分も両親のような存在になりたいと考えるほどであった。


 豊穣祭の朝、アレンはいつもより早く目を覚ました。窓から差し込む柔らかな朝日が、彼の頬を温かく照らす。ふと隣のベッドを見たが、兄のジェイムズの姿はなかった。


「兄さん、また先に行っちゃったのか」


 アレンは急いでベッドから飛び起きる。彼は足早に家を飛び出し、村の広場へと向かった。


 広場では、村の人々が忙しそうに動き回っていた。子供たちのはしゃぐ声が響き、焼き立てのパンの香ばしい香りが風に乗って漂ってくる。父のトーマスは他の男たちと共に大きな祭壇を組み立てており、母のセリアは女性たちと談笑しながら収穫されたばかりの果物を籠に詰めている。その横では、ジェイムズが薪を運んでいた。


「兄さん!」


 アレンは駆け寄り、ジェイムズの隣に立った。


「おう、アレン。早起きだな」


「僕も手伝うよ!」


 そう言って、アレンはジェイムズの真似をして薪を持ち上げようとした。だが、思ったよりも薪は重く、両手で抱えるのがやっとだった。


「おいおい、大丈夫か?」


「う、うん。大丈夫……!」


 何とか持ち上げたものの、数歩進んだところでバランスを崩し、薪が地面に落ちた。


「ははっ、まだちょっと早かったか?」


 ジェイムズは笑いながら、アレンの頭を軽く撫でた。アレンは悔しさに唇を噛みしめる。


「来年にはもっと僕だって大きくなってるから! そうしたら、兄さんと同じくらい持てるんだから!」


「おう、楽しみにしてるよ」


ジェイムズの言葉にアレンは少しだけ気を取り直した。


 その後、アレンは母のもとへ行き、祭りの料理の準備を手伝うことにした。


「あら、アレン。手伝ってくれるの?」


 母は優しく微笑みながら、リンゴを籠に詰める作業をアレンに任せた。


「そうそう、優しくね」


「うん、わかってる!」


 張り切って答えたものの、手が滑ってリンゴが転がり落ちた。


「うわっ、ごめんなさい!」


 慌てて拾おうとするが、リンゴは木の根元にぶつかって止まった。母は優しく微笑み、「大丈夫よ」と言ったが、アレンは悔しそうに俯いた。


(兄さんなら、きっとこんな失敗しないのに……)


 小さく息を吐き、再び作業に取り掛かった。


 気落ちしているアレンの様子に気付いたセリアは、リンゴを一欠片そっとアレンの口に運んだ。甘酸っぱい果汁が舌の上に広がる。


「おいしい!」


「今年も良い実りだわ。十分豊穣祭で捧げられるわね」


 セリアは優し微笑みかける。


「おーい、アレン」


 子供たちが慌ただしく走り回る喧噪の中、遠くから父の呼び声が聞こえる。


「お父さん、焚き火の準備?」


 アレンが駆け寄ると、トーマスは額の汗を拭いながら頷いた。


「そうだ。祭りの夜には、大きな焚き火を焚くんだ。これがないと、祭りにならんからな」


「火って、どうしてそんなに大事なの?」


「火は、闇を祓い、村を守ってくれるものだからな。それに、神々が火を好むってのもある。それにな、俺の父さん……。お前のじいちゃんも、今の俺と同じように火を焚くための組木をつくる役割を担っていたんだ」


 トーマスはそう言って、薪を丁寧に積み上げていった。その手は大きく、傷だらけだった。その姿が、アレンにとって何よりも頼もしく映る。


 夕陽が畑を朱く染め上げていく。祭りの準備はすっかり整い、直に夜が訪れようとしていた。広場には色とりどりの布が飾られ、風になびいていた。


「今年もいい祭りになりそうだな、アレン」


 ジェイムズが隣で呟く。


「うん! 早く始まらないかな」


 アレンの目は輝いていた。家族や村人たちと共に過ごすこの祭りが、彼にとって何よりも大切なものだった。


 夕陽がゆっくりと地平線へ沈んでゆく。空は茜色から深い群青へ移ろうとしていた。村の広場には次々と人々が集まり、祭りの始まりを今か今かと待ちわびている。


 広場の中央では、数多くの屋台が立ち並んでいる。甘い果実酒の香りや炭火で焼かれる肉の香ばしさが混ざり合い、風に乗って村中へ広がっていた。


 アレンはジェイムズの袖を引っ張った。


「兄さん、屋台行こうよ!」


「おいおい、そんなに焦るなって」


 ジェイムズは苦笑しながらも、アレンに引っ張られ歩き出した。広場を囲むようにして並ぶ屋台には、村の人々が趣向を凝らした品々を並べている。


 ある屋台では、果物に蜜を絡めた串が子どもたちに人気を博していた。さらに、木彫りの小さな人形や、色鮮やかなリボンを売る屋台もあり、村の娘たちが笑いながら品定めをしている。


