今回でループは終わりにしたいのです。
序章 Ⅱ
兄と別れて暫く歩くと、我がアルフェルミエ家自慢の図書館が見えてきた。そこは今は亡き母の思い出の場所で、義母が出来てからと言うもの、実父も兄も近付かなくなった為か図書館は寂しそうな雰囲気を醸し出している。あら、我ながら良い例えね。今だって、私以外の人の気配は微塵もしない。
固く閉ざされたドアを開けるとふわりと埃が舞った。
手入れされていないのが分かると言うもの。
でも此処なら誰にも邪魔されない。先程も言った通り、実父も兄も、そして義妹もこの場には寄り付かないのだから、安心して私のやりたい事に没頭出来ると言うものよ。
私は真っ直ぐ奥に行くと、この家の家系図が書かれた青い革表紙の古びた本を手に取った。埃を軽くはたき、一番最後のページまで捲る。今代のアルフェルミエ家の血縁として書かれているのは、両親(実父と今は亡き母)と兄、そして私だけ。義母の名前と義妹の名前は血の繋がりの無い義理の関係としか書かれていない。義妹に関してはアルフェルミエ直系の血が流れているのだけれど、私に比べたら劣る。嫡子かそうでないかはこの貴族社会の中では大きな差。生まれた時から貴族で、そう言う教育をされてきた私と、生まれは平民で、貴族教育をあまり受けてこなかった義妹(それも尽く逃げ続けて)では、周りの評価も扱いも違うと言うもの。まぁ義妹はその分自分の器量で勝負している所はあるのだけれど。でも事実、義妹はヘイン殿下の婚約者にはなれていないのだからそう言う事なのよ。
私は小さく舌打ちをすると、元の場所に本を戻した。
誰も居ないのだから舌打ち位許してもらえるわよね。
彼らが幾ら望んでも、私が幾ら希望しても、結局は血縁、国王夫妻が首を縦に振ることは無い。
いっその事アルフェルミエの名を棄てて、唯の「シャルル」として生きる事も術の一つではあるわ。けれども生まれてこの方貴族としてしか過ごしてこなかった私が今更平民になる事など出来る訳が無い。難しいの一言でしょうし、何せ、お金を稼ぐ術が無いわ。飢え死にしちゃうかもしれない。
そんな事を考えながら、私は図書館から出て自室に向かう。
その途中、客間から聞こえてくる義妹とヘイン殿下の笑い声に眉間の皺が深くなりそうだったけれど、良くないわね、淑女に見えなくなっちゃう。
私を婚約者として見てない事はとうの昔に知っているけれど、せめて私の居ない所で会ってくれないかしら。私は別に貴方方が逢瀬を交わしていても構わなくってよ。
……そんな事言ったら多分お兄様は私を侮蔑の眼差しで見るのでしょうね。それはそれで構わないけれど。
それに、余計な事を考えている暇は無いの。
だってやっぱり私は私が一番可愛いのだから、仕方が無い。私は人並みの生活を望んでいるだけ。要らないものは処分……なんて、物騒な事言っちゃいけないわね、御免なさい、最近口が悪くなっちゃう、やぁねぇ。
◇◇◇
日も傾いて時刻はすっかり夜。もうヘイン殿下はとっくに帰っていて、もうそろそろ夕食の時間になる。
けれども私はみんなと同じ場所では夕食を食べない。だって私の分は義妹の言伝によって用意されないのだから。私は侍従の中でも義妹を虐める意地悪で我儘な姉らしいのだから、人の噂って怖いわよ。
まぁ別に今に始まった事では無いから良いのだけれど。
それに今は仲の良いメイドや執事が義妹に見つからない様こっそりと夕食を届けてくれるから飢えの心配もないしね。温かい食事では無いけれど。
なんて考えていたら、人の足音がする。
メイドさんか執事さん?にしては足音が慌ただしい。
