7/2 ブルンブルンの肉
「ブルさんのブルンブルンの肉食べたい!!!」
旦那の夢は、某人気アニメに出てくるブルドッグのおじさんが焼いていた肉を喰らう事である。
あのアニメに出てくる食べ物はだいたいうまそうに見えるのだけれど、その中でも特にバーベキューのシーンに出てきた肉がお気に入りだ。
普段、粗食も外食も買い食いも自炊ももらい物も残り物も余すことなく限界を超えてガッツリ満腹まで食い散らかしているのだが…、ブルさんの肉だけは格別な思いがあるらしく、いまだかつて一度も手を出したことが無い。
あまりにも美味そう過ぎて理想と現実が違っていたら凹みそうだだの、あんなでかい肉を調理する自信はないだの、どうせ買うなら安いやつじゃなくてちゃんとした良い値段のものを食べたいだの、妥協して食って夢がぶち壊されるのは我慢がならないだの、カッコいいバーベキューコンロがなきゃヤダだの、まあ…B型特有のおかしなこだわり&理解しがたい持論を展開した結果、先延ばしにされ続けてきたという歴史がある。
だが…しかし!
このたび息子の高校入学が決まり、お祝いにブルンブルンの肉を食べようと言う話になりましてですね!
バーベキューハウスの予約を取り、備長炭を用意し、バカでかい肉を買い込み、いざ、焼き焼きにレッツラゴー!
「全然燃えないじゃん!しけってんのかな?高い炭買ったのに!も〜おなかペコペコなんだけど!せっかくの肉の鮮度が落ちるじゃん!!も~、着火剤全部入れたろ!!」
「まって、着火剤は少しでいい!」
このところ火熾しにハマっている息子がやけに頼もしい。マイルールに則り毎回毎回適当なことをしては失敗する旦那が…窘められて大人しく手を引っ込めている!
なんという素晴らしい事か!
火が怖くて網の上の食べ頃の肉やしいたけを無言で眺めていた時代を経て、落ち着き払い現状を把握し正しい手順で物事を進める姿に…息子の成長を感じる。
「ねーねー、このマシュマロバーナーで焼いてもいい?このベーコン、生でも食べれるやつだよね!軽く焙って食ったろ!!」
「マシュマロはあとにしときなよ!!ちょ!それアスパラ用!!食うな!」
娘は相変わらずマイペースに食材に手をのばしている。
焼くと美味いという食材を調べて色々持ち込んだり、話題のお酒を揃えたり、積極的にテーブルの上を片付けたり食器を用意したりするあたりは成長を感じるが、相変わらず食べる側に重きを置いているのがなんともいえない。料理好きな彼氏ができるから大丈夫と息巻いているが、大丈夫なのか…。
確かな成長と年月の経過を感じるものの、毎度毎度のドタバタっぷりに変わりはない。
騒がしいことこの上ないこの安定感はどうだ。多分おそらくこの先落ち着いてBBQする機会など訪れないに違いないぞ…。
「まずはチーズインソーセージからやこ!!これって中まで焼けてなくても食べれるよね?早くしないとお酒がぬるくなっちゃう!!」
「キノコも焼こう…」
「アーン!!火が強すぎてお父さんの牛タンがまる焦げに~!!!」
私が一人で忙しく焼き係として奮闘していた時代は…終わった。
ビールを片手に事の次第をのんびりと見物する、この穏やかで平和なひと時よ…。ぐび、ぐび……。
「よし!!火が安定してきたから、いよいよ…ブルさんの肉、焼くよ!!」
期は満ちたようだ。
本日のメインが、網の上に乗る。
BBQコンロからはみ出さんばかりの、サシの入った大きなステーキ肉。普段安い肉や切り落とし、ひき肉や成型肉ばかり食べているので、実に見慣れない。
網の上で白い煙をもさもさ出している、高級感あふれるビジュアル。なんかこういうの、テレビのグルメ特集で見たような気がするけど。
「めっちゃうまそう!!うまいに違いない!!」
「塩コショウしておこう」
確かアニメに出てきたステーキは赤身肉だったはずなのだが、旦那たっての希望で柔らかい肉にしている。なんでも、赤身は硬いからよく噛まないといけなくて、噛んでるうちにお腹がいっぱいになっちゃうからもったいないのだそうで。
個人的には赤身肉の方が好きなんだけど、私はBBQの時はピーマンやアスパラ、じゃがいもやしし唐なんかをモリモリ食べてほとんど肉を食べなかったりする。食べたいと思う人の希望を通した方がよろしかろうという事で、今回私は肉選びにはタッチしていない。
自分のたれ皿にある、黒焦げになっているピーマンをつまみ…一口でパクリ。
ああ、実に…ウマい。
炭火で焙った野菜というのは、どうしてこんなにもうまく仕上がるのか。
感動を胸に、ビールを…あれ、もう空だ。これは急いで次の缶を開けねばなるまい。
「脂が浮いてきたから…そろそろひっくり返した方がいいよね!!」
旦那がトングを手にして、ブルンブルンのお肉をつまみ、ひっくり返した、その瞬間。
ごー!!
