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7/4 ★早起きは三文以上の大損

「あら、おはようございます!朝早くからお出かけ?ぼくちゃんおおきくなったねえ!」

「おはようございます、いえね、毎朝この子とウォーキングしてるんですよ。その帰りですね」

「おはようございます」


 朝六時半、日課である息子との早朝ウォーキングから帰る途中の最終カーブのあたりで、顔見知りの奥さんにばったりと会ってしまった。


 手には大きなゴミ袋が四つ、ここからゴミ収集所までは少し遠い。……手伝うか。


「君、もう家すぐそこだから一人でお帰りなさい、私は奥さん手伝って行くから」

「わかった」


 この奥さんは話が長いことで有名だ。逃げ出せなかった場合、息子の登校時間に間に合わなくなる可能性がある。もうそろそろ旦那と娘も起きる頃だ、一人で帰してもなんとかなるはず…。


「あらあ!いいの?ありがとう!!」


 遠慮を知らぬ奥さんは、右手のゴミ袋を私に差し出した。私はそれを受け取って、一緒にゴミ捨て場へ。


「昨日庭の木を切ったのよ、これから伸びるでしょう、今のうちにって思ってね、思い切ったのよ、ふふ、木だけにね!!」

「あはは、お疲れ様です……」


 という事は、まだ山のように燃えるゴミがあるという事で、私はその移動を手伝う要員として認識されてしまったという事でしょうか…。

 仕方がない、乗り掛かった舟、いや乗ってしまった船だ、最後まで付き合うか。


「全部持って行くの時間かかると思ってね、早起きしたのよ。眠くて眠くて!いつもだったら寝てる時間なのにー!でも奥さんが手伝ってくれるから、早く終わりそう、ありがとね!!」


 第一陣のゴミをゴミ収集所に出して奥さんのお宅にもどると、庭にはうず高く積まれた木が。二人で運べば、二往復くらいで済みそうかな?一人で運んだら、確かに一時間くらいかかりそうだ。


「いえいえ、困ったときはお互い様ですから、ええ」


 お互い様と言いつつ、世話になった経験がないことはさておき。

 興味のないタレントの結婚話や蘊蓄、ずっこけエピソードを聞かされ続けるよりは、作業をしていた方が気分的にも楽ではある。


「いつもこんなに朝早く起きてるの?眠くない?ぼくちゃんもえらいわねえ、眠くないのかしら…」

「もう日課になってるんですよ、一年生の頃から朝五時に起きて公園行ってるんです」


 五時に起きて米を研ぎ、炊飯のスイッチを押して洗濯を回し。ウォーキングに行って帰ってくる頃には米も炊けて洗濯も終わっているという、黄金パターンがあるのですよ。朝イチで動いて腹を減らし、炊きたてご飯を腹一杯食べるという目的があるのですよ。


「早起きは三文の徳って言うもんねえ、なんかいいこととかあるの!!」

「いいこと…そうですねえ、いい運動になってるとか、顔見知りが増えたとか、朝ごはんが美味しくなるとか……あ、いろいろ拾ったりとか?」


 この前すごく大きな玉虫拾ってさ、テンションだだ上がりではしゃいだら、虫嫌いの息子にしかめっ面されてひどい目に合ったんだよね。


「え、何拾ったの!!お金とか?!」


 おう……下世話な流れ、キター!

 拾うと言えばお金なのか、一般的には。・・・なんだ、世知辛いなあ、もう。


「けっこう拾いますかねえ。財布は三回、お金は月に一回くらい、かばんが二回におもちゃ……」


 実は、わりとお金を拾う事はあったりする。


 公園に行く途中には、少々治安のよろしくない明け方まで営業している量販店がある。夜中、パリピの皆さんが酒を飲んで騒いだ後、公園にゴミを捨てていくついでに大事なもんも放り投げてしまうらしく、かなりの頻度でいろんなものが植込みのあたりに鎮座しているのだ。買ったものがそのまま捨てられていることもボチボチある。


 大きな幹線道路沿いという事もあって、公園の植え込みはいらないもの投げ捨て場として不届きものの皆さんの御用達になっている節があるのだな。だがしかし、日の落ちた夜間は鬱蒼としているものの、日が昇ってしまえば明るく照らされるわけで…投げ捨てられたもの御一同の皆さんは、実に緑の中に混じることなく、目立つ存在として早朝活動者に発見されてしまうのである。


