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ヤラカシ家族の386日  作者: たかさば


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41/198

8/14 ★田舎の庭で

 コ、コ、ココココ…。


 ジャワジャワジャワジャワ…。



 海辺の田舎の民家の、昼下がり。


 照り付ける太陽は広い中庭にさんさんと降り注ぎ、水まきをしたばかりの砂地をからっからに乾かしている。

 庭の端の木々の幹には蝉があちこちにくっついていて…あまりにも数が多すぎて、虫網など使わずとも手で捕獲が可能なレベルだ。生け垣にはセミの抜け殻がわんさかついていて、茶色い壁のようになっている。


 大きな木の影には、ニワトリが二羽。縁側に座っている私の足元にも何羽かいるみたいで、コッココッコと鳴き声が聞こえてくる。軒下の砂に所々窪みができているのは、ニワトリが砂浴びをした跡らしい。


「ここは海のすぐ横だから、砂地ばっかでねえ。鶏が大喜びなんだよ。」


 歩いて十分ほどで海岸に出るおばあちゃんの家は、木造平屋・ドッポン便所・五右衛門風呂完備で、ずいぶん古い。

 扉のない大きな門があって、そこをくぐると中庭に直接入れるようになっている。鍵のしてない玄関横には土間があり、キッチン、水場などがかたまっている。中庭をL字型にぐるりと囲うように畳の部屋が六部屋連なっている。

 隣家との境には、柿の木と桜の木、あとよくわからない木が二・三本生えていて、木々の間には腰あたりまでの生け垣がある。


 昔はこの家で12人が暮らしていたそうだが…今はおばあちゃんがたった一人で暮らしている。


「育ちすぎたで、大きいのはもいどいてね?」


 車が六台ほど入る大きさの中庭のど真ん中には土を盛ってできた家庭菜園があって、ナスやキュウリ、トマトが日差しを浴びてキラキラと輝いている。

 おばあちゃん一人では食べ切れないので、いささか育ちすぎているものがちらほら。大きすぎるキュウリは漬物にしたり種を取ったりするんだって。指示通りに、割れたトマトやつるつるのキュウリを片っ端からもいでいく。


 …麦わら帽子をかぶってはいるけれど、太陽の光が野菜に反射して、私の顔をバンバン焼いて…暑くてたまらない。


 時折、ちりんちりんと、さび付いた風鈴が鳴る。すぐ近くに海があるだけあって、風通しはいいけれど、潮風だからちょっと肌がべたつく。


「スイカが切れたよ、お食べ。」


 土間のキッチンに行って、スイカを冷やしていたであろう盥の水があったのでそれを拝借して、手と顔をざぶざぶと洗いつつ、もいだ野菜を突っ込んでおく。…上から新しい水をかけとけば大丈夫だよね。

 がっしょんがっしょん、井戸水を汲み上げて豪快に水を継ぎ足す。

 汲みたての井戸水はとても冷たくて、足に飛沫がかかるたびに涼を呼ぶ。ビーチサンダルを履いているから、どれだけぬれても大丈夫。びしょびしょのビーチサンダルだけど、スイカを食べてるうちにすぐ乾くはず。


 サンダルを脱いで、ぬれた足をぶらぶらさせながら縁側に腰かけてスイカにかぶりつく。


 しゃくっ…。


 井戸水で朝から冷やしていたスイカは、飛び切り冷たくて、飛び切り甘くて…みずみずしい果肉が口の中いっぱいに広がって、あっという間にのどを通って胃袋へと落ちていく。真夏の果実が冷やされて、熱い体内を冷やし、涼を呼ぶ。おなかが空いているから、どれだけ食べても、大丈夫。


「スイカは食べ過ぎるとおねしょするよ!」


 …たくさん食べたら、だめなやつだった。


 スイカのおいしいところを、ふた切れ。四分の一に切ったスイカを、四つに切って、端っこ部分の二つをおばあちゃんが部屋の中で食べている。私は縁側に腰かけて、庭をぼーっと見ながら食べる。ぷっ、ぷっっとスイカの種を飛ばすと、足元からニワトリが出てきて啄み始めた。種を食べてるのかな?遊んでるだけかもしれない。



「ニワトリ、かわいいね。」


「うん。」



 いつの間にか、私の横におばさんがいた。


 田舎は、隣近所の人がいきなり縁側に入り込んで休憩するとか、珍しくないんだよね。私もお向かいのタバコ屋さんの縁側でトンボ捕らせてもらったりしてるし。多分、スイカの種飛ばしに夢中になってるうちに来たんだろう。


 縁側に腰かけて、私の吹き出した種の行方を一緒に見守る。にわとりが、おかしなところに飛んで行ってしまった種もちゃんと追っかけて啄むので、ついつい調子に乗って、庇の外まで飛ばしてしまった。日差しの下に無防備に飛び込むニワトリがちょっとだけ、気の毒になる。


