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10/1 ☆棚ぼたキャンプはずいぶんいろいろあるが…なんとかなるなる。

 思いがけず、山奥に一泊二日旅行に行くことになった。


 町内会の役員仲間の道重さんは一ヶ月に一度はテントを張る本格派キャンパーとして近隣住民の皆さんに名を馳せているのだが、半年前から予約をしてようやく宿泊が叶ったログハウスレンタル日を三日後に控えた先日、まさかのぎっくり腰になってしまった。

 行くことができなくなったとのことで、急遽我が家が行くことになったのである!!


 なんかね、キャンセル料もかかるし、うちもログハウス一回行って見たいって思ってたところだったし、予定もあいてたし。

 せっかくの楽しめそうな案件、行きたいな、行こうか、よし行こう!ってんで、車で三時間かけてやってまいりましたとも。


「うぐぐ、結構きつい山道だな…」


 山奥にあるというだけあって、峠道が連続で襲いかかる。

 いささか車酔い気味だ…。この道をぎっくり腰で越えるのは無謀としか言いようがない。道重さんは正しい選択をしたね!

 ……車に乗ってるだけの私ですら、ぎっくり腰になりそうなんですけど。


「あ、見えたよ、あれあれ、ええとニュウキャンピングヤード、間違いない」

「着いた…」

「へえ、わりときれいで賑やかしいね」

「うーん、キモチワルい…早くなんか食べて落ち着きたい…」


 キャンプ施設の入り口のゲートを通ると、そこには複数のログハウスとコテージ、広々とした場所に色とりどりに張られたテント、大きなログハウス風の建物が二棟、芝生広場に釣堀、遠くに川が流れている…のが見える。


 ファミリー層から熟年層、若いグループ…いろんな人がおのおのキャンプを楽しんでいる。


 この施設は、テントを張るキャンピングスペース貸し出しや、宿泊するためのコテージ・ログハウスがあり、このところずいぶん人気を呼んでいるらしい。

 なかなか予約も取れないみたいだし、今回のことは実にラッキーだったのだ、たぶん。


 キャンプといえば…林間学校の焚き火だとかコゲコゲの生煮えご飯に水っぽくて硬い具の入ったカレーだとかトイレが蟻だらけだとか、うん、いい思い出ないな、私。

 …ここでよい思い出を手に入れることができれば、キャンプ好きになるはず。今日が私のキャンプラブファーストになるはずだ!


 一般駐車場に車をとめ、チェックインの手続きをするために中央にあるセンターハウスに向かう。


 娘と息子は手続きと説明を聞いている間、ボール遊びを楽しむらしい。

 車に積み込んであった遊具セットを取り出して、子供達でにぎわう広場へと駆けていった…なんだ気が早いな。


 私と旦那はスタッフさんに説明を聞きながら、外の様子をちらりちらりと盗み見る。


 …私は複数人数でいるとき、おおよそ第三者の話を聞いていないことが多い。詳しい説明は旦那が聞いてるから、私はついでみたいなものでね。

 …旦那は複数人数でいるとき、おおよそ第三者の声を適当に聞いていることが多い。一緒に説明説明を聞いてる誰かがいるなら、なんとなく聞いといたら大丈夫だろ、そんなふうに思っているに違いなくてね。


 やらかしがち一家は、誰一人として…責任感を持って行動をしない。

 各々が気になることを最優先させて、それなりにまわりを気にしながらなんとなくその場を乗り越えるパターンが確立されている。


 バスケットゴールやブランコ、滑り台なんかもあって結構子供達がたくさんいるのが見える…ああ、息子がこけた、大丈夫なのか。娘がフォローしてるな、なんとかなるか。


 少し遠くには釣堀コーナーがあり、ちびっ子達が親御さんに見守られながら釣竿をたらしているのが見える…ああ、ちびっ子が釣り上げた、よく釣れる釣堀みたいだ。

 海辺で育った私は、釣りが非常に身近だった。しかし近年海から離れた地で暮らしているうえに、塩水じゃないところに生息している魚ってのを釣ったことない。

 …なんだかテンションが上がってきたぞ!


「あっ、そうなんだー!絶対いこっと!!」


 外ばかり見てたら、重要なことを聞き逃していたらしい。


「えっ、何々、聞いてなかった何の話??」


 …聞いてなかったら、聞き直したらよろしいのだ。


「ここ温泉あるんだって、結構大きいらしいよ!」

「マジで!!絶対行こう!!!」


 温泉好きの私のテンションが上がる!!!