「へえー!!私も早起きして散歩に行ってみようかしら!!!」

「はは、圧倒的にチューハイのロング缶が多いですけどね。虫とか」

「ヤダ!!気持ちの悪いこと言わないでぇー!」




 ……そんな会話をしたのが、GW前だった、はず。


 なんていうか、日に日に、こう……、あの奥さんの家が、やけにどんよりとしてきて、梅雨明けの緑のもっさり増える時期だというのに庭の木々が枯れてきている。


 ・・・これはいったいどうした事なのか。ウォーキングの行き帰りに通りかかるたび気になってるんだけど、どうも奥さんと遭遇しないまま時間だけが過ぎちゃって……。




「あ、奥さん、おはよう!!」

「あれ、ウォーキング、始めたんですか?」


 いつも通りに五時半に家を出て公園に到着した時、件の奥さんとすれ違った。うっそうとした庭の様子とは打って変わって、実にハイテンションの奥さんから、うぐぐ…目が、離せないぞ……。


「久しぶりねえ!!あたしね、あの後朝散歩に行くようにしたの!そしたらね、すごくいいもの拾うようになっちゃって!!!毎日楽しみでねえ!!!すごいのよ、池の方、ものすごい収穫ポイントでね!!」

「はあ」


 聞けば、日の出直前に起きて、公園内を毎日チェックしているのだそう。晴れている日は四時半に起きて公園内をくまなく巡り家に帰り、そのあとお風呂に入って昼まで寝てるんだって……。曰く、毎日運動するようになって、体力もついておなかも空いて、すごく健康になれたとのこと。

 ・・・今の今まで一度も遭遇していなかったのは、お宝発見プロジェクトで忙しかったからか。


 ……そういえば、最近あんまり拾いものをしていないな、なるほど、この奥さんが先に回ってすべて回収してくれていたという事ですね、フムフム。


「お母さん、時間」

「あ、ごめんなさい、この子の登校時間に遅れちゃうといけないんで、失礼」

「ふふ、今日はお宝、なかったわよ!またね!!」


 ニコニコしつつも少々不満げな奥さんを見送りつつ、公園入口の階段を足早に昇る。時計台の時刻は6:00、しまった、ちょっと急がないと家に着くのが七時越えちゃうな。


 急ぎ足で土手の上のウォーキングコースを歩く私の目に映るのは…公園横の道路をのんびり歩いて自宅へと向かう、奥さん。土手と自宅方面に向かう道路は、段差こそあるものの、長いこと平行してのびているのだ。


 二メートル上から見ると、実に見晴らしが、よろしくてですね。

 いろんなものが、ばっちり見えましてですね。


 ・・・いっぱい、いろんなもん、のっけてるな。


 ……おそらく、あの奥さんは。


 私の話を聞いて、いろんなものを、拾っているのだ。

 落ちているものを拾って、自分のものにしているのだ。


 落し物ほど恐ろしいものはないのだけれど、そのあたりには……、一切気付いていないと思われる。


 しまったなあ、そういえば、私拾ったものは全部警察に届けてるって言ってなかったような。っていうか、普通拾ったら届けない?こんなにもがめつく、拾ったもんを自分のもんにする?


 微妙に自分の言葉足らずを後悔しているわけなんですけれども。


 ・・・落し物には、落とした人にしかわからない物語というものがあってですね。


 例えば、お金のたっぷり入っている財布。単純に落としただけならまだしも、だまされて取られたのちに捨てられたとか、憎まれて取られて捨てられたとか、いろんな物語がですね、あるわけですよ。


 失くした財布を思って、盗んだやつに呪いをかけるやつは多いんですよ。盗んだ財布に怒りの全てを乗っけて、盗まれた奴の不幸を願う奴もいるんですよ。手元から消えた財布に向かって、戻って来いと願う気持ちを飛ばす人は多いんですよ。


 財布は帰りたいと願っているのに、それを邪魔するやつがいたら、そりゃあ怒っちゃうわけですよ。たっぷり入っていたお札自体が、悪すぎるお金ってパターンもあるわけですよ。


