シグナルガールズ
「目的地に着いた出番だよ。ヤジロウ、さあお得意のうんちく」
腕を組んでヤジロウの方を見た。ボクたちはまだ日の残る夕方の保土ヶ谷駅にたどり着いたのだった。このあたりは地震の被害が少なかったみたい。
「ようやく僕の価値がわかってきたかなひなたくん、さっきの宿、神奈川宿だけど駅の西側は昔はもともと海だったんだ。広重の絵ではパンをもらったあたりが川はないけど青木橋ってあたりだったんだ」
ふーんただパンをもらいに行ったんじゃなくてあの辺りを調べていたのか抜け目のないところがあるんだな。
「それで保土ヶ谷はどうなのかしら」
ここにまた一人ヤジロウうんちくファンができていた。アオイもしゃがんで聞いていた。アカネはというと今夜のねぐらの場所をリサーチに出かけていた。得意になったヤジロウは
「そこを流れている今井川、当時は帷子川と言ってこのあたりの風景が描かれているんだよ」
「ヤジロウ一人で東海道五十三次ずっと調べていたの」
「まあネットの動画を見て受け売りが多いけどね。実際見ると思いだしてくるんだ。夏休み前から決めてたんだこの課題」
水筒から渇いたのどを潤そうとすると空っぽになっていた。
「貸して補給してくるわ。ひなたは大丈夫」
アオイに水筒を投げてよこした。ボクたちの水筒が空になるとアオイが補給係として動いてくれていた。それにはある秘密があるんだけどまだ先輩と大神には内緒にしていた。
「先輩と大神は」
「いつも不思議に思ってたんだけどどうやって水源を見つけてきているのアオイちゃん」
しばしどうしようかと考えるアオイだったが
「見せても構わないね、ひなた」
ボクは指でオーケーサインを出した。大神の驚く顔も見てみた方のかもしれない。
水筒の蓋を開けて地面に置くと
ゆくみずのつゆのしずくをながれけれしとどめかぬ
水
地面に置いた水筒から水があふれ出した。
「まあ、あなたも術を使えるの」
「旦那様、アカネのパパから教えてもらいました」
「先生に、それでひなたちゃんやアカネちゃんも使えるの」
ボクは顔の前で手を振って
「さっぱり、いくらやってもできなかったのでも」
そんな術を披露しているとアカネが戻ってきた。
「この先のお寺の住職さんがお堂を使っていいって、?何私の顏何かついてる」
「アカネ例の技、先輩に見せてやってアオイのは見てもらったから」
イタズラげな表情を浮かべると
かやりびのこそもえわたりけれくゆらん
火
大神の足元の枯れ葉が燃え上がったが涼しい顔で踏み消すのだった。
「二人はもっと上位の術も使えるのかしら」
「そうだよ。今度異界獣あらわれたら見せてあげなよ。すごいもの見せてあげれるよ」
ヤジロウはポカンとした顔で立っていて我に返ると
「昔僕が見たあれって手品じゃなかったの、すごいな僕にも教えてよ」
「ヤジロウには無理無理、ボクもできないんだよ」
「そんなもの興味を持つ必要はないよ。君には君にだけにできることが沢山あるじゃないか」
「輝夜がそう言うならそうだね」
そんなものだって偉そうにボクは自分に言われたのではないがムカついた。でもアオイもアカネも涼しい顔だった。
「アカネちゃんが見つけてきたお寺に行きましょう」
リサ先輩はバイクを押してアカネのあとを付いていった。
「いやあ若いのに大変じゃのう。神戸までだって何もできんが本堂を使いなされ、昨日までは何家族かが避難しておったが揺れが収まってきたので自宅に帰られたのでおぬしらだけじゃ」
「ありがとうございます!!」
ボクたちは頭を下げて礼を言った。ふとに庭に目をやると石燈籠が何基も倒れて転がっていた。
「和尚さん、お礼にボクが石灯篭を直してきます」
「お嬢ちゃんの力じゃ無理じゃよ。危ないからおやめなさい」
ボクは靴を履き庭に下りて石をつかむと軽々と積み重ねていった。
「おおおおっ!なんて力持ちなんじゃろう」
「バカ力だけがひなたの取柄なんです」
「こらヤジロウ、バカは余計だ。和尚さんこのお地蔵さんも元の場所に戻しますね」
祠から飛び出た石地蔵をこれまた両手で掴むと元の場所に戻して拝んだ。ボクは大神の顔を見ると驚いた顔をしているのを見てしてやたりにやりと笑った。
「図々しいお願いなんですがお寺の厨房もお借りできたりします」
アカネがお願いを述べた。
「そりゃこれだけのことをしてもらったんだからかまわぬが昔ながらの厨房で薪で炊かないといかんぞ」
「大丈夫です。慣れていますので、ありがたく使わせていただきます」
アオイが礼を言ったが二人とも旅館のおくどさんで慣れているからだった。
「あのお・・・もしかしてここは薪風呂じゃないですか」
「よくわかったの、ああ煙突を見たかな。井戸も裏にあるからこれまた力仕事、いや大丈夫だな。使ってよいぞ」
ボクはにっこり、深々と改めて礼をした。これで今夜は快適に眠れそうだ。