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8/18 ☆お子様ランチ

 お子様ランチを見ると、何となく…微妙な感情が顔を出す。


 おいしそうだなと思う反面、まあ、想像通りの味なんだろうなと思う。

 豪華だなと思う反面、まあ、ちょっとしかないから満足できないだろうなと思う。

 幸せそうな食べ物だなと思う反面、まあ、そんなのは一般論だなと思う。


 私には、お子様ランチのいい思い出というのが…あまり、ない。


 初めてお子様ランチを食べたのは…、食べた記憶が残っているのは…、私が保育園の頃だ。


 祖母と、祖母のおおおばさんと一緒に入った喫茶店。

 ピラフのお山と赤いウインナー、スパゲティ、マカロニサラダにプチトマト、ポテトフライ、ミニオムレツ、プリン。

 今でも覚えている、美味しそうな…ビジュアル。


 その日は、朝からおおおばさんのお店の仕込み?近所の仕出し?の手伝いをしていて…お昼に余った食材を食べる事になったのだ。稲荷寿司と、豆の煮ものと、焼いた干物に、卵焼き…、大きなテーブルの上に食べるものが色々ずらっと並んでいて、心底驚いた。うちは食事が質素な上にメニュー数も少なく、しかもあまりおいしくなかったから。


 ―――手伝ってくれてありがとうね!

 ―――好きなものを食べていいんだよ


 見知らぬおじさん、おばさん達にいわれて、どれを食べようか迷って…お稲荷さんを一つもらった。

 信じられないくらい美味しくてびっくりした。


 ―――ねえ、これおいしいよ、食べてみて


 お姉さんが指差したのは、大きな豆の煮ものだった。

 ひとつつまんでお皿の上に乗せ、そっと口に入れてみると…食べたことのない味がした。


 とにかく、たまらなくおいしかったので、喜んで何度も手をのばしたのだが。


 ―――家では食べないくせに人の家でそんなに厚かましく食べて!卑しい子だねえ…五人もいるのに、一人でいくつ食べるの?考えて食べなさいよ、恥ずかしい!


 祖母に耳打ちされ、スカートの下で太ももをつねられたため…我慢せざるを得ず、稲荷寿司ひとつと大きな豆の煮物を三つ、小皿に盛られた漬け物しか食べられなかった。

 どうぞと言って差し出された三つ葉のお澄ましをちびちびと啜りながら、地獄のような食事を終えたのだ。


 ―――お疲れ様!助かったわ、ありがとね

 ―――ちょうど三時だし、コーヒーでも飲みに行こうかね


 手伝いが終わった頃、おおおばさんに誘われて…三人で喫茶店に入る事になった。


 ―――この子お昼あんまり食べてなかったでしょ、お子様ランチ食べさせてあげるわ


 いつもだったらまっすぐ家に帰っていたのだが、その日は寄り道をすることになってしまった。

 正直、おなかが空いて空いて…早く家に帰りたいなと思っていた。家に帰れば漬物や味付けのり、ミカンなんかがあるから、それを食べて水を飲むつもりだった。

 しかし、祖母はコーヒーを飲んでいく気満々だった。帰りたいなんて、言えるはずもなかった。


 しばらく待っていると、大きなお皿に乗った美味しそうなお子様ランチが運ばれてきた。

 これを全部食べていいんだ、そう思ったら…たまらなくうれしくなった。


 ―――なんかしゃらくさいね

 ―――今はこういうのが流行っているんだって


 紙ナプキンでくるまれているフォークを手に取り、お皿の上をじっと眺めた。


 ―――何で子供に()なんかつけるのかね

 ―――子供が喜ぶ物は売れるんだよ、時代だねえ…


 紙ナプキンを剥がして、赤いウインナーを刺した。


 ―――ちょっと味見してやろ


 祖母が、スプーンの紙ナプキンを剥がして…ピラフのお山を崩した。


 ―――へえ、子供用でもちゃんと作ってあるんだ、わりとおいしいわ


 祖母が、スプーンでスパゲッティをすくった。


 ―――こんだけばか(こんなすこしなのに)一人前に炒めて作ってあるよ!めんどくさそうなメニューだね


 祖母が、オムレツを真っ二つにした。


 ―――火が通り過ぎてて大人にはおいしくない食感だわ


 祖母が、真っ白なマカロニサラダにスプーンを突っ込んで、赤く染めた。


 ―――うわ、これツナが入ってる、マズー!


