8/2 ☆エリンギ騒動
夕方、五時。
息子と一緒に、晩御飯のお買い物にやってきた。
夕飯前の混み合う時間帯、タイムセールを知らせる放送が騒がしく店内に響いている。
とりわけ人気を集めているのは、お惣菜コーナー。
この店は、夕方から揚げたてのおかずを並べるのが魅力だ。ここの揚げ出し豆腐はずいぶん美味くて、酒のつまみには最高でね。
「キノコみてくる」
「へいへい」
息子はキノコが大好きなので、スーパーに行くといの一番に野菜売り場に直行する。
日によってはなかなかお目にかかれないレアなキノコが並ぶこともあるので、見逃したくない模様。
最近で言うと、松きのこ、ブラウンエノキ、大粒しめじ、ジャンボマッシュルームなどなど。
私はかごを一つとって、入り口付近の切り花を愛でてから、のんびりと息子の後を追うのが常なのだ。
……ふうむ、そろそろ鬼灯が並ぶ時期になりましたか。
鮮やかなオレンジ色を愛でつつ、ゆったり歩を進め、野菜の楽園へと足を向ける。
いろんなスイカがあるなあ、おやあれはネクタリンだね、巨峰も出てきたなあ、うわあ、なにあのでっかいオクラ!枝豆が安いなあ、買っとくか……。
最近はずいぶんいろんな野菜や果物が並ぶようになったなあと、しみじみ思う。
昔通っていた近所の八百屋には、いつだって大根とニンジン、じゃがいも…有名どころしか並んでなかった気がする。
キノコも昔はさ、エノキとシイタケぐらいしかなかったんだよ、確か。
いや、あったのかもしれないが、私はそもそもあまりキノコが好きじゃなくて、興味がなかったといいますか。
子供の頃は、むしろキノコが嫌いだったんだなあ。
週に二回は食卓に並んだ、シイタケのマーガリン炒めがですね、もうほんとたまらなくまずいのなんのって…。
一般家庭はキノコをバターでソテーするのだと知った時の驚きといったらもう。
バターでソテーしたシイタケがうますぎた衝撃といったらもう。
キノコの事を思い浮かべつつ大きなスイカに目を瞠っていたら、目を輝かせた息子がパック片手にこちらへやってきた。
「すごいのがある!」
差し出されたのは…めちゃめちゃ大きな、エリンギ!!
何これ、こんな大きいの初めて見たぞ、一本がエナジードリンクの缶ぐらいあるじゃん!!
「すごい!!…ああ、今日は大きいのがたくさん入荷してるんだね。一パック158円?!やす!!」
エリンギ売り場には、超巨大サイズのものがわんさか積まれている。
普段は小ぶりなエリンギのつまっているパックを買う事が多いので、非常に物珍しいというか、お得感がハンパないというか!
実に重みのあるエリンギ、これは食べがいがありそうだ!!
だがしかし、大味の可能性もあるぞ…値段が安いあたり、気にならないでもない。
「いっぱい買ってもいい?」
まあ、多少の大味は、美味しく調理することで何とでもなるか!
うちには優秀な料理人が二人もいるのだ、……そう、私と息子!!
買いこんでもいいなあ、でもあんまり買い過ぎちゃうと萎れちゃうからなあ…三パックぐらい買っとくか。
「じゃあね、三つ選んでいいよ!君が食べたいのを選びたまえ」
「はい」
山積みされているキノコのパックを、色々と見比べながら嬉々としている息子。
…いま彼の頭の中は、様々なレシピが渦を巻いているに違いない。
この前は炙ってショウガ醤油で頂いたんだよ。薄く切ってチーズ乗せて焼いたのはいつだったかな。絶品のお出汁でかきたま汁にしたら信じられないくらいお上品な味で……。
「アヒージョ作りたい」
おっと、今日は洋風で攻めますか。
フムフム、それではそれなりの食材を買わねばなるまい。
「分かった、じゃあ、エビとブロッコリー、ニンニクにバゲット……」
「カマンベール入れたい」
夏休みという事もあり、息子は普段以上にレシピ研究に勤しんでいる。
これはウマいもんが食べられるに違いないぞ!!
よーし、アヒージョに会う酒、探すか♡
エリンギはたんぱくだから白ワインがいいかな、いやいやエビ入るんだったらビールもいいぞ、チーズはいるなら赤ワインもいいなあ、シャンパンもいいし、いやいやここは日本酒で…いいや、ぜんぶ買っちゃお!
