義妹と婚約者
序章 淑女とは。
「お義姉様!」
私、シャルル・アルフェルミエが部屋で読書を嗜んでいると、外から耳がキーンとする様な金切り声がする。この声はきっと義妹のリルジョアね、何故だか知らないけれど、家でば何時もそうなんだから。そこまでキンキンに声を張り上げなくとも聞こえてるのに。
「お義姉様!いらっしゃるのでしょう、早くお出になって!」
今度はドンドンとドアを叩きながら催促をし始めたわ、あらやだ、この国の由緒正しきアルフェルミエ家があまりの野蛮さに泣いてしまうわよ、なんて忠告はしなくてもいいわよね。そもそも聞く耳を持たないだろうし、言うだけ無駄よ。
それにしても朝からそんなに大きな声なんか出して疲れないの?お義姉様吃驚、尊敬しちゃう。
「お義姉様!いい加減出て来てくださいまし!私を待たせないで!」
苛立たしげに叫ぶ声、そのままではお父様やお兄様に聞こえるのも時間の問題ではなくって?既に廊下はざわめきたっているから、侍従らが何事かと持ち場を離れてやってきたのね、きっと。野次馬根性とでも言うのかしら、まぁこんな場面、傍観者としては面白いわよね、私だって傍観者の一人だったら嬉々として観戦するのに、今はどうやらそんな悠長な話なんか出来ないみたい。ドア越しでも分かる位怒りのボルテージが高くなってるみたいだし。そんなに怒ってると長生き出来ないわよ。
「お義姉様!!」
とうとう義妹が怒りのままに叫んだ。ああ、そろそろ出ないとドアが壊されてしまうのも時間の問題ね。今いい所だったのに、続きが気になって仕方がないじゃない。全く。
でも私は淑女らしく微笑みを浮かべて、義妹が待っているであろう部屋の外に出る。招き入れるつもりなんて毛頭無いわ。
部屋の外に出ると、義妹は肩を怒らせながら私を睨み付けた。ふわふわと広がるミルクティーブラウンの長い髪を綺麗に結い上げ、緑色のぱっちりした二重の瞳をきっと吊り上げている。可愛らしいって評判なのに、それでは勿体無いわよ。
「あらあら、そんなに怒らなくても。何か御用?」
「何か御用?では無いですわ、お義姉様!お義姉様の婚約者であられるヘイン殿下がお見えになっているのですよ、何度も言わせないで下さいまし!」
何度もどころか一度目なんですけれど。それにヘイン殿下がいらっしゃるなんて、明日は槍でも降るのかしら。私の為にいらっしゃる事なんて滅多に無かったのに。
「あら、有難う。直ぐに参りますとお伝えしておいてくれないかしら?」
「なんでお義姉様の伝言を預からなくてはならないの、私はお義姉様の従者なんかでは無いわ!れっきとしたこの家の次女ですのよ!それなのに……まだ認めて下さらないの!?」
ヒステリックに叫ぶ義妹がなんとも悲劇のヒロインで私笑ってしまいそう。それに侍従なんて、そんな扱いはしてない筈よね?それにヘイン殿下が来てるって言う伝言は預かって来たじゃないの。それにここだけ聞けば私が義妹を虐める意地悪な義姉に見えてしまうのでは。まぁ其れが狙いなのでしょうけれど。
私が立ち尽くすと、義妹は勘違いしたのか、口元に嬉しそうな笑みを浮かべて、「謝って下さいまし。」と勝ち誇った様に言い放った。
私が謝る事なんて無いと思うのだけれど。
「なんの騒ぎだ。」
この声は。嗚呼、矢張り私の二つ上の婚約者である、この国の第二王子、ヘイン・フォン・カトレーシェ、その人だった。
煌びやかな金髪に柔和な印象を与える水色の瞳が美しい、眉目秀麗な麗しの彼は、見た目とは裏腹に私への言葉は冷たく思い遣りのおの字も感じさせないもので、今だって、婚約者である私の前で義妹の肩を抱いて、冷たい眼差しで睨み付ける。
「あら、態々来て下さって、御出迎えも出来ずに申し訳ありません。」
「また義妹を虐めていたのか。シャルル・アルフェルミエ。」
あらあら、私の問いには答えて下さらないつもりかしら。
それにシャルル・アルフェルミエなんてフルネーム、余所余所しいじゃないの、私は貴方の婚約者の筈なのにね。
「虐めているなんて、そんな事する筈無いではないですか。私とリルジョアは義理ではありますが、血の繋がった姉妹なのですよ。それにこれは私と義妹の話です。ヘイン殿下が口を挟む事ではありませんよ。」
私が淑女らしく微笑みを浮かべると、ヘイン殿下は悔しそうに唇を噛み締めた。そんな御顔していると、折角の麗しい御顔が台無しよ。