 受付で騒いでいたら、娘と息子がやってきた…なんだもう帰ってきたのか、気が早いな。


「ちょっと!!温泉あるらしいよ!!」

「マジで!!わーい!!温泉温泉!!」

「温泉はいる」


 うちはみんな温泉が大好きなのだ。

 天然温泉に人工温泉、温泉の元すら愛おしいという、根っからのお湯ラバーファミリーでしてね!


「温泉は夜九時までの営業なんで、早めに入っておいたほうがいいですよ。大きめですけど、普通の温泉施設と比べると小さいですので」

「今から皆さんBBQ始めて、食べ終わるのが七時過ぎですからね、その辺が一番混むんです」


 受付のお兄さんとお姉さんがかわるがわる助言をくれる。


「じゃあ、先に入っちゃおうか。荷物置いたら入りに行こう!」

「え、ちょっと待って、魚先に釣りたい!!」

「魚釣りたい」


 お風呂のあとであんまり生魚触りたくないな。

 いや、そんなこと言い出したらお風呂のあとでBBQもいやだな、ああ、でもログハウスの中にお風呂ついてるからそっちにもう一回入ればいいか。


 まだ時間は午後四時、余裕はある。


「じゃあ、今から荷物をログハウスに運んで、魚釣って、温泉入って、BBQやって、部屋のお風呂に入った後はカードゲーム大会ね!!」

「「らじゃー」」

「わかった」


 かくして、宿泊予定のログハウスに車を移動し、荷物を積み込み。


 釣堀で久々のつりを楽しみ。

 川のせせらぎに耳を傾け。

 最新のテント設営を見ながら購入について討論したり。


 時間ってのは、あっという間に過ぎちゃうんだね、気が付いたらもう五時過ぎだった。


「温泉いっとかないと!!」

「そうだね、行こう行こう!!」


 センターハウスにある温泉に、タオルと着替えを持って向かおうとして…。


「あ、ヤバイ、タオル忘れた!!」

「あたしも持って来てない!!」

「忘れた…。」


 昨日あれほど私が『タオルないってHPに書いてあるから持っていけ』と言ってたのに、誰一人として聞いていなかったらしい。


 昨日持ち物チェックしたかきちんと聞いたのに!!

 オッケーって言ってたのに!!


 …安定の残念さ、この有り様。

 期待を裏切らないな…たまには良い方向に裏切ってみたらどうなんだ。


「ちょっと!私余分持ってないよ!」

「センターハウスでレンタルしてるらしいよ!」

「よし、借りよ!」

「忘れてごめんなさい…」


 きちんと謝れる息子には、私の予備タオルをそっと差し出す。


「ありがとう」

「「あ、ずるい!!」」


 ずるいってなんだ。


「じゃあ、出たらBBQね!」

「へいへい」


 娘と旦那は、受付でバスタオルをレンタルしている。


 私は一足先に、女湯へと向かった。


 受付横の通路を歩いていくと、男湯、女湯の看板が見えてきた。

 奥には暖簾のかかった入り口ドアがあり、きっちりと閉められている。


「ふうん、天然温泉なのかあ」


 効能やら入り方のマナーやらが書かれたボードを見てから、女湯とかかれた暖簾を上げ、ドアを開ける。


 さあて、どんな温泉が湧いているのかな…って!!!


 は、はい―――?!


 ドアを開けると、素っ裸の女子、女子、女子、女子、女子女子女子女子女子女子…!!!


