止風雨陀羅尼ー神奈川へ
「今日の宿泊場所を探さないといけないわね。区役所に寄ってくるのでここで待って居てくれる」
リサ先輩は区役所に向かっていた。僕たちはガードレールにもたれ街を眺めていた。
「やっぱりここもボロボロだね。ところでヤジロウ、川崎宿のうんちくはあるの」
ボクはせっかくだからヤジロウに聞いてみた。
「さっき渡ってきた六郷橋のあたりを渡し舟を広重が描いているよ。品川宿から神奈川宿との間が距離があり過ぎるから新設された宿なんだ。その当時は富士山が噴火して大変な時で川崎宿も運営が困難だったみたいだよ」
「富士山て噴火したの」
ボクは煙をもうもうと吐いている富士山なんて想像できなかった。
「そうよアオイ、富士山は休火山なのよ。もしかしてまた爆発するかもよ」
アオイがボクを脅かしてきた。
「お弁当をもらってきたわ。あっちの公園に避難所があるそうだから行きましょう自衛隊が駐留しているから情報も入るでしょう」
僕たちは余震が続く中を自転車押して避難所へ向かった。リュックには携帯食が数日分あるが補給できる時は補給しておかないと、もう辺りは真っ暗になってきた。避難所のある公園に着くと競輪場がそこにはあった。近くに自衛隊のテントが張られているのを見つけるとリサ先輩が行ってすぐに戻ってくる。
「あそこのテントに少し空きがあるので行きましょ」
テントと言っても建物の軒に雨よけの布が張られシートが引かれているだけの簡単なものだった。強い雨さえ降らなければ充分だろう。六人分のスペースを見つけ荷物を置くと大神は一人芝生の方へ出て行った。食事を摂ろうとしかけていたのにまた勝手なことをしていると呼びに行くとリサ先輩もついて来た。
大神は何をしているのかと思えば忍者のように両手を人差し指を伸ばしながらにぎっていた。声をかけようとしたが先輩に止められた。
「甘露の尊に帰命す。霖雨止め除き摧破し、我等守護し給え オン アミリテイ ウン チシタ ソワカ」
ヴィオラボイスで手を組み替えながら変な呪文のようなものを唱えていた。
「先輩、あれなんですか」
「あれは止風雨陀羅尼の呪文、どうして彼が」
「そのなんとかだらにってなに」
「雨を止める呪文よ。陰陽師の技」
ボクは陰陽師というものを知っている。パパだ。
「大神は陰陽師なの」
「つくづく謎の男の子ね」
そして大神はボクたちの横を素通りしてヤジロウの方へ戻っていった。
ボクたちはランプを囲み丸く輪になって座り、白米に八宝菜がかかっているだけの簡単なお弁当を食べ始めた。
「リサ先輩、あの異界獣はまだまだ沢山いるんですか、また襲ってきたりしないのでしょうか」
「喜多屋君、ディノマンティスのことね。あれは恐ろしい姿をしているけど自ら人間は襲ってこないの敵意を持った者だけに呼応するようなの」
「見つけたら黙って死んだふりしてればいいんですね」
「ヤジロウ熊じゃないんだから、それに熊には死んだフリきかなからね」
ディノマンティスとはあとで先輩に聞くと鹿とカマキリのキメラだそうだった。どうしてそんな生物がいるのだろう異世界から来た獣なの。
「鬼無瀬一佐、何か新しい情報は得られたのか」
「モールス通信で得られた情報が入っていた。やはり日本全部、いや世界で同じような事態が起こっている。それよりあなたはどうして陰陽の術を使えるの」
大神はまた貝のように口を硬く閉じていた。
「まあいいわ、でもいつか話してねあなたのことを」
ボクのフラストレーションがまた溜まっていった。ひと風呂浴びてスッキリしたいが今晩は無理だな。そのうち爆発して大神にぶつけてしまうだろうな。先輩と学園の学食の話に花を咲かせた。色々食べたい物が浮かびお腹が減ってきてしまったが我慢して眠りに就いた。
翌朝、曇りではあったがボクたちの上空にだけ雲はなかった。大神の術の効果かな、申し訳程度にパンが配られてきた。それをかじり終わると横浜目指して自転車をこぎ始めたのだった。