「他のおかずはどうしようか、とりあえずスパニッシュオムレツは作ろうと思うんだけど、なんか作りたいのある?」
さすがに大食漢ぞろいの我が家で、晩御飯のおかずがアヒージョだけというわけにはいかないのでね。
卵料理に…さっぱりしたもの、サラダ…そうだカルパッチョにしようかな。
今日はご飯炊かずにいろんなパン買って帰ろう。このところ炊飯器がフル稼働だったからなあ、たまには休ませてあげないとね。…朝昼晩と五合ずつ炊くとかさあ、絶対多すぎでしょ……。
「コーンスープ作りたい」
「ああ、いいねえ、今の時期だったら生のトウモロコシあるからさあ、それ買って行こ!」
「カレーも作りたい」
「ああ、じゃあ玉ねぎと牛肉も買うか!明日は朝からカレーパーティーだ!」
調子にのって、ずいぶん散財したような気もしないでもない。
息子と二人、両手にパンパンのレジ袋を下げて帰宅する。
手際よく調理を進め、本日の食宴の準備が整ってゆく…そうだ、ジョッキ冷やしとこ♡
「大きいまま食べたい」
「うーん、丸のままだと他の食材が入んないな…そうだ、君専用鍋をひとつ作れば?」
「そうする!」
息子の希望により、でっかいエリンギを大きいまま調理することにした。
火はちゃんと通るのか、食べにくくはないのか、いささか不安は残るが、まあ、何事も経験よ。
嬉々として自分専用アヒージョの鍋をこしらえる息子の様子を見つつ、ワイングラスを準備し♡
「おわー!なんかスゴいの出てきた!」
「なにこれ!キノコでかすぎる!」
「いいでしょう!」
大喜びで大きなエリンギにかぶりついた息子だったのだが。
「噛みきれない……」
頭からかじろうとしたところ、思いの外エリンギの繊維が手強くて、苦戦する羽目になってしまったらしい。
「男は黙って丸飲みだな!」
「無理に決まってるじゃん!」
「ナイフとフォークで切りながら…縦に細く裂く感じで、パスタみたいに食べるといいんじゃない?」
「はい」
試行錯誤しながら、大きすぎるエリンギに立ち向かう息子の様子をつまみにしつつ、取っておきの大吟醸を一口…くぅ~!
アヒージョのねっとりこってりをキリリとかっさらう、実にイケメンな酒よのぅ♡
「ずいぶんおいしい!」
大喜びでエリンギを口に運ぶ息子の様子をつまみにしつつ、キンキンに冷えたビールをごきゅ、ごきゅ…、くぅ~!
アヒージョの熱を瞬時に奪い去る、実に強引な俺様な酒よのぅ♡
「また食べたい」
満足そうにアヒージョ鍋を片付ける息子の笑顔をつまみにしつつ、冷えたワインをとくとくとグラスに注いで、ぐび、ぐび、ぐび…、くぅ~!
アヒージョの豊潤過ぎる香りをさりげなく上書きする、実に気の利いた優男な酒よのぅ♡
「よーし、また明日買おう、ずっと買おう、永遠に買おう!毎日巨大エリンギ祭りだヒャッホウ♪」
いやぁ、パン美味しいなあ!
つかオムレツサイコー!
コーンスープのまろやかさたるや!
うふんうふん、カルパッチョのわさび効きすぎー♡
「あーもー!お母さんがひどいことに!」
「ちょ!お父さんのエビ食べないでよ!とっといたのに!」
「ひどすぎる」
なんかもううるさいな、なんだその冷ややかな目は!
真夏だぞう、もっと暑くるしい顔をせんかーい!
ノリ悪いなあもう、つーまーんーなーいー!
…仕方がないなあ、じゃあそろそろ退散してやるか!
「じゃーシャワー入って寝るわ!後片付けよろ~♪」
「へいへい」
「ハイハイ」
「朝カレー作ろう」
鼻歌混じりでシャワーに向かい、陽気に歯を磨き、ご機嫌でベッドに転がり込んでぐーすかぴー!
・・・・・・・・。
・・・・。
……頭、イテェ……。
「カレー作った!」
「お母さん食べてみ!?めっちゃウマイ!」
「エリンギいいねぇ、こりゃウマイわ!がつがつ!バクバク!」
「……もうちょい、静かに……」
ガンガンする頭を抱えながら食した、エリンギだらけの息子特製カレーはですね……。
ずいぶん、美味しかったと、いう、お話…、です……。