 祖母が、プリンのふたを開けて汚れたスプーンですくった。


 ―――口直しには甘すぎるわ、もう一杯コーヒー飲もう


 祖母が、汚れたスプーンを皿の上に乗せたあと、運ばれてきたアイスコーヒーを飲んだ。


 ―――この子は肉、食べられるんだねえ

 ―――こんな臭いものよく食べるよね。ホント気持ちが悪いったら…この前も…


 肉嫌いだった祖母は、ハンバーグを食べる私を見て…それはそれは声たかだかにマズいもののマズさを姉に訴え続けた。


 おなかいっぱいになると思っていたけれど、全部食べても私のおなかはいっぱいにならなかった。

 半分以上祖母が食べてしまったし、水もすべて飲まれてしまったので…胃袋の中で膨らむこともなかったのだ。


 さんざん姉妹でおしゃべりをして、随分暗くなった頃家に帰ると…ご飯が用意してあったのが。


 ―――この子三時にお子様ランチ食べたから、食べさせなくてもいいわ

 ―――余ったご飯は明日の朝に梅干し汁にして食べるからよけといて

 ―――イカの煮たやつはわしが食べるわ、昼ごはんが少なかったからね


 具のない味噌汁と、焼き海苔の焦げたところと、父親が食べ残したちくわの卵とじの汁と、弟が食べ残したシイタケのマーガリン炒めを食べたけど…おなかが空いて空いて、たまらなかった。


 そのあとも何度かお子様ランチを食べる機会があったが…、いずれも満足できなかったように思う。


 だいたいにおいて…、量が多いから食べてあげるとか、弟は肉しか食べられないんだからあげなさいとか、エビなんか子供が食べるもんじゃないとか、良いニオイがするから半分くれだとか、ちょっと食べ足りんからもらうわだとか、毎回毎回理由をつけては強奪されて、最初から最後まで自分一人で食べられた記憶がないのだ。


 あまりいいイメージがないまま成長し…、お子様ランチを食べる事はなくなり。

 大人になって、いろんな人からお子様ランチの思い出を聞くたびに…、何となく、モヤモヤした気持ちになり。


 自分に子どもができた時、私は…、お子様ランチを、与えてみることにした。


 ―――うわあ!!すごい!!

 ―――おーいしーい!!!

 ―――ねえねえ、おかあさんにもひとくちあげる!

 ―――ね、おいしいでしょ!!

 ―――またたべたーい!!

 ―――ありがとう!!


 目を丸くしてお子様ランチを見つめる姿を目の当たりにして、笑みがこぼれた。

 美味しそうにお子様ランチを頬張る様子を見て、うれしくなった。

 幸せそうにお子様ランチのおいしさを語る声を聞いて、また食べさせてあげたいなと思った。


 ―――すごいでしょ!!あたしも昔よく食べたんだ!

 ―――おいしいよねー!また食べようね!!

 ―――あ、ポテトほしい?いいよ!


 お子様ランチを食べて育った娘は、年の離れた弟と一緒にお子様ランチを食べた。

 お子様ランチを食べて育った姉弟は、今でもお子様ランチが大好きだ。


 ―――あそこのお子様ランチおいしかったよね

 ―――さすがにお子様ランチ頼むのはヤバい年か…

 ―――お子様ランチ作ってみたよ


 ……お子様ランチのイメージは、子ども達のおかげで一新することができたとは、思う。


 だが、しかし。


「ねえねえ!!なんか食べ足りないから全部ちょうだい!」

「それ、おいしそうだね」

「余るといけないから食べといてあげた!」


 ひもじい生活は、今もなお…。


「だって置いてあったから食べていいと思ったんだもん!!」

「だって食べてくれってチーズケーキが言うから!!」


「鮮度が落ちたら食べ物がかわいそうじゃん!!!」

「冷えたらおいしさが減って大変なことになるじゃん!」


「…追加分作るね」


 やな感じで続いているという、お話ですよ…。





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