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8/26 ☆情熱の重み

 ……あの頃、私は。

 ただ闇雲に…、追い続けていた。


 全てが怪しくみえて、一人で暴走し…、ただひたすらに追いかけていた。


 どこかにある楽園を探して、現実を駆け巡った。


 指先で、世界をなぞり。

 瞳で、世界を確認し。

 胸で、世界を受け止め。

 頭で、世界を広げ。


 ……多感な時期に身に染み込んだ、吐息の、数々。


 見つめ合う眼差し。

 はにかむ瞬間。

 無理を通す傲慢。

 わかり合えないもどかしさ。

 ふと気づくかけがいのない存在。

 求める気持ち。

 通じる喜び。

 永遠の誓いの貴さ。


 ああ、……尊い。

 切ない呟きが、経験したことのない世界を教えてくれた。


 ああ、……尊い。

 熱情の猛りを得た私は、貪欲に求めるようになった。


 道行く人々、学校に屯う無防備な人々、二次元に生きる人々……。


 すれ違いざまに、恩恵に与り。

 真正面から、恩恵に与り。

 紙面をのぞき込み、恩恵に与り。

 テレビの向こう側を想像し、恩恵に与り。


 姿無き現実にめげることもあった。

 だが、そんな事は、他愛もない事だった。

 己の中に熱の欠片が生まれてしまえば、あとはそれを…育てるだけでよかった。


 数多の不都合を、もろともせず、ただただ突き進んだ、あの時代。


 今でも、私は……、忘れていない。

 あの頃感じた、燃え上がるような、心の疼き。


 ……いつしか、大人になっていた私。


 自分の求めた熱情の世界など、どこにもないのだと、気づいてしまった。


 現実は、ただ、ただ、……冷ややかで。

 どこにも、自分が追い求めた熱など、存在していなかった。


 あの頃感じた熱情が、こんなにも冷たさを纏うようになろうとは…思いもしなかった。

 堕ちて行くばかりだと信じていた情熱の果てには、現実の冷ややかな世界が待ち受けていたのだ。


 心のどこかで、いつか必ず自分の追い求めた世界が目の前に現れると思っていたのかもしれない。


 限りなく広い現実の世界に…自分の追い求める楽園を見つけることはできなかった。

 楽園の欠片を拾っても、現実の冷たい視線は、言葉は、態度は…どんどん私から、熱を奪っていった。


 いつしか、現実の冷たさに熱を奪われてしまっていた、私。


 あれほどまでに私を熱くした愛の吐息は、この身をすり抜けて…消えてしまった。


 尊い物語が、消えてゆく。

 甘い誘惑をささやく誰かが、消えてゆく。


 尊い物語が、消えてしまった。

 痛みすらいとおしいとすがった誰かが、消えていった。


 尊い物語が、消えてしまって…久しい。


 今、私は、あの時代へと……、飛んでゆく。


 今から私の夢想をはじめよう、あの頃のように。


 ……きっと、また、私、取り戻せる。

 ……尊い、恋の、物語。


 ……周りを見渡せば、ほら。


 あんなところにも、こんなところにも。



 スゴイ、お宝の山だ。



 マズい、興奮が止まらない。




 ただただ無言で、積まれている本に手を伸ばし、ページをめくり続ける…わたしがここに!!





「もういらないから、ぜんぶもってっちゃっていいよー!」


「マジで?!これ○○先生のやつじゃん、これは限定配布のマル秘読本!!ちょっと待って、まさかの初版!!修正なし?!アアア、絶版の××文庫!!ちょっと待て、これ季刊誌の創刊号、ギョ――――え――――△△先生の単行本未収録作品!!これ廃刊ありがとう号?!売り切れで手に入らなかったやつ!ちょっと待て、まさかの漫画作品が載ってる、本当に掲載されてたのか―!!!、はい、ハイ、はいイイイイイいい?!」


 大昔、一緒にオタク仲間をやっていた知人から連絡があったのは、三日前の事である。


 何でも、実家を解体することになったので、不用品を捨てようと思っているんだけど、おもしろいものが出てきたから見に来ない?と誘われましてですね。

 少し前に自分の実家の解体の時に手伝ってもらったお礼のつもりで、ゴミ袋を大量に持って伺ったんですけれども!!


 若かりし頃夢中になって読んでいた作品の数々が、次々に発掘されましてですね!!


 高校生から大学生あたりまで、この友人とは共通の趣味を一緒に楽しんでいたのだ。

 そりゃあ、いろんな嗜好も似通っており、一緒に購入しては盛り上がっていたのだな。


 私の家は、単行本は一回買って読んだら二か月後に捨てなければならないという謎ルールがあったので、この時期の発行物などは一切手元に残っていない。

 就職して家を出た時に、自分の生活必需品以外はすべて捨てられてしまって…そのタイミングで、私は収集する事を一切手放してしまったのだ。

 本は図書館で借りて読むもの、漫画はマンガ喫茶で読むもの、そういうマイルールができて…久しい。


 どうしよう、ぜんぶ欲しい!!

 でも私の中の常識が、このお宝を持ち帰ることを躊躇させている!


 だが……、若かりし頃の記憶が!!

 お宝をゴミ袋の中に放り込むとは何事だと憤慨している!


 ……悩んだ末に、私は。




「お母さーん、買い物行きたいから乗せてってー!」

「ごめーん!自分の車で行ってきて!!荷物のせる場所ない!!」



 マイカーに、お宝の貯蔵をすることにしましてですね!!!



「お父さんの車ゴミだらけだし汚いからやだもん、乗せてってよ!!」

「無理だよ、積載量やばいし。君一人乗っただけでもオーバーする!!」


 車というのは、最大積載量というものがございましてですね。


「お父さんは80キロ、お姉ちゃんは30キロ痩せたら乗せてあげます、私と弟は乗って良し!」

「よかった」


 一般的に、軽自動車の場合四人乗りで、一人当たり55キロ換算がですね。


「よくない!!!そんなん無理に決まってるじゃん!!」

「今までだって乗ってたでしょ、大丈夫大丈夫!」


 ……そもそも旦那が一人乗るだけでかなりの重量感、家族四人乗るとやばかったわけですよ。


「大丈夫じゃなくなったからあきらめて!!」


 そこに荷室一杯の雑誌、……もう、私の車で外出することは叶わなくなってしまいましてですね。


「も~何言ってんの、ぜんぶ下ろして行けば!!……うわ!!何これ!!!」

「ちょ、これ何、雑誌?!壁になってるじゃん!!……取れない!!!」

「すごいね」


「ああもう!!勝手に開けんな!!今後バックドアは触るの禁止!!!」


 只今、絶賛ですね。


 家族から、盛大なブーイングをいただいているという、お話……。

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