7/5 ☆靄
初夏。
旦那と娘と息子、一家総出で日帰りバスツアーに参加した。
行先はとある高原である。
冬はスキー場として賑わうこの場所、夏は花畑やミニプール、出張動物園などを開催しており、人気を呼んでいる模様。
高原中腹までは、定員20人ほどのゴンドラに乗って移動するようだ。
娘がトイレに行ってる隙にバスツアーの参加者たちはほぼほぼ上に行ってしまったので、やけに空いている。うちの家族を合わせても、10人に足りない。
「わあ!!すごい!!」
「おお!!すげえ!!なにこれ!!」
若いカップルが声をあげたので、そちらに視線を向けると。
山肌の、あちらこちらに…靄がかかっている。
雲があちらこちらに落ちているようにも見える。
娘と旦那は大喜びで、はしゃぎながら風景を楽しんでいる。
「もうついた?」
息子は高いところが怖いようで、私のおなか辺りに顔をうずめている。
「もうちょっとだね、頑張れる?」
「がんばれる・・・」
一生懸命恐怖に堪えている姿が、気の毒だ…。
今後は高い場所に出かけるのを控えるよう心がけねばなるまい。
中腹の駅でゴンドラを降りると、目の前には幻想的な風景が広がっていた。
広い草原の上をうすい靄がふわりと漂い、時折舞い上がっている。
出張動物園の大きな馬が、靄で見え隠れしている。
大きなバルーンの滑り台が、靄の中ぶるぶると震えている。
靄の薄くなったところから、色とりどりの花が顔を出している。
……なんだここは。
もしかして天国なんじゃないのか。
「あ!!あっちで手作りソーセージ売ってる!!食べたい!!」
「ふわふわかき氷だって!!お父さんはイチゴにしよ!!」
娘と旦那は風景よりもまず胃袋を満たしたい様子だ。
…相変わらずだよ!!!
「あれ、やってみたい」
息子がふわふわ揺れるバルーンの滑り台をやりたいというので、食欲魔人どもを置いてそちらに向かう。
もくもくと靄がかかっているけれど、遊んでる子はいるようだ。
近づいていくと、なんだかやけに…、じめじめしてきた。
滑り台につく頃には、全身がしっとりと水分を含み過ぎている。
靄の正体が水蒸気の塊であると、身をもって経験する。
息子は滑り台を大喜びで楽しんでいる。
湿気が多いので、ビニールの表面がつるつるになってスピードが増しているらしい。
まあ、喜んでもらえて何よりだ。
ひとしきり遊んだ後、馬さんにニンジンをあげてたら娘と旦那がやってきた。
その姿は…全身びしょぬれ!!
何やってんだ!!!
「雲で遊んでたらこんなんなっちゃった!!」
「ねーねー、売店でTシャツ売ってるから記念に買っていい??」
「はあ?!着替え持ってきてないのかい!!」
「持ってきたけどリュックの中までびちゃびちゃでさあ!!」
「あたしピンクのやつがいい!」
返事も聞かずに売店に行ってしまった。
なんというゴーイングマイウェイな親子なんだ!!!
「もう、じきに靄も晴れると思いますけどね。風も吹き始めたし、日当たりの良いところにいたらすぐ乾きますよ」
呆れていたら、馬の飼育係?のスタッフさんがニコニコして教えてくれた。
そうなんだ、一応替えは持ってるから着替えてもよかったんだけど。
気のすむまでウサギと戯れ、花畑で写真撮影をする頃には、ばっちり晴上がって気持ちのいい風が吹くようになった。
山の中腹から見る広大な風景が素晴らしい。
見晴らし台に行って、世界の広さを楽しむ…。
けど息子は机に座って建物の壁の漫画キャラクターを観察してるな…うん、まあ、仕方ない。
「あ!!いたいた!!もうじき集合時間だよ!!」
やけに朗らかな声が聞こえたので、そちらに目を向けると…げえ!!
めっちゃ派手なTシャツを着た旦那!!
蛍光黄色に背中一面広がる高原名のロゴ!!
しかもカタカナ!!
娘は…ピンクの、まあ、かわいい感じのキャラものか…。
「ちょっと!!ものすごいの買ってるけど、どうしてこれを選んだ!!!」
「だって3Lこれしかなかったもん」
「だから痩せておけとあれほどっ!!!」
帰りのゴンドラは、靄が晴れたこともあり行きとは全く違う風景を見せてくれた。
色とりどりの花が咲き乱れ、絨毯のように広がっている。
写真を撮りたいと思ったけれど…、息子が私のおなかを離さないので、目に焼き付けるにとどめておく。
バスツアー中、旦那のド派手なTシャツは大変に役立った。
昼食、ワイナリー見学、リンゴつめ放題、キノコ狩り。
どこにいても目立つので、ツアー客全員が目印にした。
ツアー帰りに参加者の方々から飴を渡され、お礼を言われた事を思い出す。
あの時のTシャツが今頃、タンスの奥から出てきたもんだからさ!!!
旦那はずいぶん膨れ上がってしまって、今では5Lでなければ着ることができない。
娘もずいぶん膨れ上がってしまって、3Lではゆったりと着こなすことが難しい。
息子はLサイズを着ているから着れないことはないけど、見せたら渋い顔をしていた。
私がこの年で…かわいいピンクのTシャツを着る?
うおお!!
勘弁してええええ!!!
…。
よし、見なかったことにしよう。
私はそう決め、発掘したTシャツを再びタンスの奥にしまい込み。
お気に入りのキャラクターTシャツを引っ張り出すのだった。