じゅ、じゅわー!!
パチ、パチ…!!
「わあ!!何これめっちゃ燃えてる!!ウケる!!!ちょ~火事じゃん!」
「ヤバイ、脂に火が引火!!でも焼かないと生!!火柱が~!!!」
「おちつこう」
サシの入った肉は脂が多くて、すぐに燃え上がるらしい。眼の前30センチの場所で活きの良い炎が舞い踊っている。
…なんか、大掛かりなマジックショーでも見てるみたいだ。昔大枚はたいて見に行ったマジシャンのディナーショウ思い出すな、あの時はぬるいビールと枝豆でおなかが膨らんじゃってもったいなくて…うん、今日のビールはキンキンに冷えてるからガフガフ飲める、なんと贅沢なことか…。ぐび、ぐび…。
自分のたれ皿にある、二回りほど小さくなったシイタケを…一口でパクリといただく。
ああ、実に…ウマい。
炭火で焙ったキノコというのは、どうしてこんなにもうまく仕上がるのか。
感動を胸に、ビールを一口、二口、三口…。
「わあん!!せっかくのいいお肉が真っ黒こげに!!!」
「ヤバイ!!でも食べたらおいしいかもじゃん!!鶏の炭火焼きとか真っ黒でもうまいじゃん!!大丈夫大丈夫、食えばうまい!」
「切ってみよう…」
息子が使い捨てのまな板の上に物体Xを乗せ、包丁でカットしている。
…何度見ても左手で包丁を持つ姿は、毎回毎回驚くな。よくもまああんなにきれいに切れるものだ…。
思えば彼は幼いころから缶切りにも苦労をしていた。左利きゆえの不便さにいつも立ち向かい、克服して、今の頼れる姿が…うん、実に酒がうまくなる話だ、グビ、グ…あれ、もう空だ。これは急いで次の缶を開けねばなるまい。
「うわ!!中、生じゃん!!これ食べられるの?!あたし普通のお肉の方がいい!!トントロ焼いていい?!」
「レアでウマそうじゃん!!こっちもカットしてー!!あ、大きめでね!!ごめーん、コーラ飲んじゃったから新しいのちょうだい!」
「僕はよく焼いて食べよう…」
息子が焼いているカット済みの良いお肉を一欠片つまみ、口の中へ。
サクッとした肉の表面、炭焼き独特の香ばしい風味、じゅわっと染み出す肉汁。ふむ、高級な肉とはこんな感じなのね。まあ美味いけど、あたしゃやっぱバッサバサの脂がない赤身肉の方が好きかな〜、つか豚肉のが好き、てゆっかチーズ入りのソーセージがお気に入りでって、もうない!
仕方ない、秘蔵のアスパラベーコン焼いたろ!
ついでに娘の持ってきた変なカクテル飲んだろ!
「コレわさびめっちゃ合う!お姉ちゃんごはんのおかわりプリーズ!あ、そのハラミお父さんがとっぴしてるから食べちゃダメ!」
「ねー焼肉のタレ新しいの開けていいって、お母さんソレ全部飲まないでよ?!青森でしか売ってないやつなんだから!あ~もう半分以上飲んである!」
「水飲んだほうが良い!」
息子が水のペットボトルを差し出している!
なんというできた人だ!さすが私の子だな!
だがしかしチャポンチャポンのはらにこれ以上水分は入らん!ぐふふ、酒なら入るでよー!
あ、その前にトイレ行ってこよ!
出すもん出したら眠くなってきた〜!
あ、いいところにベンチあるじゃん、ちょっと寝ちゃお!
「では皆さんごゆっくりご会食ください、あたしはお先に夢の世界にランデビュー☆」
気分よくお昼寝し始めた私であったが。
「ちょっとお母さん!もうじき予約時間終了だから起きて!早く!延長料金発生しちゃうじゃん!」
「全部積んだよ」
「ぎゃー!なんか変な虫飛んできた!」
「も、もうちょっと…静かに……」
安定の、残念な流れがですね。
「デザート買いに行かなきゃ!お父さんアイスケーキがいい!お母さんのおごりね!」
「あたしお酒買って欲しい!リカーショップいこ!おつまみも買うからね!お母さんおごって!」
「きのこ買ってもいい?」
ありましたよって、話なんですけどね……。




