12/8 身だしなみ点検
「髪の毛切ってもらえる?」
朝七時五十分。
仕事に行く準備をしていたら、神妙な顔をした息子が近づいてきたぞ!
「は?なに、いきなり」
「今日身だしなみ点検だった…」
なんと、二ヶ月に一度の身だしなみの検査があるらしい。
なんでも耳とかに髪の毛がかかってるとアウトなんだってさ。
引っかかったらヤバいんだってさ。
月曜に先生からこの長さだと引っかかるから早めに散髪して来いって言われてたんだってさ!
「もう間に合わないよ、仕方がない、今回は違反者になりたまえ」
なぜ当日の朝になってこういうことを言い出すのかね。
昨日は一日テスト明けで友達と一緒にカラオケに行っていたではないか。
なぜその時に気が付かない、思い出せない!!
「切ってくれたらそれでいい」
切ったらとりあえず通るから、悪い記録は回避したいとかなんとか。
耳にかかっている部分だけを切り落とせばいいとかなんとか。
ちょっと待て、そんな適当な感じでヘアスタイルを?!
「君、一応人の目が気になり始める高校生なんだからさあ…そんな適当なことするのはどうかと思うよ?!」
「帰ったら1000円カット行くからお願い」
言葉少なに声を荒げる事なく淡々と希望を伝える息子の目は、切ってもらわねば自分で何とかするぞという決意がうかがえる。……ここで断ってしまったら、おそらく【なんか変な見た目】で収まる事なく【おいおいマジか】レベルの状態で登校されてしまう事必至!!
「グぬぬ…も~、今回だけだよ?!」
耳にかかっている部分と、後ろ頭の襟に乗っかっている部分を…チョキチョキとハサミで切り落としていく。
屈んでもらわねば耳の上に生えた毛が切れなくなるとは、ずいぶん大きくなったものだ…。
ついこの前まで、胡坐をかいた足の中に座らせておもちゃで遊んでいる隙にチョキチョキやってたというのに。人とはこうも素早く成長してしまうものなのか……。
「ありがとう」
肩に積もった短い毛をぱっぱと払うと、ニコニコした息子がこちらを…うん、微妙にやっぱり、変。
見た目だけはすっかり大人だけど、中身はまだまだ子供だからね、うん、仕方ないね。まあ、こういう経験を積んで、失敗の少ないちゃんとした大人になってゆくのだと思えば…うん……。
「ハイよ、気を付けて行ってらっしゃい」
「はい」
なんだかほのぼのしながら息子を送り出した、その時。
ドタ…ドタバタ!!!
やけに重量感ある騒がしい音が聞こえてきたぞ!!!
「わあん!!!今日朝一で会議あるのにお母さんが起こしてくれなかった!!!完全遅刻じゃん!!朝ごはん食べれない、ウッキー!!!一番上に置いといた書類が無くなってるし、はいてく靴もないよ?!ねえちょっとどこにあるの?!早く探して!!!」
『明日は朝が早いから起こしてね』の一言も伝えてこなかったくせに、責任をこっちに擦り付ける気満々の旦那が寝癖だらけの頭でじたばたしている。
なぜ前日に準備をしておかない!
なんで情報を共有しておかない!!
大人になってずいぶん年月を重ねたおっさんのやらかしっぷりが目に染みるのなんのってもうね。
引き出しを開けてもスーツのポケットにねじ込んであるネクタイは見つからないし、フォーマル用のクツは閉店セールで山ほど買ってきた安いスニーカー(レジ袋に入ったまま)の山の下に埋もれている。おそらく書類は昨日疲れたと言って脱ぎ捨てた作業着の下敷きになっているはずで、朝ごはんを食べる暇はなくともコンビニに寄ってコロッケパンとフライドチキン、コーヒー牛乳に肉まんとピザまん、レジ前に置いてあるなごやんを二つ買う余裕はあるはずなのだ。
…不自然に跳ねている後頭部の毛束は、ハサミで切り落とすこともできるわけだけれども…まあ、ここはスルーでよろしかろう。旦那は身だしなみを点検されるような学び途中の若者ではないのだ。学べなかった恥ずかしい大人として、思う存分振る舞ってくるがいい!!
「ネクタイはポケットの中、書類はこれだよね?靴出しといた、財布入りのかばん持ってきなよ?忘れたからって持って来てって頼むのはやめてよ?!そもそもお父さんはね大人のくせに自覚も準備も…」
「むー!!一回持って来てもらっただけじゃん!!いつまでもネチネチと!!ハイハイありがとね、行って来ます!!」
プンプンしながらドスドスと出かけて行った旦那だったんですけどね。
『財布の中、201円しか入ってなかった!!たすけてプリーズ!!』
ものの五分で、近所のコンビニに呼び出されましてですね。
朝っぱらから人の腹を膨らませるために散在する羽目になったっていう、お話ですよ…。