まさか義妹?でもだとしたらもっとバタバタと煩いわ。
誰かしら、と思っていたら、ドアを三回ノックされる。
「はぁい?」
「俺だ。」
その言葉を聞いて私は瞳をぱちくり。
あの朝に会ったきりの兄の声がするのだから。
兄が私の部屋に来る事は殆ど無いし、それに今は夕食の時間の筈、いつもは義妹や義母と食べているのに、どうしてこの日ばかり私の部屋に来るのかしら。
「お兄様がいらっしゃるなんて、今日はどうしたのですか?」
私が疑問を口にすると、ドア越しでも分かるぐらいに兄の纏う雰囲気がぴたりと硬直した。あらあら、聞いちゃ駄目だったかしら?でも仕方が無いわよね、滅多にいらっしゃらない兄が私の部屋の前に来ているのだから。私が再度問い掛けると、なんだか苦し紛れの言い訳の様にも聞こえてしまうけれど、なんとか言葉を紡いでいた。兄が来た理由はこうだ。「今朝会った時に私と私の婚約者の関係性が如何に歪で他者とは全く違うと言う事を再認識した故、何故そこまで婚約者に執着しないのか。義妹が義姉の婚約者だと分かっていながらあそこまで馴れ馴れしくするのを何故止めないのか」と言う事だった。……どうしよう、上手い言い訳が見つからないわ。
取り敢えず兄を中に招き入れなくては出来る話も出来ないわよね、そう思って私は兄を部屋に招き入れた。
その時にとびきりの淑女スマイルも忘れないわ。たとえ血縁であろうと欺いて生きるのは大事、それを身をもって知っている私はまだ兄に本当の意味での私を伝えるつもりは無くってよ。兄にソファーに座る様促して、私は兄の向かいに腰掛ける。あらあら、大変。儚げな美青年が台無しになってしまう程表情を歪めてしまっているわ、これは早急に話を終わらせる必要がありそうね。
「……来た理由は先程言った通りだ。その上で単刀直入に聞く。何故お前は婚約者に執着しない、何故義妹を止めない。」
あらやだ怒ってる?声のトーンが尋常じゃなく冷たいわよ、普段の兄の声の非じゃないわ。
「シャルル。」
今度は名前で呼んだわね、さっきはお前だったのに。
私はにこりと笑みを浮かべて口を開いた。
「婚約者……ヘイン殿下に執着しない理由は、単純に執着に値する程の情を持ち合わせて無いからですわ。私があの御方に抱いている感情は表面上の薄っぺらいものでしか無いのです。それは互いにそうでしょうし、今更変えたいとは微塵も思いません。義妹を止めないのもそれが理由です。あの二人の惚れた腫れたは正直どうでもいい。それで婚約者が私と義妹で入れ替わったとて、私は気にしません。」
ご理解頂けたかしら?まぁあの二人はいずれ私の命を脅かす……いや、今も脅かす存在に成りうるかもしれないけれど、ええと、つまり、私の命が事切れるのを虎視眈々と狙う彼らを傍に置きたく無いと言うのが本音よ。けれども兄に言っても通じるかは分からないから言わないだけ。理由を深く聞かれでもしたら面倒臭いしね。
「どうでもいい…………」
あらあら、今度は怪訝そうなお顔をした後、理解出来ないみたいな、それでいて諦めたみたいな顔になったわね。そんなに変な事を言ったかしら?
「まぁ良い、どんな関係性であれ、今はまだ婚約者だ。表面上で構わないから周りの貴族らに勘づかれない様にしておけよ。」
兄はそれだけ言うと要件が済んだからか、さっさと出ていってしまったわ。なんだったのかしら、本当に。
でも御免なさい、私は言う事を聞けそうに無いわ。
だって私にはやるべきことがあるんだもの、仕方が無いわよね。
淑女らしく、素直に、淑やかに。
私は私の望みを叶えるだけよ。