それにしても年頃の娘の部屋に来るなんて、婚約者であったとしてもどうかと思うのだけど。
「では私はここで。リルジョア、ヘイン殿下を宜しくね。」
「はい!お義姉様!」
あら、この頼みには満面の笑みで答えるのね。お義姉様分からないわ。
◇◇◇
アルフェルミエ直系嫡子の内の一人で、義妹を虐める意地悪な姉。それが私、シャルル・アルフェルミエ。
その二つ名を風潮しまくっているのは他でも無い義妹なのだけれど、態々その噂を取り消すのも大変だから今は放っておいてる。だってこれは一度や二度では無いのだから。
私、シャルル・アルフェルミエはもう何度もこの世界に生まれ落ちている。否、それだとちょっとだけ語弊があるわね、私は18の王立学院卒業パーティーにあの婚約者に婚約破棄を突き付けられ、義妹を虐めた罪で投獄、人目のつかぬ場所で首をはねて殺害されると言うのを何度も何度も繰り返しては、王立学院入学直前の15の夏の日に転生すると言うのを、ずっとずっと終わらせられないでいる。ついこの間何度目かのループが終わった所だから、今は王立学院入学直前の15の時ね、何度も繰り返していると分からなくなっちゃう。多分そんな経験をしているのは世界を探しても私一人でしょうから、そこら辺の小娘とは経験の差と言うものが全然違うのよ。……ちょっとお口が悪くなっちゃったわね。
義妹がこの家に養子として迎え入れられたのは私が13の時だから、義妹が居ない内に私が死ぬ未来を変える事は不可能。婚約も同様、結んだのは私が12の時だから、婚約自体を無かった事にする事も出来ない。……まぁ出来ていたら苦労してないけれど。
それにどうやら婚約者の顔の好みは私よりも義妹みたいだし。ふわふわの、可愛らしい印象の義妹と、銀の長いストレートヘアに紫色のややきつめな印象を与える瞳を持つ私。
そんなに私の容姿が気に入らないのなら、いっその事義妹と婚約すればいいのに。世間体はちょっと悪くなるかもしれないけれど。彼女だってこのアルフェルミエの血をひいているのよ、直系では無いけれど。
我ながら良い考えね、採用。
私はいい加減このループを終わらせたい。
義妹と私の婚約者は互いに相思相愛。こんなにwin-winな関係はあるかしら、いいえ、無いわね。
そうと決まれば私はあの二人をくっつける為に奮闘すればいいだけの話よ、簡単じゃない。
…………その際に、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、あの二人の絶望した顔を見てみたいとか思っちゃう。あらやだ、今度は黒い私が出てきてしまったわね、良くない良くない。
そうと決まれば善は急げ、早速作戦を練らないと。
うきうきで考えていると、後ろから「シャルル」と呼び止められる。今日は厄日か何かかしら。
「御機嫌よう、お兄様。何か御用ですか?」
私を呼び止めたのは嫡子の内のもう一人、血の繋がった兄である、カイル・アルフェルミエ。
他の人に比べやや長めな銀髪に、涼し気な紫色の瞳を持った
美丈夫と言うより儚げな美青年と言う方が相応しい。無駄に顔がいいのよね、お兄様って。
「客間でヘインとリルジョアが歓談している様子だったからな、シャルル、お前とヘインは婚約している仲だろう。構わないのか?」
お兄様とヘイン殿下は同い年で、王立学院では学友である事から敬称を外している事が多い。まぁ今はそんな事置いといて、態々教えに来てくれたのかしら、もしそうだとしたら有り難迷惑と言うものよ、私としては全然気にしていないのだから。
「大丈夫ですよ、私がリルジョアにお願いしたんですもの。」
私がにこやかにそう言うと、お兄様は怪訝そうに顔を歪めた。言わんとしている事は分かるわ、でもね、お兄様、私とヘイン殿下の間には何も無いのだから、今更婚約者らしくなれと言われても困ると言うものなの。分かって頂戴。
それに、私はもう二度と命を散らしたくは無い。
タイムリミットはあと3年、まだ3年とも言えるけれど、悠長に時間を潰せる暇も無いの。
「お兄様、私は大丈夫ですから。御心配有難う御座います。」
話はこれでお終い。もう話す事は無いわ、元々お兄様と私の間には深い兄妹仲の様なものは無いのだから。
私が微笑みを向けると、お兄様は言いたそうな表情を浮かべながら去っていった。
……さて、私がやらなくちゃ行けない事は山積みなの。
まずは三日後に控えた入学式に向けて準備しなくちゃ。
……変な意味は無くってよ?