2/10 ★こわいはなし
「ねえねえ、怖い話して」
キッチンで絶賛晩御飯調理中の私のもとに、息子が突撃してきた。
このところ、小学五年生の息子は怖い話に興味がある模様。
怖い話を聞いて、それを学校で友達に聞かせて、怖がらせることに夢中なのだった。
…なんという悪趣味な。
誰に似たんだ。
「いいよ、よく聞いてね…。
【悪の十字架】
あるところに怪しげなお店がありました。
ドアはいつも、閉まっています。
大きな十字架のデザインの重厚なドアは開く気配を見せません。
少年は、そのドアが開く時をずっと心待ちにしていました。
そこに、背の曲がったローブを着込んだ鼻の長い魔女が現れました……
少年は魔女に問いかけました。
『この店は、いつになったら開くのですか!!』
『十時だよ』
ばたん!
重厚なドアが閉まってしまいました。
少年が自分の腕時計を見ると、九時半でした。
『 あ く の 、 じ ゅ う じ か … 』
少年は、三十分待ったのち、
ようやくお店にはいれたという事です」
息子が何やらおかしな顔をしている。
……愉快な子供だ。
「怖くない」
「なんだ、じゃあ別の話にしよう、よく聞くように。
【恐怖の味噌汁】
ある日、お母さんがぶつぶつ言いながら、鍋をかき回していた。
……何を言っているのか、聞き取れない。
いつもの優しいお母さんの顔が、なんだかとても怖い。
この人は、本当に…、僕のお母さんなんだろうか……。
心配になった僕はお母さんに声をかけた。
『お母さん……、何を、作っているの』
『おいしい、みそ汁よ』
……嘘だ!!
見たこともない怪しげなものが表面を覆っている!
『これは、本当に……、みそ汁なの?』
『ええ、今日、ふの味噌汁なのよ』
『き ょ う 、 ふ の み そ し る ・・・ ?』
初めて食べた、ふのみそしるは、
恐ろしく美味かったという事です」
息子が何やらおかしな顔をしている。
……見ていて飽きない子供だ。
「ちょっと、違う…」
「なんだ、お気に召さない?じゃあ最後ね、よく聞いてね。
【悪魔のぬいぐるみ】
ミカちゃんには、大事に大事にしているぬいぐるみがありました。
けれど、汚れてしまったので、お母さんが捨ててしまいました。
ミカちゃんは泣いて泣いて、お母さんに言いました……。
『ぬいぐるみがないと、さびしくて眠れないよぉ…』
お母さんは、ミカちゃんのために新しいぬいぐるみを買ってきて、袋に入ったままの状態で手渡しました。
『あけていい?』
『かわいがって、あげてね……?』
ミカちゃんが袋を開けると、中から可愛いぬいぐるみが出てきました。
『あ、くまのぬいぐるみ!!』
…おしまい」
息子が何やらおかしな顔をしている。
……表情豊かな子供だ。
「全然怖くない……」
「いや……だって、怖いの聞いたらさ、君寝れなくなるよ、ホント。それでもいいの」
息子が震え上がった。
……なんだ、ずいぶんかわいいじゃないか。
「寝れないのは困る」
息子がプンプンしてリビングに行ってしまった。
……なんだ、面白い人だな。
いや、まあ、ねえ……。
怖い話すると、、、いろいろ怖いことになっちゃうかも、しれないでしょう?
怖くなってからじゃあ、、、取り返しが付かなくなっちゃうかも、しれないでしょう?
……現に、今だって。
怖くない、愉快な話をしただけなのに。
でっかい十字架を背負ったクマのぬいぐるみが、ドロンドロンの怪しげな物体の入った鍋を持って、ここにいるんですけれども……?
さてどうするかなと思って、下を見たら。
……うっかりくまちゃんと、目が合ってしまったじゃないの。
『 食 べ る … ? 』
「頑張って作ったんだね、偉いと思うよ。でもねえ、ごめんね、今ね、もうご飯作っちゃってるから、おなか空いてる子の所に、持ってってあげて?」
『 う ん 、探 し に 行 っ て み る ……』
くまちゃんがふわりと消えたのを見て……、安心した私は、晩御飯の調理を再開。
コンロでぐつぐつ煮える鍋の中には、卵が五個。
……うん、もう茹で上がった頃かな。
一気にざるに開けて、冷水につけてと。
あれ、一個派手に割れてる。
……食べちゃえ。
卵の殻をむいて、パクリと、食べる。
「ゆでた まごを たべる、お母さん…、か。」
ああ、おもしろい、おもしろい。
……明日はもっと面白い話をしてあげようかな。
怖い話は、しなくても、……ねえ?




