富士の高嶺に雪は降りつつ
研究所を出ると心なしかはっちゃんのスピードが上がっているように思えた。
「先輩、なんだかスピードが早くなってません」
「ひなたが軽くなったんじゃないか。またパンティー履いてないとか」
ヤジロウの背中をひっぱたいた。なんで履いてなかったこと知ってんだよ。輝也がばらした?いやそんなキャラじゃないけど思い出して元同性とはいえ恥ずかしくなっていた。もしかして乾燥機の中を覗いた。それだヤジロウなら覗いたかもしれない。軽率だったなぁ。注意してても覗くだろうし、そうだアオイに注意してもらえば言うことを聞いたはずアオイの言うことはいつも素直に聞いてるもんな。アオイが好きなんだもん、でもアオイはどう思ってんだろう。モヤモヤしてきたがなんでこんなこと思うんだろうって、仕方ないのでもう一度やヤジロウの背中を叩いた。
「痛いなぁ暴力反対、冗談だよリサ先輩から昨日のこと聞いちゃったんだよ」
犯人は先輩だったのか
「ひなた、喜多屋君に当たっちゃだめよ私たちのミスなんだから許してね。八式だけど理事長がチューニングしてくださったのよ。ベアビートルの攻撃を受けていたみたいで少し歪みが出たって言って10分で作業が終わったわ」
アオイとアカネは笑ってみていた。あんたたちも履いてなかったことばれているのに
三嶋宿を過ぎ沼津宿、原宿、吉原宿から富士川を越えて左手に駿河湾を望みながら富士由比バイパスを走行して蒲原宿にたどり着いていた。はっちゃんの走行メーターでは走行距離は研究所から約50キロくらいだった。ヤジロウ解説によるとここ蒲原宿は15番目の宿場町だ。53引く15ということは38だから三分の一近くは制覇したってことか市谷駐屯地を出て5日目ということはあと二週間近く、こんな生活が続くと思うと最初のワクワク感が薄れてきていた。
「あそこの海岸でヤジロウさんそろそろお昼ごはんにしましょうか」
「うんそうだねアオイ、今日はどんな料理を食べさせてもらえるんだろうな。楽しみだなぁ」
新婚家庭かよ二人の世界ができていてイライラする?んっなんでイライラするのボクは、そんなボクを置いてけぼりに海岸にリュックから調理器具を取り出してアカネと料理を始めていた。
「海がきれいね。田子ノ浦海岸か、田子の浦にうち出でてみれば白妙の~」
先輩がいきなり読み札をつぶやいた。
「富士の高嶺に雪は降りつつ」
僕は答えた。我が家は百人一首をみんなでよくやるのだ。
「ひなた、よくわかったね。広重の絵には雪景色が描かれてあるんだここは、でもそんなに雪の降りそうな場所でもないのにな」
ヤジロウはうんちくを語りだしたが向こうの方から破裂音が小刻みに聞こえてきた。
「銃声がするわ!みんな八式に戻って」
アオイとアカネは料理を中断してかたずけ、はっちゃんに乗り込んだ。ボクがワクワク感がなくなったなんて油断していたがピシッと引き締まった。呑気なことを言っている場合ではなかった。
「異界獣と応戦しているのかな」
ヤジロウはハッチを開けて身を乗り出して双眼鏡を覗き込んでいた。
「別の八式がこっちに向かってきているよ。あっベアビートルが三匹追っかけてる」
あれが三匹かちょっと手ごわいな。ボクらも逃げる?いや無理だな。
「助けに行くよ。ひなたにアカネ、アオイ!僕たちならいける」
輝也はそう言ってくれている。ボクたちのこと信頼してくれている。心が震えた。
「だめよ!あなたたち、ここからは私たちの仕事、八式から出ちゃだめよ」
「先輩!それじゃ駄目!みんなで戦わないとでもヤジロウ隠れてなさい」
輝也は何も言わず飛び出して行った。ボクは白虎鉄貫を胸の前で握りしっかりと覚えた真言を唱えた。
「ノウマク サンマンダ バザラ ダン センダ マカシャダ ソウワカ ウンタラタカマク」
アオイとアカネも一緒に輝也を追いかけて行った。
「もう仕方ない子たちね。喜多屋君はここから出ちゃだめよ」
リサ先輩も銃を手に取ると異界獣へ向かって行った。
輝也は真っ先に現場に駆け付けるとベアビートルに向かって突進した。三匹のベアビートルは動きを止めて輝也を警戒した。
追われていた八式はボクらの八式に気が付いてそっちに避難していった。ボクらもカグヤに追いついた。
輝也はゆっくりと敵に近づいていくそして三体の間を縫うように歩いている。
「あれは禹歩ね。何か大きな呪文を討つつもりね。ここで待機よ」
後ろからリサ先輩が言ってくれた。
あまびこの おとをまゐらすわりなしの さがなしものにさながらうす
雷撃
こちらを振り向いた輝也の体から雷が放たれた。ベアビートルたちは後ろに吹っ飛び仰向けとなった。アカネはそのうちの右の一体の腹に飛び乗り
かやりびのこそもえわたりけれくゆらん
強炎
装甲のない腹部を燃やし尽くした。アオイは左側のやつに無詠唱で氷の槍を突き刺した。ボクも負けてられない。残る一体の腹に正拳をぶち込んでやった。腹を突き抜けて右腕がめり込んだ。
「うぇっ!右手が気持ち悪い」
右手を振って体液を振り払った。
「また私の出る幕なしかまいっちゃうわ」
「警戒を解くな!」輝也が叫んだ。