 ……ドアを、そっと閉める。


 暖簾が、ふわりと、揺らめいた。


「え、なに、どうしたの?? はいんないの??」


 バスタオルをレンタルした娘がちょうどやってきた。

 胸には厚手のバスタオルを抱えている。


「なんか、目のやり場がない。無さすぎる、逆に目の毒、勘弁してください…」


 ドアノブから手を離しもせずに、顔だけ娘の方に向け、真顔で事実を告げる。

 …娘が私の言動を見て、不可解な顔をしている。


「何言ってんの?!早く入ろ!!!」


 私を押しのけ、ドアを開けた娘は…ずいぶん丁寧にドアを閉めて、こちらをふり返った。


 いささか赤い顔をした娘は、ぼそりと呟く。


「異世界の…いけない類の、品評会みたいだ…」

「ちょっとその言い方!!確かに…その通りではあるけれども!!」


 どうあがいても、あのなかに紛れ込めそうにない、紛れ込みたくない。


 入ることが躊躇われる、禁断の温泉。

 いや、湯にたどり着くことすら難しい、脱衣所にすらいけそうにない…見ることすらできない、幻の温泉だったのだ、この温泉は。


「どうしよう、入れるようになるまで、待つ?」

「無理無理、もうログハウスのお風呂でいいや!」


 私と娘はログハウスに移動し、ごく普通のお風呂をいただいた。



「あ、もう帰ってる、ゆっくり浸かってくると思ってたのに」

「温泉、狭かった」


 私がBBQ用の野菜を用意していると、旦那と息子が温泉から帰ってきた。

 ……ずいぶん遅かったなあ、もう六時半だよ。


「なんか女子だらけで入れなかったんだよ。温泉どうだった?めっちゃ混んでなかった?」

「センターハウスに女子がたくさんいたのは、温泉上がりだったのかあ!アイス買えなくてさあ、大変だったんだよ!!」


 風呂上がりに食べるアイスを買うために並んでて、戻ってくるのが遅くなったらしい。

 …なぜBBQ前にアイスを食うんだ!


 男湯の方もそれなりに混んでいたようだった。

 聞くところによれば、スーパー銭湯の水風呂くらいの大きさの浴槽が一つと、洗い場が八つあったらしい。おそらく女湯も同じような感じなんじゃないのかな。


「コテージブースにさあ、めっちゃ女子いたじゃん、多分あれ合宿かなんかなんじゃないの」

「ああ…コテージはお風呂ついてないから?うーん、温泉は諦めるかあ…」


 食後にでも入りに行けたら行こうと思ってたんだけどな。……まあ、いっか。


「よーし!じゃあ、BBQ始めるかー!」

「わーい!!肉肉!!」

「ハンバーグ食べたい」


 旦那がグリルを用意し始めた。

 ログハウスのテラスで、絶景を見ながら美味いものを焼いて食う、それが本日のメインイベントで…。


「ねえねえ、ライター持ってる?」

「…持ってないよ!!」


 ハイハイ、ライターを持ってくるのを忘れたわけですね。


 ご飯を炊き始め、野菜を切り終わり、釣った魚の下処理を済ませ、食器を洗って準備万端だった私は小銭入れを持ってセンターハウスへと向かった。


 むむ、センターハウスの売店に、女子があふれているぞ…。いや、ファミリーもいるな。なんだ、この混み具合は。相当人気の施設なんだね、ここ。


 少し並んでターボライターを購入し、ついでに温泉の様子をちらりと覗いてみようと、暖簾のかかる女湯のドアをそっと開けた。


 ドアの向こうには、服を着た女子が、たくさん詰まっている。

 おそらく奥の方は、服を着ていない女子がたくさん詰まっているに違いないぞ…。


 …うん、この温泉は、見ることすらできない…秘湯中の秘湯だったんだね。


 私はログハウスへと、急いだ。


「ねーねー、焼き肉用のトング持ってる?」

「…ないよ!!!」


 BBQの用意は任せたからねとあれだけ言っておいたのに、こういうことになっちゃうんだよ、…うん、知ってた。


 焼肉のたれが足りないとかさ、しょうゆがないとかさ、ティッシュがないとかさ、歯ブラシがないとかさ、もうね、いつも旅行に行く時の準備しかしてこなかったってのがね?

 ログハウスには食器や家電があるから大丈夫って、思いこんじゃってたのがね??

 いざとなったらセンターハウスで何でも売ってるから何とかなるなるって、能天気に笑ってたのがね???


 こんな状態でテント泊とかさあ、絶対できるわけない。

 夕方討論したテント購入の件は却下一択だな、うん。


 大型テントを買ったところで、ペグが足りないだのトンカチ忘れただの着火剤忘れただの新聞紙忘れただの敷物忘れただの寝袋忘れただのライト系が何もなくてスマホで明かりを取る事になるとか…無事設営できる気が微塵もしない。


 キャンプっていうのは、細かな気配りと丁寧な準備、綿密な計画と手際よく事を進める行動力がなければへっぽこなんちゃってお楽しみ会(残念要素たっぷり)になっちゃうんだよ、本当にさあ…。


 何とかなると信じて、適当にBBQを始めたけれど、準備不足のうえ、経験不足がひびいて…着火剤をまぶした炭はなかなかうまく燃えてくれなかった。


 なんだかなあ、キャンプって…素人が手を出してもうまくいかないなあ…。


 棚からぼたもちで人気のキャンプ場に来ることができたのは良かったけれど。

 そのぼたもちは、いささか苦かった。


 炭火の火加減が難しくて、焦げに焦げまくったピーマンを焼肉のタレにつけて口に放り込むと…焦げた部分は苦くて、生の部分も苦かった。

 一方、IHコンロで調理した釣った魚の塩焼き、フライパンで調理したホルモン焼きそば、炊飯器で炊いたご飯はそれはそれはおいしくてですね!