「アレン、あれ食べるか?」


 ジェイムズが屋台の焼き鳥を指さすと、アレンは嬉しそうに頷いた。


「うん。これ、おいしそう!」


 二人は並んで焼き鳥を受け取ると、木の下に座り込んで食べ始めた。口に入れた瞬間、炭火の香ばしさと甘辛いタレの味が広がり、アレンは思わず頬を緩ませた。


「うまい!」


「だな!」


 ジェイムズは豪快にかぶりつきながら笑う。二人並んで頬張る様子を、屋台の主人が微笑ましそうに眺めていた。


 しばらくすると、祭りの中心となる焚き火の点火の時間が近づき、広場の中央に人々が集まり始めた。アレンとジェイムズも立ち上がり、父がいる場所へ向かう。


 トーマスは大勢の村人と共に、薪の組み上げられた祭壇の前に立っていた。彼の横にはセリアの姿もある。傍にいる女性の手には小さなランプがあった。


「セリアさん、今年もよろしくお願いしますね」


「ええ。今年も張り切らせてもらいますね」


 セリアはそっとランプを手に取ると、指先を軽く動かす。何もない空間から淡い光が生まれた。炎のように揺らめくその光が、静かにランプへと吸い込まれていく。


「あのランプの火種は、毎年母さんが魔法で灯す特別なものなんだぜ」


 ジェイムズが自慢げに話す。


 火が灯ったランプを見つめるセリアの表情は、慈愛に満ちていた。アレンが彼女の横顔を見上げると、セリアはアレンに気付いたのか優しく微笑みかけてくれる。その笑顔は、焚き火よりも温かく感じられた。


 村の長老がゆっくりと前へ進み、口を開いた。


「みな、よく集まってくれたな。今年も、豊穣の恵みに感謝し、我らの祈りを神々に捧げよう」


 厳かなな雰囲気の中、セリアがそっと火を薪へと落とす。次の瞬間、ふっと息を吹き返すように焚き火は燃え上がり、大きな炎となって夜空を照らした。


 オレンジ色の光が人々の顔を優しく照らす。アレンはその光景をじっと見つめる。胸の奥にじんわりと温かいものが広がるのを感じた。


 トーマスが力強い声で言った。


「さあ、祭りの始まりだ!」


 その声を合図に、村の楽師たちが楽器を奏で始める。軽快な笛の音と、リズムを刻む太鼓の響きが夜の空気を震わせた。


 子どもたちは手を取り合い、広場の中央で踊り始める。大人たちも次々と輪に加わり、にぎやかな音楽に合わせて足を踏み鳴らした。


 アレンも思わず身体を揺らし、隣のジェイムズを見上げた。


「ねえ、兄さんも踊ろうよ!」


「俺は遠慮しとくよ。お前が楽しんでこい」


「えーっ、つまんない!」


 アレンがジェイムズを押すようにして輪の中へと引き込んだ


「ほら、少しだけ!」


「しょうがないな……」


 ジェイムズは渋々といった様子だったが、アレンに促されながら、踊りの輪へと加わった。最初はぎこちなく動いていたものの、次第にリズムをつかみ、アレンと向かい合って手を叩き合う。


 二人は笑いながら跳ね、ぐるりと回ってはまた手を取り合う。アレンは幸せに満ちていた。


「兄さん、楽しいね!」


「まあな」


 ジェイムズは照れくさそうに笑う。


 祭りはますます盛り上がり、人々の笑い声が夜空へと響いていく。


 やがて、祭りの締めくくりとして、村の歌が歌われる時間となった。父のトーマスが先導し、母のセリアも穏やかな声で歌い始める。


 アレンも、ジェイムズの横で歌に耳を傾けながら、焚き火の揺れる光をじっと見つめた。


(この祭りが、ずっと続けばいいのに)


 心の中でそう思いながら、彼は家族と共に歌声を響かせた。

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