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ヤラカシ家族の386日  作者: たかさば


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5/12 ☆茜色

 (あかね)という名を持つ私は、昔から夕焼けがあまり好きではなかった。


 赤は、とても色鮮やかで、目立つ色。

 その明るさに、目を奪われるというのに。


 茜色は、少し暗い、淀んだ色のイメージがあるから。


 いつから嫌いになったのかと、思い出して、みる。



 あれは。

 中学校の、美術部の、活動中。


「茜色って、汚い色なんだね。」


 人並外れたデッサン力の持ち主だった尊敬する先輩が、私の名を持つ色を、酷評したのだった。



 あの、たった一言、二秒ほどの時間が、私をずっと、苦しめる。


 先輩は、もう私のそばにいないというのに。



 何気ない言葉が、一生残る。


 その怖さを知っている私は、無口になった。



 いつか、私も。

 先輩のように、誰かの心に瑕疵を残すようなことを、言ってしまうかもしれない。



 囚われ続けた、茜色。


 私の名を持つ、夕焼けの色。



 茜色の空で検索をすると、美しい情景が、たくさん、たくさんパソコンに出てくるけれど。


「茜色って、汚い色なんだね。」


 たった一人の、あの言葉が。

 わたしを、卑屈にさせる。



 普通に毎日暮らしていても、時折ふと出てきてしまう、この、感情。


 私はずっと、捕らわれ続けてしまうのだろう。




「おかあさん、みて。」


 保育園の帰り、歩道橋を渡る私と娘の目に、夕焼けが見える。

 ……ああ、嫌いな、汚い色だ。


「オレンジいろと、あかいろと、まざって、すごくきれい。」


 娘のクレヨンは、赤と、ピンクと、オレンジの減りがとても速い。

 お気に入りの、色なんだろうな。

 先週、新しいものを、買ったばかり。


「あのいろは、どうやってだしたらいいのかな?」


 少し芸術家肌の娘は、このところスケッチブックに、絵を描くことにハマっている。


 …この、汚い色を、娘は描こうとしているのか。


「そうだね、赤と、オレンジと、黄色に、紫…全部混ぜたら、汚い色になるから、それで完成?」

「きたないって、いわないで!!」


 しまった。


 卑屈な自分の、卑屈な一言が。

 娘の心を、傷つけてしまったかも。


「おかあさん! いろは、ぜんぶきれいなの!! あやまって!!!」


 めちゃくちゃ、怒られた。


「ご、ごめんなさい。」


 娘は、傷つくどころか、怒りを堂々と私にぶつけてきた。


 パワフルだな。

 誰に似たんだろう。



 家に帰るなり、娘はスケッチブックを広げて、さっきの夕焼けを手に入れようとしている。


 私は、夕食の準備をしながら、そっと娘のスケッチブックを、のぞく。


 ああ、赤と、オレンジと、黄色に、紫。

 紫色を強く引き過ぎて、おかしなことになっている。


 そもそも、赤とオレンジが、派手過ぎる。

 黄色は、あの薄汚い茜色の空には、ない色だ。


 夢中になって、色を引いているけれど、きっとあなたは、あの空にたどり着けない。


 一生懸命、色を重ねている娘を見ながら、そんなことを、思った。




 五月十日、母の日。


 旦那がケーキを買ってきた。

 母の日のケーキに、一輪のカーネーションを添えて。


 小さいながらも、母の日のパーティーを、開いてくれるらしい。


 娘が、丸めた一枚の画用紙を、差し出した。


 去年は、かわいい私の顔を描いてくれたんだよね。

 今年は、何を描いてくれたんだろう?


「おかあさん、いつもありがとう。」

「おかあさん、おつかれ。」


「ありがとう。」


 そっと、絵を広げる。



 こ れ は 



 あの日見た、夕焼けの色が、私の手に、広げられている。


 何度も何度も、塗り重ねられた、鮮やかな、色。

 鮮やかな色に、塗り重ねられた、濃い、色。


 すべてのクレヨンの色を、塗りこめて、一枚の、夕焼けにしてある。


「ゆうやけのいろって、おかあさんのなまえのいろだって、おとうさんがおしえてくれたから、がんばったの。すごく、きれいにかけたでしょ?」

「茜色って、言うんだよ! ね!!」


「ねえねえ! クレヨン、またなくなっちゃったから、かっていい?」



 茜色は、こんなにも。


 こんなにもきれいな色を、していたんだ。


 涙が、零れる。



 突然泣き出した私を、旦那と娘が、どうしたことかと、あわてて慰める。



 今、抜けたんだ、抜けたんだよ。

 私の心に、ずっと刺さっていた、大きな、楔が。


 楔の抜けた、その穴に、私の涙がしみて、痛い。



 けれど、その傷は、これから必ず、癒えていくはず。



 先輩は。


 あの時私に楔を打ち込んだ先輩は。


 今頃、人の、親になっているだろうか。


 親になっても、誰かの心に楔を打ち込むようなことを、言っているのだろうか。



 もう交わらない世界にいるであろう、先輩の姿。


 その姿は、遠い、遠い姿になった。



 ずいぶん長い間囚われ続けてきた私の心は、娘が華麗に解き放ってくれたのだ。




 あの日から、ずいぶん経った今。

 毎日の夕日を、楽しみにしている自分がいる。


 娘は今も、空の絵を描き続けている。

 アトリエには、いくつもの空があふれ、整頓が追い付かないほどだ。


 乱雑に置かれた、たくさんのキャンバスの中に、あの日のクレヨンのイラストが紛れ込んでいる。


 あの日の色が、変わらないように、写真にし、コピーを取り、何枚も何枚も、複写した。


 意外とクレヨンは、退色せずに、あの日のままの色を保っている。


 額に入った、一枚の夕焼け。

 茜色の、美しさを知った、夕焼け。



 茜という名を持つ私の、一番好きな、夕焼け。



 ……茜という名を持って、本当に、よかった。



 時刻は夕方、6:00を回った。



 今日も、私は、美しい茜色の空を見に行くために。


 お気に入りの靴を履いて……歩道橋へと、向かった。


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