「スイカ、食べる?」


 自分だけ食べてるのもなんか悪い気がして、おばさんにスイカをすすめてみる。


「ううん、だいじょうぶ、ありがとね。」


 おばさんは私の差し出したスイカを食べなかった。私は、差し出したスイカにかぶりついて、また種を飛ばし始めた。

 二つ目に食べたスイカは、種が少なかった。


 食べ終わったスイカの皮をキッチンに持って行き、ごみ箱に捨ててお皿を洗って縁側に戻ると、おばさんが何やらやっている。…手には、ひも。


「あやとり、知ってる?」


 おばさんの手が、クルリクルリと動いて、摩訶不思議な模様を作り出す。一本の輪っかになったひもが、川になったり、カメになったり、はしごになったり、ダイヤモンドになったり…手品も見せてくれた。初めて見る、魔法のような遊びに、目を奪われた。


「そのひも、あげるね。」


 おばさんは、縁側を立って門から出ていった。


 私は、一生懸命、教わったばかりの一人あやとりを何度も練習して…。





「…ああ、なんだ、私だったのか。」



 田舎のおばあちゃんの家が解体されたというので、久しぶりに海辺の町にやってきた私は、何もない更地に足を踏み入れて思い出に浸り…時間の概念を忘れてしまったようだ。


 無意識に過去の自分の記憶とシンクロして入り込んでしまったらしい。懐かしいなあと、昔の記憶に浸っていたら、ついつい気持ちだけが時間を無視して乗り込んじゃったというか。


 記憶の中に自分を放り込んで、懐かしい縁側に座ってみただけなんだけどな。あやとりやったなあって思いだして、やりたくなっただけなんだけどな。


 ・・・あの時、あやとりに夢中になってる私を見たおばあちゃんが、おかしなことを言ったんだよね。


 ―――誰か来たの?


 ついさっきまで、おばさんとあやとりしてたというと、そんな人はこの辺にはいないというし、砂地の庭にも、足跡一つ残っていなかった。けれど、あやとりのひもは私の手にあるし、誰かは来たらしい。

 結局うやむやになって終わったのは、田舎ならではだったけれど。


 長年の謎が解けたなあ。…いや、まあ、今の今まですっからかんに忘れてたけどさ。


 この場所は、駐車場になるらしい。過疎化の進む田舎の町で、駐車場とか…。ああ、海水浴の人たちが来る、夏の間だけで年間収益上げるのかな?

 あたりを見ると…ずいぶん建物が減った。駐車場が多い。潮風の通りも、かなり良くなった気がする。昔、この場所から海は見えなかったんだけど、今は新しくできた道路の端に青い色を見ることができる。


「ねーねー、お墓どこ?」

「ああ、ごめん、車ですぐだよ、行こうか。」


 おばあちゃんのお墓は、ここから歩いて10分くらい。もう、誰もお墓の管理をしている人は、いない。おばあちゃんは、厳密にいうと私のおばあちゃんではなく…祖母の義理の妹だったのだが、戦争で旦那さんが帰ってこず、単身でずっとこの家を守り続けていた。おばあちゃんの兄の家系がこの家を継いだ時、家の管理はそちらにすべて任せることになり、縁が途絶えてしまった。


 お盆だし、花を添えるくらいは、勝手にしてもよかろうってね。


 …私は、無断で……記憶に残るお墓に来ていたりするのだな。


 何度もおばあちゃんと通った先祖代々のお墓だから、場所はばっちり覚えている。お墓横の、一台だけ停めることができる駐車場に車を停めて、花の準備をする。


「あやとりのひも、だして。」


 する事の無い息子が、私に声をかけた。木陰で時間つぶしでもしようというのだろう。ポケットに手を入れ…はっと、気付く。


 …さっき自分に渡しちゃった。


 最近あやとりにはまっている息子は、片時もあやとりのひもを離さずに技を磨いていたりする。自分のポケットに入れておいて無くすことが多いので、私が預かることにしたんだけど、うん、やらかした、さてどうしよう。…正直に謝ろう。


「ごめん、失くしちゃった。」

「…わかった。」


 明らかに落胆する息子、しかし、私の失敗を責めない。この姿勢は見習いたいものだ。なんてできた人なんだ。やらかしがちの考えなしの親で申し訳ない。…この場合、親の出来が悪いから子ができた人間になるという事でよろしいか。


「お墓終わったらひも買いに行こうか、それまで待っててもらっていい?」

「うん。」


「あたしクレープ食べたい!!」

「食べほいこー!!」


 ああ、もうお昼か。確かにおなかが空いている。このあと高速で町まで行って、ショッピングモールでご飯にしよう。


「わかったわかった、じゃあ、私花やってくるからさ、何食べるか決めといてよ。」


「たべほたべほ!!」

「あたし回転ずしがいい!!」

「ハンバーグ食べたい。」


 騒がしいなあ、もう。


 ジャワジャワ…シャワ、シャワ、シャワ…!!!


 …蝉も相当うるさいから、まあいいか。


 私は井戸の水をくみ上げ手桶いっぱいに満たすと、柄杓を突っ込み……懐かしいお墓へと、向かったのだった。


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