 騙したお金に盗んだお金、つじつま合わせのお金に諦めたお金、命の代償になったお金その他もろもろ。恨みや憎しみの気持ちなんかがばっちり財布や現金に染み付いてて、その中身をもらっちゃうとどうなるかってね。


 私は、自分が拾ったものはすべからく警察に持って行くタイプだから、ここまで大事になるとは思わなかった。


 ……さらに、売れそうなもんは全部二束三文で売り払っているらしい。


 大切にしていた思い出の結婚指輪を1000円で売られたばあちゃんが思いっきり頭の上に乗ってるぞ。カバンにいれといた薬が飲めずに死んだおっさんが背中に貼り付いてるな、ああ、なかなか運動できなくて心残りだったから、今動き回ってエンジョイしてるのか。マズいなあ、初めて孫にもらったお小遣いを使われたおばあちゃんの怒りがどろどろと渦を巻いている、…そうか三日前に死んじゃったから、盗んだやつに鉄槌を下すつもりなんだな。財布落として飯が買えずにふらついて車に轢かれた姉ちゃんが、腹いせに爆食させてるのか。うわあ、遺骨入りのペンダント捨てたから陰気な兄ちゃんがめちゃめちゃ不幸呼び込んでる、これはエグイ。


 ああー、曲がり角だ、ぜんぶの怨念見届けることができなかった……、いや、見なくていい!!


 しまったなあ、ここまで根こそぎネコババする人だとは思いもしなかった。早起きは三文の得?いやいやいやいや……三文の得どころか、八百万の大損になってるぞ、いいのかあの人。


 腕を組み組み、今後どうしたもんかと気も漫ろでぼてぼて歩いていると。


「五百円落ちてる」


 息子がベンチの下で光るお金を発見した。…今から交番に行くと、学校が間に合わなくなるかも。よし、ここは見て見ぬふりをしてスルー・・・。


「走って行こう!」


 今まで何度も交番に落とし物を届けた息子は、久々の拾い物にはりきっているらしい。のろのろ歩く私を置いて、駆け出す元気な小学生―――!!!


「あ、ちょ、早いよ、待って、待ってってばー!!」

「先に行ってる!」


 重量感はあるものの、若さと体力のある若者は実に軽やかに駆け出してゆき!!!


「はあ、はあ、おはようございます……」

「おはようございます!もうかいてもらってますよ!」


 にこやかに微笑んでいるのは、長年の顔馴染みのおまわりさんである。息子が小さい時から、十円拾ってはここに持ち込み、丁寧に受け取ってくださってですね。


「久しぶりだねぇ、最近ぜんぜん拾ってないじゃない」

「はは、そうですね……」


 まさか近所の奥さんが全部がめてますよと言うわけにもいかず。


「落とし物の問い合わせの件数は変わんないんだけど、届く数がえらく減っててね……」


 ……ちょっと、これ、疑われてたりしないでしょうね。私がパクってるみたいな!


「私たちより早く散歩に来てる人が別の警察に持って行ってるとか?」

「さあねぇ……、ただ、最近遺失物が売られていた形跡があるんですよ。今ね、調査「かけた」」


「受け取り希望はいつも通り無しでいいんだね?」

「はい」


 うおお!

 ちょうど気になるところで、話が途切れた!


 追及したら怪しまれるパターン、続きを自主的に話してくれる事を望みつつ、成り行きを見守りー!


「はい、お疲れ様。ありがとう。」

「さようなら」


 あああ!肝心な、肝心な部分!


「いそいで帰ろう!」

「は、はい……」




 それから二三日して、激しい筋肉痛に苦しんだ後くらいから、また、落とし物を拾いがちになったわけなんですけれどもね。


 最近落とし物増えましたねっておまわりさんと話すようになったわけなんですけれどもね。


 あの奥さんとは、全くあわなくなってしまってですね。


 ……会わない方が、良いとは思うんだよね。

 ……おかしな逆恨みとか、困っちゃうし。


 ……心配し過ぎか。


 人の住んでいる気配の消えた、奥さんのお宅の前を通りすぎ。


 今日も私は、息子とウォーキングに出かけるのであった。


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