グァルネリウス
晩御飯のお片付けも終わりあとは寝るだけとかなったけど、まだまだそんな時間にはまだ早い。テレビでも見て時間を潰せればいいんだけど放送なんてやっていない。みんなで大広間に集まって雑談でもしようとなった。もちろん下着は履き直したよ。ヤジロウは箱根までの五十三次の宿場町について熱弁していた。熱心に聞いていたのはアオイくらいだけど。
「お勉強もいいけど歌でも歌わない」
ボクは歌を唄うのが大好きだ。
「いいわね。ここカラオケなんてないのかしら」
リサ先輩は宿泊マニュアルを読み始めたがどうやらステージはあるようだ。ボクたちはステージの部屋へと場所を移した。そこにはグランドピアノが置かれた立派なステージがあった。
「どうも宿泊者用の設備じゃなくて演奏を聞くため部屋みたいね。まあいいか誰かピアノなんて弾ける?」
ボクはギターなら得意だがキーボードはそれほどでもないがアオイとアカネならピアノ教室に通っている。それで聞き覚えた猫ふんじゃったをぽろぽろと弾いてみた。
「裏の楽屋にこんなものが置いてあったよ」
ヤジロウはヴァイオリンケースを持ってやってきた。
「ヴァイオリンなんて誰が弾けるのもしかして輝也なら」
なんだか一番似合いそうなのが大神だった。
「ピアノなら少しは弾けるけど歌は知らない」
ケースを開けてヴァイオリンをチューニングを始めたのはヤジロウだった。どうせノコギリを引くみたいな音しか出ないよ。高を括くっていたのだが・・・・・
いざその旋律は予想をはるかに超えていた。しょっぱなから度肝を抜かれた。浴衣にヴァイオリンという超変なかっこのくせにアオイとアカネも無言で聞き入っていた。大神と先輩は目を閉じて聞き惚れていた。ボクはヤジロウの顔に目が釘付けだ。変な話かっこよく見えていたあのヤジロウが大神よりも
演奏が終わると大拍手だ。
「ブラボー喜多屋、すごいよどうして隠していたんだいその才能を」
大神が真っ先にヤジロウを褒めたたえていた。ボクは声も出なかった。
「ヤジロウさん、その曲はなんていうの」
「アオイ、気に入ってくれた。サラサーテの作曲した。ツィゴイネルワイゼンっていう曲だよ。ジプシーの旋律と訳されているんだよ。まさに今のぼくらみたいに放浪の民だからふと弾いてみたくなったんだ」
「喜多屋君はヴァイオリン習ってたの」
「保育園入る前からパパに、恥ずかしくて言ってなかったんだ。ひなたたちと遊ぶのが楽しくてずいぶんさぼったけどね」
そう言えばヤジロウのパパは市民楽団に入っていたな。誘われて演奏会に行ったら大いびきで注意されちゃった。ボクの知らないヤジロウだ。こんなのヤジロウじゃない男前すぎるぞ。それからアンコールに答えて何曲か演奏をしていると後ろからパチパチと拍手が聞こえた。
「素晴らしい演奏だ。そのヴァイオリンは君に差し上げよう」
理事長が聞いていたのだ。
「いいんですか、すごくいい音色がするから高価なものじゃないんですか」
「いい演奏者がいてこその名器だよ。グァルネリウスは君のものだよ。それにふさわしい」
ヤジロウは驚いていた。
「グァルネリウスってストラディヴァリウスに並ぶ名器じゃないですかそんなのいただけませんよ」
ボクはストラディヴァリウスは知っていためちゃくちゃ高価なヴァイオリンだ。
「喜多屋、ありがたく貰っておけよ。理事長にははした金なんだから」
何億もするもがはした金って大神も言うな浮世離れした根性だ。ちなみにボクが猫ふんじゃったを弾いたピアノもスタインウェイ&サンズというこれまたお高い名器だった。うかつにこの宿泊施設にあるものに触っちゃだめだな。
大神がピアノに座るとショパンのノクターン二番を弾き始めた。ヤジロウの演奏を聞いた後だとたいしたことはなかったが涙が出てきてしまった。ママが好きな曲で晴兄がよく弾かされていたやつだ。無性にパパやママに逢いたくなってしまった。
「ごめん、ひなた思い出させてしまったのかな、喜多屋の演奏を聞いたら僕も何か答えないとと思って」
「ううん、ありがとうでも早く逢いたいよ~」
ボクの大泣きで演奏会は終わりを告げた。
布団に入っても興奮が収まらないヤジロウの意外な一面に動悸が止まらなかった。




