表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヤラカシ家族の386日  作者: たかさば


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

71/198

9/12 ☆ぴえん超えてぱおんはつながっている

夕方、食事の準備をしていたらスマホがぴろんと鳴った。


……なんだ?作業の手を止め、スマホを見ると、何だ、DMか…おお、仲良しのツイともさんじゃないか、ナニナニ……。ムム、わからない単語があるぞ……。


「ねえねえ、ぴえんってなに。」


若者言葉の謎は、若者に伺うのが一番である。サニーレタスを一枚づつ剥がして水洗いしている娘に聞いてみる。


「なんか、ぴえーんって感じ。」


最近のね、SNSでね、いろいろ若人の皆さんと交流する機会が増えてるんですけどね、たまにこう、よくわからない言葉がね?


「なんでぴえん?」

「なんか怖い話書いたら、一言ぴえんって来たから、なんて返したらいいのやらさっぱり不明でね。」


私の書いたホラー話を読んでの感想をいただいたのだけど、イマイチ微妙にニュアンスが読み取れない……。ああ、これが世代格差というものか。

いつの時代もおかしな言葉ってのは流行るもんだなあ。…私もおかしな言葉を使ってきたのだけれども、……多分。


「どうしよう……、テラコワスでマジ勘弁とか返したらいいかね?」

「ちょ!!なんで無理やり若者言葉使おうとするの!!変だよ!!ウケる!」


怒られてんだか笑われてんだかさっぱりだよ…。


「そんなん普通にごめんなさいでいいんだって。」

「マジで!!なんかつまらんくない?」


いわゆるSNSの距離感がなかなかつかめない。リアルマジぼっち生まれて以来ずっとコミュ障の私に、フレンドリーなやり取りは相当に敷居が高くて、わりかしかなり苦戦していてだね。


「SNSってさ、年齢層が見えないんだよ。だからこそね、気遣いが必要というかね?若い子に難しい言葉使っちゃダメでしょう。」

「何それ。難しい言葉って。難しいかどうかは相手が判断することでさあ、そもそも難しくてわかんなかったら、この言葉の意味わかんないから教えてって言うし、みんな教えてくれるし。」


そういうもんなのか。

なんだろうな、最近の若者は優しいというか、素直というか…昔なんてさあ、文通相手におかしなあいさつしようもんなら本気で叱り飛ばされたりだね。礼儀を知らんやつは文通する資格無しとか言われたりだね。通販の折り返し封筒の書き方がなっとらんとかド叱られたりだね。昔の人はこう…人に厳しかったというか、優しさがなかったというか、礼儀を重んじすぎるというか…。人の無知を指摘する人もいれば人の無知を笑う人もいてですね、学ばせたい人もいれば学べない人もいてですね、ずいぶん恥をかき、叱咤され、激励に気付くことなく凹みまくって、その割には一般常識にかけた人になってしまってだね、うん、私が悪いのか、ああそうですか。


「なんかいいね、今の時代って…。なんか泣けるわ。」

「涙腺の緩さが加齢をあらわすって聞いたよ!!ウケる!!!」


失礼な物言いの娘には…晩御飯の豚キムチ、個別盛り付けして白菜ばかり入れて差し上げましょうかね!!!




「ねーねー、明日さあ、町内運動会の抽選あるんだけど、参加者足りないから出てー!」


白菜多めの豚キムチ皿をぺろりと平らげ、チョレギサラダをもしゃもしゃ食べる娘に、旦那が何やらお願いをしている。


ああ、もうそんな時期になったのか。

十月に町内運動会があってですね、その係を決めるための抽選があってですね。毎年毎年揉めに揉めてですね。明日は土曜、娘のバイトは昼までだから、午後の抽選には出ることができるはずと踏んで…旦那の中では参加決定済みに違いない。そして人の良すぎる娘はおそらく参加するのですよ。なお、私はすでに参加することが決定済みでね?


「なにすんの。」

「くじ引くだけ、ア、司会進行してくれるならやってもらっても!!」


そして旦那はもめ事をまとめる大役をまかされていると、うぐぐ。断れない性格が災いしてですね、もはや町内会関連の行事から一切合切逃れられないこの雁字搦めっぷり。勘弁してください…。


「やだよ!!無理に決まってるでしょ!!もう行かない!!」

「ぴえーん!!アイス奢るから―!!」


旦那のリアルぴえんにドン引きである。

なんかちょっと違う気もするけど。あれは泣き声ではなく、ぴえんという状況説明言葉であって…。ちなみにアイスは奢ると言っているが、もちろん自分が食べたいだけだ。これ幸いと業務用のリットルアイスを買う気満々なんだよ。


「アイス食べたい。」


ご飯を食べ終わった息子がニコニコしている。アイスの話をしてたから食べたくなったのか。…デザートにパフェでも作ろうと思って買ってきたやつがあるけど…一個くらいならまあ、あげてもいいかな。


「ああ、冷蔵庫にさっき買ってきたのがあるから一個だけなら食べていいよ!」


「ごめん、さっき全部食べちゃった!!」

「やっぱ雪見餅美味しいね!!半解凍状態がいいんだよ、うん!!」


はあ?!いつの間に!!

