A子さんが近づいてくる
真夏の夜のことです。
二階にある私の部屋から、田んぼのあぜ道が見えます。寝る前に窓を閉めようとした時、街頭の陰に、人影がありました。暗くてよく見えませんでしたが、なんとなく、髪の長い女の人のような気がしたのです。
彼女は微動だにせず、ただじっと、私の部屋を見詰めていました。背筋に冷たいものが走りました。私は、彼女がこの世のものではないと悟ったのです。
私は怖くなって、すぐに窓を閉めました。
それからというもの、夜に窓を閉めようとすると、いつも女性がこちらを見ているようになりました。
「うわ! A子さん、またいるし……キモ」
私はいつしか、名も知らぬ彼女のことを『A子さん』と呼ぶようになりました。
「ちょっと待って! しゃれにならないくらい、マジで怖いんですけど!」
その事実に気付いた瞬間、私は愕然としていました。
A子さんは、ただじっと、私の部屋を見ているだけではないのです。彼女は、毎晩、毎晩、立っている位置が違っていました。見るたびに、私の家に近づいてくるのです!
A子さんが近づいてくるにつれ、彼女の姿が、はっきりと認識できるようになりました。
A子さんの顔! 彼女の顔は……!
私の脳は思考を停止して、それ以上、考えることをこばみました。
A子さんの顔はのっぺらぼうとなり、私には、認識できなくなったのです。
A子さんは、見覚えのある黄色いワンピースを着ていました。
(なんで見覚えがあるんだろう)
不思議に思いながらクローゼットを開けると、全く同じものがありました。
「嘘でしょ!? ストーカーとか!?」
(幽霊に、ストーカーされているなんて……)
誰にも相談できません。なにしろ、相手は生きている人間ではないのですから。
恐怖に駆られた私は、夕方になると窓を閉めるようになりました。
夏の終わりが近づいた、お盆をすぎた頃、夜中に目が覚めてしまいました。カーテンが風になびいて、冷気が部屋に中に入ってきていたのです。
「鍵をかけたはずなのに、なんで空いてるんだろう」
私は恐る恐る、窓に近づいていきました。
私はあまりのおぞましさに、声にならない悲鳴を上げました。
目を見開いたA子さんが、窓の外にへばりついていたのです!
私は尻もちをついて、後ずさりました。
A子さんは血の涙を流して、私を凝視していました。
ずっと認識できなかったA子さんの顔が、はっきりと見て取れたのです。A子さんは、私の顔をしていました。
「ワタシノカラダヲカエシテェェェェェェ!」
A子さんの絶叫を最期に、私の意識は途切れました。
※
次に目覚めた時、私は視線の先に、灯りがあることに気が付きました。
私は、田んぼのあぜ道に立ち、私の部屋を凝視していたのです。
了