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11/6 なみだ

 …グスン、グスン…ズズ、ずびー……。


 朝っぱらから、派手に泣いてる奴がいる。

 ……誰だ、気持ちのいい、良く晴れた休日の7:30に号泣している奴は。


 行楽シーズンを楽しむべく意気揚々と準備をしている家族をしり目に、瞼を腫らしながら鼻水をすすり上げ、涙をあふれさせている美中年……、私だよっ!!!!!!


 なぜ私は泣いているのか。

 なぜ私が泣かなければならないのか。


 拭いても拭いても溢れ出る、しょっぱい水に翻弄させられているのには、理由わけがある。


 ……大量のネギを刻んでいるからだよっ!!!!!!!!!!


 昨日、JAのエアコン修理に出向いた旦那が、賑わう市場で激安のねぎを発見して…箱ごと買ってきた。


 曰く、いつも勝手にねぎを使い切ったって怒る人がいるからさあ。

 曰く、どうせ冬だし毎日鍋食べるからすぐに消費するでしょ。

 曰く、冷凍しとけば永遠に新鮮なんだからいいじゃん。


 一度にこんなに買って来られては切るのも大変なんだけどと一言モノ申せば、『俺が切るからいいよ』とのたまい、『そこに置いといて~』とのんきにヨーグルトをかっ食らう過体重のおっさんがおりましてですね。


 ……あたしゃ知ってるんですよ?!


 そんなこと言ってそのまま置いておけば、1週間後に…『腐っちゃった~食べ物って儚いよね!』だの、『腐る前に切ってくれたら良かったのにプンプン!』だのと勝手なことを抜かすという事をね!!!


 ……面倒ごとは、素早く片付けるに限る。


 という事で、気の毒な私はですね、朝のラジオ体操を終えてから、一人キッチンにこもって泥付きネギの皮をはぎ、緑の部分と白い部分を分け、小口切りにしたり斜め切りにしたりして、キリの良いところでフリーザーバッグに突っ込んでは冷凍ストッカーに詰め込んでいくという作業を一人で行っておりましてですね。


 いつもならばネギを切って泣くなんてことはまずないのだけれど、さすがに1袋5本入りのネギが10袋入ったダンボールを全部刻むとなると…蓄積されていく硫化アリルのパワーは凄まじいらしくてですね。涙が底抜けにだだ洩れてしまうようになってしまいましてですね。


「んも~、帰ってからやるって言ったのに!!でも切ってくれてありがと~!わ~い、これで朝のそばにたっぷりネギが入れられる♡贅沢につかおーっと!」


 最後のねぎの束を切り終わって袋に入れ、冷凍ケーキの缶詰の横に押し込んだところで、すっかりお出かけの準備を終えた旦那がキッチンにやってきた。ごきげんな様子で私の手元を覗き込んだあと、カット済みのネギだらけのフリーザーを開けてやけに喜んでいる。

 …オイオイ、いくら今年の11月がやけに気温が高すぎると言って、半そで半ズボンは危機感が足りないんじゃ?…まあいいや。


「…どういたしまして!!!」


 苛立ちはあるものの、きっちりお礼を言われてしまっては大人げなくプンプンするわけにもいくまい…。気を取り直して、私も準備など。


 今日は小一時間ほどドライブして、美味いもんフェアに行くことになってるんだよね~♡

 ド派手に流した水分を補給するべく、地ビール地酒地ワインその他もろもろを買い込んでこねばなるまい!!よし、気になるものは全部買って、支払いは旦那に任せよう。


 しょっぱくなってしまった顔面と腫れぼったい瞼をしゃばしゃばと水道水で流したのち、大喜びで車に乗り込みましてですね。


 はしゃいで食べすぎてうんうん唸りましてですね。


 せっかくなので、道の駅の産直市場に寄ってみたりしたところですね。


「あ、見て!!めっちゃねぎ安く売ってる!値下げ品だって!!どうせすぐ食べるし冷凍しとけばいいじゃん、買おう!!昨日のとこより50円も安いし!!!よし買い占めたろ!!!」


 先端の枯れかけたねぎをしこたま買い込もうとする旦那がー!!!


「はあ?!もういいじゃん!!あるじゃん、いっぱい!!朝どんだけ刻んだと思ってんのさ!!!もうストッカーに入んないよ、ダメダメ、買わない!!!そもそもねえ、これ帰ったらすぐに刻まないとヤバい奴じゃん、あたしゃもうねぎはしばし切らんと決めたの!!」

「でもー!!!あ、そうだ、じゃあ家帰ったらでっかい冷凍ケーキ、あれ食べるからさあ。そしたら場所が開くじゃんね、だから買おう!というか買ってくるー!買ったもん勝ち―!!」


 太ましさに定評のある旦那が、ブルンブルンと肉を震わせながら…レジに向かっていったー!!!


「ああもう…なんて素早い145キロなんだ…てんで追いつけやしない…。あたしゃもうネギは今季一本も刻みたくないというのに…なんも考えていないいい年をした天真爛漫な中年の暴走が穏やかで涙のない生活をおびやかしにかかってくるよ、なんてこった…」


 ガックリしながら恨み節をつぶやいていると、ぽんと肩を叩く手が…。


「まあまあ!買いに行っちゃったもんは仕方ない!機嫌直していこ!!あたしお母さんの刻んでくれたネギ好きだな!!いつもありがとう!! 大ぶりで大胆な斜めカットのねぎ、めっちゃ食べ応えがあって美味しいんだよね!!あ、あっちにお母さんの好きなこめはぜ売ってるよ!みてみて、すごくおいしそう!」

「切るの手伝うね?」


 ああ、なんというできた子ども達なんだ。この優しさ、気遣い…さすが私の子だな!!!



 あっと言う間に機嫌のよくなった私がいたわけですけれどもね?



「やっぱネギがたくさん入ってるとヘルシーで食が進む…う~ん、おかわり~!!あ、ご飯もうなくなっちゃった!!」

「ヤバ、ウマっ!!お母さんのねぎ焼きが美味すぎて神!!こっちの肉吸いも…ごめん無くなっちゃった!!」

「ちょっと!!!私の分は?!酒のつまみ無くなったじゃん!!」

「ねぎ入りだし巻き卵焼こう」


 結局いつもの安定のパターンで、一生懸命切ったネギ共々、私の作った食事はほとんど自分の口に入ることはなくてですね。あればあるだけ食べてしまう、抑制のつかない家族というものがですね。遠慮しない実にマイペースな血筋というものがですね。


 今年の冬はネギ多めの鍋が何回も登場しそうだと思っていたけれど…おそらく、あっと言う間に枯渇するに違いない……。


 ため息をつきながら、地酒をたらふく飲んで…次の日の朝二日酔いに苦しんだお母さんがですね。


 どこかにいたという、お話ですよ……。



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