…買い物から帰って冷蔵庫にしまっとっいてって言ったのに、胃袋に収めやがったな!!!しかも…さりげなく堂々と人私の豚キムチの皿から肉をかっさらっていってる!!旦那の食欲は真夏の猛暑・酷暑・熱中症警報をもってしてまるで止まることを…衰えることを知らない。食欲魔人は高温サウナの中でもきっと鍋焼うどんを喰らうのだ!!!


「ちょっと!!あのアイスパフェ用だったのに!!しかも私のおかず勝手に食うな!!!」


自分の皿を引き寄せるも、時すでに遅し。まさかの白菜だらけの皿。ことごとく肉を奪われた皿を前にし、娘の皿に肉を少なめに盛った罰が当たったのかと…いやそれは錯覚だ、食い散らかすやつがすべての元凶だ!!!


「大丈夫大丈夫、バナナに生クリームつけて食べるし!!てゆっか、おかず少なすぎない?」


空になったどんぶりにご飯をぺんぺんと盛り付けながら旦那が文句を言っている。ふざけんな!!肉とキムチ合わせて1.5キロあるんだぞ…?少なすぎるわけないだろうが!!!サラダもあるしバンバンジーもあるんだけど?!まあ、どれもこれもほとんど残ってないけどさ!!!


「一生懸命作ってもどんどん食われていく…作る前のものですら食われていく…涙出てくるよ…。」

「ぴえんだ!!あはは!!!」


そんな軽々しい涙じゃないよ!!


「ぴえんどころかびえええええんだよ!!」

「そういう時はぴえん超えてぱおんっていうのさ!!」


どっからゾウさんが出てきたんだ!!!若者言葉が全く理解できん!!


「生クリーム食べていい?」

「バナナくおー!!」


あかん…ゾウさん並みに食う奴らが我が家の食卓を圧迫しまくりだ。マジ勘弁してください…。息子はハンドミキサーを用意して生クリームを泡立て始めた。旦那と娘はバナナの皮をむいて一口大にカットしている。なんという連携だ。ばっちりデザートまで食う気満々の様子。…私はまだご飯食べ終わってないんですけどね!!!


私は茶碗に半分残ったご飯の上に白菜を乗せてミニキムチ丼に仕立てると、パクパクっといただいた。もうさあ、今度から自分の分はどんぶりにしようかな。大皿料理だと根こそぎ食われると思って個別に皿に出してみたんだけどさあ…てんで気にしないで人の皿に手を伸ばすんだよね。うん、今後はやっぱり大皿にしよう。自分の分は自分用によけよう、それがいい。


私がご飯を食べ終わるころ、生クリームはきっちりと泡が立ち、生クリームバナナチョコソースかけが完成した。ボウルの中の生クリームに豪快にバナナを投入、これまたド派手にチョコソースをかけただけのデザート。


「うーんうまうま!!」

「やっぱデザートは別腹だよね!!!」

「生クリームおいしい。」


くそう、生クリームを半分残しといて明日の朝パンケーキに使おうと思ってたのに全部食われた…。仕方がない、明日はただのはちみつバターだな。


「ねえねえ、お母さん食べないの?」

「あたしはいいや、なんかおなかいっぱいだよ。」


まあ残ったら冷凍しといてチョコバナナアイスっぽくして食べてもいいな。


「わーい!食べちゃお!!」


…残るはずがなかった。




「ええー、では只今から町内運動会の割り振りくじを引きます、代表者の方はくじを引いてください!」


翌日、朝一でパンケーキ摂取により活動エネルギーを溜め込んだ旦那は、やけにつやつやした顔で壇上に立っている。

公民館会議室を貸し切って開かれている抽選会はおよそ30人の参加者。敬老会や体育振興会の人も参加しているので、町内会役員は20名ほどいるはずなんだけど。15人くらいしかいないなあ…。


町内運動会の役員決め、出たくないやりたくない関わりたくないとごねる役員がですね、くじ引きすることすら拒否しましてね。そのとばっちりを受けるのはね、幼気な町内在住の小学生の皆さんでね?…仕事を町内会の大人がやってくれないからその町内会に入ってる子供は運動会に参加できないってね、それ何のいじめなのって話にね?みんなが参加できるようにしないとねって、いろんな人たちが協力し合って頑張っているんですよ、ええ。


「あたし町内違うのに良いの?」


なんだかんだでいい人の娘は、バイトが終わってこの会議室へとやってきた。年寄りあふれるこの会議室で明らかに浮いているけれども、まるで気にしていない。なんという肝の据わったやつなんだ。


「だって来ないんだもん、誰かが代理で引くしかない。」


かく言う私だって、自分の住んでない町内会のくじを引いてるんだよ。世帯数200越えの町内会なのに、役員の人がたくさんいる町内会所属者の中で、なんで自分がやんないといけないのかわかんないとか言い出した奥さんの代わりにですね。二百分の一で当たると、拒否権が生まれるらしい。…うちの町内会なんて世帯数18だけど!!いろいろあり得ねえー!!!