 …うちの家族は、いろいろとキャンプには向かないのかもしれないな。

 いろいろと思うところはあったものの。


「さっきさあ、センターハウスでいいもの見つけたんだよね~!」


 私はトングを買いに行かされた時にですね、地酒を見つけてしまったのですよ、ええ!!


「いつの間に買ったの!!!人が炭に苦労してるときに!!」

「あんまり飲まないでよ!!カードゲーム大会やるんだからさあ!」

「わかったわかった!」


 お酒の入った私は、ずいぶん陽気になり…楽しい夜を過ごした。

 カードゲームの内容なんて微塵も覚えちゃいないが、ずいぶん楽しい時間を過ごしたような気がする。…多分過ごしたんだな、きっと。


 朝ごはんは、炊きたてのご飯にアジの干物、目玉焼きにハンバーグ。シンプルなごはんの美味しいこと!


「いやぁ、うま、うま!」

「おいしい」

「魚うまー!」


 朝からよく食べるなぁ…。

 五合炊いたのに、ほとんど残っていない。

 私は茶碗いっぱいでおなかいっぱいだよ、なんだか胃が重いというかさあ…ああ、飲みすぎたのか。


「チェックアウト、間に合うよね?」

「間に合う間に合う、多分」


 ギリギリまで洗い物をしていたので、危うく滞在時間オーバーになるところだった。


 …なんだかなあ、今回のキャンプ、やけに時間に追われた感じがする。

 いや、人にも追われたか、…追われてはいないな、圧倒されただけか。


 ま、無事チェックアウトも間に合ったし、ヨシとするか。


 車に乗り込み、家にむかう私たちは、いくぶん顔に疲れが見えていたり。


「…またくる?」


「いやぁ、どうだろ、次は全部揃ってるリゾートがいいな!」

「あたし次は温泉メインのとこが良い!」

「サウナ入りたい」


 棚ぼたキャンプは、思いの外、感動がなかったみたいだ。

 …やっぱり、いきなりのキャンプは無謀だったらしい。

 次に来るときは、道重さんくらいのプロに同行してもらわねばなるまい。


 準備不足による不満頻発が当たり前になってしまっては…キャンプに対して良いイメージがね?


「ま、しばらくキャンプはいいかな…」

「わあ!道重さんにお土産買い忘れた!」


 キャンピングパーク出口で、慌ててUターンすることになってしまった。


 チェックアウトしたばかりのセンターハウスへと急いで、キャンプ場オリジナルの自家製スモークチーズをいくつか持ってレジに向かい、手早く購入した。


「最後の最後までどたばただよ…」


「ま、こういうもんだって!!はじめてにしちゃあ上出来だって!!」

「帰りさあ、でっかい公園寄っていこーよ!!」

「遊びたい」


 車に戻ると、すでに公園行きが決定していた。

 早めに帰って洗い物をする計画がー!

 …まあ、いっか。


 峠を降り降り公園に向かう道は、行き以上にくねくね感とスピード感があり、公園に付くころにはずいぶんグロッキー状態になってしまった。


 …くそう、無計画の思いつきなんてのはこれだから駄目なんだよ。


 休日をフルパワーで楽しむ家族を見ながら、私はベンチで一人…お茶を飲んで休憩、休憩……。

 今回の顛末を文字に残そうと…スマホケースに忍ばせてある紙にエピソードを…メモ、メモ……。


 メモをもとに今晩物語を書いておけば、今後の糧となるに違いない。

 棚ぼただとか行き当たりばったりだとかその他もろもろ…学んだことは、経験したことは、やけに記憶能力に衰えが見え始めた昨今、視覚媒体に残しておかねばならないのだ。


 キャンプにまつわるあれこれを散々メモしてお茶を一口飲んだら、私のおなかがぐうと鳴った。

 …ようやく調子が戻ってきたらしい。


「ねーねー!あっちにあるゴーカート乗ろうよー!でもってそのあとなんか食べよー!」


 私はスマホをかばんに入れ。


 フリスビーで大はしゃぎをしている家族のもとに駆け寄ったのだった。

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