「じゃあ、吉泉町代表はお母さんね、引いて!!」


くじには100までの数字がかかれていて、数字の小さい人から好きな係を選んでいくことになっている。昔は係の書かれている紙を引いたらしいんだけど、先に引く人の方が有利だと揉めに揉めて、今では数字方式にしたんだってさ。どんなルールでも文句を言う人はいるんだよね、困ったもんだ。


「うわ!!まさかの100キター!!」


実質最後に残ったやつが吉泉町の係になるってことか。…町内会の会議にさえ出てこない人がさあ、誰にも選ばれなかった係をやるとはとても思えないんですけど。


係は次々に決まっていき、結局不安材料の残る吉泉町はまさかの放送係になってしまった。放送全般を任せられるこの係…回覧板でやってくれる人を募る予定だけど、どうなる事やら。そもそも、係募集の回覧板すら回してくれない気がする。世帯数が多いだけあって、町内会存続希望者も撤廃希望者も数が多く、毎年毎年揉めてるんだよねえ…。


「ええと、無事係が決まりました、詳細は追って連絡しますので、よろしくお願いします。」


係が決まったので、今日の会議は終了らしい。…つやつやしていた旦那の顔がやけにくすんでるのは脂が引いたのか、顔でも洗ったのか。……ああ、気疲れでげっそりしてるのか。


「係は兼任していただいても構いませんので、もしやりたい事とかありましたらお知らせください。」


誰か放送係やりたい人いないかな?マイクでしゃべれるのって地味に好きそうな人いそうじゃない?カラオケ仲間に声かけてみようかな、話すの得意そうな人多いし。


「逆に、できなそうだったらはやめに教えてくださいね、当日言われるとですね、ぴえんってなっちゃうんで。」


ちょ!!あの人ぴえんって言ったよ!!


「君、ぴえんとは何かね。」

「あ、えええと、すみません、困ったなって思ったらつい出ちゃいました、はい。」


めっちゃかたくて有名な爺さんに旦那が叱責されてるよ…。

なんで公の場でぴえんとか言っちゃうのかね。…普段の言葉遣いってのはぽろっと出ちゃうからなあ。気を付けないと大恥をかいちゃうんだよ。…なので私は絶対に人前で台本のない文章を口にしないと決めているわけですけれども。


「お父さんがぴえんだ…。」

「ねえねえ、ぴえんって何?おばちゃんわかんないんだけどさあ!!]


前の席からクルリと私と娘を振り返ったのは三軒隣の藤田さんだ。この人は非常にフレンドリーで、井戸端会議好きで…いろいろとお世話になってるんですけども。


「流行り言葉?若い子が使ってるんです。悲しいって意味かな。」

「流行り言葉?……ああ!!マンモスかなぴーとか?」


ぐは、死語の世界だ。藤田さんの口からこんな言葉が飛び出そうとは。…この言葉がはやっていた時は藤田さんだって、娘くらいのお年頃だったわけで、ううむ、時の流れって…悲しい。


「マンモス?かなぴー?」

「昔はやってたんだよ…。」


娘の知らぬ言葉はだね、昔娘だった皆さんが娘だった時代に使っていてだね。いずれ君の使っている言葉もね、若い子をドン引きさせる古い言葉になるのですよ、いいですか!!心して老けていけよ!!!


「マンモスって!!ゾウの仲間じゃん!ぱおんの祖先じゃん!ウケる!!!」


娘が大ウケしている。そうか、言われてみれば…ぱおんの祖先はマンモスか、ふうむ、流行り言葉というのは数奇な縁で繋がっているというかなんというか。


「ゾウ並みに食う奴のぴえん超えてぱおんか…なんだかなあ。」


爺さんを目の前に、手をパタパタしている旦那はいささかゾウっぽい。今脳みそをフル回転させて言い訳してるので…おそらくこのあと糖分摂取を希望するはず。…いやいやいやいや会議の後はいつもなんだよ!!!ああそうだ、そういえばアイス買いに行くって言ってたな。帰りに公園にいる息子を拾って買い物に行かないとね。


「ええと、それでは今日の抽選会は終了とさせていただきます、皆様お疲れさまでした!」


まだなんか言ってる爺さんを強引に退け、会議を収束させた旦那は、資料をまとめてこちらにやってきた。議事録なんかは別の人がやってくれるらしい。


「やー、やっと終わったよ、すごく疲れた、早くアイス食べたい、飯食いたい、なんか食いたい!!」

「アイス買ってくれるんでしょ!!早く行こう!!」


「あ、公園寄ってね!」


家族そろって買い物に出かけた私だったが…。


買い込み過ぎたアイスが冷凍庫に入りきらず、晩御飯前に大量にアイスを食べる羽目になって…ぴえん超えてぱおんすることになるとは、微塵も気づいていないのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ……ああ、のりぴー………………ぴえん
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